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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
2/62

<第一万。‐平和の神様‐> ①

毘沙門天びしゃもんてん

 七福神の一柱。

 福徳だけでなく武運の神としても信仰を集めている。

 また、七福神だけでなく仏教を守護する四天王のひとりでもあり、その際の別名を『多聞天たもんてん』ともいう。


◆◆◆


「本日のおつとめ終了!」

 

 マンションの自宅に帰還するや着ていた衣服を付ぎ散らかし廊下に突っ伏した。

 半裸だよ?サービスタイムですよ?けれどパンツは履いてるから全年齢対象だよ~。


(誰に向けてなに訳のわからないことを言ってるんですかね……)


 頭の中で呆れられたところで、ガチャ!っと玄関のドアが開かれ誰かが入ってきた音がした。


「おーいごはん作りに来たぞって……し、死んでる」


 はぁ?別に死んじゃいませんけども?

 面倒だからあえてツッコまないよ?鞍馬お前そのボケ自分で回収しろな?


「マンションの玄関。半裸の遺体と脱ぎ散らかされた衣服。なるほど……」


 なんか推理始まったけど、なに言ってんだコイツ。名探偵気取りなの?脳みそ腐ったの?

 何が『なるほど……』だよ。最近コナン読んだ?


「死因は一つしか考えられない……テクノブレイクか……」


「んなわけあるかぃ!」


 なんでそうなる!探偵の素質ゼロかよ!

 もう推理とか一生すんなよ!?


「いいから早く服着ろ。ご飯作っとくから」


 ボクのツッコミも路傍の犬のクソ程度に聞き流し、無遠慮に廊下を行く鞍馬の背中をガシッと掴んで引き留めた。


「いや待って。一回待って!インターネット童貞の鞍馬がなんでテクノブレイクなんて言葉知ってんの?さてはお前むっつりネット民だな!隠れて夜な夜な電子の砂漠でエロ画像見て呟いてんだろ!『It’a true password.』って!」


「何だよむっつりネット民とかいうクソワードは……」


 ディスられた。くたばれ。

 コイツはホント隙あらば貶してくる。マジくたばれ。


「部活中に同じ部のやつが教えてくれたんだよ。俺ら思春期の男子にとって一番いやな死に方はテクノブレイクだからお前も気をつけろってな」


 部活中になんてクソみたいな話してんだよ。

 何部なの?ホモ部?性欲研究倶楽部?


「そんなことより今日オムライスでいいか?特売で買った卵がまだ余ってただろ?」


「今日の夜ご飯のメニューよりも鞍馬がテクノブレイクの意味をちゃんと理解してるのかが気がかりで仕方ないのだけど。そこんとこどうなの?おっちゃんに教えてごらん?ほれほれ」


「いや結局どういう死に方なのかは教えてもらっていないんだけど。名前はちょっとカッコいいよな、必殺技みたいじゃん。秘技!テクノブレイク!ってな感じでさ」


 なんて恐ろしいことをヌかしてんだこの恥知らずは……。


「ドちゃクソ恥ずかしい技名であることは理解しておいてね?人前でテクノブレイクなんて叫んだ日には末代までの恥だからねマジで」


「はいはいわかったから。問題なければ作り始めるぞ」


 お前が恥をかかんよう親切にも忠告してやったんじゃろうが!

 なに適当にあしらってんねん!


「本当にわかってんの?まぁもういいや。オムライス出来上がるのを良い子ちゃんで待ってま~す……あ!ちゃんとケチャップライスで作ってよね?中が白飯のオムライスなんて認められないわよ!?」


「なんで急にオネェ口調なんだよ。一応チキンライスで作るつもりだから安心しろ」

 

 ふわふわ卵の外殻にスプーン突き立てて出てきた純白ライスのガッカリ感たるや、想像しただけで恐ろしいからね!

 ボクは許せてもケチャップライスまでだよ!


(自分で作ることなんてしないくせに注文だけは一丁前ですからね。どうしてこんなワガママちゃんに育ってしまったのか……)


 うるさいよ!

