<第五万(よろず)。‐正解の神様‐> ①
【市杵島姫命】
天照大神と須佐之男命が行った誓約によって生まれた神様。
市寸島比売命と表記されることもあり、日本書紀や古事記など、文献によって表記が異なる。
◆
ボクが病院のベットで寝てる現在に至るまでの経緯を、弁財さんは説明してくれた。
そして弁財さんの方から求められたため、あのクソ不良共と弁財さんの関係を危ぶみ、ボクがしていたことの全てを、弁財さんにも説明した。
「それならちゃんと……その時々で説明してくれてれば……」
「ボクの話をちゃんと聞こうとしなかったのは弁財さんの方じゃん……」
今日一日の恨みも込めてジト~と見つめると、ただでさえ反省していた為にシュンと肩を落としていた弁財さんが、さらに申し訳なさそうに縮こまってしまった。
そんな小さくなってどうすんの?
回避率上げたいの?
「それは……うぅ……ごめんなさぃ」
あまりの自責の念に堪えられなくなったのか、素直に謝る弁財さんの貴重な姿に、思わず笑みが零れた。
「ぷっ……まさか弁財さんの口から、そんな素直な謝罪が聞ける日が来るなんて思わなかったよ」
「んなっ!私だって自分が悪いと思った時には謝罪することぐらいできます!まったく私のことをどんな風に見てたんですかっ!」
さっきまでの落ち込んでる姿よりは、今みたいにムキになっている方が弁財さんらしいよね。
落ち込んでる女の子を見てるとボクもテンション下がるし。
「あはは、ごめんごめん。冗談だよ……それに、ボクだって……」
落ち込んでいた弁財さんをボクはからかったりしたけれど、そうさせてしまった原因の一端はボクにだってあるんだ。
思い出せば思い出すほど、自分の力不足や不器用さが嫌になる。
「ボクだって、見通しが甘かったせいで、弁財さんを嫌な目に遭わせちゃったんだし……」
「それは……別に吉祥君のせいではないでしょう?全部あの人たちの逆恨みだったわけですし」
「ううん。あいつらがあんなにもすぐに直接、弁財さんに手を出してくるとは思っていなかった。その考えの甘さがなければ、もっといろいろなことを未然に防げたかもしれないんだ」
今日だけではない。
今迄にだって、過去に何度も何度も悔やんできた。
自分の至らなさが情けなかった。
一人じゃなにも解決出来ない、そんな自分の不甲斐なさが恥ずかしかった。
そのたびに、誰かに助けてもらってきた。
ボク一人だけでは、何も成し遂げることができないことが悔しくて。
だから今回こそは、と思ったけれど―――
―――それが、この有様だ。
ボクは自分だけの力で、女の子一人守ることさえできない。
最初から鞍馬に手伝ってもらえば、仙兄に相談していれば、弁財さんを悲しませるような事態は防げたかもしれないのに……。
だから―――
「だから……ごめんなさい」
ボクの謝罪の言葉を、弁財さんは受け取らないだろう。
きっと納得もしないだろう。
それでも、謝らずにはいられなかった。
これはボクの為の謝罪だ。
ボクがしなければいけない反省と、ボクが納得するための、自分勝手な謝罪でしかない。
ボクに対して罪悪感を抱く弁財さんに、ボクの自己満足を押し付けることへの申し訳なさを感じたけれど、謝らないではいられない。
ボクの弱さの謝罪を、懺悔を、今この瞬間にしなければ、きっとボクの心にシコリが残り続けてしまう。
―――それじゃあダメだ。
今後ずっと関わっていく上で、今日のことを思い出して悔いるようでは。
ふとした時に、申し訳なさを感じてしまうようでは―――
―――そんなことでは、弁財さんと対等な関係を築くことができなくなってしまう。
「弁財さんのことを守れなくて、ごめんなさい」
ボクはベットの上で頭を下げた。
「ボクに、キミを守るだけの力がなくてごめんなさい」
何度も、何度も謝罪の言葉を口にする。
「ボクのワガママのせいで、キミを悲しませてしまって……ごめん、なさい」
ボクの独り善がりな意地に巻き込んでしまったことを、心から詫びる。
「今までたくさん迷惑をかけたけどっ!でも、それでも―――」
頭を下げて謝り続けるボクの両頬を突然掴んだ彼女の両手が、グイッとボクの頭を引き上げる。
そして不意に引き上げられた視線の先には、とても近いその場所に―――
―――ボクを見つめる、彼女の綺麗な瞳があった。
弁財さんは、強引にボクと目を合わせて―――
「そんなことっ、ありません!あなたはっ、吉祥君は精一杯!私のことを守ろうとしてくれたじゃないですかっ……!」
―――ボクの弱さを、否定してくれた。
「あなたはっ、ちゃんと私をっ……私のことを守ってくれていたっ……!」
―――ボクの情けなさを、庇ってくれた。
そんな感極まった弁財さんの口から飛んだ唾が―――ボクの右目に飛び込んできた。
そう。
美少女の唾が目に入った!
「……うっ!」
「あなたはずっとっ!私のことを守ってくれていたのにっ……!」
右目に痛みが走ったけど、両頬を掴まれている弁財さんの手が邪魔して拭うことが出来ない。
待って待って!
いったん止めて!
