一章 16 因縁
川岸の追いかけっこが始まった。
無理にでもジャンプして崖の上に行ってみようか、と考えていると、灰熊の目が強く赤く光る。
咆哮か、無駄なことを!
図体がデカイ分、頭は良くないみたいだ。無視して走る。
オレと灰熊の体が一直線上に並んだ瞬間、灰熊の体が膨らんだ。
灰熊の眼前で火花が散る。
「ギャア!」
灰熊が悲鳴を上げ仰け反り、やつの体から太い針が四方八方に飛び出した。
何本かが飛来し、オレの体をかすめ、触手の一本を穿つ。
バランスが崩れ体が傾ぐ。このままだと地面にぶつかる。
とっさに体を開き、狐ちゃんを離した。
投げ出された狐ちゃんは、空中で体をひねり、華麗に着地した。
灰熊に向かって唸り声を上げる。
オレはその横を無様に転がり、木の根に当たって止まった。
なんだ今の。なんだ今の。なんだ今の!?
〈記録保存〉で詳細に思い出す。
灰熊の目が赤く光り、一瞬で体が膨らんだように見えた。
あれは全身の毛を逆立てた姿だ。
あの毛の一本一本が太く硬い針となり、オレ達に向かってミサイルのように射出された。
あんな必殺技があるなんて……。
しかもやつは、あの攻撃が当たりやすい瞬間を狙った。
障害物の多い森の中ではなく、見通しの良い川岸で。
オレと一直線に並んだときに。
細い木なら簡単に貫いてしまう程の威力の攻撃を。
しょせんは動物と侮った、オレの馬鹿。
大馬鹿のこんこんちきめ。
もし灰熊が体勢を崩さなければ、オレは大量の針に刺され、狐ちゃんは死んでいたはずだ。
じゃあ、あの火は一体……?
狐ちゃんのそばに寄る。
思い切り仰け反り、ひっくり返っていた灰熊は、素早く起き上がった。
こっちを――いや、狐ちゃんを警戒している。
灰熊が歩き出そうとすると、その行く手を阻むように、三つの火花が散った。
灰熊が止まる。嫌がるように顔を背け、歯を剥き出して唸った。
灰熊が一歩、足を出すと、狐ちゃんの目が赤く光り、火花が散る。
たぶんあれは、狐ちゃんの〈アビリティ〉のひとつ、〈火魔法〉だ。
拳大の火が灰熊の目の前で爆ぜ、線香花火のような赤い花を咲かせる。
灰熊は顔に火傷を負っていた。
今の様子といい、火が怖いみたいだ。
灰熊が動く度に〈火魔法〉が発動する。
やつの体が森に向いたときだけ何もないから、狐ちゃんはこのまま森に誘導しようとしてるみたい。
頑張れ。頑張れ、狐ちゃん。
オレに〈アビリティ〉の再現はできない。肝心なときに手伝えない。
それが歯がゆくて悔しい。
だが、何度も繰り返すうちに、威力が弱まってきた。
火花の数が減り、小さくなっていく。
狐ちゃんの息も荒くなってきた。魔力が切れ始めたんだ。
灰熊がこっちを向いた。笑うように目を細める。
これを待っていたのか。
オレの〈錬金術〉で魔力回復薬は作れる。
でもこの薬は、体を活性化させ、魔力の生成を促すだけのものだ。
回復量が増えるだけで、すぐさま満タンになる訳じゃない。
たとえ魔力が満タンになったとしても、狐ちゃんの〈火魔法〉では決定打とはならない。
また魔力が尽きるまで待たれるだけだ。
追いかけっこはキリがない。なら崖上に逃げるか。
いや、跳べばあの毛の針を射たれるだけだ。
逆に言えば、射たれないだけの隙があればイケる可能性がある。
ほんのわずかでいい。
やつの視界を遮るような、何かがあれば。
こっそり、触手を出して狐ちゃんに触る。
何でもいいから隙を作り出して欲しいと考えれば、きっと伝わるはずだ。
狐ちゃんはチラリとオレを見て、オレのいる左側の耳を二回動かした。
