一章 27 炎の竜巻
大人の本気。
そう言った剣士の見せる、大きく頼もしい背中。
凶悪な敵から子供を守り助けるという、その姿勢。
オレの大好きな正義の味方の登場に、暖かい何かと拭いきれない不安が込み上げてくる。
「ニげて、アブない。あいつはマエにオいかけてきた。
イマはもっとツヨくなった。キケン、ニげて」
シュリナと呼ばれたお姉さんの服を掴んで訴えたが、返ってきたのは笑顔だった。
「だーいじょうぶっ。
私たちに任せて、……えっと、ごめん、お名前なんだっけ?」
「ゼルジュ」
「ゼルジュ。いい子だから私の後ろに隠れててね」
シュリナが一歩、前に出る。
その右側に魔法使いが、左斜め前に狩人が、正面に剣士が立った。
止められない。なんでオレの言葉を聞いてくれないんだ。
正義が必ず勝つとは限らないのに。
オレの焦りも知らず、剣士が前方を警戒しながら指示を出し始める。
「アトシン、でかいのいけるか」
「大丈夫です。ですが少しかかるのでガディムは足止めを」
「はいよ。ケフィス」
「援護だろ、わかってるっつーの」
「シュリナは補助魔法のあと、様子を見て防御な」
「うん。まずはおびきだすね。……〈ウインド〉」
シュリナが短い杖を正面に向けて振ると、追い風が吹いて煙を散らした。
風を吹かせるだけの魔法らしく、詠唱はない。
風上に立つオレたちの匂いに気づいたのか、鉄熊の咆哮が聞こえた。
バキバキと木が折れる音が近づいてくる。
シュリナが次の詠唱を始める。
「火の眷族カーラスーラよ、我が願い聞き届けたまえ。
紅蓮の息吹で彼の者たちに祝福を授けよ。
〈フィジカルアップ〉」
赤い光の粒子が立ち上ぼり、ガディムとケフィスに注がれる。
唸り声を上げ、木々の隙間から鉄熊が飛び出してきた。
同時に鉄熊に向かってガディムが走る。
「〈炎刃剣〉!」
気迫と共に剣から炎が吹き上がった。
けど鉄熊は怯まない。
炎を見たら必ず動きを止めた奴が、真っ直ぐに走ってくる。
ケフィスが素早く弓を引いた。
引いた腕につけた木製の輪が緑に光り、矢が現れる。
「〈爆裂・一ノ矢〉!」
放たれた矢が鉄熊の右肩に当たり、小さな爆発が起こった。
威力は違うが、見たことある。
一月程前、大暴れの木の枝をぶっ飛ばした技だ。
この四人はあの時の冒険者だったんだ。
鉄熊の体勢が崩れ、その隙にガディムが同じ右肩に斬りかかる。
さっきは弾かれたはずの剣が、炎を纏って硬い体毛と肉を切り裂いた。
「ガァアッ!」
悲鳴を上げ、鉄熊が地に伏した。
ガディムは深追いせず、少し離れて様子を伺う。
斬られた肩を気にもせず、鉄熊が両足で立ち上がった。
背の高いガディムより二回りは大きい。
それでも相対するガディムは怯まない。
鉄熊が肩から血が吹き出るのも構わずに、両腕を振るって攻撃してくるが、盾を使っていなし、かわす。
合間にケフィスが援護射撃で気を逸らし、その隙に少しずつ腕や足を斬りつけていった。
鉄熊の大きな体と比べて、傷口は浅く小さい。
だがガディムは鉄熊が自分に注目するよう仕向け、オレのいる後衛や援護するケフィスに意識が向かないよう、落ち着いて立ち回っていた。
反対に、鉄熊は目の前の物を破壊しようと暴れまわっている。
とにかく速く重い攻撃だが、直線的で単純だ。
あの追いかけっこから考えると、少し違和感を覚える。
何もなければ、いいんだけど……。
ガディムとケフィスが鉄熊の足止めをしている間、「でかい魔法」を頼まれたアトシンは呪文を唱え続けていた。
終わったらまた初めから唱え直し、体の中で理力を練り上げていく。
呪文はそれ自体に力があるわけではなく、魔法に集中するための手段のようだ。
再び鉄熊が倒れた。
立ち上がろうと全身に力を入れるが、左手で地面を掻くばかりだ。
よく見ると、あれほど強かった左目の光が弱まっていた。
点滅を繰り返すたびに、体の力が抜けていく。
致命傷もないのに呆気なく倒れた鉄熊に、「どうして」と思わず呟きが漏れた。
「大鉄熊の〈アビリティ〉にね、〈狂乱化〉っていうのがあるの」
シュリナが周囲から目を離さず答えてくれた。
「理性をなくす代わりに、身体能力を大幅に上げたり、体毛を常に硬くしたりする物理系の技なんだけどね。
発動からずっと魔力を消費し続ける上に、消費量も大きいから、ああやってすぐ解けちゃうの」
ただ、継続時間が短いわりに攻撃力と瞬発力が高いから、倒せないなら逃げる方がいい、とシュリナは続けた。
そして、必ず冒険者ギルドに報告すること。
〈狂乱化〉が解けた後は魔力枯渇に陥り、鉄熊は意識を失う。
そのまま半数は力尽きて死んでしまうという。
しかし鉄熊が生きている場合、その付近を縄張りにして留まり続けるため、できるだけ早く討伐しなければならないそうだ。
「だからね、もし、もしもよ?
