一章 08 食事
赤い毛皮のネズミを見る。もう動かない。
触手で持ち上げ、体に取り込んだ。
余すことなく、いただきます。
まずはネズミの〈解析〉から。体の特徴も胃の内容物も全部〈解析〉していく。
生態まではさすがにわからないけど。赤い毛皮は火に強いみたいだ。
わずかながら魔力も持っていたので、〈アビリティ〉も探る。〈火魔法〉を持っていた。
不思議な感覚なんだけど、〈解析〉したことは、自然と「こういうものだ」と理解している。
どういうことかというと、例えば、そうだなぁ。
単語を辞書で調べて「これはこういう意味なのか」と理解するのではなく、まるで元から知っていたかのような、答えがすでに自分の中にあって、それを思い出したような、なんとも説明しづらい奇妙な感覚だ。
だから、わかったことをわかりやすく他の人に説明するには、オレの知識、語彙力、文章構成力といった能力にかかっている。
それに名前がわからないのも、オレに知識がないためだ。
魔神様を始め、神様達の付けた名前をオレは知らない。
この世界の人間が付けた名前も知らない。
だから〈解析〉してもわからない。
〈解析〉はあくまで、それがどういったものか、ということしか教えてくれないからだ。
名前を知りたければ図鑑を読めばいいのかな。
あれば、だけど。読めれば、だけど。厳しいぞ。
〈解析〉おしまい。
〈魔力分解〉して、ネズミの体からほどけた魔力を残さず〈吸収〉していく。
見た目は炭酸の入ったジュースみたい、かな。
ネズミの体の端から魔力の泡がシュワシュワと立ち上って、〈吸収〉すると弾けて消える。
魔力というと光ってるイメージがあるけど、特にそんなことはなかった。
よかった。食事のたびにぴかーっと光る水まんじゅうとか、眩しくてかなわない。
体を全て〈吸収〉し終えると、心臓のあったあたりに小さな石が残った。魔力の塊だ。
いわゆる、魔石とか魔核っていうやつかな。
これは元から魔力なので、そのまま〈吸収〉する。
〈魔力分解〉、〈吸収〉おしまい。
ごちそうさまでした。
さて狐ちゃんは、というと、オレが食べ終えるまで、辺りを警戒しながら見守っていてくれた。
食事中は無防備になるからね。ちょっと悪いことしたかな。
今度からもっと早く食べよう。
作業にならない程度に。
「よく食べました」とでも言うように、狐ちゃんがオレを舐める。
ははは、よせやいくすぐった……くはないな。触覚の〈解析〉はしてないから。
そもそもこの体、くすぐったさって感じるのかな。
ひとしきり舐め終わると、狐ちゃんはまたどこかへ向かって歩き出す。
また狩りに行くのかな。オレも着いていこう。
女の子にばかり働かせる訳にはいかないさ。
紳士だからね。ふふふ。
歩く狐ちゃんの後ろを、邪魔にならないようあまり音を立てずに着いていく。
巣穴から少し、といっても人間の歩幅で五歩くらい離れたところで、狐ちゃんが振り返った。
足を止めるのでオレも止まる。
目が合った。オレに目はないけど。
また歩き出したので着いていく。
足が止まる。
振り返って目が合う。
歩く。止まる。目が合う。
歩く止まる目が合う。
十歩離れたところで咥えられて巣穴に戻された。
なんでだ。オレも行きたい。
離れる狐ちゃんに着いていこうとすると、今度は短く威嚇された。またじっと見つめてくる。
さっきからなんだか見つめられるけど、もしかして何か意味があるのかな。
触手を伸ばして狐ちゃんに触れる。
首筋を撫でてみたけど「こんなことで誤魔化されぬ」と言いたげにオレを睨んだ。
違うんだー。
撫でたかったのはそうだけど触らないと〈解析〉できないんだー。
これ以上、機嫌を損ねる前に狐ちゃんの〈アビリティ〉を探る。
〈火魔法〉と〈幻魔法〉と〈念波〉を持っていた。
〈火魔法〉は小さな火を発生させる魔法だ。
狐ちゃんを見つけたとき、首にあった縄は先が焦げていたから、この魔法を使って縄を焼き切って逃げたのかもしれない。
〈幻魔法〉は幻を出して相手を惑わすことができる。
けれどそれほど長い時間、幻を出せるわけではないようだ。どんな幻が出るかは、実際に見てみないとわからない。
そして〈念波〉。狐ちゃんが見つめてくる理由はたぶんこれだ。
波状の魔力に自分の感情を乗せて相手に送る魔法みたい。
ちなみに波状の魔力をぶつけ、跳ね返ってきた魔力を読み解くことで、相手の感情もうっすらとわかるらしい。
オレにはわからない。
どうしよう。せっかく狐ちゃんから何か伝えようとしてくれているのに、わからないのは申し訳ない。
声なら音を〈解析〉すれば聞こえるのになー、と考えて、閃いた。
前世の知識で音は空気の波って言ってたような気がするし、魔力の波なら同じように〈解析〉できるかもしれない。
いざ、魔力の波の〈解析〉開始!
途端に狐ちゃんから何か伝わってきた。
待って。ちょっと大きい。頭に響いてうるさい。テレビの音量を上げすぎたときみたい。
〈解析〉さん、調整、調整お願いしまーす! うるさーい!
毎回毎回、始めに最大ボリュームで〈解析〉した情報を流すのなんでだ。嫌がらせか。
とにかく程よい音量まで下げ、狐ちゃんから伝わる感情を読む。
曖昧な感覚だけど、言語に表すとこんな感じかな。
『心地よい』『だめ』『お腹すいた』
最初のは触手で撫でているからかな。気持ちいいならよかった。
『だめ』はオレに対して、着いてくるなって言いたいみたい。
で。うん。そーか。お腹すいてたのか。
邪魔して悪かった。ごめん。
申し訳なさを触手に込めて撫でる。
体を軽く振り、フンッと鼻を鳴らし、『待て』の言葉を残して、狐ちゃんは出掛けた。
オレは、お家でお留守番です。
いってらっしゃい。
ちえー。




