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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
19/62

<第五万(よろず)。‐正解の神様‐> ②


                  ◇


「―――お願いです。ボクともう一度、『ともだち』になってください」


 だけど、これだってボクの本心からの願いでもあるんだ。

 

 ―――ボクの中に残り続けていた後悔―――


 幼き日に、かつて『ともだち』だった『さよちゃん』と交わした―――


 ―――守れなかった、約束。


「えっ……?もう、一度……?」


 お願いをするボクの瞳を、俯いていた顔を上げて、驚きで目を丸くした弁財さんが見つめてくる。


 やっぱり、弁財さんは忘れてしまっているのだろう―――


 かつてのキミと一日だけ遊んだことのある、約束も守れない『ともだち』のことを。


『らいねんも、またいっしょにあそぼうね』


 そんな、ボクが破ってしまったほんの小さな、可愛らしいあの口約束を。


「―――弁財さんは覚えてないと思うけど、ボクたちは幼い頃に一度だけ遊んだことがあるんだ。ボクが過去に一度だけ参席したことのある、七福家の宴会の席で」


 覚えていないと言うならそれでもいい。

 むしろ、裏切られた記憶など忘れてくれていた方が、ボクの気も楽になる。


 いや、そもそも弁財さんにとっては、記憶に残るほどでも無いくらいの取るに足らない思い出だったのかもしれない。

 それはそれで悲しいけど……。


 ―――だけど、ボクにとっては忘れられない思い出なんだ。


 ボクは今日までに、何度もあの日のことを思い出して申し訳なさを感じ、学園で会ったキミに謝ろうとして勇気を出せず、幾度となく自分のいくじのなさを恨んだんだから。


 一度約束を破ってしまったボクが、『キミとともだちになりたい』なんて、口が裂けても言えなかった……。

 だから、ボクはキミが自分から『ともだちになりましょう』と言ってくれるように、ボクなりのやり方で、キミと関わりを作っていこうとしていたんだ。


 でも、今は変わってくれた。

 今では、変わってくれた。


 もしも、キミがボクに対して、割り切れないほどの申し訳なさを抱いてくれていると言うのなら―――


 ―――ボクたちは、ようやく対等になれた気がする。


 ―――ようやく、後悔を抜きにして新しい関係を作り直せる気がするんだ。


 だからボクはお願いをする。


 弱みに付け込むだとか卑怯だとかは、もうどうでもいい。


 この日、この時を、何よりも待ち望んでいたんだから。


「―――やっぱり、あなたが、吉祥君が、あの『はーちゃん』だったのですね……」


 でも、ボクの予想は裏切られた。


 どうやら弁財さんは覚えていてくれたようだった。

 『はーちゃん』だったボクを覚えていてくれたのは、正直言ってすごく嬉しい。


 だけどその嬉しさと同じくらい、不安が胸を満たしている。


 一緒に笑いあったかつての『ともだち』を、今でも強く恨んでいるかもしれない。

 嫌いになっているかもしれない。


 それは、すごく悲しいし……怖い。


 だけど―――


「『やっぱり』ってことは、もう気付いてたんだね?」


「はい。階段で落ちていく私のことを『さよちゃん』と呼んでくれたことで、たぶんそうなんだろうなって。今までに私のことを『さよちゃん』と呼んでくれた子は1人しかいませんでしたし……」


 ボクの目に映る弁財さんの表情は、ボクの勘違いでなければ、怒りや悲しみなどの感情は表れていなかった。


「そっか……覚えていてくれたんだ。あの日のこと」


「忘れられません。忘れるわけがありませんよ。きっと何があっても一生覚えています。そう断言できるくらいには、私の中でとても大切な思い出なんですから……」


 ずっと2人で遊んでいたあの日のことを思い出しているのか、弁財さんは微笑んでくれていた。

 その笑顔に、ボクは救われた気持ちになる。


 嫌な思い出になっていないんだってわかったから。

 懐かしむように笑ってくれたから。


「でも、なるほど……わかってしまいました。私が今まで深く人と関わろうとしなかった理由が……」


 だけど弁財さんは、浮かべていた笑みのかたちを、過去を懐かしむものから、自嘲するようなものへと変えてしまった。


「きっとまた『ともだち』を作っても、裏切られるかもしれないと恐れていたんですね。そしてその度に、お母様に叱られたあの宴会の日のことを、『はーちゃん』が来なかったあの辛く悲しかった日のことを思い出してしまうのを、避けていたんだ……」


