一章 18 前を向く
翌日は暗いうちから雨だった。
木々の隙間からどんよりとした雲が見え、そこからしとしとと絶え間なく雨が降り続く。
外が明るくなり始めたころ、狐ちゃんは一回だけ起きた。
喉が乾いたらしいので、触手をお椀型にして水を出して飲ませた。
最初は警戒してたけど、眠気には勝てなかったみたい。
がふがふと雑に飲んで再び寝た。
今度は丸くなった。
念のため〈解析〉で様子を診てみたけど、回復に専念するためにひたすら寝てるだけで、特に具合の悪いところはなさそうだった。
強いて言うなら魔力が最大値の半分くらいしかなくて、お腹も減ってるってくらいかな。
オレもなんか食べたい。減る腹はないけど体積は減る。
まだ余裕があるとはいえ、溜められるときに溜めた方がいい。
こないだ死にかけたわけだしね。
狐ちゃんは寝てるし。
いつまでも甘えるわけにはいかないし。
ならばやることはひとつ。
狩りのお時間です。
さっそく巣穴を出る。
小雨が降ってても、気にせず出発。
人間だったら雨ガッパが欲しいところだけど、この体には必要ない。
濡れても寒くない、風邪引かないってのはなかなかいいね。
ただ迷子にならないよう、巣穴には毛髪型触手を一本、残していく。
狐ちゃんの様子がわかるように奥まで伸ばし、本体から切れないよう気をつけて移動する。
昨日考えたことを踏まえ、「切れない」と強く念じればきっと切れないはずだ。
たぶん。実験も兼ねている。
……切れたらどうしよう。
いやいやいや、考えない、考えないぞ。
考えていいのは「切れない」という強い意思だけ!
もたもたしてないでさっさと行こう。
とりあえずまっすぐだ。
毛髪型触手を出して周囲を〈解析〉しつつ、ゆっくり進む。
不思議なことに、この辺りにはあまり動く植物がいない。
見た目も普通の木や草が、普通に生えている。
普通の森だ。普通って素晴らしい。
何より見上げれば空が見えるってのがいいね。
今は雨だからちょっと残念だけど。
これはこれで風情があるってもんよ。
地面に小さな穴を見つけた。
毛髪型触手を一本、入れてみる。
いくつかの分岐点を適当に曲がっていくと、なんかいた。
茶色と白の毛並みにぷっくらとしたお尻、長い耳。
ウサギっぽい。
触手には気づいていない。
オレの体は〈変幻自在〉のおかげで好きなように動かせる。
髪の毛のように細い触手だって出せるし、その先端だけを太くすることもできる。
勝負は一瞬。
太くした先端をウサギに巻き付けることに成功した。
暴れる体を引っ張る。
あとは穴から出して本体に取り込んで食べるだけ。
どんなに暴れてもオレの触手は切れない。
やっぱり絶対に切れないぞ、と強く思うことが肝心なようだ。
狩りの成功に気を良くしていると、突然ウサギの目が赤く光った。
後ろ足に力を込め、触手を払いのける。
あ、と思った時には、猛スピードで穴の先を駆け抜けていった。
その逃げっぷりはまさに脱兎のごとく、と言うか、まんま脱兎なわけだけどそんなことはどうだっていい。
赤く光る目を見た瞬間、オレは怯んだ。
思わず触手が緩み、そこを蹴られて逃げられた。
灰熊の針を飛ばす〈アビリティ〉を思い出して、怖くなった。
何が来るかわからなくて、恐ろしくなった。
実際はただ後ろ足に力を込めて逃げただけだったけども。
触手を縮める。先っぽには何もない。
逃げられたんだから当然だ。
それだけのことが心に重くのしかかる。
何が勝負は一瞬だ。獲物が事切れるその時まで、気を緩めることはできない、のに。
またやってしまった。
本体まで持っていかずとも、さっさと触手で〈解析〉して〈吸収〉まで終わらせてしまえば良かったのに。
調子に乗って、失敗する。
灰熊の時もそうだ。
やつを侮ったせいで危うく狐ちゃんを死なせるところだった。
安全に逃げきることもできない。
狩りもできない。
ないない尽くしで泣きそうなのに、涙も出ないのおまけ付き。
嫌になってきた。
泣けない代わりに、雨粒が体を伝って滴り落ちる。
全身ずぶ濡れ。号泣にも程がある。
もうダメだ。
ホントダメだ。
ぜんぜんダメだ。
何やってもダメだ。
ダメダメのダメかけるダメのダメ乗の……。
……やーめた。
やめたやめた。気分が落ち込むだけで何の意味もない。
考えてもみろ。オレはこの世界に生まれてまだ数日しか経ってないんだ。
人間で言うなら赤ちゃんだ。
赤ちゃんが何もできないのは当たり前、だったらオレができないことだらけだって当たり前。
「できない」を積み重ねて「できる」にするのが学習だ。
わかんないけど。
落ち込むのも飽きたし。できることからやっていこう。
狩りは狩りでも木の実狩りとかね。
ドングリとか落ちてないかなー。
とにかく魔力を溜められるなら、狐ちゃんへのお土産は捕まえなくてもいいんだ。
〈変幻自在〉で赤ネズミを再現して渡せばいいんだし。
よーし、進路変更。
動物じゃなくて木の実を探そう。
視界を地面から上げる。
青々と茂る枝葉。
巻き付いた蔓。
これだけいろんな植物があるんだから、何かしらは見つけられるはずだ。
残した触手の先、狐ちゃんはまだ寝ている。
起きたら戻ろう。
気合い充分、レッツゴー!
《お知らせ》
閲覧ありがとうございます。
今回からサブタイトルをつけることにしました。
投稿済みのものは順次追加していく予定です。
より読みやすくなれば幸いです。