 だいたいボクだけじゃなくて母親である宝ちゃんからして一切料理を嗜まないのだ。親子ともども料理スキルゼロである。自分たちで作れる料理の限界などせいぜい卵焼きくらいだろう。

 ……いや、卵焼きも無理か。んじゃ全部無理だわ。


「ボクの料理センスが壊滅的なのもなんもかんも鞍馬が悪いんやんけ!ボクを甘やかしているからこうなったんだしょ?!むしろボクは被害者だもん!」


「『だもん』じゃねぇし。いきなり大声も出すなよ。またお隣さんに頭下げに行くとか勘弁だぞ俺は」


 ダイニングテーブルの椅子に掛けられたほぼ鞍馬の専用となった我が家で唯一のエプロンを身に着け、手際よく持ってきた食材をキッチンに並べていく鞍馬くん。

 すごく女子力高そうです……!

 けどさ鞍馬さぁ?


「そのフリルのついたピンクエプロン使うのいい加減やめなよ。なんか怪しい趣味のある人みたいだし……」


「だって勿体ないだろ?折角あるのに誰も使ってないし。宝さんには可愛いって褒められたんだぞ?」


 裾を摘まむな見せびらかせようとするな悍ましいな。


(私は可愛いと思いますけどね。エプロンも鞍馬君も)


 絶対嘘じゃん。おべっかじゃん。

 本気だったら女性の感性は一生理解できませんわ。

 この非モテ野郎には教えといてやるか。世界の真実とやらの一端を。


「女の人の『キャ~かわいぃ~』を本気に受け取んな。あれは罠だ。女性は生き吐くくらい容易く万物に対してカワイイって言うからな」


「え?そうなの?嘘だろ?どこ情報それ?」


「ネットの海では有名な話だよ。てか男が可愛い言われて喜ばないでよ、気色悪い」


「誰よりも一番たくさん可愛い言われてきた伊呂波が「うっさい死ね」……理不尽だわ」


 呆れたように肩をすくめた鞍馬が手際よく調理器具を取り出し料理を始め出したのを見届けて、ボクも部屋着に着替えて料理ができるのをグータラ待つことにした。

 料理する鞍馬とおとなしく待つボク、これが我が家の役割分担である。適材適所って大切だよね。


 なんとなくテレビをつけると夕方のニュースが放映されていた。

 学生の大多数に共通することだろうがニュース番組への興味は薄く、例に漏れずボクも同じである。

 なんか適当なバラエティ番組でもやってないかとチャンネルを変えようとしたボクの指を止めるような内容の特集が、ニュースで取りざたされていた。


『七福家大解剖!十八年ぶりの奇跡!国立八百万学園に集った七福家!』


 ふんふむ。なにやら七福家の人間が八百万学園で一堂に会するのは、集まるという意味合いを持つ九の倍数年であるという見識が有力視されているらしい。

 国立八百万学園が設立して以来今回は三度目であり、前回は十八年前、その前は二十七年前だったとのことだ。次回も同様の機会があるとしたら二十七年後になる可能性が高いとのことなので今年はそこそこに貴重な年なのであると、テレビの中でどこかよく知らん大学の教授様が力説している。

 

 『七福家』ねぇ。

 

 そのあとのニュースでは七福神から加護を受けた各家の紹介が始まっていた。ついでに吉祥家も七福家の末端に属しているだけあって最後にちょろっと紹介されけど、でもこれ吉祥家の紹介じゃないよね?人気女優の吉祥宝きっしょうたからの紹介やんけ。

 

 今年は貴重な年だ何だと威厳まき散らして真面目な顔して解説してた大学教授様も、『吉祥宝イイゾ~』しか言わないただのミーハーオヤジに成り下がっていた。さっきまでの威厳どこ行った。雲散霧消しとるぞ、恥じれ。


(宝ちゃんの活躍は嬉しいのですが、神様本人からするとちょっと複雑ですね)


 ウチの神様である吉祥ちゃんも、当然プリプリと可愛く遺憾の意をなんちゃらしていた。


「いろはー皿運んでくれ」


「はいさーい」


 ニュースの七福家特集が丁度終わったタイミングでキッチンにいた鞍馬から声が掛けられた。我が家の夕飯の時間である。お腹ペコペコなり。

 鞍馬が作ってくれた夕飯の付け合わせのサラダやらスープをダイニングテーブルまで運んで、ご機嫌な夕飯のセッティング完了である。


(いいないいな。鞍馬君のオムライス羨ましいな)


