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スマートライフ

作者: S.S

時は20XX年。コンビニ、映画館、飲食店はもちろんタクシーも。

ほとんどの場所、サービスにおいて、現金はなくとも

スマホのQRコードもしくはクレジットカードさえあれば支払いができてしまうキャッシュレス時代。


日本国内を日々せわしなく駆け回り、高価な貴金属、アクセサリーを個人宅へ届ける配達請負を生業としている遠藤達也(えんどうたつや)は昼過ぎに新幹線で東京へ到着した。

真夏の日差しがジリジリと肌を焼く都会の歓迎を受けながらも

本日指定の荷物を全て届け終え、駅近くのカフェでアイスコーヒーを飲みながら

彼は午後のひと時を過ごしていた。


「いやー、暑い!でもまぁ雨よかいいのかもなぁ。雨の配達は手間だもんなぁ」

そんなことを心の中でつぶやきながら午前中を振り返る。

この仕事を始めてから半年。

体力には自信があるものの、方向音痴なので配達業が自分に務まるのかという不安もあったが、

知人の勧めで紹介された運送業派遣登録会社から支給されたスマートウォッチのおかげで

その点は全く問題なかった。


ディスプレイに配達先の最寄り駅が表示され、駅に到着すると、方向だけ表示される。

後はそれに従って進むだけ。配達人は相手の正確な住所が到着するまで分からないまま届けるので

個人情報保護の観点からも安心というわけだ。

最後は宅配ポストにスマートウォッチをかざしロック解除してから投函すれば終わり。


この一連の流れでわかるように仕事とはいえ位置情報ゲームで歩き回る感覚なので

若者にも受け入れられやすく人材不足に悩む配送業界に革命をもたらしたと

システム導入当時は経済新聞や各メディアが賑わったものだ。


そうは言っても、日用品や、そこまで高価ではない物については

ドローン配送が主流となった現在、配送業界は貴重品類、破損や故障で保障ができないものなど、

人間の手で配達することが望ましいものを扱うことがほとんどである。


貴重品を扱うプレッシャーは当然あるわけで、

そこから解放されてからのアイスコーヒーは特別美味しく感じる。

今夜はビジネスホテルを1泊押さえているので、午後からは東京散策ができそうだ。

とはいえ、この暑さなので外を出歩くことはあまりしたくない。

屋内商業施設を中心に回ることにした。


久しぶりに新しい服でもチェックしようか。

インフォメーションカウンターに向かい、AFSの予約をした。

AFSとは「Auto Fashion Select」の略称であり、

字のごとく自動的にコーディネートを組んでくれるプログラムの略だ。


予約をしてから専用ブースに行くとまずボディスキャン(数秒で終わる)が行われ、

後は自動音声ガイドに向かって話し掛ければその人に合ったコーディネートが表示される。

夏なので

「夏らしく男らしい爽やかな組み合わせ」

をリクエストするとテナントに入っている店のアイテムを組み合わせたコーディネートが

10パターンほど自動生成された。気に入ったらタッチ操作で確定。

マイナンバーを読み込ませれば後は自宅に届くのを待つだけ。

最終支払いはQRコードをかざして完了。

荷物も増えないし、これなら店員のセールスに付き合わされることもなく、

じっくりと洋服選びができるのだ。


買い物を終え、eスポーツカフェに行こうとした途中で、自動販売機を見つけた。

ひとりの男が財布から小銭を1枚1枚投入し、

ピッとスイッチを入れた後で「ジャリンジャリン」と甲高い音が響く。

釣銭を財布にしまって彼は立ち去ったが、今どき現金など使っている人間がいるだなんて驚いた。


財布なんてかさばるものがなくても、スマホやカードさえあれば何でもできる。

便利なものがあるのだから、どんどん活用すればよいのにとも思う。

ポケットにはスマホだけ。それが最高にクールなモダンスタイルなのだ。

「いくらテクノロジーが進化しても人間が古いままだとこうなんだよな」

とため息をしつつ歩を進めた。


自動ドアをくぐるとeスポーツカフェである。ひと昔前とは違い、騒音けたたましい空間ではない。

無人のカウンター端末にスマホをかざすと登録情報が認識されブース番号が表示される。

そこに向かい今回は1時間プレイを選択。

サービス提供されているオンライン対戦ゲームを好きなだけ遊ぶことができる。


オンラインを楽しむことで重要なのは、上級者と対戦するようなことはせず、

ほどほどの相手とやること。そこら辺も洗練されていて、

プレイを重ねるごとにプレイヤーレベルが判断され、ちょうどいい相手とマッチングされるようになる。

ヘッドフォンを装着し、対戦格闘やパズルゲームに興じる。

随分やり込んだ対戦格闘ゲームで連勝を重ね、次も勝てば10連勝というところで画面がフリーズした。

ややしてから

「通信エラー。接続できません」との表示。

いいところだったのに!

