一章 26 疑いの目
抱えられ、思わず触手を切り離してしまった。
壁型触手はそれなりの大きさがあるおかげか、壁を維持したまま鉄熊の足止めをしている。
けど地面に突き刺しただけの壁だ。
そのうち体当たりで倒れるだろうし、倒れなくても脇から抜けられたら同じだ。
人間を逃がすにはオレは残った方がいい。
「ハナして! オろして! おろグッ」
「喋るな、舌噛むぞ!」
もう噛んだ。
お姉さんが手に持った煙玉を地面に叩きつけた。
煙が上がり、鉄熊の姿が見えなくなる。
これで追いかけて来なければいいけど。
でも魔樹海の奥にはニビがいる。
大暴れする鉄熊がニビのいる方角に行ってしまったら、今度はニビが危ない。
なんとか抜け出そうともがくと、剣士の腕の力が強まる。
ああもう、この、このいい人めっ。
しばらくもがいても抜け出せず、気づけば人が踏み歩いてできたらしい道に出ていた。
少し開けた木々の向こうに、街を囲う高い壁の一部が見える。
さすがに結界の張られた街まで一緒に行くのはまずい。
こうなったら人型を解くしかない、と覚悟を決める寸前、魔法使いとお姉さんが限界を迎えた。
息も絶え絶えに待ったをかける。
あとの二人も荒い呼吸だ。
「まヒュッ、フハッ、そのこ、こどッも……はッ……」
「そのガキ、連れてきて大丈夫か?」
魔法使いの言いたいことを狩人が引き継いだ。
魔法使いはしばらく喋れなさそうだ。
剣士はオレをそっと下ろし、しかしローブに付いたフードをしっかり掴んだ。
逃げられない。
「知らん」
「いや知らんて。魔物だったらどうすんの」
狩人の剣呑な目。
さりげなく右手は腰にまわしている。
腰には短剣を吊っていた。
下手に動くとスパッと斬られるパターンかな、これは。
息を整え、お姉さんが口を開く。
「でもさ、この子、助けてくれた、みたいだよ?」
「助けたふりして後から襲うなんて、少し知恵のついたやつならよくやる手だろ」
「白いッ、カッ髪の毛、にッ、紫の瞳、なんッて、見たこと、ない、ですッ」
「オメェはムリに喋んな」
そうでしょそうでしょ、怪しいでしょ。
ね、だから離してもらえないかな。
目で訴えてみた。
剣士は気づかなかった。
気まずそうに反論する。
「仕方ねぇだろ。体が動いちまったんだから」
「じゃあ今からでも置いてこうぜ。囮にゃなるだろ」
「助けておいて置いてくの?」
「助けたも何も、今俺らだって助かるかわかんねぇっつの」
咎めるお姉さんに対し、狩人は苛立たしげに吐き捨てた。
本当はすぐにでもこの場から立ち去りたいんだろう。
もうもうと立ち込める煙から、いつ鉄熊が現れるかわからない。
でも魔法使いはまだ動けそうにないし、剣士は不審な子供であるオレを離そうとはしない。
と、いうことは、つまり。
最低限、魔法使いの体力が回復すれば、ひとまず逃げ出すことはできるわけだ。
運動後の体力回復と言えば、やっぱりスポーツドリンクかな。
ゲームみたいに飲めば即座に動けるってもんじゃないけど、ただの水よりは効果があるはずだ。
とりあえず〈錬金術〉で体力回復と、ついでに理力も回復する薬を作る。
この一月の間、漁った荷物は数知れず。
ほどよい大きさのガラス瓶を〈変幻自在〉で再現することも可能だ。
よし、あとはローブの下から出したふりして渡すだけ。
……なんだけど。
「まず自分らの命が最優先っつーのが」
「それならこの子だって私たちのこと助けるわけないじゃん!
