一章 14 遭遇
もう一回噛みついてから、狐ちゃんは口を離してくれた。
これは本気噛みというよりは『次は気を付けろ』の意味で軽く噛んだみたい。
人間なら頭を軽く小突いた、くらいなもんだ。
それから辺りを見て鼻をひくつかせ、うろつき始めた。
場所の確認をしているようだ。
屋根を突き破る場外ホームランでぶっ飛んだ上に、オレが必死に逃げたせいで、だいぶ遠くまで来ちゃったからね。
確認は大事だ。
狐ちゃんの知る場所だといいんだけど。
土地勘のないオレは、黙って狐ちゃんの様子を見守る。
喋る口はないけどさ。
しかしあれだね。改めて見ても狐ちゃんはキレイだね。
ぱっと見たときにまず目に写る黄金色の毛並みが美しい。
二つの耳と、四つ足の先から半ばにかけては焦げ茶色をしている。
足はまるでブーツを履いたようで、とても凛々しく見える。
それに鼻先からおへそのあたりにかけてと、二本の尻尾の先と、前足の手の部分が白い。
少しくすんだ白だけど、それは欠点ではなく、全体を見たときに色のバランスが取れていて、良くまとまっている。
完璧な配合だ。
なんてね。紳士らしく知的に誉めることを目指してみたけどね。
要するに「愛らしい」の一言でまとまる話だ。
そして、そんな愛らしい狐ちゃんの最も愛らしい部分、深い緑に輝く瞳が、オレを見ていた。
よせやいそんなに見つめられたら照れるぜ、なんて考えたら、狐ちゃんがため息をついた。
はい、ふざけてないでちゃんとします。
〈念波〉で『ついてこい』と伝えてきたので、素直に狐ちゃんの後ろを進む。
最初のうちはチラチラとオレを振り向きながら歩いた狐ちゃんも、しばらくするとあまりこっちを見ずに進むようになった。
優秀な〈変幻自在〉のおかげで、小走りの狐ちゃんからあまり離れないで付いて行けてるからね。
慣れたもんよ。
狐ちゃんは迷う素振りもなく、さっさと進んでいく。
時々立ち止まって辺りを確認するけど、それも数秒か、長くて十秒もないくらいだ。
勝手知ったる森の道って感じかな。
その後ろを進むオレも、毛髪型触手を出して〈解析〉を駆使しながら体を動かしてたんだけど、意外にもこの辺りには肉食性植物がいなかった。
たまたまなのか、あの巣穴周辺が密集地だったのか。
もし後者なら、運が良いのか悪いのかわからない。
運良く安全地帯に飛び込めたけど、運悪く密集地に迷い混んだわけだしね。
うーん。なんだろなー。
魔神様の不幸を呼び寄せる体質が移ってないといいなー。
でもこの体は魔神様に作ってもらったわけで、てことはいわゆる眷族ってことになるのかな。
あの魔神様の眷族とか、不運に見舞われる可能性が高い気がするー。
なんて考え事をしてたら、狐ちゃんに咥えられた。
ボーッとしたせいで遅れてしまったのかと思いきや、そのまま茂みに隠れる。
緊張と恐れ、わずかな敵意が伝わってくる。
何かが近くにいるようだ。
でも人間ではないみたい。
なんだろう。灰色の塊のイメージも伝わってくる。かなり大きい。
あの剣士の男も人間の中では大きい部類に入るだろうに、それより頭二つ分は高く、横幅は二倍以上はありそうだ。
けれどもそれはとても曖昧なイメージで、水面に映る影のように揺れて、なかなか形が定まらない。
どうやらオレも狐ちゃんもお互いに〈アビリティ〉の熟練度が低いらしく、イメージの送信も受信も上手くいってないようだ。
最近使い始めたばかりだからね、仕方ないね。
しかしホントにこんなでっかいやつがこの森にいるのかな。
実は狐ちゃんから見てでっかいだけで、人間より小さかったりして。
あ、今のオレからしたら充分大きいか。
でもあの熊よりでかいことはないんじゃないかなー。
とりあえず、毛髪型触手を上に伸ばして見てみましょ、そうしましょ。
生い茂る葉の隙間から、灰色の塊を探す。
ズン、と地鳴りがした。
気のせいかもしれない。触手から送られる情報に、惑わされたのかもしれない。
でも、その一歩は、そう錯覚するほどの恐ろしい迫力を持っていた。