これは下手をしたら連勝記録も無効になってしまうのではないか。

10分待っても画面はそのままで埒があかないので途中退室することに決めた。

後払い形式なので、カウンターにある電話からサポートセンターに連絡をしたら、

今回は無料ということだった。

とんだ災難だったが、久しぶりに遊んだなという実感を得ることができ気持ちが軽くなってきた気がする。


店を出て、日も暮れてきたので、いよいよビジネスホテルに向かうことにした。

スマホを取り出し、マップアプリを開く。

しかし、どういうわけだかいつまで経ってもナビゲーションが始まらない。

よく見れば、電波が全く入っていないようだ。こんなことは初めてだ。


……まずい。非常にまずい。

常日頃ナビゲーションに頼っているので、住所なんていくら見ても場所のイメージが湧かない。

不幸中の幸いで、宿泊先の名称だけはメモに控えていたので仕方なく交番に向かう。

着いたはいいがこの行列は一体どうなっているんだ。

15分しても列は一向に進まないが、ここでしびれを切らしてカンに頼って進むと確実に迷う。

方向音痴の人間はカンで動くと正解よりも何故か逆方向に進んでしまうことが多いのだ。

待つこと1時間。


「あの、ここまでどう行けばいいでしょうか?」

「あぁ、この地図にルート書いておくから行ってみて」

とコピー紙に印刷された近隣地図を渡され、適当な感じでマーカーで塗り進める警官。

わずか3分ほどのやりとりが終わり、俺は何と不毛な時間を過ごしてしまったのかと

敗北感に打ちのめされた。

マップさえ正常に起動すればこんなに待たなくても良かったのに。

人生は何が起きるか分からないが、まさか自分が紙の地図を持ちながら、

東京を彷徨うことになるとは思いもしなかった。


マップアプリなしで歩くことがこんなにも人間を不安にさせるものかと

まるで上京したての新社会人のごとくまわりをキョロキョロと見ながら歩く。


たっぷり1時間は歩き、ようやく目的のビジネスホテルに辿り着いた。

都会は似たようなビルが立ち並んでいるため目印が乏しく、まさにジャングルだ。

コンクリートジャングルがこんなにも恐ろしいものとは知らなかった。


自動ドアを通りフロントへ。

スマホで認証コードを表示させ、あとは専用端末に読み込ませればチェックイン完了だ。

しかしどう見ても端末は画面が暗いままで電源が入っていない。

仕方なくフロントへ向かい係の男性に声をかけた。


「あの、端末って故障しているんですか?」


「いえ、厳密には端末の故障ではなく、例のネットワークテロ事件の影響によるものなのです」


ネットワークテロ?一体何のことか。そんなニュース通知には覚えがない。

気になったので詳しく聞いてみると、

どうやらRTM(Return Technology Movement)という新興組織が絡んでいるらしい。


彼らは

「急速なテクノロジーの進歩が人類を滅ぼす。だから人類を守るため

インターネットが一般化する以前の時代へ回帰する」という理念を掲げ、

特に中高年の支持を得て世界的に拡大を続けている地下組織だ。

理念の割に、急拡大した理由はSNSを活用しているからだったりもするわけだが、

そういう矛盾は気にしないらしい。

そんな彼らはついに世界のネットワークを繋ぐ海底ケーブルを物理攻撃し、

切断に成功したと犯行声明を出した。


「もしかして、しばらくはネットワークが全く使えないってこと?」


「そうなんですよ。そのため恐縮ですがお客様にはカード、

その他の決済方法はお断りしまして、チェックインの際に現金精算をお願いしています」


現金?俺は現金を持たない主義なので1円も手持ちはない。

ATMで下ろそうにもネットワークが切断されている今現在ではそれも不可能だ。

何とかネットワーク復旧をロビーで待ってみたが2時間後に満室を理由にホテルを追い出されてしまった。


こうして俺はひとり、都会で事実上の一文無しとなり

寝床を求め手元の地図を頼りに公園を探すことになってしまった。

路上でスマホ片手に座り込んでいる若者たちを見ながら、

スマートに時代と適合してきたはずの自分がどこで何を間違えたのだろうかと思った。

あぁ、ちょっとの小銭でもあればそこの自販機で冷たいコーラでも飲めるのになぁ。

近未来という設定なのですが、現代でも起こらないとは言えない話ですよね。

キャッシュレス時代が当たり前になればこんなこともあるのではないかと思いながら書きました。

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