昼休みのひと時
昼の12時を過ぎ、休みの時間にはなったものの、午前中のうちに予定の仕事を完了させられなかった片山は昼休みにも20分程業務を行い、得意先に発送する書類の作成を完了させた。
「……ふう」
とりあえず、ここまでやっておけば問題無い所まで仕事を片付けたあと、片山は遅めの昼食をとった。
職場に置いてある冷蔵庫から、朝のうちに入れておいた弁当を出し、片山は弁当箱の蓋を開けて食事を始めた。
弁当は、妻の直美が作ってくれたものだ。直美とは、結婚してもうすぐ一年になる。
飾らないデザインの黒い弁当箱の中には、レンジで温めるだけで簡単に調理できるフライなどが、おかずに入っていた。
片山は、あまり食にはこだわらない。弁当のおかずが手作りかどうかなどは気にしない男である。むしろ、きちんと朝こうやって妻が弁当を作ってくれるだけでも、十分に有り難かった。
片山がそんな弁当を有り難く食していると、前に座っていた麗子が片山に声をかけた。
「ねえ片山さん、今日は仕事昼休みまでかかっちゃったりして、何だか調子悪いみたいね。何か気になる事でもあったの?」
片山は、麗子に声をかけられ、口の中のご飯をかみながら顔を上げた。
麗子は、年の頃は五十代といったところか。髪はくるくるパーマをかけており、多少化粧が濃い風貌である。
小太りのせいで少しきつ目になってきたけども、まだこのサイズでいけるということで着ている会社の制服姿で、既に食事を終わらせた彼女は、気だるそうにこっちを見ていた。
「ひょっとして……奥さんとケンカしたとか? だったら早く仲直りしたほうが良いよ〜? お互い若いんだから、すぐ仲直りできるでしょ?」
そんなに興味がある訳でも無いが、もし問題が夫婦関係なら興味が湧いてくると言いたそうな麗子のその言葉に、片山は苦笑いをしながら答えた。
「ああ、いや……そんなんじゃ無いんですよ。ちょっと別の事で……」
麗子は、パートで三年ほど前からここで働いている。
片山は、大卒後すぐに入社したこの会社で働き始めて、もう九年目になるが、ここの経理部門には異動してまだ一年ほどという事であり、また、彼女の方が年上でもあると言う事から、彼女には敬語で接していた。
麗子もまた、片山には親しみを込め、敬語無しで接していた。それがただ馴れ馴れしい性格のせいなのか、彼女の気遣いの一つなのか、片山にはそれは分からなかったが、別にそれはどっちでも良かった。
片山は麗子に敬語で話し、麗子は片山に敬語無しで話す。そのくらいが片山にとっては、ちょうど心地良い距離感であった。
片山から夫婦関係じゃないと言われた麗子は、つまらなさそうな表情を隠すこともなく、退屈そうに口を開いた。
「ふーん……じゃあ、具合でも悪いの? 頭が痛いとか?」
そう麗子から聞かれた片山は、おかずのフライを口に放り込みながら少し考えた。
麗子に、奥田係長の鼻毛の件を話すべきか。
今なら、奥田係長は昼食をとりに外出している。彼女に話すなら良いチャンスだが、果たしてどうするべきか。
食べていたフライを飲み込む時には、片山にはすでにその答えが出ていた。
やめておこう。きっと話しても良い事はないだろうから。
「あ、いや……ちょっと今日は、考え事があって……」
麗子に話せば、きっと他の人にも彼女は奥田係長の鼻毛の事を話すだろう。そして、うわさ話という片山にとって不本意な形で、奥田係長には鼻毛の事が伝わるに違いない。
そうやって、うわさ話で奥田係長が自分の鼻毛に気付くというのは、片山には何となく奥田係長の優しさにつけ込むようで、嫌な事であった。
それに、その話が伝わるときには、鼻毛が気になってしまって仕事に影響が出てしまった自分の事も一緒に、面白可笑しく語られるに違いない。それも片山は嫌であった。
「ふーん……あたしはそんな考え込む事無いからよく分からないけど、片山さんも悩みがあるって事かねえ。新婚なのにねえ……。まあ、何かあったら相談に乗るから、いつでも言ってちょうだい」
もうどうでも良いという表情になった麗子は、リップをカバンから取り出しながら、片山にそう言った。
「あ……はい……」
片山もそう答えるだけで、二人の会話はここで終わり、あとは室内を昼休みの気だるい沈黙が包み込むのみであった。