鉄熊に追いかけられるような、困ったことが起きたら、ガメナテの冒険者ギルドに来てね。
助けてくれたお礼もしたいし、今度は私達が助けるから。
必ずよ?」
そう言って、シュリナがオレの頭を優しく撫でた。
それはオレが人間だったらの、もしもの話だ。
シュリナはオレが魔物じゃない、つまり結界を通り抜けて街に入ることができる人間だと思いたいんだ。
たぶんだけど、わざわざ街の中にあるギルドに来るよう言ったのは、人間かどうか知るためだろう。
鉄熊が四つ足で立ち上がり、弱々しくガディムに吠えた。
体を支えきれずにふらふらしている。
「オレは――」
「いきます、離れて!」
オレの声はアトシンの声にかき消された。
鉄熊のそばにいたガディムが、ケフィスの元まで飛び退く。
アトシンが掲げた杖を振り下ろした。
「〈フレイムストーム〉!」
鉄熊のいる地面に赤い魔方陣が描かれる。
まばゆい光を放ちながら三本の炎の柱が次々に立ち上ぼり、鉄熊を囲うように渦巻いた。
ごうごうと唸りを上げながら、炎の柱が一つにまとまり、巨大な竜巻となって鉄熊を飲み込む。
鉄熊の最期だ。
いくら執念深いやつでも、この凄まじい勢いの炎からは逃れられないだろう。
骨も残さず蒸発しそうだ。
ようやく、終わったんだ。
炎の竜巻から生じた熱風が吹き付けてきた。
離れてるせいかそこまで熱くないが、そばにいるとかなり熱いらしく、前衛の二人が慌てて下がってきた。
「あっつ! なんだアレあっつ! つーか初めて見たんだけど!」
「初めて唱えましたから。成功して良かったです」
「でかいの頼んだのは俺だけどよ、ありゃやりすぎだ!」
「〈ファイアウォール〉がほとんど通じませんでしたから。
より火力の強い魔法ですと、覚えているなかではあれくらいしかありません」
わあわあと騒ぐ二人が壁になって、熱気が少し収まった。
そのかわり鉄熊のいる辺りも見えなくなったけど。
五才児って小さい。早いとこ大きくならなきゃ。
「ね、ねぇ。熱気で周りが焦げてきてるように見えるんだけど、気のせいじゃないよね?」
シュリナの声に三人が竜巻に振り返る。
見えないので脇から覗くと、確かに葉っぱが萎れて黒っぽくなってきたような。
あ、火がついた。
「やべぇ、燃えた!」
「み、水! アトシン、水出せ水!」
「申し訳ないのですが、僕は火属性魔法専門なので」
「この前炎上しかけた時に水系統の覚えるっつったじゃねぇか!!」
「いやー、困ったことに相性悪いんですよね」
「たんに水嫌いなだけだろうが!」
「いいじゃないですか。ここはゼリウカーズ魔樹海、どれだけ燃えても十日もすれば元通りですよ」
「そういう問題じゃない!」
「風と氷の子アキレシュキナよ我が願い聞き届けたまえ猛り狂う炎をその慈愛の手で包み鎮めたまえ〈コールドミスト〉ォッ!」
男三人が言い争う間、シュリナが早口で詠唱し、杖を振った。
青い魔方陣が炎とオレたちの間に浮かび、そこから霧が生じる。
霧は竜巻を避けるように漂い、周りの熱を下げ、葉を凍らせて延焼を防いだ。
オレとアトシン以外から、「ほぅ」と安堵のため息が漏れた。
「さすがシュリナの魔法ですね。僕には無理です」
「開き直ってねぇでテメェは水魔法覚えろゼッテェ覚えろ」
「そうだよ、私だって毎回唱えられるわけじゃないんだからね」
「帰ったら覚えるまで外出禁止だ。徹底的に付き合うからな」
「え、それは」
「破ったら水をかける」
「オレも手伝う」
「私も」
「そんな!?」
そこからは、
「それだけは」「だったら覚えろ」
「そこをなんとか」「だったら覚えな」
「なんでもします」「だったら覚えて」
と、テンポの良い不毛な会話が始まった。
わりとさっきまで、何て言うかこう、命のやり取り的な、ピリピリした緊迫感的な張り詰めた空気だったのに、もう笑顔を交わしている。
いやまぁ、一人は涙目だけど。
切り替えが早い、どこにいても笑顔を忘れない……これが人間の、銀級冒険者の強さってやつなのかな。
すごいなぁ。
いやまぁ、一人は死にそうな顔だけど。
なんだか久々に楽しい。大人数でいる楽しさだ。
いつまでも眺めていたいけど、そろそろ帰らなきゃ。
ニビが独りで待ってるはずだ。
「ゼルジュ?」
そっと離れるオレに、シュリナが気づいた。
そろそろ終わるのか、半分ほどの高さになった竜巻の方――魔樹海の奥の方へ向かって歩く。
お別れは笑顔で。振り返って口を開こうとしたら、
「……〈フレイムストーム〉の様子がおかしいです」
竜巻を見つめ、アトシンが言った。
「あれは効果が切れたらそのまま消えるんです。
あんな風に勢いが衰えるはずが……」
――オオォ……ォォ……ォオオオオ……
炎の中に、何かいる。
地面から上空へと渦巻いていたはずの炎が、その何かに吸い寄せられるように中央に落ちていく。
そんな、まさか。
――……ォォォオオオオオッ!!!
異様な光景に皆一様に硬直し、反応が遅れた。
炎が膨らみ、爆発したように中から溶けた鉄の塊がいくつも飛び出してきた。
とっさに壁型触手を出したのに、いくつかの塊が壁を突き破り、四人を襲う。
悲鳴が上がる。壁型触手が溶け、穴が開いた。
四人が倒れていく。
全部見えていたのに、助けられなかった。