「……っ!」


 ―――ボクは、何を浮かれていたんだろうか。


 忘れてくれているかもとか、覚えてくれていて嬉しいだとか、ようやく対等になれただとか。

 勘違いも、自惚れも、甚だしい。


 弁財さんの悲し気なその表情で、自分の愚かしさにようやく気付いた。


 ボクは、どうしようもなく、弁財さんを傷付けてしまっていた。

 弁財さんが築けたかもしれないたくさんの人との関係を邪魔してしまうほどに。


「ごめっ……ごめんなさいっ!ボクなんかが『ともだちになりたい』なんてっ!虫がいいにも程があるよね……ホントにごめん。ごめんなさいっ!」


「っ!違いますっ!わたしっ……私だってっ!」


 ―――だけど弁財さんは、ボクの独り善がりな思い上がりを否定してくれる。


「お母様が何故あのようなことを言ったのかはわかりませんがっ……私だって吉祥君と仲良くなりたいっ!これからも一緒にいたいっ……!あなたが許してくれるなら友達になりたいですっ……!」


 ―――ボクの自分勝手なお願いを、それも自分の願いであると言い、叶えてくれようとしている。


 ボクは、この優しさに甘えてもいいんだろうか?

 そんなこと、はたして許されるの―――ぅん?


 『お母様が何故あのようなことを言ったのかはわかりませんが』ってなんだ?


 どういう意味だ?

 わからんぞ?


「『お母様』?『あのようなこと』?……待って待って。ちなみに、なんて言われたの?」


 過去の辛い記憶を思い出しているのか、弁財さんは悲し気な表情を浮かべていた。

 ボクに伝えるのを戸惑っているのか、口を開いて何かを言おうとしてはいるものの、なかなか言葉を発してはくれなかった。


 それでも、覚悟を決めたように、その重い口を開いてくれた。


「『吉祥家の人間とは関わる必要がない』って、私が幼かった頃にそう忠告されて……」


「えぇ……?それ本当?」


「はい……本当です。ホントのホントでマジのマジです……」


「あの市杵いちきちゃんがほんっとーにそんなこと言ってたの?」


 市杵ちゃんの娘さんから教えられたその言葉を、素直に信じることができなかった。

 あの市杵ちゃんがねぇ……。


「はぃ……その市杵ちゃんがほんっとーに………………………………………えっ?は?」


「ぅ~ん?市杵ちゃんがそんなこと言ってたとか、にわかには信じ難いんだけどなぁ……」


(たしかに日頃の市杵ちゃんを見ていたら、そんなことを言ってただなんて想像できませんね~?)


 さっきまでの悲壮な表情が嘘のように、弁財さんは唖然とした顔をして、口をパクパクと金魚みたいにアホ動作している。


 たとえ美少女でも、そんな間抜けな顔をしてると顔面偏差値ダダ下がりしちゃうんだなぁ。

 ボクも人前で間抜けな面を晒さないよう気をつけようっと。


(真面目な顔より間抜け顔を晒してる時間の方が長い伊呂波ちゃんには、きっと無理ですよ?)


 うるさいよっ!

 隙あらば馬鹿にしてくるのやめろっ!


「……いや、あの?さっきから名前が出ている『市杵ちゃん』ってのは?まさかとは思いますけど弁財市杵のことではないですよね?違う人のことですよね?ねっ?」


 ボクが脳内で失礼な神様と言い合っている間に、弁財さんの意識はボクの言葉を受け入れ始めたのか、未だに口をアワアワしながらも、なんとかたどたどしく言葉を発してくれた。


「いやいや、その弁財市杵さんのことで合ってるけど?弁財さんの母親の弁財市杵さん。当たり前でしょ?」


 そんな変わった名前の人なんて、世の中にそうザラにはいないでしょうが。

 

 なんでピンと来てないの?

 自分の母親の名前だよ?


「いやいやいやっ!『当たり前でしょ?』とか言われてもっ!全然当たり前じゃないんですけどっ!?なんで人のお母様のことをそんな慣れ親しんだようにっ!ていうか馴れ馴れしく呼んでるんですかっ!?そんなまるで親しいともだちみたいにっ!」


