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一章 25 助けなきゃ


 ふはははは!


 なーんて高笑いして気合いを入れた翌日。

 オレの心とは裏腹に、どんよりとした曇り空。

 雨が降りそうで降らない重い空気に、朝から気が滅入りそうだった。


 いつもより毛繕いの多いニビに、ついでとばかり舐められまくったオレ。

 まったりとした時間は誰かの悲鳴で終わりを告げた。


 ニビは耳を立てて様子を探った。

 遅れてオレも触手を出して音の出所を探し、同時に長い触手も出して辺りを見回す。

 高く木の上まで上げた触手は、今まさに倒れゆく木を見つけた。


 少し遠い。

 けど行こうと思えば駆けつけられる距離。


 しばらく様子を伺って、ニビはさける方を選んだ。

「巣穴」とだけ念を飛ばしてくる。

 帰るぞってことだ。


 ニビが動き出しても、オレは留まった。

 今の悲鳴は女性の声に聞こえた。

 人間が襲われている。

 それも、木をなぎ倒すような強い相手に。


『巣穴』


 ニビが再び念を飛ばしてくる。少しだけ苛立っていた。

 争いに首をつっこむとロクなことはない。

 自分たちまで巻き込まれる可能性もある。

 牡鹿の魔物の争いで、危うく踏まれそうになったこともあった。


 でも、


「先に帰ってて。危ないと思ったらすぐ逃げるから」


 オレは人型になって駆け出した。

 この姿なら見られても問題ない。

 今のオレなら助けて、逃がすくらいならできるはずだ。


 影の中を渡り歩く犬の魔物だって、集団で突撃してくる猪の魔物だって、夜に姿も見せず襲ってくる猿の魔物だって、みんな倒せた。

 一ヶ月の間、この魔樹海(もり)で生活してきたんだ。

 強くなったんだ。


 他者(ひと)を助けてこそ、紳士ってもんでしょ。


 バチバチと何かが弾けるような音がしてきた。

 戦いの音だろうか。近い。


 気づかれないよう、茂みから顔を出した。

 人間が四人、結界の中にいた。

 一人が倒れ、二人がそのそばに、最後の一人は懸命に結界を維持している。


 その結界を壊そうとする魔物が一頭。


 見上げるほどの巨躯。

 灰色の毛並み。

 鋼鉄の牙と爪。

 潰された右目。


 一月前にオレ達を追い回した、あの灰熊だ。


 いや、違う。

 灰熊は確かに大きかったが、これほどではなかった。

 鋼鉄の牙と爪なんてなかった。


 それに、体から魔力が溢れ、陽炎のように揺らいでいる。

 あんな妖気なんて感じられなかった。


 あれは違う、でも潰れた右目は、その傷痕は、確かに灰熊のものだ。


――進化したんだ。


 その考えに至るのと、灰熊がこっちを見たのは同時だった。


「グオオオオッ!!」


 灰熊が威嚇の声を上げ、左目が赤く光る。

 体を硬直させる咆哮だ。


 オレには効かない。

 効かないはずなのに。


 オレは灰熊の突進を食らい、大きく吹っ飛ばされた。

 背中から木にぶつかって、衝撃で肺もどきから空気が漏れる。


 結界の前からオレに向かって突進してくる姿は捉えた。

 けど逃げられなかった。


 おかしい。なんだ。何が起きてるんだ。


 放たれる殺気に思考が動かない。

 体が震える。

 今まで戦ったどの相手よりも強い恐怖を感じる。


 再び灰熊の目が向けられた。

 憎悪に焦げた真っ赤な目が、まっすぐにオレを射ぬく。

 ヒュッと喉が鳴った。灰熊が近づいてくる。


 逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。


 震える体は動かない。このままじゃ死ぬ。

 わかっているのに、考えが浮かばない。

 どうすればいい。どうすればいい。


「〈アンチフィアー〉!」


 女性の声と共に地面に魔方陣が描かれ、青く光った。

 ギリギリ範囲内に入ったオレの体を、青い光の粒子が包み込む。


