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一章 28 優しい嘘


 ジュウジュウと音を立て壁型触手が溶けていく。


 硬くしたんだ。

 一瞬のこととはいえ、絶対に破られないよう硬くしたのに、どうして。


――……ゴポッ……ォォォ……


 炎が消え、中から何かが姿を現す。

 高温に熱され、真っ赤に燃える鉄の塊。

 そこから思念が飛んでくる。


 それは言葉では表せないほどの、強い恨みや殺意、憤怒の思念だった。

 体の表面にビリビリと焼けつくような感覚を伴う、強烈な思念。


 あれは鉄熊なのか。

 体はほとんど溶け、辛うじて上半身の形がわかる程度だ。

 前足が半ばで溶け落ち、また生えるを繰り返す。

 強靭な足腰は完全に溶けてなくなっており、それでもこちらに這うような速さで向かってくる。


 あんな状態で、なおもオレたちを狙おうとするのか。

 そんなやつとどうやって戦えばいいんだ。

 大丈夫だと思った素体は溶けた。

 オレに戦う術なんてないのに。


「逃……げろ……」


 微かな声に我に返った。

 倒れた四人のうち、ケフィスだけが顔を上げてオレを見ている。


「イきてっ……、ケ、ケガ……っ」

「早……く…、逃げろ……」


 ケフィスが首にかけた何かを外し、オレに押し付けるように渡してくる。

 革紐に鉄のタグが付いていた。


「簡易タグだ……。これを門番に、見せれば……、話、聞くはずだ……」


 ケフィスは右足首に被弾していた。

 真っ赤な鉄は今も彼の足を焼き、肉が焼ける嫌な匂いを発している。


 それは部位が違えど全員同じで、壁型触手で勢いと大きさを削いだにもかかわらず、彼らの体を蝕んでいた。

 頭などの急所を外しているのが幸いだ。


 まだ、生きている。

 なら、助けられる。


「ニげない、みんなタスける」

「バカ言ってんじゃねぇ!」


 オレの言葉に、ケフィスは間髪入れず怒鳴った。


「ただでさえ鉄熊が変な進化してんだ、ガキひとりで戦ってなんになる、犬死にだ!

 オメェがガメナテに着けば、あとはギルドがなんとかする。

 ここで駄々こねてねぇでさっさと行け!」


 ケフィスの顔が苦痛に歪む。

 寄ろうとするオレの体を押し留め、脂汗を垂らしながら口角を上げて笑った。


「頼んだぜ……。オメェがたどり着きさえすれば、オレらも助かるんだ。

 あの鉄熊(やろう)を見てみろ。

 あんな(おせ)ぇんじゃ、日が暮れたってオレらにはたどり着かねぇよ。

 ……だから、早く行け」


 嘘だ。

 オレが街まで行って助けを連れて来るまでに、鉄熊はその煮えたぎる体で四人を飲み込んでしまうだろう。

 たとえオレが本当に五歳だったとしても、それくらいはわかる。


 だからこれは、優しい嘘だ。

 優しい嘘をつく人を、見殺しになんかできない。

 したくない。


「みんなタスける」

「だから逃げろって――」

「タスけたい!」


 頭の毛髪型触手をまとめていくつかの太い触手にし、四人の被弾した箇所を覆う。

 ケフィスの目と口が大きく開かれた。


「お、お前……」

「シュウチュウする! シズかに!」


 燃え盛る炎は触手に覆われても消えない。

 それどころか徐々に触手を溶かしていく。

 火が燃えるためには酸素が必要なはずだけど、これは違うものを燃料にしているらしい。


 関係ないね。

 炎だろうが高温の鉄だろうが、全部食べてやる。


 まずは〈解析〉。ただの熱した鉄の塊かと思ったら、かなりの魔力を含んでいた。

 これが炎を燃やし、鉄の結合を強め、硬くしている。

 そのせいでオレの触手が破られたみたいだ。


 タネがわかれば簡単、最初に〈吸収〉を使って、魔力をどんどん吸い取ればいい。

 魔力にはわずかながら理力も混じっていた。

 あの〈フレイムストーム〉の理力かな。

 ほとんど魔力に溶けてるけど、魔力を除くと理力だけが残る。

 あとで〈魔力分解〉だ。


――……


 ん?

 今なんか、理力から声がしたような?