意識が逸れたとみなしたのだろう、灰熊が突進してきた。
距離は二十歩くらい。
やつの目が赤く光る。
「グォオオオオオ!!」
咆哮。狐ちゃんの体が硬直する。
その体に乗って毛髪型触手を絡ませ、同時に崖上の木に向かって触手を伸ばす。
あと十歩。早い。
木に届いた。枝の根本を掴んで触手を縮ませる。狐ちゃんの体が浮く。
あと三歩。
灰熊が口を大きく開ける。噛み砕く気だ。
狐ちゃんの目がわずかに赤く光る。
灰熊とオレ達の間に炎の壁が生じた。
「ガァア!」
灰熊が体ごと顔を背ける。足がもつれ転倒し、炎の壁に突っ込んだ。
間一髪、迫りくる巨大な背をかわし、川の上を飛ぶ。
枝にぶつかる前に触手を止め、そっと崖の上に降り立った。
た、助かった~。
地面に着いてすぐに狐ちゃんを解放する。
狐ちゃんは頭の先から尻尾の先まで、水気を飛ばすように思い切り体を震わせた。
咆哮を何度か受けたが、ゆっくりと五つ数えるくらいで硬直が解けるみたい。
わずかと言えばわずかな、その十秒にも満たない隙。
灰熊の足の速さとある程度の知能も相まって、かなり致命的な隙になり得た。
オレが普通の生き物だったらね。
そしてもうひとつわかったことがある。
灰熊の咆哮がオレに効かなかった理由でもあるけど、どうやらこの咆哮の〈アビリティ〉、筋肉を硬直させるものらしい。
だからほぼ魔力の塊であり、〈アビリティ〉で動くオレには効かなかったし、狐ちゃんも〈アビリティ〉は使えたってわけだ。
〈アビリティ〉と言えば、あの炎の壁。
考え事をしている間も、オレは崖下の灰熊を観察していた。
転んで頭を打ったようだが、丈夫なようでピンピンしてる。
炎の壁に突っ込んだのに、火傷のひとつも負っていない。
周りに生えた草も焦げた様子はない。
〈火魔法〉かと思ったけど、あの炎の壁は〈幻魔法〉だったのか。
灰熊が壁から顔を背けながら、忌々しそうに小さく唸る。
突進中、いきなり目の前にあんなものが現れたら、オレでもビックリしそうだ。
でも壁が消える前にこっそり〈解析〉で温度を調べてみたら、まったく熱くはなかった。
見た目だけのハッタリであることは、そばにいる灰熊にはわかってしまう。
狐ちゃんは、灰熊が確実に怯むタイミングで〈幻魔法〉を発動させ、見事に隙を作ってくれた。
素晴らしい。とても素晴らしいと思う。
ちょっとギリギリすぎる気はしたけど。
いや正直怖かったけどね。
助かって良かったよホントに。
その狐ちゃんはオレに『行く』と〈念波〉を送り、さっさと歩き始めた。
体を震わせたあと、座り込んで荒い呼吸をしていたのに。
野生って強い。
いやまぁ、あんな奴がそばにいるんじゃ、休めないか。
最後に灰熊を見下ろす。
灰熊は炎の壁が消えると、ただじっとオレ達を見つめていた。
嘲るでもなく、憎らしげでもなく、ただただその灰色の左目に、オレ達の姿を刻み込むように、静かに見つめていた。
《お知らせ》
閲覧ありがとうございます。
これにて毎日投稿終了です。
次回からはまた土曜日の20時に投稿します。
どうぞよろしくお付きあいください。
《与太話》
どうせ4日間投稿するのなら、
コミケの開催日に合わせて投稿すればよかったと、
昨日気づきました。
せっかくだし。
いやその合わせたところで、
どうということもないですけど。
せっかくだし。
オタクの祭典だけに、
「後の祭り2019夏」
って感じですかね。
なに言ってんだろね。
とっぴんぱらりのぷう




