初陣
一撃でリーダーを戦闘不能に追い込んだメイドは何事もないように着地をして周囲を見回すと誰に言うでもなく一人呟いた。
「うん、一人装飾が豪華なのがいたからそれにしたけど、どうやら当たりみたいだね」
「き、貴様、一体どこから……!?」
「ん、そこから」
動揺をまだ抑えられていない野盗が漏らした台詞にメイドはそう言うとリーダーが昏倒している方向と正反対に指を向けた。
森から突如現れたメイド。見た目もさながら、出てきた場所が場所だ。怪しすぎて野盗も商人の護衛とは思ってもいないようだった。当然の事ながらローゲンもメイドを護衛に雇った覚えはないし、そもそも初対面である。
「首領の様子は?」
「ああ、脇腹の打撃と木にぶつかった衝撃で気絶してるだけだ」
「よし、じゃあこのよくわからんガキを片付けて仕事の続きといくか!」
「仕事ってこの馬車を襲う事ですか?」
「盗賊なんだから当たり前だろ、他に何があるってんだ!」
どうやら、馬車に向かっていた二人がリーダーを介抱している様子。
そのメイド、セシールは単に道へ向かっている途中で馬車を取り囲む集団を見かけた為に横槍を入れただけであった。そして集団戦では頭を刈り取るのが効率的。不意打ちでリーダーを真っ先に片付ければ統率も乱れるかと考えていたのだが……。実際はそうでもないようだ。この辺り、流石犯罪者集団といったところだろうか。指示系統の引継ぎがスムーズなのは感心するばかりである。
とはいえ、相手が自白してくれた通り、この集団は盗賊で間違いないようで、夜目が利くとはといっても、誤認で罪のない人を襲撃したとなったら良心が痛む。人命救助、正当防衛の建前とその確認は大事なのだ。
生前含めて模擬戦闘の経験はあるが、対集団、更に護衛もとなると全くの初めてである。しかし、その護衛すべき馬車に敵はおらず、盗賊はその分こちらに警戒を割いている。夜目が利く分こちらが有利だが、問題は人数差。相手は吹き飛ばしたリーダー含めて15人といったところで介抱に向かった人数も引けば戦闘可能なのは実質12人。その内後衛職は5人程、前衛は7人。そしてこちらには相手に知られていない手札であるスズ達もいる。こちらが危うくなれば合図せずとも助勢に入るだろう。
「……せいッ!!」
「うごッ……」
そして、まず先手を取ったのはセシールだった。元より数では不利なのだから、先手必勝で数を減らす。この場面で後衛は気にしない。時間帯も相まって、仲間の体格に隠れてしまう小柄なセシールは馬車と違って非常に狙いにくいのだ。
右半身を相手に向け、左足に魔力を集中。そして地面を蹴ると同時に放出。縮地を魔力で強引に再現した形だが、予備動作もなく行われたそれは指示系統を引き継いだ副リーダーらしき男の不意を衝くには十分で、魔力を纏わせた右拳で一気に距離を詰めた先にある鳩尾を突き上げる。防具ごと粉砕したそれを受け、その男はまともな言葉を発する事なる撃沈し、宙を舞いながらリーダーのいるところへと墜落していった。
「な、何だこいつは……」
「一撃ってありえねえ……」
「と、とにかく囲め囲め!数ではこっちが勝ってるんだ!」
大の大人が二人して一撃で倒れる。驚愕、焦り、怯え。この集団に先程以上の動揺が走っている事から、今倒したのが副リーダーで間違いはなさそうであった。
集団のトップ2が倒されている時点で逃走を選ばない辺り、しっかりしているのはセシールの倒した二人だけという事なのだろうか。やはり犯罪者というのはこういうものなのか。引継ぎを褒めた分を返して欲しいものである。
「せいッ……ぶべらッ!」
「でやッ……あがッ!」
二人掛かりでの背後からの襲撃を見えないようにした尻尾で薙ぎ払う。薙ぎ払れた二人は仲良く別の木へとご案内。
これは自身が爬虫類の特性も持つのなら、カメレオンのように周囲に擬態できないかと考えて試行錯誤の末に微量の魔力を纏わせる事でようやく完成した、隠し腕ならぬ隠し尻尾であった。魔力使ってるなら擬態というより幻術な気がしないでもないが、細かい事はいいだろう。角と羽も同じ要領で隠しているが、こちらは……カモフラージュ以上の意味はなさそうだ。