危ないところを助けてくれたのはむしろ」
「それが怪しいっつってんだ!」
狩人とお姉さんがめっちゃ喧嘩してる。
声をかけづらい。
とりあえず、迫力に圧されて口出しできずにいる剣士の手を軽く叩いた。
「あ、ん? なんだ、ボウズ」
「これ、タイリョクとリリョクがカイフクするクスリです。
ニンズウブンあるし、ノめばハシれるから、これをノんで、ニげて」
一本を剣士に差し出す。
薬の見た目は人が持っている理力回復薬と同じで、ガラス瓶に入った緑の液体だ。
でも正直、自分でも怪しさ満点だと思う。
ためらう剣士にさらに説明する。
「フツウよりニガくないです。
ドクじゃないです。
ハヤくニげてほしいです」
剣士が眉をひそめた。
こういうのドツボに嵌まるって言うんだっけ。
怪しさが全然なくならない。
信用に足る説明ってどうすればいいの。
口を開け閉めするも、いい言葉が浮かばない。
すると、今まで静かだった魔法使いが近づいてきた。
「僕が飲みます」
「あ、テメッ、何してんだ!」
怪しい薬を受け取る魔法使いを見て、狩人が怒鳴った。
わかる。立場が逆ならオレも止める。
「ンな変なもん飲むんじゃねぇよ、毒だったらどうすんだ!」
「可能性は低いと思います」
「〈鑑定〉もなしに何言ってんだ!」
なおも言いつのる狩人を目で制し、魔法使いが淡々と話す。
「ここで毒殺しても意味はありません。
彼の助けがなければ、鉄熊の突進で僕たちは全員死亡していました。
僕たちを殺したいのならば待てばいい話です。
それに先程も言いかけましたが、人に化けて騙そうとしているのなら、白髪に青紫の瞳なんて派手な色は避け、もっと無難な色にするでしょう」
「そりゃあ……、そうだけどよ。怪しいことに代わりはねぇだろ」
「はい。ですから僕が飲みます」
魔法使いはお姉さんを見た。
「〈アンチドーテ〉と〈ヒール〉は使用可能ですか?」
「……うん、一回くらいなら」
魔法使いは頷き、それから剣士の了承を得る。
もしこの薬が毒なら、回復手段のあるお姉さんが飲むのは論外、弓や剣での攻撃手段のある狩人と剣士が飲むのも避けた方がいい。
消去法で魔法使いが試飲するのが一番いいってことか。
オレが飲んでみせても信用できないだろうし、問答する時間もない。
なんとも歯がゆい気分だ。
蓋を開け、匂いを嗅いだあと、魔法使いがゆっくり薬を飲んだ。
全員で固唾を飲んで見守る。
魔法使いが目を見開いた。
「……おいしい」
「は?」
「毒ではなさそうです。
これほど飲みやすい回復薬はありません。
早く飲んでください」
瓶に残った薬を一気に飲み干し、魔法使いが興奮気味に勧め出した。
フフフ。味の調整をしたかいがあるぜ。
さすが〈錬金術〉さん、魔神様直伝の優秀な〈アビリティ〉だけある。
魔法使いの様子を見て剣士が、さらにそれを見てお姉さんが薬を飲む。
「うまい」「ホントだ」と好評で一安心だ。
狩人はためらっているけど、最低限魔法使いが回復するって目的は達成してるし、これで逃走準備完了だ。
「ハヤくニげて。オレはオいてってダイジョウブです。
オクにナカマがいます」
きっとオレがひとりだから置いていきづらいんだ。
仲間がいるのは本当だし、安心して逃げてほしい。
薄れてきた煙の向こうから、鉄熊の咆哮が響く。
そろそろ本当に危ないかも。
オレの言葉に魔法使いが頷いた。
「店売りのポーションより理力の回復が早いです。
これなら戦えます」
魔法使いの目に力が入る。
いやいや、え?
「タタかえるって、だってさっきまでニげてたですか?
アイアンベアはツヨいです、よってニげました」
焦って言葉がおかしい。
けど通じたみたいで、剣士が答えてくれた。
「逃げたのは理力がなかったからだ。
〈スキル〉使えるならこっちのもんだ」
ニッと笑う剣士の顔が怖い。
こりゃダメだとお姉さんを見るも、
「大丈夫。私たち、こう見えても銀級パーティなんだよ」
握りこぶしを作って、笑顔でやる気を見せてくれた。
ダグズの記憶だと、銀級といえばその地域でそこそこ有名で実力のある冒険者のことだ。
ちなみに上から神希石級、金級、銀級、銅級、石級と階級がわかれていて、三兄弟は元銅級になる。
でも基準を知らないから、イマイチどの程度の実力なのかわからない。
「アイアンベアはシンカしてます。マエよりオオきい、アブないです。
ニげてください!」
「ビッグアイアンベアなら別んとこで倒したことあるぜ」
狩人が口許を拭って言った。薬瓶はカラっぽ。
飲んでくれたんだ。
「やっと飲んだ。もっと早く素直になればいいのに」
「うるせ。仕方ねぇだろ、俺だけ戦わねぇわけにはいかねぇし。
追っかけてくんなら倒す方が早ぇし」
「相手は手負い、以前よりは楽でしょうが、油断大敵です」
「よし、じゃあボウズはシュリナ……このねぇちゃんのそばにいろよ」
剣士が大きな手でガシガシとオレの頭を撫でる。
「大人の本気を見せてやる」




