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一章 07 生きること、食べること


 オレは今、全力でぺったんこだ。

 楕円の丸いスライムのような形がいつもの形ならば、今は薄く伸ばされたうどんの生地だ。そばでもいい。

 何でもいいからとにかくぺったんこだ。


 色も限りなく透明にした。いつもは白っぽい半透明。

 黒蜜ときな粉かけて冷やして食べたい和菓子的な見た目だが、今は不要だ。

 相手からできるだけ見えないようにする。肝心なのはそこだ。


 狐ちゃんが、ご飯を持ってやってくる。


 女の子から手作りのご飯をいただくなんて、前世でもなかった。

 嬉しい反面、そのご飯が問題だった。


 取れたて新鮮、赤ネズミをそのまま。


 止めを差したあと、贅沢に素材をそのまま生でいただくこのお料理は、丸ごと食べることで素材の栄養を損なうことなく摂取できる素晴らしいお料理です。


 というわけで、ゼヒとも狐ちゃんに食べていただきたい。

 オレは遠慮するから。


 でもオレはその事を伝える術を持たない。

 だからこうして穴の天井部分に張り付いて、全力で隠れているわけです。

 オレの姿が見えなければ、狐ちゃんはきっと自分で食べてくれるだろうから。


 がさがさ枯れ葉をかき分けかき分け、狐ちゃんが穴を覗く。

 オレはいません。

 いないんです。

 お留守ですよー。


 狐ちゃんは首を傾げ、咥えていた獲物を脇に置くと、じっと穴の中を見つめた。

 時折鼻をひくつかせ、匂いを探る。

 オレのこの体は汗をかいたり垢が出たりしないから、匂いはないはず。いくら鼻を効かせたところで無意味だ。

 さらに薄暗い穴の天井に透明になって張り付いているから、目を凝らしたところで見えるわけがない。


 つまるところこれは、確定した勝利、なのである。

 ふふふ。

 さすが紳士、いや、ジェントル触手を目指す男、オレ。

 スマートに勝利を得ることなど容易い。あまりにも容易い。

 ふはは。

 狐ちゃんに穴から出されながら、オレは勝利の余韻に浸っていた。

 この調子で紳士道を邁進し、一大ハーレムを築こうではないか!

 ふはははは!


 って負けとるやないか~い。


 なんかあっさり見つかってあっという間に引きずり出された。

 もうスマートに運ばれた。さくさくとね。

 予想外すぎてノリツッコミするしかなかった。


 ぺたんこの体を元に戻す。もちろん色もだ。

 いつものオレが姿を現すと、狐ちゃんは二本の尻尾をゆらゆらと揺らした。

 口元も緩んで笑っているように見える。

 その笑顔を見られるだけでも負けたかいがあるってものだ。くやしい。


 目の前に置かれる赤いネズミの死体。

 今回は吐き戻されたわけじゃないから、それほど血まみれにはなっていない。

 でもやっぱり、なんというか、解体もされていない肉を食べるのは、抵抗がある。

 前世では肉だって何だって、モリモリ食べてたのに。

 こうして命を奪うことを、わかる形で目の前に出されると、酷い罪悪感に襲われる。


 狐ちゃんを見る。オレが助けた命。

 ネズミを見る。オレのために奪われた命。


 どちらも同じ生き物で、たまたまオレがいたせいで、生きるか死ぬかが別れた。

 助ける命と奪う命。分ける基準はなんだ。

 どちらも同じ命なのに。


 同じ命……。

 同じ……。

 おなじ……。


……やーめた。


 やめたやめた。こんなの考えたところで結論が出るわけない。

 考えるのオレだもん。偉い学者先生ならともかく。

 そもそもの話、大前提としてオレは生き物だ。

 こんな姿でも魔物でも生き物だ。

 生き物なら、他の命をいただかなければ生きていけない。

 植物だろうが動物だろうがなんだろうが、みんな命を貰って生きている。


 それなら、オレが生きていくことにためらう理由はない。

 オレがお腹すいたから食べる。オレが助けたいから助ける。

 判断基準はオレ。オレの思う通り動けばいいんだ。


 だいたいね。死にかけの気絶中も意識を取り戻したあとも、狐ちゃんから貰って食べたじゃんっていうね。

 やったもんを今さらうじうじと悩む必要はない。

 狐ちゃんを助けられて浮かれたのかな。

 正義のヒーローにでもなったつもりか、水まんじゅう。

 お前の行く末はお助けマンじゃなくて、人畜無害系魔物男子(ハーレムもあるよ)だろうが。


 慣れないことはするもんじゃないね。

 紳士は目指すけど、もっとお気楽に考えよう。肩の力は抜いて。

 いやまぁ、オレに肩はないけど。ないものに力を込めるなんてナンセンスだ。


 結論が出たところで。

 ご飯です。


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