<第三万(よろず)。‐半解の神様‐> ④
◇
私は仲良くなり群れを広げていくクラスメイトの中、教室で独りで昼食を取るのを避けて、今日みたいに一人になれる場所を探していた。
教室で浮いているくらい、別に劣等感を感じるようなことでもないと思っていたけれど、昼休みが始まった時に隣席の女子から何気なく漏れ出た『委員長、今日もお昼ひとりなんだ』という呟きが、何故か無性に恥ずかしさを、そして居た堪れなさを感じさせた。
私は逃げる様に教室を後にして、独りきりの昼食を誰にも揶揄さえないような、人気のない場所を探して歩きまわっていた。
校舎外に出た私を包むような春の陽気が心地よかったけれど、その陽気が作る陽だまりの何処を探しても、既に先客たちが楽しそうに昼食を囲んで談笑している。
残念に思いながらも、逆に人気の集まった日向を避けた場所ならばと一縷の望みを胸に抱き、私は校舎裏を目指した。
日の光が少なくなると共に、昼休みを満喫する学園生の喧騒も離れていく。
あの校舎の角を曲がった場所でお昼ご飯を食べようと、そう歩みを少し早めたその時に、私が目指す校舎の角を曲がって表れた人影があった。
私のいる方向に歩み寄るその学園生は、校舎のつくり出す陰りのせいで顔を識別することが出来なかったけれど、制服の形状から男子であるということだけが分かった。
「あれ?弁財さん……?まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」
その男子学生は私が気付くよりも先に、私が誰であるかに気付いて声を掛けてくる。
聞き覚えのあるその声と徐々に近づいた距離のおかげで、私にもこの人が誰であるのかを認識することができた―――
「……吉祥君?偶然ですね。あなたこそこんな校舎裏で何をしているんですか?」
「ちょっと人?探しがてらに散歩でもと思ってね~……あっ!あのさ?ちょっと移動してから話しなおさない?具体的にはあっち側に」
そう言った後に私が歩いてきた方向を指さす吉祥君は、スタスタ歩み寄ってくると自然な動作で私の手を取りそのまま歩み出そうとしだした。
だけど私の目的地は逆に、吉祥君が歩いてきたその先にあるのだ。
その場に留まるように私は足に力を込めて、彼に付いて行くの拒否する意を示した。
「ちょ、ちょっと待って下さい!私が行きたいのはあっちなんです。教室棟に戻るのなら一人で戻ってくださいっ!」
「しっ、しぃ~!声が大きいよっ!いいからちょっと離れようって!」
(んん?なんでこんな人気のない場所で、声の大きさを気にするのですか?私たちの他に誰もいないというのに―――)
「……あなたの歩いて来た方向に、誰か居るのですか?」
吉祥君の頭を避けて覗いた視線の先、その校舎の角をジッと見つめた。
「えっ!?いやっ!そんなことないよっ!でもあっちに行くのは止めておいた方がいいと思うなぁ!ねっ?」
嘘が下手にも程があるなと呆れながらも、私を必死で引き留める吉祥君の態度が非常に胡散臭くて、私に興味を沸き立たせた。
手を掴まれているのにも構うことなく、私は吉祥君の来た方向、私の元々目指していた目的の場所へと足を向ける。
「えっ!?ちょっ本当に待って!本当に行かない方がいいよ!あの角の先は、え~と……そうっ!トリケラトプス!トリケラトプスの群れが縄張り争いしてて危ないんだって!」
「いるわけないですし。むしろいたら逆に見てみたいですよ」
「あぁっ、墓穴掘った!弁財さんが恐竜にビビらない系女子だったとは……」
(恐竜にビビるとかビビらない以前の問題でしょうが……この人アホですか?嘘吐くにしても、チョイスするモノの現実感を考えなさすぎでしょう……)
「あ、てかトリケラトプスがまずいのかっ!えっと……そう、トリケラトプスなんて存在しないもんねっ!分かってるよっ!トリケラトプスは違くて!え~と」
(焦っていたとしても気付くのが遅すぎでしょう……)
私は吉祥君への評価を、『アホですか?』から『この人アホだな』に修正しなおした。