「私は勘違いしてっ!吉祥君のことを酷く罵ってしまったっ……!」
そして追撃するように、左目に飛び込んでくる美少女の唾!
「うぐぅ!」
痛いってぇ!
狙ってやってんのかっ!
「そればかりか、アナタの頬を打ったりもしてしまって……謝らないといけないのは私の方です……ほんとうに、ごめんなさい!」
ボクの方こそごめんなさいぃ!
両目の痛みのせいで弁財さんの謝罪に集中できてなかったボクを許しておくれ。
でもこれはボクのせいじゃないぃ!
弁財さんの頭の中にはピアノ調の感動的なBGMが流れ、その瞳には青春群像劇の一幕が映っていることだろう。
しかしボクの頭の中では、目に唾が入った瞬間から愉快でおちゃらけたBGMが流れている。
まるでコントである!
何だこれ台無しだよっ!
「そんな……泣かないでください。あなたが泣くから、私もつられて……うぅっ」
泣いてない!
無理矢理泣かせられてんのっ!キミの唾にっ!
両頬を掴んでいた手の感触が消えたと思った瞬間、ボクの頭は弁財さんに抱きかかえられた。
感動的なシーンである。
ほんの数時間前までボクを憎み恨んでいた弁財さんが、感極まってボクの頭を抱きかかえて涙を流すまでに変わるとは。
ボクも美少女の唾液に追いやられていなければ感動を共有できていたのだろう。
今の状況、残念が過ぎる限りである。
「ごめんなさい……いえ、ありがとうございますっ!私のことを諦めないでくれてっ!」
感涙する弁財さんのボクの頭部を抱く両腕の力が強まり、その美少女の胸元にグイグイと引き寄せられる。
思わぬ展開にシリアスモードが解除されてしまったボクの脳内には、思春期男子らしい可愛い欲望が顔を出して来た。
美少女の魅惑の胸元に、ボクの頭が―――
―――あっ……あんまり柔らかくないわ。
このひと、乳が貧しぃ―――
(こらあぁぁぁぁっ!!!失礼でしょぉっ!!!)
「˝あ˝あ˝ぁっ!?」
頭の中で拡声器でも使ったかのような強烈なお叱りを受け、思わず悲鳴が零れた。
「うっ……スンっ……だから、なんであなたがそんなに泣くんですか、もうっ……!」
むせび泣いてる時に出る鳴き声じゃないんだよっ!
苦痛に苦しむ呻き声なんだよっ!
頭がガンガンガンジス川である。
綾乃ちゃん。君のダジャレは最高ですっ……!
(感動的なシーンだから黙って見ていたのにっ!!本当に伊呂波ちゃんはもうっ!!!台無しですよ!!)
まことにそのとおりです。はい。
本当になにもかもが台無しだった。
一旦落ち着きましょう。
そして仕切りなおそう。うむ。
ボクの頭を抱えてスンスン泣き続ける弁財さんの肩を掴み、ゆっくり引き離した。
椅子に戻り涙を拭う弁財さんに習って、ボクも目に入った刺激物を拭う。
これ雑菌とか大丈夫だよね?
目の病気になったりしない?
影響ないなら、美少女の唾液で作った目薬とか大量生産して売り出しちゃうよ?
……あれ?なんかメッチャ売れそうじゃない?
ビジネスチャンスじゃない?
(これ以上くだらない事考え続けるなら、もう一回お叱りしましょうか?)
すいませんすいません、勘弁してくださいぃ……。
てか大声で攻撃してくるとか……ウボォーギンかあんたは。
(誰がウボォーギンですかっ……まったく!泣いてる女の子を放っておいて、そんな子に育てた覚えはありませんよ!?今は弁財さんを慰めてあげなきゃでしょうがっ!)
セイロンティー過ぎて反論もできませんわ。
誠にその通りでございござい。
病室内のシリアスな雰囲気と、ボクの心中のおちゃらけ方にギャップがあり過ぎなので、ここいらでちゃんとシリアス方向に軌道修正しよう。
そうしよう。
「弁財さん……あのね?弁財さんが後悔したり罪悪感を抱く必要なんて無いと思うんだ。だって悪いのは全部あいつらだし、弁財さんはむしろ被害者なんだから」
涙を流し続ける弁財さんの肩にそっと手を置いたまま、泣いてる子をあやす様に優しく諭しかける。
「だとしても……私が吉祥君を傷つけたのは事実ですっ……!私があなたに許されないことをしたのは事実なんですっ!」
身体を使って否定の意を示す様に、弁財さんはイヤイヤ無理無理と顔を左右に振って、ボクの言葉には納得できませんと表現していた。
身振り手振りも加えてくれるなんて、実に親切である。
今の否定は大変わかりやすかった。
「ボクは気にしてないよ。だから弁財さんも―――」
「無理ですっ!」
「えぇ……」
気にしなくてええって言うとるのに。
ほんのちょっとだけメンドイぞこの女子。
……しょうがない。
正直、本当にこんな真似はしたくないのだけど……恩着せるか。
「もし弁財さんが、償わないと自分のことをどうしても許せないというのなら―――」
こんなやり方は卑怯だとわかっているけれど―――
それで今日のことを、そして過去のことを清算できるというのなら―――
「―――お願いです。ボクともう一度、『ともだち』になってください」
―――ボクは最後まで、酷い奴であり続けよう。
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