一章 12 強い意思
足音だけならまだしも、話し声がするってことは、言語を理解する知性のある生き物がこっちに向かっている、ということだ。
しかも、内容まではわからないが、かなり滑らかに話している。
「グガ、エモノドコダ」「ニオイスル、コッチ」みたいな、片言の不明瞭な発音ではない。
前世では当たり前だった声の応酬。
人間の会話だ。
わかったと同時に狐ちゃんが動いた。素早くオレを咥えると茂みに潜る。
昨日のうちに草刈りしておいて良かった。安全に隠れることができる。
やってくる人間達が通りすぎるなら、巣穴に隠れてもいいと思う。
でも穴は狐ちゃんを三匹分、なんとか入れられるくらいの大きさで、もし覗き込まれたら確実に見つかってしまう。
そしたら逃げ場がない。
代わりに茂みなら見つかっても逃げられる。
たぶん、狐ちゃんはそう判断したんだろう。
オレと狐ちゃん、ふたりで息を潜めて様子を伺う。
正確には息を潜めているのは狐ちゃんだけだけど。
オレは毛髪型触手を上に伸ばして、少しでも周りを見通せるようにしておく。
触手からの視界に、人間達が現れた。
先頭を歩くのは背の高い男。
体の要所に革の鎧をつけ、左腕に丸い盾をはめ、腰には剣を装備している。
いわゆる剣士ってやつかな。
男の左側、やや後ろに女性がいて、身長差のある剣士の男の歩幅にあわせ、少し早歩きでついていく。
二十歳前後、といったところか。
美しい金の髪を三つ編みにし、青い目を楽しげに細め、男と何やら話していた。
言葉がわからないため内容は不明だが、二人はかなり親しそうだ。
そのふくよかな胸に革鎧をつけ、あとは動きやすそうな軽装にフード付きの茶色いマントを羽織っている。
手には緑色の宝石がついた杖を持っていた。きっと魔法使いだろう。
二人の後ろを、やれやれ、といった面持ちでついていくのは、三人の男だ。
背は低いが逞しい筋肉を持つ髭面の男は、巨大な斧を肩に担いでいる。
その右側に革の胸当てをつけ弓矢を装備する男、反対側には真っ黒なローブを着て捻れた長い杖を持つ男がいた。
この三人は、木こりと狩人と魔法使い、かな。
革鎧を着ているから木こりじゃないかもしれない。木こりっぽいけど。
その後ろの三人も何やら話しているが、彼らの表情から察するに、
「また始まった」
「イチャつくならせめて帰ってからにして欲しいぜ」
「すぐ二人の世界に入りやがって」
なんてことを喋ってそうだ。言葉わかんないからテキトーだけど。
ついでに言語の解析ができないか、やってみよう。
新しく言語用の〈解析〉を発動させた。
五人の人間達は会話をしながらこちらに向かって歩いてくる。
だいぶ穏やかな雰囲気だけど、周囲への警戒は怠らないあたり、実力はありそう。
どう動くかわからないし、もう少し様子見しとこうかな。
なによりも狐ちゃんが緊張して固まってしまった。
背中の毛は逆立ち、二本の尾は体の下にしまいこんでいる。
目も耳も声のする方に向けたまま動かない。
さっきから触手で撫でてるけど、体も固いしまったく落ち着かない。
大丈夫だよーと念じながら撫でていると、狐ちゃんから〈念波〉で恐怖の感情が伝わってきた。
人間に殺されかけたからね、当然だよ。
でも、それだけじゃない。
オレを守ろうとする強い意思も伝わってきた。
……確かにオレは狐ちゃんを助けた。
でもさ、それって狐ちゃんの意識がないときだったし、その後でオレも助けられたじゃん。
お互い様ではあるけれど、それはオレが狐ちゃんを助けたから知ってるだけで、狐ちゃんからしたらオレが助けたなんて知らないはずだ。
お互い様じゃなくて、貸しひとつって考えてるかもしれない。
だったら、狐ちゃんからしたら借りてるのはオレの方になる。
貸し借りの話がなくてもさ。
こんなワケわかんない生き物なんて、置いてけばいいのに。
咥えないで走り去ればいいのに。
体を小さくして軽くなったとは言え、いない方が身軽でしょ。
それに会ってまだ数日も経ってないじゃん。
もしかしたらオレが死にかけてるときに何日も経ってて、情が移ったのかもしれないけど。
それにしたってさ。
血も繋がってない、同じ種族でもないオレを、狐ちゃんにはなんの関係もないオレを、なんで守ろうとしてるのさ。
狐ちゃんの方が怖がってるのに。
答えの出ないまま、五人組の人間達が巣穴の前までやってきた。