なおも吉祥君は私を引っ張り続けるが、私の方が膂力に勝っているのか、僅かずつではあるが吉祥君を引きずりながらもその場所に近づいていく。
「逢引き!なんかカップルが奥の暗がりで、くんずほぐれつ青姦の限りを尽くしているんだよっ!酒池肉林の乱れた性欲が渦巻く坩堝になっているんだよっ!?若い女の子には目の毒だから絶対に見ない方がいいと思うっ!恥も外聞も捨て去った豚の交尾みたいだったから!あんなの見たら絶対にトラウマになっちゃうよっ!?」
「学園内でそんな行為に及んでいるのだとしたら、猶更注意しないとでしょうが……風紀を乱すような行為を見過ごすことはできません」
「また墓穴!?あぁどうしよう……弁財さんは性に潔癖ぶってるカマトト清純系女子だと思っていたのに……青姦なんて言葉聞くだけで羞恥心感じたようなムカつく演技しながら悲鳴を上げて逃げていくもんだと思っていたのに……」
「……馬鹿にしてます?してますよね?私にどんな印象抱いてたんですか……」
「してないっ!馬鹿になんてしてないよっ!?弁財さんは頑固で偏屈な素敵な女の子だよねっ!ちゃんとわかってるからっ!」
「『頑固』と『偏屈』をどう掛け算したら『素敵』なんて答えが導き出せるんですかっ!普通このような時には、嘘でも相手を褒めるような言葉を並び立てて煽てるべきだと思うのですけどっ!?」
「あぁっ!つい本音がっ!ボクって嘘がつけない素直な性格だからっ!」
(……イラッ)
本当にこの人は、いちいち一言余計なのだ。唇にモラルや気遣いという名のチャックが付いていないのだろうか。
「あぁやばい……何故だかわからないけど弁財さんメチャクチャ怒ってる……このままでは面倒くさいことになってしまう……」
もうそろそろ吉祥君と引っ張りながらの移動も疲れてきた。
というより、こんな声量で言い合いをしてしまっているのだ。
吉祥君が隠したがっているのが人間であるのならば、私たちの存在を察して逃げようとしてしまっていてもおかしくはない。
(あと少し、ですっ……!あの角まで行けばっ)
「あっ、これお弁当だよねっ!もしかしてお昼ご飯食べる場所を探してたのっ!?ひとりで教室で食べるのが嫌で―――」
「……っ!」
校舎の角を曲がるその直前、吉祥君が発した苦し紛れの質問は、私の逆鱗に触れた。
わかっている。
彼の言うように、私は独りでいるのを笑われるのが恥ずかしくて逃げてきた。
―――ただ、その事実を、吉祥君に指摘されただけだ。
だけど、その『誰かに指摘』されるという事実が、私の心の内にある隠していた弱さを無理矢理に暴かれたように感じさせて―――
「違いますっ!私はそんなに弱い人間じゃありませんっ!」
―――掴まれていた吉祥君の手を力一杯払い除けて、それまで引き摺っていた吉祥君に身体を向けて否定の言葉を吐き出した。
けれど、きっと私が必死に口にした否定の言葉と、突然余裕をなくした私の振る舞い。
それはむしろ吉祥君の言葉が正しかったのだと、事実を言い当てられたが故に必死に否定したのだと、誰にでも分かってしまうくらいには、あからさまなものだっただろう。
反射的にしてしまったヘタクソな嘘の否定をいくら悔やもうとも、もう遅かった……。
「ぅ、あ……ご、ごめん。また墓穴掘っちゃったみたいだね……そうだよね!今日は天気良いしっ!?たまたま外で昼食を取ろうとしただけだよねっ!」
吉祥君が口にしたわざとらしい私へのフォローの言葉を、もう聞いていられなかった。
私の惨めさを何気なく暴いてしまった事実なんて、私の取り乱した言動なんて、まるで無かったかのように取り繕うその白々しさに、私は耐えることが出来なかった。
吉祥君へ向けていた身体の向きを変え、目と鼻の先の距離まで辿り着いていた校舎の角を曲がろうと歩みを進めた。
「弁財さんっ!待ってっ!」
背中に投げ掛けられた吉祥君の静止の声も無視して、足を進めたその先で―――
「うわっ」
「きゃっ」
角を曲ろうとしていた『誰か』と身体がぶつかった。
「あっぶねぇなぁ。気を付けろよマジで」
「あっ……ご、ごめんなさい……って、えっ?」
(……今のって、タバコの臭いよね……?)
