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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
23/62

<第暇万(よろず)。‐合間の神様‐> ②


                  ◇


 ―――それからわずか十分後。


 場は―――荒れていた。


 いや空気が悪くなるとか喧嘩が始まるとかって意味の荒れ方ではない。

 そういう表現的なアレではなく、文字通り荒れているんだけど……。


「……す、すいませんぅ」


 椅子に座って肩を落として落ち込んでいる弁財さんが、真顔で死んだような目をしながら、そこいらに飛び散った第一弾のタコ焼きであったはずの残骸を片付けるボクと鞍馬に謝った。


「ははは、だいじょうぶだいじょうぶ。きにしないでいいから」


「いろはのいうとおりだ。きにするなよいいんちょう。しっぱいくらいだれにでもあるからな。ははは。ははは」


「そんな感情の籠っていない慰められ方されても……ていうかお二人とも真顔で掃除しててまるでロボットみたいで怖いのですが……ルンバじゃないんですから……」


 こんな事になった理由なんて、もうわざわざ説明するまでもないだろう。


 『吉祥君たちに迷惑をかけたお詫びに私が作って差し上げますねっ!』とか言い出した身の程知らず、もとい弁財さんによってこのような悲惨な状況になってしまったのだ。


 いや、弁財さんだけのせいじゃない。

 ボクもその前に気付くべきだったんだ。


 ピックを握りながら弁財さんが放った『タコ焼き焼くのなんて初めてですっ!』ってその言葉で察するべきだった……楽しそうにしていた弁財さんの無邪気な笑顔に気が取られたせいだ。


 微笑ましさなんて感じてる場合じゃなかった。


 それにこの子、あの市杵ちゃんの娘でしょ?

 そりゃこうなるわな。


 予想できたはずのことだったよ。うん。


「委員長って、普段料理とかはあんまりしないのか?」


「はい……学校の調理実習を除けば、料理とか一度もしたことがありません……」


 そんな悲しい返事と重なるようにあらかたの床掃除も終わったため、ボクと鞍馬は椅子に座り直した。


 まずは、この空気をなんとかしよう。

 この曇った雰囲気はいくない。


 カルト宗教のミサじゃないんだから。


 とりあえず、自我を失い暴走した後で意識を取り戻したサイボーグ少女みたいに落ち込んでる弁財さんの気を紛らわせてあげなければ。

 うむ。


「でも、弁財さんってお昼はいつもお弁当だよね?あれは……」


「いつもお弁当を作ってくださるのはお父様なんです。お弁当なんて大それたもの、私に作れる気がしませんよ……」


「「あぁ……だよね」」


「え?」


 ボクら2人は、弁財さんのわかりきっていた返答に、大変納得したのだった。


 そんなボクらの態度に疑問符を浮かべる弁財さんに、ここぞとばかりにずっと気になっていたことを聞いておこう。


「……ちなみに聞くけどさ?弁財さんって市杵ちゃんが料理してるの見たことある?」


「……なぜでしょうか?なぜそのような質問をいきなりするんですか?」


 何か引っ掛かることでもあったのか、訝しみながらボクの質問に質問で返して来た弁財さんのその態度で、ボクはもう全てを察してしまった。


「いやぁ……弁財家が市杵ちゃんという怪物にどう対応しているのか気になって?」


「ま、まさか吉祥君たちにも……いえ、まさかですね。そんな弁財家の恥を晒すようなこと、お母様がしているなんて信じたくありませんし……」


 その恥晒しに、ボクや鞍馬は巻き込まれたんだよ?


 可能性から逃避しないでね?

 ちゃんと現実と向き合って?


「そうですね。正直お母様が台所に立っている姿は数えるほどしか……いえ、すいません……数えるほども見たことがありません、というか一度しか見たことがありません……」


「だよな。わかってた」


「練習くらいしてるのかもなんて恐ろしい可能性も予想していたけど、弁財パパは聡明な人だったんだね。安心したよ……」


 ボクと鞍馬がしみじみと納得している様子を見て、流石の弁財さんも察してしまったのだろう。

 机に肘を突き頭を抱えてしまった。


 弁財家の恥部が、他所に晒されてしまっていた事実に落ち込んでいるんだろう。

 ドンマイ。


「あの、ということはお二人も……?」


「うん。ボクらが小さい時から、市杵ちゃんはウチに来ていたからね」


 そして思い出す。


 あの幼き日の懐かしき思い出を―――あ、回想には入らないよ?


