一章 21 混ざる
泣き喚く女性に暴行を働く記憶――
哀願する老夫婦を蹴り倒し踏みにじる記憶――
荷物持ちに雇った少年を囮に魔物から逃げおおせる記憶――
胸くそ悪い記憶と感情がどんどん押し寄せてくる。
他にもジーブ、ギゼと三人で行った悪行が、大なり小なり全て〈解析〉され、〈記録保存〉に刻まれる。
それこそ生まれてからオレに眠らされるまでの記憶が全部掘り起こされ、オレに流れ込んできた。
止める間もなかった。
止めろと念じたときには全て吸い出し終えていた。
よせばよかった。止めればよかった。
触手の先端から回復薬を垂らしながら、一息に抜いた。
傷はすぐに塞がる。
解毒効果はないので起きることはない。
心の動揺とは裏腹に、体はやけに冷めていた。
震えもしない。
「お前の望んだことだろう」と言われている気がした。
オレの望みは平和に暮らすことだ。
安心して暮らせるよう、邪魔な物を除けようとしただけだ。
なのに何でこんな、くそ、ちくしょう。
石でも飲み込んだ気分だ。
暗く淀んだ澱がオレの中に溜まって、じわじわと這い上がってくる。
でも吐き出す口は持っていない。
黒い何かで塗り潰されそうだ。
まずい。オレという存在がグラグラ揺れる。
何に喜んで何に怒って何に悲しんで何を楽しむのか。
その根本が揺れる。
オレの知らない感覚に染まってしまう。
酒が飲みたい。強い酒だ。喉が焼けるほどの。
そう、初めて昇級した時に飲んだあれがいい。
この腹の底から上がってくる異物を酒と共に流して朝まで眠れば、いつもみたいにスッキリ――
しないしない飲んだことないし眠ったことないしスッキリどころか二日酔いでオレら全員ぐでんぐでんだったじゃん。
いやいや何言ってんだオレ待って待ってまずいまずいすっげーまずいオレとダグズ(の記憶)が混ざって渾然一体の大混線……!
なんでこうなった!?
いや記憶を〈解析〉した結果だけども!!
も!!!
落ち着こう。
いいか、まずオレはダグズじゃない。
そこんとこ明確に、明らかに確かにしとこう。
な?
うん。
まずは自己の確立ってやつだよ。
我思う、故に我有りだ。
揺るぎないオレを取り戻そう。
オレ、イズ、ヒア。
よし。
落ち着いて考えれば単純なことだ。
ダグズの記憶がごっそりまるまる〈記録保存〉に入ったせいで、魂に残るオレの記憶とダグズの記憶が整理されずに〈並列思考〉に影響をおよぼしているわけだ。
むしゃくしゃしたときに酒をかっくらって寝るのはダグズの記憶からきた経験で、その経験を元にオレの思考が酒を飲みたいと訴えた、と。
ならばこのダグズの記憶を「ダグズの記憶」として〈記録保存〉内に隔離して保存し直せば、オレという自我とダグズの記憶が混ざり合うことはなくなるはずだ。
しっちゃかめっちゃかにメモ帳に書いた文章を整理して分けて、ノートに清書するイメージでやってみよう。
よし、と気合いを入れる。
少し視線を上げ、三人を見上げた。
ダグズの記憶によると、三人は兄弟だ。
それなりに大きな農村で育ち、末のジーブが十五歳の成人になるのを待ってから、華やかな冒険者を目指して村を飛び出した。
すでに村でも評判の悪たれ坊主共で、力に任せてしょっちゅう暴れまわっていた。
誰も三兄弟を止めなかった。
冒険者になる条件は、成人であること、いくつかの簡単な試験に合格すること、登録料を払うことの三点だ。
十日程かかって試験に受かり、実家から盗んできたお金で登録し、三兄弟は晴れて冒険者となった。
どんなに暴れても誰にも叱られず、魔物を殺せば金を稼げて称賛までされる仕事に、三兄弟は夢中になった。
資質の差はあれど、ある程度の努力で安易に〈スキル〉を会得できることも、三兄弟を調子づかせた。
三人なら何でもできる、伝説のドラゴンだって殺してみせる、と酒場で笑い合う満ち足りた日々。
揃いの蛇皮の鎧もこの頃に作った。
万事が上手くいっていた。
しかしそれも長くは続かなかった。
しょせんは腕力だけでのし上がってきた元農民だ。
もちろんどんな出自だろうと分け隔てなく成り上がれるのが冒険者だが、彼らの不幸は彼らが粗暴で自信過剰で常に三人で行動していたことだ。
依頼に関する知識も戦いに対する経験もなしに上位者になれるほど、この職業は甘くない。
頭打ちになった時に別のパーティに入れてもらうほどの柔軟さも謙虚さも持ち合わせておらず、そもそもその頃にはすでに鼻つまみ者として有名だった。
荒くれ者も多い冒険者稼業だが、そういった者ほど身内だけを大切にする傾向にあり、変にプライドが高くトラブルを起こしやすい三兄弟はつまはじきにされた。
反対に穏やかな気質の冒険者からはさけられた。
近づくと逃げられるのだ。
村にいた頃ならば、相手を殴って従わせれば良かった。
向かってくる相手をぶちのめし、怯えて逃げる相手を嘲笑った。
だがここは冒険者の溜まり場だ。
自分たちより強い奴らがゴロゴロいる。
後から入ってきた新米も、三兄弟がいることで早々に別のパーティに加入し、保護された。
ちょっかいを出せば実力者が出てくる。
ぶちのめされるのは自分達の方だ。
苛立ちの募る毎日。
きっかけは些細なことだった。
三兄弟とすれ違っただけの新米冒険者を、今までの鬱憤を晴らすかのように半殺しにした。
新米のいたパーティはその街で一番強かった。
仲間から追われ街にいられなくなり、三兄弟は慌てて逃げ出した。
そこからはもう、坂を転がる小石のごとく。
歯止めの効かなくなった三兄弟は喧嘩や強奪、暴行などの悪行を重ねながら方々を転々とし、ここゼリウカーズ魔樹海のそばにある、ガメナテの街まで流れてきた。
そしてついに冒険者の身分を剥奪された。
それまではギルドに情報が渡る前に次の地へ逃げることができたのに、どん詰まりの辺境の地に追いやられ、逃げ場がなかったのだ。
牢屋に入れられる代わりに全財産を没収され、身分証となるギルドカードも失い、三兄弟は街から出られなくなった。
死刑をまぬがれ犯罪奴隷に落とされずにすんだが、仕事も何もかも失った。
後はのたれ死ぬしかないと諦めた三兄弟を拾ったのは、ガメナテで三本の指に入る大商人だった。
表向きは材木問屋、裏では秘密裏に魔物を売りさばく闇商人だ。
魔物の売買には許可が必要で、種類も限られている。
違法な商売に三兄弟のようなならず者は使い勝手が良い。
何かあれば切り捨てればいいのだから。
三兄弟もそのことをわかってはいたが、競売にかけられていた揃いの鎧とポーチを買い戻し、命まで拾ってくれた商人に対し、多大な恩義を感じた。
どうせなくすはずだった命だ。
残りの人生、このお人の為に使って死のうじゃないか。
ダグズの言葉に弟たちは深く頷いた。
かくして、毒蛇三兄弟を自称するダグズ、ギゼ、ジーブの三人は、魔物を求めて今日も罠を仕掛けにゆく。
心機一転、魔物ハンターとして生まれ変わった三兄弟の明日はどっちだ――!?