ぶつかった時にその男子から仄かに感じた不快な臭いに不良行為の一端を感じ取った私は、この人が人気のない校舎裏で何をしていたのかを理解した。
出会いざまにぶつかった男子を先頭に、その仲間と思われる2人の男子も角を曲って私の前に姿を現した。そしてそのまま、喫煙の疑いのある3人の不良は私を一瞥し、舌打ちをしながら私の傍を通り過ぎようとした。
「―――ちょっと待って下さいっ!あなたたち、先程まで喫煙していましたよねっ!?」
「……はぁ?だからどうしたってんだよ?お前に関係あんの?」
「俺らがタバコ吸ってるとこでも見たってのか?あぁ?」
私が喫煙していた現場を見てない確信でもあったのか、ただ単に鎌をかけているのかは定かではないけれど、証拠がないことを理由にこの人たちは白を切り、私からの追及から逃れようとした。
「あなたちからタバコ特有の不快な臭いがしました!証拠が必要だと言うのなら、今すぐ誰か先生を呼んで身体検査をしてもらえば、私の疑いを晴らしてあなたたちの身の潔白を証明することもできますけど、よろしいんですねっ!?」
「ちっ……うっぜぇなこのクソアマ」
「はぁ?先公とかマジ冗談っしょ?……ってちょっと伊呂波ちゃ~ん。見逃してくれるって言ったじゃ~ん!」
「げっ!ここでボクに振るなよクソ……」
喫煙していた疑いのある不良たちは、私の後ろに立っていた吉祥君を見つけるや否や、『見逃す』などという喫煙していたことを自白しているような言葉を、恥ずかしげもなく口にした。
「吉祥君……?この人たちが言ってるのは本当ですか?」
「ほらぁ……ボクに矛先向いたぁ……」
私が視線を向けると、吉祥君は気まずげに私から顔を背け、ぼそりと不満を口にした。
吉祥君が即座に否定しなかったところを見ると、不良たちの言っていた『見逃す』という行為を彼がしようとしていたことは容易に理解できた。
「あなたはっ!学園生が喫煙している現場を発見しておいて、それを見逃そうとしたんですかっ!?信じられませんっ!」
「いやいや待ってっ!ボクだってちゃんと注意したよっ!」
「ちゃんと注意したはずなら、この人たちに『見逃す』なんて言われない筈でしょ!?」
「いやホントだってっ!ちゃんと『こんなとこで吸ってたら先生に見つかっちゃうよ~』って注意したんだよっ!?」
「それのどこが注意ですかっ!?それ注意じゃなくてアドバイスですしっ!思いっきり見逃そうとしてるじゃないですかっ!」
「えぇ……ボク的にはだいぶ厳しめの注意喚起だったんだけどな……」
「さっきので厳しめだと本気で思っているのならっ!あなたの基準は一般人とずれ過ぎですからねっ!全然まったく粉微塵ほども厳しくありませんし!むしろ甘々ですしっ!あなたの脳みそ練乳に浸かってるんじゃありませんかっ!?」
恥ずかしながらもその時の私は、常識はずれな吉祥君との会話に夢中になってしまったために、本来注意しておくべきであった不良たちへの意識が疎かになってしまっていた。
そして当然その機を逃す筈もなく、不良たちは姑息にも私の意識の隙をついてコソコソとずらかる準備を整えており―――
「―――おい、今のうちに」
「んじゃ、伊呂波ちゃ~ん。あとはよろしく~」
「お2人で仲良くね~バイバーイ」
私が気付いた時には既に時すでに遅しといった状況で、その不良達は悪びれもせずに、私たちに捨て台詞を残して遁走し始めていた。
「うっわ最悪……あいつら押し付けやがった。マジくたばれ」
「ちょっとっ!?まだ話は終わって―――あ、あなたたちっ!もしまたタバコを吸っているところを見つけたら、今度こそ今日のことも含めて先生方に報告させてもらいますからねっ!?その時は覚悟していて下さいよっ!」
「ふはっ!先生にチクるってよっ!小学生かっての!」
「だからタバコなんて吸ってねぇって」
「ああはいはい。そうそう僕達タバコなんて吸ってませ~ん!」
「うっわ!わざとらしっ!マジうけるっ!」
私の忠告も真面目に聞く気がないように、その不良たちは私の言葉に笑いながら、僅かでも止まる素振りを見せることもなく逃走していった。
「あなたたちっ!待ちなさいって―――ちょっと吉祥君!いつまで私の腕を掴んでいるんですかっ!あの不良たちに逃げられちゃうじゃないですかっ!」
「もう今回は見逃しとこうよ委員長。忠告もしたんだし良いじゃん。それにあいつら変に怒らせても、今は鞍馬たちもいないから分が悪いしさぁ……なんでこういう時に限って、好き勝手に学園散策かましちゃってるんだよあの神様は……」
さっさと立ち去ってしまった不良たちがいなくなると、そこには憤りを背負った私と、『はぁ……やっぱりこうなっちゃたかぁ……』などと意図の読めない愚痴を呟き、大きな溜息を吐き出す吉祥君だけが残されたのだった。
「……まさかと思いますけど、吉祥君もあの不良たちに混じってタバコを吸っていたなんてことは―――」
「ないない、タバコなんて興味ないし、ただの格好つけでしょあんなの?それでも疑いを晴らしたいって言うなら、別にここで全裸にでもなるから隅々まで調べてくれて構わないよ?」
「なっ!そこまでするほど疑ってるわけではありませんしっ!一応聞いてみただけですしっ!ていうかあなたはもっと羞恥心ってものを持って下さいっ!こんなところで全裸とかっ!変態ですかあなたはっ!?」
「ぅぷぷ!この程度の冗談でその慌てようとか、もしかしてボクのあられもない姿を想像しちゃったぁ?委員長って案外ムッツリだったんだねぇ?それか究極に初心なだけぇ?かんわうぃ~ねぇ☆」
(イラッ)
「やっぱり全裸になってください。今すぐ。それがお望みなら徹底的に調べてあげます。ほらはよ脱げ変態。この露出狂予備軍。豚のように土の上を転げまわって身の潔白を証明してみてください。ブゥブゥ上手に鳴けたら信じてあげますよ。豚はタバコなんて吸いませんものね?」
「すいません冗談です調子に乗り過ぎました許してくださいマジすいませんでした……」
私が吉祥君のカーディガンに手をかけ本気で脱がそうとするや否や、吉祥君は豚のように額を地につけ、見事な土下座をかまして容赦を乞うたのだった―――
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