 ぷかぷか浮いてる吉祥ちゃんは当然のことながら神様であるため飲食できないので、テーブルに並んだオムライスを物欲しげに見つめていた。


「おぉ!美味し……そぅ……か?」


 綺麗な卵の皮に包まれた半円状の見事に美味しそうなオムライスがそこにはあった。

 なのにケチャップで『POWER』と書かれた無駄なデコレーションのせいで、なんかいろいろ台無しだった。こんなぶち壊し方ある?なんでこんな酷い事すんの?


 武力やら女子力やら生活力やら果てには『POWER』のおまけつきとか何なの?鞍馬お前は力の化身かなんかなの?どんだけ力好きなの?

 ボクの表情から何を察したのか、はたまた何も察してはくれていないのか、笑いながら「上手に出来てるだろ?」と聞いてくる鞍馬くん。

 

 いい、笑顔です……。

 このオムライスまさかプロテインとか入ってないだろうね?

 

 しかし作ってもらっている手前、お小言の一つでも言うことは憚られたため、スプーンでケチャップを塗り広げることで妥協しておいた。いや鞍馬残念そうな顔するな。力好き過ぎか。


 テーブルの上には2人分のオムライスと小盛りのサラダ、コンソメスープが並んでる。

 あれれ?2人分?


「今日は鞍馬もこっちで食べていくの?」


「ウチの分は帰ってすぐ作り置きしといたからな。今頃親父たち二人で食ってるよ」


 鞍馬はそう言って度し難いピンクフリフリエプロンを外しながら対面の席に座った。

 毘沙門家は母親がいないから鞍馬と鞍馬のお父さんと弟の男所帯三人家族である。お父さんはお仕事で忙しいし鞍馬の弟は絶賛反抗期中だから、家事も世話焼きの鞍馬が大体やっているらしい。


「鞍馬も自分の家で食ってくればよかったのに」


「伊呂波一人で食べさせるのも寂しいだろ」


 幼馴染の気遣いが身に染みた。持つべきものは便利な鞍馬である。

 美少女であったら尚のこと良かったのに、なんて思ったのも別に照れ隠しなんかじゃないんだからね!


(私にも照れ隠しでそんな天邪鬼なこと思って。本当に素直じゃないんですから)


 いやいやボクだって少し前までは素直で純粋な天使みたいな子どもだったのだ。世界の汚さを知って堕天しただけである。イロハドロップアウトである。

 でもこれが成長するっていうことじゃないの?大人になるっていうことじゃないの?


(身長は全く成長しなかったですけどね~)


 うるさいよ!発育を貶すのは良くないことなの!言っちゃいけないの!

 テーブルの向かいに座っている鞍馬はボクの栄養を吸い取ったかのようにすくすくと育っていったのに。非常に羨ましい限りである。利子付けて返してほしい。

 

 ちなみにボクと毘沙門鞍馬は生まれた時から付き合いのある幼馴染だ。

 そもそも吉祥家と毘沙門家はずっと古くからの親交があるらしいが、それもそれぞれの神様同士が持つえにしによるものだろう。神々の結びつきである縁は侮ることができない強い力を持っている。

 家を加護する神様の持つ因縁は依代よりしろとなる家や人間にも影響を与える。

 深い結びつきを持つ神様同士。親や兄弟。敵対や親交。そして夫婦などもそうなのだ。


 例えば『伊邪那岐』と『伊邪那美』。

 例えば『須佐之男命』と『櫛名田比売』。

 そして例に漏れずボク達『吉祥天』と『毘沙門天』。


 神様同士の結びつきは依代となる人間同士の結びつきにもなる。さらに神様は信仰によってその存在を確立し威光を放つ。

 その名声が広がることで、多くの人からの認知と信仰を得ている神様がより強い力を持つように、神様同士の関係も認知されるほどに影響の強いものとなるらしい。

 まあそんな蘊蓄はどうでもいい。腹の足しには一切ならんのだし。


「「いただきます」」


 サラダをシャクシャク、オムライスをむしゃむしゃと二人で食べ進めている最中、先程のニュースの内容をふと思い出した。


「そういえばさ?さっきニュースで七福家の特集みたいのが放送されてたんだけどさ」


「あぁ、今年は七福家の人たちの誰かしらが八百万学園に関わっているからな。巷では『奇跡の世代』なんて呼ばれて騒がれてるって話も聞いたことあるな」


 もうちょい違ったワードなかったの?

