序章 ３ 魔神の頼み
形の良い眉尻を下げ、魔神様は困惑しつつ言う。
『何故、そのような決死の覚悟で私を見るのだ』
『だってあれでしょ？ 魔神様のお願い断ったら『おのれ！ 矮小な魂の分際で生意気な！！』って逆上してオレ潰されるパターンでしょ？』
困ってる魔神様にオレも困る。
だってねぇ。
他の神様から待てって言われたのに、無理矢理か弱い神様を誘拐したり、反省してろって地獄に落とされて封印までされたのに、それを解いたあげく結果的に地上に嫌がらせするような、それこそ文字通りの「魔神」でしょ？
逆らったら潰されると思うのが普通じゃん？
『いや、『普通じゃん？』と言われてもな。そのようなこと、考えたこともなかったわ。』
『どんなことなら考えたんですか？』
『私が飽きるまで話し相手になったもらおうかと』
簡単だろう、と微笑む魔神様。
話を聞くだけなら簡単だが、ある意味、潰されるより酷い気がする。罰は長いより一瞬で終わる方が良い。
こちらの心情が伝わったのか、魔神様は心外だと言わんばかりに眉をひそめた。
『そもそもだな。私は嬉々として地上を、特に人間を蹂躙しようとは思っていない。
確かに昔、私の仕事の邪魔だとは感じたが、半分は私が造り出した大切な存在だ。積極的に滅ぼそうとは考えておらぬ』
『裏を返せば、消極的に滅ぼそうとしていると。そーゆーことですね』
『そういじめてくれるな。上の奴等の管理に適した数にしようとしているだけだ。私なりの善意だ』
本当かなぁ。
魔神様をじっと見上げる。
見つめ合うこと、しばし。
『……まぁ、なんだ』
魔神様が視線を逸らせた。勝った。
『以前は地上で死んだ魂を呼び寄せて魔物に転生させていてな。
私が使えば上の奴等が転生させる魂が減り、結果、奴等は人間に関する手間が省け、私は擬似的にだが仕事を得て暇を解消していた』
暇潰しか。こんな何もない場所に一人でいたら、確かに暇そうだけど。
『以前は、ってことは、今はしてないんですか？』
『しているとも。今は魂の管理まで徹底されてしまってな。
お主のように異界から呼び寄せた、奴等が管理していない魂を転生させている』
『……それって他の神様の負担になってません？』
『そうだな、おそらくなっているだろう。
急いで大地を整え、増え続ける人間も管理し、魔物への対策も講じ、さらに異界の魂がどこから来たのか調べた上で送り返している。
いやはや、奴等の勤勉さには頭が上がらぬ』
ちゃんと休めていると良いのだが。魔神様は心配そうに呟いた。
口は開いてないから、オレの頭に小さく響いてきただけだけど。
その心配の原因の八割はたぶん魔神様だけど。
しかしまぁあれだね。やることなすことなんで最終的に嫌がらせになるんだこの神様は。
だから他の神様から「魔神」なんて呼ばれてこんなところに封印されるんだ。
感覚としてはあれかな、いたずらばかりするやんちゃなペットをケージに隔離するような感じ？
厄介なのは隔離してもやんちゃが収まらず手間が増すばかりってところかな。
なんてことを考えていると、灰色の空の向こうを眺めていた魔神様が、ジロリとこっちを見た。
伝わっちゃったかな？
『えー、それであの、異界から魂を呼び寄せて転生させるって話なんですけどね』
『うむ。「魔神」と呼ばれたる私が、いたずらばかりでやんちゃな私が、隔離されてなお手間ばかり増やす私が、呼び寄せた魂に頼んでいる些細なお願いなのだがな？』
バッチリシッカリ伝わってます本当にすみませんでした！
思わず土下座する。足もないから土下寝になったけど。
誠意は、誠意だけは籠めたつもりだ！
魔神様はしばらくオレを見続け、小さく『勝った』と呟くと、笑って許してくれた。
案外根に持つタイプなのね、オッケー把握した。
『さて、話を戻そうか。
先程も言ったが、お主には魔物に転生して、人間があまり増えないよう邪魔をしてほしい』
『邪魔……ですか？ 間引きとか言うから、てっきりヒャッハーって叫んで村ファイアしたり、男はいらねーってザクスパーッてしたり、女の子拐ってグヘヘッてしたりするのかと思いましたが』
『何を言ってるのかわからん。間引きは考えたが、それだけだ。強制的にやらせようとは思わん』
やればできそうだけどね、魔神様なら。したくなさそうだけど。
でも……。邪魔、邪魔ねー。
転生するのはちょっと楽しみだけど、なにすれば良いんだ？