「市杵さんは一度だけ、俺たちに手料理を作ってくれたことがあったんだ……」


「Oh……」


 ときどき英語が出てくる弁財さんのそのユニークさはどこで培ったの?

 帰国子女でもないでしょキミ?


「その場にはボクと鞍馬ともう一人いたんだけれど、誰も完食はおろか半分さえ食べ切ることが出来なかったよね……」


「あの人は……どれだけ吉祥家の人たちに迷惑をおかけすれば気が済むんですか……」


 そんな落ち込まないでっ!

 クソほど迷惑かけられたのは事実だけどっ!


「俺はあの時まで、料理が壊滅的に下手ってのはマンガやなんかでよく見る表現で、現実にはあり得ないとばかり思っていたんだが……。その時に理解したよ……本当に存在するんだってな……」


 ……なんか突然、鞍馬が語り出した。

 珍しいので邪魔せず聞いてやろう。


「そういう人種に共通しているのがきっと、『雑さ』なんだってことも理解した」


「『雑さ』……ですか?」


「あぁ……クソほどの知識も経験もないくせに、碌に調べようとせずクソみたいな匙加減で料理を作ろうとする。異変や疑問があっても、『まぁいっか』というクソ以下の判断で済ませて次の工程に進んでしまう、そのクソっぷりが幾多の食材を無駄にするばかりか、他人を傷つける悲劇を招くんだ……そして食材を無駄にするんだ……」


 幼い頃から亡き母親の代わりに、苦労しながら毘沙門家の料理担当を務めてきた鞍馬。

 その鞍馬の苛立ちとかやるせなさは、吐き出した『クソ』の数が物語っていた。


 ……てか食材についてなんで2回言ったの?

 日本中の農家の皆さんを代弁したの?


 まぁ小さい時から生活費のやりくりで苦労していたのは知ってるし、食べ物を結果的に無駄にしてしまう行為が許せないのだろう。

 別に毘沙門家は貧乏でもないし、むしろ裕福な方だろうから、家計的にというよりは鞍馬の性格的なものなのだろうけど……。


 鞍馬の講釈に身に覚えがあり過ぎるのか、弁財さんはそんな鞍馬と目を合わせることが出来ずに、冷や汗を流しながら目を逸らしていた。


 ごめんね?

 こいつ食べ物のことになるとちょっと面倒臭いから……。


「はぁ……しょうがないなぁ。ほら鞍馬っ!鞍馬のせいで弁財さんがもっと落ち込んじゃったじゃんかっ!」


「えっ!いやすまん委員長。責めるつもりで言ったんじゃないんだ」


「いえいえっ!私の方こそすいませんでしたっ!……でも、いつも優しい毘沙門君の、学園では見ることが出来ないような姿を見ることが出来たので、ちょっと得しちゃったかもですね。ふふっ」


さっきまでの落ち込んでいた姿が嘘のように、揶揄うように笑いを零した弁財さんに、勘弁してくれと鞍馬は肩を竦めた。


「揶揄わないでくれよ委員長」


「あははっ。ごめんなさい……ふふっ」


「まったく……ははっ」


 弁財さんのタコ焼き乱舞が披露された時はどうなることかと思ったけど、吉祥家の食卓には和やかな空気が戻って来てくれた。


 これは……さらに盛り上げる為にも、ボクも一肌脱がないといけないねっ!


(えっ!ちょっとっ!?まさかとは思いますけどっ!?)


 それまでは微笑ましくボクらの様子を見守っていた神様から、水を差すような横やりが入ったけれど、気にしないことにした。


 言いたいことはわかるけど大丈夫っ!


 たしかにタコ焼き作ったことなんて今までに一度もないけどっ!

 面倒だったから毎回鞍馬にやらせてたけどっ!


 タコ焼きなんて生地敷いてタコ入れて焼くだけでしょっ!

 楽勝だってっ!


(あぁっ!本当にこの子は人の話聞かないんだからっ―――)


「まったく2人には世話が焼けるんだからっ!しょうがないなぁ……次はボクがちゃんと美味しいタコ焼きを振る舞ってあげるよっ!」


「えっ?おい伊呂波っ!ちょ―――」


「お見せするよっ!……王者のタコ焼きをっ!」


 吉祥家に初訪問してくれた、弁財さんというゲストに最高のタコ焼きを振る舞うため―――


 ホストのボクは意気揚々とピックを手に取ったのだった―――


                  ◇


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