 有名バスケ漫画の丸パクリってどうなのそれ?


「なんて呼ばれてるとかはとりあえず置いといて、っていうかどうでもいいんだけどさ。正直ボク七福家のことよく知らないんだよね?たいして興味もなかったし」


「興味ないって……今は吉祥家も七福家の一員だろうが。基本の七神様ほど認知度は高くないかも知れないけど、正月とかの顔合わせや宴会にも招待されてるだろうが」


 なんか残念そうに言ってくれてるけど吉祥家が七福家だとかどうでもいいのである。いつも七福家の集まりにも参加してないし。宴会とか挨拶とか顔合わせとか非常に面倒で嫌だし。

 

 本来の七福神は大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、布袋、寿老人、福禄寿の七神で成立しているけれど、寿老人と福禄寿を同一神とする場合はボクが寵愛を受けている吉祥天か猩々が仲間入りすることもあるらしい。とはいえ基本的には吉祥天も猩々も七福神に含まない方がオーソドックスなのだし。


「いやいや、本来なら吉祥天は七福神に含まれていないわけじゃん?だから遠慮しといた方がいいじゃん?ほかの七福家の人たちも不快に思うかもしれないじゃん!?」


「お前の場合ただ単に面倒臭がってるだけじゃねぇか!むしろ招待されてるのに一度も参加してないことに角が立ってるっての!」


「一回は参加したことあるよ!ゼロじゃないよ!訂正してよ!」


「しゃらくさいわ!ゼロでも1でもたいして変わらんわ!」


 初めて正月の宴会に参席した時に非常に色々と面倒だったので、もう勘弁してと嫌になってしまったのである。

 それでも一つだけ、嬉しかったことと大きな心残りはあるんだけど。


「ぐぬぬ」


「まったくよぉ……言い訳のセンスもゼロ。料理スキルもゼロ。さらには生活力も筋力も男らしさもゼロときたもんだ。さすが伊呂波だな。ハハッ」


「あぁ!?なに笑てんねん!てか最後のは馬鹿にしすぎだろ!伊呂波って煽りワードのつもりか!?人様の名前だぞ!」


 大変良い笑顔でボクを貶めながらスープを啜りやがって。付き合い長いからってバカにしすぎだろ!そりゃ鞍馬に比べれば出来ない事はちょっぴり多いかもしれないけども!


「どうどう。冗談だって。それでニュースの特集見て七福家にも少しは興味を持ったから、俺に聞こうとしたってところか?」


「その通りなんだけど、察しが良すぎて引くわ……」


 腐れ幼馴染はボクの意図を瞬時に察してくれたみたいだったけど、理解の早さにボクはドン引いた。なんでもお見通しとかホモみたいだからやめろ。


「なんで言い当てたのに詰られにゃあかんのだ」


 呆れたように肩を落とした鞍馬の様子を見て、ざまあみろと先程ディスられた溜飲が少しは下がった。まぁ許してあげよう。ボクは寛大な心の持ち主だからねっ!


 まぁなんだ。ホモだの引くだのと言ったけれど。 

 ボクの意図をすぐに察してくれるし料理も上手だし、なんだかんだで面倒も見てくれるし。ボクは本当に良い幼馴染に恵まれたものである。

 でも恥ずかしいから絶対に口には出して言ってあげないんだからね!


(そういう素直な思いを伝えてあげれば鞍馬君の日頃の苦労も少しは報われると思うんですけどねぇ。本当に素直じゃないんですから)


 目の前で呑気にオムライスを食べる鞍馬を見て、ボクはちいさく笑いを零しながら、美味かったオムライスの最後の一口をパクリと頬張った。


◇◇◇

 

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