 同時に凍ったような思考が溶かされ、回転し始めた。

 何らかの効果があったみたいだ。助かった。


 灰熊は声の上がった方に体を向けた。

 低く唸っている。

 対する人間達は、結界を解いて戦闘態勢に入っていた。


「――彼の者に祝福を授けたまえ。〈フィジカルアップ〉」

「うぉおおおっ!!」


 赤色の光の粒子が剣士の体に降り注ぎ、それを受けた剣士が気合いと共に灰熊に向かって走った。

 さらに後ろでは狩人が矢をつがえ、魔法使いが呪文を唱えている。

 一番後ろに短い杖を構えた金髪のお姉さんがいた。

 さっきの魔法は彼女のだ。


 オレの存在が人間に知られたかはわからないが、隠れるなら今のうちだ。

 オレは木の影に隠れて様子を伺う。


 でも助けに来たのに助けられ、隠れるしかないとか。

 カッコ悪い。


 灰熊が立ち上がり怒鳴るように吠えた。

 目が赤く光ったけど、最初の青い魔方陣の効果か、何も起きない。

 戸惑う灰熊の一瞬の隙をついて、剣士が走り抜きざまに剣を振るう。


 ギィンッと金属音が響いた。

 灰熊の体毛が硬い金属に変わり、剣を弾いた。


 お返しとばかりに灰熊が左爪で剣士を狙うが、素早く駆け抜けた剣士には届かない。

 剣士が振り向き、仲間に叫ぶ。


「くっそ硬ぇ! 今のままじゃ駄目だ、逃げるぞ!」

「ムリだ! 鉄熊(アイアンベア)は馬鹿だが執念深い、匂い辿ってどこまでも追ってくる!」


 狩人が応えた。

 声に反応して灰熊が顔を向ける。

 狩人が矢を放った。


「〈影追い・三ノ矢〉っ」


 放たれた矢がぶれ、すぐ後ろに影の矢が現れる。

 本物の矢と合わせて三つ、灰熊の額に当たり、鉄の体毛で弾かれた。

 狩人が舌打ちし、後ろにいるお姉さんの元まで下がる。


 灰熊が突進した。

 大きな体で狩人達三人に体当たりする気だ。

 速い。あれじゃ逃げられない。


 魔法使いが赤い魔石のついた長杖を掲げ、魔法を唱える。


「〈ファイアウォール・スクエア〉!」


 炎の壁が灰熊と三人の間を隔てた。

 灰熊が悲鳴を上げ仰け反り、突進が止まる。

 壁は灰熊の四方を囲むように燃え上がり、灰熊を閉じ込めた。


 その隙に三人は剣士に走り寄る。


「あっぶな~。ギリギリすぎて心臓に(わり)ぃ」

「思ったより速かったね。

 聞いていたよりかなり硬いし、私も逃げた方がいいと思う。

 どうする?」

「今ので僕の理力もカラになりました。

 あの魔法もしばらくは消えません。

 この隙に撤退して、ギルドに助力を乞うべきです」

「だな。こんな浅い場所で中域の魔物が出たんだ、報告はすべきだろう」

「つっても、逃げきれるかはわかんねぇよ」

「まぁな。だが戦うのも難しいだろ。

 煙幕はりながら走れば、なんとか街まで行けるはずだ」


 四人は逃げることにしたらしい。

 狩人を先頭に、剣士を殿(しんがり)にして走り始めた。


 真ん中の二人は白い玉を持って、まず魔法使いがそれを投げた。

 地面に当たった玉が割れ、勢い良く真っ白な煙が上がる。

 視界を遮って少しでも灰熊の追跡を遅らせる算段ってわけか。


 灰熊は炎の壁でパニックを起こしているようだ。

 出口を探すように右往左往している。


 炎に囲まれかなりの高温にさらされているはずなのに、硬い鉄の体毛は溶けもしない。

 理屈はわからないけど、あの炎の魔法より灰熊の方が強いってことかな。


 辺りに煙が漂い、視界が悪くなってきた。

 何て言うか、オレ何もしてなくてカッコ悪い。

 ただ見てただけだ。

 少しは強くなったかなーなんて思って、余計なことしたな。


 よし帰ろう。


 ギルドに報告するって言ってたし、これで灰熊、もとい鉄熊(アイアンベア)も討伐されるだろうし、そうなればオレもニビも安心して暮らして――


「ガァアアァアアアッ!!」


 鉄熊の咆哮。

 膨れ上がった妖気が暴風のように荒れ狂い、炎の壁も煙も吹き飛ばした。


 なんだ、何をしたんだ?