「えっ!ダメだった!?市杵ちゃんからはそう呼ぶように言われてるし『弁財さん』とか『市杵さん』って呼ぶとすぐ拗ねるから正直面倒くさいんだけど……」


「そんっ!?うっ!?えっ!?やっ!?えぇ!?いやいやっ!いやいやいやっ!」


 ボクの言葉を受けて、何故だか弁財さんは、壊れたCDコンポのような声を出しながら固まってしまった。


「嘘ですっ!いつかの宴会で吉祥君たちが来た時にあんなに険しい顔をしていたのですからっ!そんな仲の良い友人同士みたいなエピソードは嘘ですっ!ありえませんっ!」


「いや、毎回メッチャ笑顔で出迎えてくれるらしいけど?んで毎回参加できないって知るとメチャクチャ落ち込んで泣きながら引き留めてくるらしいけど……?」


 そんな様子を毎年のように笑って聞かせてくれる宝ちゃんも、『市杵らしくて可愛いけど、もっと恥じらいとか持って欲しい』と、最後には若干呆れたように話していたし。


 うん。

 そん時のやり取りなんて、情けなく宝ちゃんに泣き縋る市杵ちゃんの姿なんて、たとえ見ていなくても容易に想像できてしまう。


「そんなっ!?それも嘘ですっ!そもそも吉祥君とお母様なんて、会って話したことさえないでしょっ!?」


「いや毎月会ってるけど……てか毎月ウチに来るけど……?」


 稀にしかない宝ちゃんの休みの日には、いつもウチに来るからね、あの人。


「ないないないないっ!ありえませんっ!そんっ!そんなわけっ!絶対っ!だってっ!そんなっ!?」


 何故かありえないくらい必死に否定してくる弁財さんに、面食らってしまう。

 何がそんなに信じがたいのだろうか。


 その理由を、ずばり尋ねてみようと口を開きかけたけど――― 


「……一応、病院なんだから静かにしろよお前ら……」


 弁財さんのシャウトのせいでドアの音が聞こえなかったけど、鞍馬がいつのまにか入室いていたらしい。

 

 『お前ら』って、主に騒いでいたのは弁財さんだけなのに、ボクも一緒くたに注意されてしまった。

 誠に遺憾侍で候。


「まあ仲直りできたようだし何よりだよ……ほれ伊呂波。着替えとか持って来たぞ」


 鞍馬が持って来てくれた紙袋を受け取ると、言葉の通り着替えやら下着やらが入っていた。

 どうやらボクの家まで、わざわざ取りに行ってくれていたらしい。


「あぁ、だから起きた時に鞍馬いなかったんだ。あんがとあんがとアンガーマネジメント」


「はいはい。どういたましき無関心……そんでお前んち行ったときに宝さんに連絡しといたんだけど、明日は都合付きそうだから見舞いに来るってさ。明日退院なのに見舞いってのも可笑しいんだが……」


 いつも撮影やらなんやらで、自宅に帰ってくることすら珍しいのに、なんだかんだで母親として心配してくれたのだろうか。

 宝ちゃんにはあとで、お礼のメールでも送っておくことにしよう。


 それにしても、とりあえず最後の『市杵ちゃん悶着』のおかげで、いつの間にか涙が引っ込んでて良かったね弁財さん。


 泣いている所なんてあんま多くの人に見られたくないだろうし?

 思春期の女子って難しいお年頃だし?


「毘沙門君いつのまに!?でもちょうど良かったです!聞いてくださいよっ!吉祥君が荒唐無稽でちゃんちゃらおかしいことを―――」


 ボクの言った事が信じられないからといって、鞍馬にアシストを期待しても無駄な気がするよ?

 だってそいつも―――


「あぁそれとな委員長。市杵さんも明日一緒に来るってさ。伊呂波のことメタクソ心配してたぞ?帰ったら軽傷で済んだから大丈夫だって伝えてあげてな?」


 市杵ちゃんとはちょくちょく、ボクの家で顔を合わせてるし。

 なんなら市杵ちゃんや宝ちゃんが家にいる時に、ボクらのご飯の準備をしてくれているの鞍馬だし。


「Oh……Jesus……」


 鞍馬の発した言葉にもダメージを受けたように、顔を抑えて天井を仰いだ弁財さん。

 

 てかなんで英語で言った?


「せっかくだし委員長も明日、市杵さんと一緒に来たらどうだ?無事誤解も解けたようだし、親子揃って顔合わせる機会も今までなかっただろ?」


「……嘘です……こんなの……絶対っ!ウソですぅぅっっっ!!!」


 弁財さんの今日一番のシャウトは、きっとこの病室だけに留まらず、病院中に響き渡ったことだろう。

 耳キーンってなったわ。


 ……そのあと、看護師さんにメチャクチャ怒られたし。


 ―――んだからぁ!

 

 ボクのせいじゃないってのにぃっ!んもぅっ!


 頑張ってきた幕閉めがこれって!

 理不尽過ぎだよっ!踏んだり蹴ったりだよっ!


 なんて、ボクの悲痛なシャウトに関しては、流石に心のうちに留めておいた。

 また怒られたくなかったし。


(―――ふぅ……伊呂波ちゃんがいると、いつでもどこでも騒がしくなってしまうんですから……でもとりあえずは一件落着、ですかねぇ……フフッ―――)


 そういって安心したような神様の優しい声が、ボクの耳には届いたのだった―――


                  ◇

  

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