――……滅べ。


 ガツン、と鈍器で殴られたような痛みが響いた。


――滅べ。滅べ。滅んでしまえ。


 声がする度に痛みが襲ってくる。

 女の人の声だ。知らない。誰だ。


――滅べ。おまえらなど全て滅べ。

――塵も残さず。生きた証すら消し飛べ。


 痛い。体の痛みじゃない。

 オレの芯を砕くような痛み。

 魂が直接叩かれているみたいだ。


――滅べ。滅べ。憎い。滅べ。滅んでしまえ。

――魔神の仔など――


 声が止んだ。

 まるで口を塞がれたように、唐突に止まった。

 同時に痛みも治まる。


 なんだったんだ、今の。

〈解析〉すると、理力が完全に魔力と混じり、溶け合ったみたいだ。

 理力でなくなったから声が止んだのかな。


 いや、考えるのは後だ。残った魔力も〈吸収〉する。

 思った通り、魔力がなくなったら炎が消えた。


 熱は残るものの、これで触手を溶かされずにすむ。

〈魔力分解〉と同時に〈錬金術〉を発動させ、鉄が消えたところから薬をかけて傷を治していく。


 早く、早く。

 鉄熊との距離が縮んでく。

 もうあと半分もない。


 鉄熊自身は形も崩れてきている。

 唯一わかる頭には、真っ赤な魔石が浮かんでいた。

 そこから怒りと憎しみの感情と、高温の鉄が沸きだしているみたいだ。


 このまま待てば、鉄熊は体が崩壊して死ぬかも知れない。

 死なないかも知れない。

 もっと距離があるならともかく、不確定なことに命はかけられない。


 かといって、ニビの時のように四人を包んで逃げることはできない。

 四人の傷は深く、少しでも早く治療しなければ、命にかかわるかもしれない。

 でも移動している状態で〈魔力分解〉を行い、少しの振動や手違いで、もしみんなの体を分解してしまったら。


……考えただけで恐ろしい。ムリ。


 鉄熊が近づくにつれ、熱くなった空気がジリジリと肌を焼く。

 全員を覆うように壁型触手を広げ、熱から守る。

 魔力を集中させ、物理的にも魔力的にも硬くした。

 気休めでもいい。少しでも時間が稼げるなら。


 でも、でも、あぁ、ちくしょう。


 鉄塊(てっかい)は残り半分、傷も治しきってない。

 なのにもう、すぐそこに鉄熊がいる。

 やつの溶けた足先が壁型触手とぶつかり、恐ろしいほどの勢いで触手が蒸発していく。

 鉄塊とは比べ物にならない、倍以上の早さだ。


 オレの全魔力を壁型触手に回せば、いやダメだ、そんなことしたら治療ができない。

 あと少し、あと少しなんだ。

 あと少しで鉄塊を食べきれる。

 そうすれば怪我を治せるんだ。


 鉄熊がまるで両腕を上げるように高温の鉄を動かす。

 半球状に広げている壁型触手を一気に溶かす気だ。

 あれを食らったら、オレだって無事じゃすまない。


 あとちょっと、あとちょっとなのに!


 鉄熊が壁型触手に触れようとした、その時。


――ワァーーー!


 魔樹海の奥から、遠吠えが響いた。


――ワァー! ワゥ! ワワァーー!


 まるで「こっちにこい」と叫んでいるようなこの声は。

……ニビの声だ。ニビの声だ!


 鉄熊の体が止まる。

 こちらを見ていた頭がぐるりと回転し、魔樹海の奥に向いた。


 そしてこれまでより速く動き出した。

 ズルズルと移動するにつれ、上から下へ、頭から流れていた高温の鉄が、反対に頭に向かって遡り始める。

 溶けかけた体の輪郭が再び形作られていった。


 鉄熊の動きは気になるが、ニビのおかげでやつの意識が逸れた。

 今だ、今しかない!


〈魔力分解〉に意識を集中させる。

 体を傷つけないよう精密に、今までより素早く。


 鉄が消え、傷口が見えたら薬をかける。

 消える、かける、消える、かける、消え……えぇい面倒だ、大量に作ってヒタヒタのビシャビシャにしてやる!


 まず鉄塊が小さかったケフィスが終わった。

 次に左肩に被弾したシュリナが、続いて右手と右太もものアトシン、最後は背中の三ヵ所に被弾していたガディムだった。


 傷跡もなくキレイさっぱり完治。よかった。

 どんな傷だろうと、誰だって跡が残るのは嫌だもんね。


 治療の後は念のため〈解析〉しておく。

 痛みのせいか、三人は未だ気絶したまま。

 でも傷は治ったし、ニビの時みたいに大量出血したわけでもないし、


「……」


……あとのことは、ずっと起きてて、オレのことにらんでるケフィスに任せればいいよね。


 びっくりさせないよう、ゆっくり全ての触手を引っ込めた。

 触手がなくなると、ケフィスが静かに身を起こす。


 ケフィスは何も話さない。

 何を考えているかわからない。

 ただ、オレをじっとにらんでくる。


……早く行かなきゃ。たぶん鉄熊はまだ死んでない。

 ニビにかなり執着していた。

 今度はニビが危ない。


「ニげろってイってくれて、ありがとう。ウレしかった」


 オレの言葉に、ケフィスがピクリと反応した。


「マモノだってダマってて、……ダマして、ごめんなさい」


 言い終わると同時に、魔樹海の奥に向かって走る。

 背中にかかるケフィスの声を振りほどくように速く、ただひたすらに前だけを見て。


 ポツリポツリと、雨が降り始めた。


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