 全身の毛が逆立ち、荒い呼吸の鉄熊。

 目は残光すら見えるほど、強く強く光っている。


 そのまま目の前の木に向かって右爪を振るい、一撃でなぎ倒した。

 かと思えば振り返って突進し、両爪で地面を抉り、倒れた木を持ち上げて投げる。


 急に暴れてどうしたんだ。

 何かの〈アビリティ〉?

 ていうかオレも逃げた方が良くない?


 大暴れの鉄熊から距離を置こうと人型を解いたその時、鉄熊が突然止まった。

 ある一点を見つめ、鼻をひくつかせている。


 あっちは――人間が逃げた方向だ!


 次の瞬間、鉄熊が猛烈な勢いで走り出した。

 とっさに触手を首に絡ませたけど、止めることもできず引き摺られる。

 オレに重さがほとんどないせいだ。

 触手を縮めて鉄熊に乗っても気づかれない。


 体毛が硬いせいで殴っても効果なし。

 そもそも走る鉄熊の上じゃ踏ん張れず、上手く殴れない。

 成功したのは〈解析〉くらいだ。

 目の前の障害を粉砕しながら走るせいで、オレにも破片が当たるし、体は跳ねまくるし、もう痛みがないことだけが救いだ。


 オレとニビを追ってきた時よりはるかに速い。

 何もできないまま人間達に追いついた。


 音に振り返った魔法使いの顔が歪む。

 剣士がお姉さんを庇うように身を呈し、狩人が悲鳴を上げた。


 無我夢中で壁のように広げた触手を地面に突き刺した。

 大きく口を開けた鉄熊の、その鼻先に。


 ゴガァアンッ! と凄まじい音を上げ、壁型触手に鉄熊が衝突した。

 反動でオレの体が大きく跳ね、壁型触手を通り越す。


 って、このままだと魔物姿(すっぱだか)で人前に出ちゃう!


 即座に人型になって、壁型触手は維持したまま反対側に着地した。


 四人と目が合う。

 呆然としてる。

 どっちだ。バレたのか。


 でも衝突の瞬間、みんな目をつぶってたし。

 こう上手いこと、上手いことどうにか空から男の子が降ってきたと思ってくれないかな。

 ムリかな。


 沈黙を破ったのは、鉄熊だった。

 呻き声と共にむくりと起き上がる。


 かなりの衝突だった。

 両牙が折れ、鼻血も出し、体はふらついている。

 なのに目だけは煌々と赤く光り、オレと人間達を睨みつけた。

 目の前にある透明な壁型触手がわからないのか、体当たりをしたり鋭い爪で引っ掻いたりし始める。


 さっき狩人が執念深いと言っていたけど、それにしてもしつこすぎる。

 怨念すら感じさせる姿に、ないはずの背筋が凍る思いだ。


 最大限硬くした壁型触手が破られることはないはずだけど、このままじゃいずれ脇から突破される。

 ここにいては危ない。


「オレにマカせて、ハヤくニげてッ」


 たどたどしい発音で四人に促した。

 壁型触手は毛髪型触手の一本と繋げているから、オレは逃げられない。

 人の目がなくなれば触手を駆使しても問題ない。

 なんとかする方法を考えよう。

 オレは死ににくいし、大丈夫だ。


 と、思ったのに。


「馬鹿野郎! ガキ置いて逃げられるか!」


 そう叫ぶやいなや、剣士がオレを抱えて猛然と走り出した。


 えっ。


2019/10/12

どえらい台風来てますけど皆さん大丈夫でしょうか。

どうか何事もなく過ごせますように。

無事をお祈りしています。


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