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吉祥やおよろず  作者: あおうま
本編のおはなし
17/62

<第四万(よろず)。‐氷解の神様‐> ④


                  ◇


 病院へ向かうタクシーの窓から見える空の色には、橙が混じり始めている。


 吉祥君を運んでいる救急車には保険医の磯前先生だけが同乗し、私と毘沙門君は2人でタクシーに乗り、救急車の後を追うように病院へと向かっていた。


 タクシーに運ばれている間、毘沙門君が知っている私と吉祥君の事情についてを教えてもらった。


 私が気付いたいくつもの誤解は―――間違ってはいなかった。


 あの日以降も喫煙を続けていた彼ら3人は、数日前にその不貞行為が学園側にバレてしまい、教員からの厳重指導が行われたらしい。


 あの日に私が残した捨て台詞から、彼らの行為を密告したのが私である。

 そう勘違いした彼らは私に恨みを抱いた上で、私のことを虐げようとしたのだという。


 私が苛めを受けていると察した吉祥君は、誰にも知られずにその原因を取り除くために奔走していただけなのだ。


「―――伊呂波って目立つだろ?あの見た目のせいで小さいときには揶揄われたり、虐められたりしていたんだ。俺が気付けば間に入って助けてやったりもできたんだが、それでもきっと俺が気付けなかった苛めもたくさんあったんだと思う」


 自分が虐められていた過去があるからこそ、あいつは苛めなんて大嫌いなんだと、そう毘沙門君は話してくれた。


「でもな、委員長が伊呂波に対して罪悪感を抱く必要なんてないんだ」


 私が吉祥君に対して感じていた負い目を察したのか、私に謝り続ける必要なんてないと毘沙門君は言った。


「あいつは他人の目とかを気にせず、最終的には自分のやりたいように、勝手気ままに生きているようなやつだからさ」


「……吉祥君と付き合いの短い私でも、彼がそういう性格だということはわかります」


 吉祥君は私とは正反対の人間だ。


 たくさんのコンプレックスや固定観念に縛られた私とは真逆で、彼はどこまでも自由で何にも縛られずのびのびと生きている。


「そんな伊呂波だけど、それでも自分のしたことで誰かが迷惑を被った時には、負い目を感じてしまうような弱さも持ち合わせているんだけどな」


 そういう自分勝手さと、だけど身勝手になり切れない甘えた優しさの両方を抱えている不器用なところが伊呂波らしいと、そう話す毘沙門君の顔には優し気な笑みが浮かんでいた。


「委員長を助けようとしたのだって、いつも迷惑をかけていた後悔や罪悪感を少しでも払拭したかったんだと思う」


「後悔や罪悪感……?」


「ああそうだ。あいつはいつでも委員長のことを気にかけていた。だけど、それも言ってしまえば伊呂波の自業自得だし、あいつが委員長を助けようとしたのだって、伊呂波の独り善がりな罪滅ぼしでしかないかもしれない」


 そこまで言って言葉を切った毘沙門君は、それまで見ていた車窓の外から、私の方へと視線を向けて目を合わせてくる。


「だから委員長はあいつの『身勝手』に罪悪感を抱く必要なんてないと、俺はそう思う。……けど、それでも委員長が伊呂波に助けられたと恩義を抱いているんだったら―――」


「抱いて、いるのなら……?」


「『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』と伝えてやって欲しい」


(……毘沙門君は本当に、吉祥君のことを大切に思っているのね)


 毘沙門君の真剣な眼差しとその紡がれる言葉から、私は毘沙門君と吉祥君の絆の深さを感じ取らずにはいられなかった。


 吉祥君のことを理解し、吉祥君の為に誰かに頭を下げられる存在がいる。


(あぁ、なんて、羨ましい)


 私はすでに十五年もの歳月を生きて来たのに、これほどまでに私を思いやってくれるような友人をつくることが出来なかった。


 深い絆で結ばれた吉祥君と毘沙門君を、心の底から羨ましいと思った。


「伊呂波もきっと、そっちの方が嬉しいだろうからな」


 それまでの真剣な表情を引っ込めて、冗談めかして笑う毘沙門君の言葉を合図にしたかのように、私たちを乗せたタクシーは少しずつスピードを落としていき。


 そして、私と毘沙門君は病院へと到着したのだった。


                  ◇


 タクシーの車窓から眺めた紅掛空色に染まっていた空にも、今では瞑色が漂っている。


 その暗さは、私が今いる病室の中さえも暗く染め上げてしまっている。

 

 だけど、目の前のベットで寝息を立てている吉祥君のその寝顔は、暗い病室の中であるにも関わらず綺麗で、美しく澄んでいて―――


(なんて、尊いのだろう……)


