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聖夜のあやかし

作者: 琴花

クリスマスをテーマに思いつくまま書きなぐりました。

恋愛要素はまったくないです(笑)


連載中のあやかし家政夫とは無関係ですが、そちらも読んでいただくと嬉しいです。

 日本に古来から存在するあやかし、物の怪の類。

 人類が当たり前のように月に行き、家に居ながらボタンひとつで買い物ができる現代も、それらは確かに存在する。

 あるものは深い森に棲み、あるものは人間のこころに潜み、あるものはひとに紛れて暮らしている。

 そう、聖夜の下でも――。



 ★ ★ ★



「乾杯――!」


 シャンパングラスを掲げる。 

 待ってましたとばかりに一人の女がグラスを呷った。


「ああー。この喉にすっと通る感じ。後からはじける炭酸。最高だわ!」

「なに一気飲みしてんのよ」


 別の女が冷ややかな視線を送る。


「お酒の一気飲みは危険です……」


 さらに別の女が小声で注意する。

 ふたりから小言をいわれるが、グラスを呷った女は上機嫌で笑うだけだ。


「今夜くらいいいでしょ。そもそも、私らはいくら飲んでも酔っぱらったりしないんだから。むしろあやかしにとって酒は命の水よ! 酒を飲んで酔っぱらうなんて、神話の中の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)くらいよ」

「あんたの祖先は、その八岐大蛇でしょ」

「聞こえませーん」

「ゴウちゃんはスサノオの子孫だよね」

「ほんとかどうかも怪しすぎる牛女だけどね」

「サヨも飲め飲めー。狸娘なら樽一杯飲めるはずだぞ!」

「リン、あんた舌の根の乾かぬ内に酔っ払いになってんじゃないわよ」

 

 女三人寄れば姦しい。

 酒が入ると余計にだ。


 彼女らは人間ではない。

 俗にいう物の怪の類だ。


 グラスを呷るリンは蛇女。

 冷ややかに見つめるゴウは牛鬼。

 困った顔で笑うサヨは化け狸。


 祖先はなんであれ、今を生きる彼女たちは、人間に溶け込んでひととして生活していた。

 あやかし御用達の隠れた名店にて、三人でクリスマスパーティーを開いている最中だ。


「何が悲しくて、女三人でパーティー。しかも、クリスマスに……」


 ゴウがため息をつくと、リンが口の周りに泡を付けながら叫ぶ。


「それもこれも目一杯残業入れてくる会社が悪い!」

「リンがミスしたからその尻拭いでしょ……」

「私たちをフリーにする男たちが悪い!」

「……それは同感」

「まあまあ。おかげでご馳走食べられるし。――あ、このサラダ美味しい」

「サヨは呑気だね……」


 手作りドレッシングのサラダに目を輝かせるサヨに、ゴウは嘆息する。


「ため息なんてついてないで、食べよう? 美味しいよ」

「……そうだね」


 三者三葉、シャンパンで喉を潤しながら前菜を頂く。

 シャキシャキサラダに飴色タマネギのドレッシングが絡まって美味しい。

 やがて主菜が登場した。

 

「チキンだ!」


 艶々輝いている骨付きチキン。

 目の前に置かれるや否や、リンはかぶりつく。


「うう~ん! 皮パリパリ、中ジューシー。ヤコさん推薦のお店だけあって美味しい!」


 ヤコさんとは三人の上司でもある妖狐だ。

 部下の尻拭いに、最後まで社内に残ることになった哀れな女性でもある。


「ちゃんとお詫びとお礼言わないと化けて出られるよ」

「それは勿論。けど、今頃彼氏といちゃいちゃしてるし平気でしょ」


 退社後は彼氏とのデートが入っている幸せな女性でもある。


「知ってる? クリスマスにチキン食べるの日本だけだって」

「そうなの?」

「アメリカはターキー。七面鳥だね」

「そもそもクリスマスがなんなのか知らず騒ぐだけの日本人って多いよね」

「私らもね」

「正確にはヒトじゃないけどね」


 生誕祭と言われても、イエスキリストと言われても、ピンとこない。遠い国の話に聞こえる。

 神仏習合、八百万の神々。日本は多くの慣習が入り混じっている。

 教会で結婚式をあげて、葬式はお寺で行われる。その混沌具合がまた日本らしい。


「猫又のおばあちゃんが、外の国に浸食されて嘆かわしいって言ってたね」

「巣鴨のおばあちゃんね。けど、孫がケーキを作ってくれるんだって自慢してたよ」

「浸食されてるねー」


 くすくすけらけら笑いながら腹を満たす。気分も浮きたつ。

 外はカリっと中はもっちりふわふわのフランスパンに頬を緩めながら、あっという間に時間は過ぎる。

 いよいよ最後のメニューになった。


「さて、〆はやっぱりケーキでしょ」

「リンはラーメンと言うんじゃないかと思った」

「ほんとはケーキの後食べたかったけど、さすがにね……体重計コワイ」

「当たり前」


 果たして現れたのは、大きなお皿に可愛く盛りつけられた、手のひらサイズのデコレーションケーキ。

 周りにフルーツとソースで飾りつけされていて、銀色のアラザンが高級感を出している。


「うわー。可愛い!」

「キレイだねー」

「とっても美味しそう」


 三人とも、勿論甘いものは別腹だ。

 フォークで一口。


「フワフワッ。溶けるー」

「リンってば、鱗が出てる!」

「ゴウちゃんも、ツノが出てるよ……。あ、私も尻尾が……」


 本性が現れるほどの破壊力だったようだ。

 喋る時間ももったいないとばかりに、無言でフォークが進む。

 食べ終わってもしばらくは、店内に流れるジャズを聴きながら余韻に浸った。

 しばらくして、誰かがぽつりと言った。


「たまにはこういうのもいいね」

「非日常だからね」

「二人とも、メリークリスマス」


 空のグラスが鳴った。



 ★ ★ ★



「さてと、素敵なパーティーも終えたし、残業の続きと行きますか」


 光溢れる影には暗い闇が満ちる。

 幸せに笑うものがいれば不幸を嘆くものがいる。

 多くの人が集まり、雑多な思念が交わる場所には、ひとではないモノが寄ってくる。


 人の世に馴染むことを拒む、あるいは忘れた存在。

 本能で動くそれらを諫め、時には力づくで黙らせるのが彼女らの仕事だ。

 クリスマスのような非日常は特に忙しい。


「食後の運動だね」

「カロリー消費!」

「使うのは霊力だけどね」


 身体に分身である蛇を纏わせ、

 額に鋭い角を生やし、

 大きな尻尾を揺らし、 


 そうして笑いさざめく夜の闇に消えていった。



 

お読みいただきありがとうございました。


文中のゴウちゃんの名は、スサノオの化身といわれる牛頭天王から。転じて牛鬼へと変貌しました。

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