 いつまででも眺めていられそうな、まるで芸術品のような美しさを感じさせた。


 静謐に眠る吉祥君を見ていると、私は心の底から湧き出る感情に胸が締め付けられる。


 ―――私に嫌悪され続けて。


 ―――罵倒され続けて。


 ―――無実の罪を背負い、私に頬を張られて。


(それでも吉祥君は諦めずに、厭わずに、私を守り続けてくれていた)


 今朝の愚かで浅慮で周りの見えていなかった情けない私に伝えたとしても、きっと信じることができなかっただろう……。


 あんなにも嫌悪していたはずの吉祥君を―――


 彼の不器用な、その『尽力』を―――


 自分が汚れることも厭わない、その『献身』を―――


 私なんかのことを守ってくれていた、その『優しさ』を―――


(今ではこんなにも、他のどんなものよりも、心の底から『尊い』と感じるなんて―――)


「はぁ……」


 その柔らかな頬をそっと撫でてみても、吉祥君は特に反応することもなく穏やかに眠り続けている。


(変われる、だろうか……?)


 今日一日は、私にとってまさに激動の一日と言っても過言ではなかった。


 きっと今後の人生においても忘れることのできない記念となる日だろう。


 でも、そんな今日という一日が『良い意味』で忘れられない日となることを、私は切に願っている。

 今迄の何も知らない愚かで浅はかな私は、自分を取り巻いていた世界を教えられたことで変わることができた。

 

 私が変化を望み、不安に感じているのは、只一つのこと。

 

 ―――吉祥君との、周りの人たちとの関係―――


(今日だけでも、あれほどにも酷い言葉をぶつけてしまった私が望むなんて、烏滸がましいにも程があるけれど……)


 今は、もっと吉祥伊呂波君のことを知りたい。


 彼が何を思い、何を考え、何が好きで、何が嫌いか。

 どんなことでも吉祥君のことを知りたい。教えて欲しい。


(吉祥君が許してくれなくても、私の顔なんてもう見たくないと罵られても……)


 そう言われても、仕方のないほどの失敗を重ねてしまった私だけど。


(吉祥君に嫌われても、何度謝罪を重ねて許してくれなくても……)


 償いたい。


 助けれくれた恩を返したい。そして―――


(それでも私は、吉祥君がしてくれていたように諦めたくないっ……!)


 ―――吉祥伊呂波君と、みんなと、新たな関係を築いていきたいっ!


 今日だけでどれほど涙を流せば気が済むのかと呆れてしまうけれど、私の瞳からはまた涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちていく。


 吉祥君の顔を見続けていたら涙を止められそうにない。

 目を覚ました吉祥君を驚かせないためにも、私は座っていた椅子から立ち上がり、窓の傍へと移動した。


 涙を拭いながら窓の外に目を向けると、今日という日の幕を閉じる様に、夜の帳が下りていた。

 その光景を見ながら、私は感情の波を抑えるためにいろいろなことに思いを馳せる。


 布袋先生や恵比寿先輩は、今もなおあの不良学生たちに事情を聴いているのだろうか?


 少し前まで一緒にいた毘沙門君は、吉祥君の家から必要そうな物を取ってくると言って病室を出て行ったけれど、もう吉祥君の家には着いたのだろうか?


 ベットで静かに眠る吉祥君は、もうそろそろ目を覚ましてくれるのだろうか?


 吉祥君を治療してくれたお医者様は、脳や頭蓋骨に目立った問題はなく、脳震盪と軽い外傷による流血であると診断してくれたけど、本当に後遺症は残らないだろうか?


 実家には帰るのが遅くなると連絡したけれど、心配していないだろうか?


 吉祥君は―――私を許してくれるだろうか?


(必要なのは『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』……)


 本当に私なんかのお礼の言葉で、喜んでくれるのだろうか?


 『さよちゃん』と私を呼んだ吉祥君は、やっぱり―――


「……うぅ?あれ?ここどこ……?『吉祥ちゃ』って痛たたっ!なにこれっ!頭めっちゃ痛いんだけどっ!?どゆことっ!?」


 背中越しに聞こえた恐れながらも待ち望んでいたその声のおかげで、物思いに耽っていた私の意識は現実に呼び戻される。


 慌てて振り向いたその先には、痛む頭を抑えながらベットの上で上半身を起こした吉祥君が辺りをキョロキョロと見渡していた。


 そして窓際に佇んでいた私と目が合うや、静謐だった寝顔とは真逆のような驚いた顔を、私に見せてくれたのだった―――


                  ◆



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