「今のは何だ!?」
「いや、奇襲するのに声出したら意味ないでしょう」
「そっちじゃない!!」
盗賊の言いたい事はわかる。「なぜ見えないところから反撃できたのか」であろう。ただ、自分の持つ手札を明かすつもりは毛頭ない。精々混乱してもらう事にする。
ともあれ、これで残り10人。当初、自分を鉄砲玉にするとざっくりとした作戦を伝えた際、スズ達は難色を示していたが、セシールとしてはただ世話されるだけでは申し訳がないし、自身がそれに見合う力量を持っているところは示さないと目覚めが悪い。スズ達にはセシールが危ないと思ったら独断で動いていい事を条件に待機してもらっているし、こちらが指示を出せばすぐ動く手筈になっている。
実のところは、スズ達の存在を森などに隠しつつ情報収集を重ねて、それから自分の力量を示す予定だったのだが、盗賊に襲われている人を助ける形で示す事になるとは。こちらは実戦経験が積める上に統率者としての実力を示せる、更に助けた相手に恩を売れる。本当にいい機会を提供してくれたものである。
「クソ! このガキの動きはどうなってんだ!」
「何でこうも縦横無尽に動けるんだ、意味が分からねえ! チッ、またやられたぞ!」
「こっちもだ!」
敢えて人数の多い方へと突っ込み、次は弓などの後衛装備をしている者から打ち倒していくセシール。一応救援という絵面にしたい事もある。狙いが効かないセシールより馬車を狙う方針に変えられてもそれは困るのだ。乱戦の最中でそれが可能なのも、ピット器官で相手の位置が正確に把握でき、夜目で装備の形状がわかるからこそなのであるが、まともな連携もさせてもらえずやられた側にしたらたまったものではない。
「お前、この商人がどうなってもいいんだろうな!」
「ひ、ひええ……」
と暴れ回っていた間に、襲われていた商人が人質に取られていた。まぁ元が15人相手だったのだ、ここまでやられると人質という手段に出る者がいるのも当然か。こればかりは仕方がない。
気付けば盗賊の後衛は全滅。馬車の主、商人を人質に取っている一人を除いて、セシールが相手取っているのは残り3人。この辺りが潮時だろう、少しはスズ達に力を示せただろうか。
「終了!」
「は……? な、何だ、ああああああ!!」
そう叫ぶと同時に商人に刃物を突き付けていた盗賊の両手両足に糸が絡みつき、そのまま左右へと引っ張られる。当然だがツムギの仕業である。
それと魔力放出で残りの盗賊を振り切り、商人の元へと向かうと傷がついていないか確認する。
「あ、ありがとう」
「怪我はないですか?」
「それなら大丈夫だ。しかし君は余裕そうだね、まだ野盗も残っているだろうに」
「多分残りは大丈夫だと思うので」
「……?」
そのセシールの背後では、残った三人の盗賊に対してスズとハナ、シキによる一方的な蹂躙が行われていた。
スズが強襲し混乱を誘い、その隙にハナが装備を破壊していく。そしてトドメにシキが自身の質量攻撃でK.O。三人からしてみれば、連携もボロボロで夜目が利かないところに、連携の取れた三種類の魔物による一斉攻撃が放たれた訳で、これに対応するのが無理な話であった。
かくしてセシールの初陣は状況的有利もある事ながら圧勝に終わった。あとは気絶している連中を全て捕縛するだけであるが、ツムギに任せるのが一番だろうとツムギにそう指示を出し、セシールは救助したローゲンへと向き直った。
「ところで、捕まえた盗賊って官憲に引き渡したら報奨金とか出ますか?」
「官憲……ああ、兵士の事か。今向かってる商都の兵士に引き渡したらそれなりの額が出るはずだよ。これだけの人数を殺さずに捕らえたんだ。犯罪奴隷として相当額で売れるはずだしね」
「おお……」
「ただ、こうも人数が多いと連れて行くのも一苦労じゃないかな。言い方は悪いけど首領格は残して間引くのがいいと思うよ」
「少し荷台を貸してもらえたらあとはこちらで何とかしてみます。それで、よければ私も商都へ連れて行ってもらえませんか? この辺りは不慣れなもので、ここを通りかかったのも偶然なんです」
「ははは、実はこっちも護衛を雇わずにいたらこのザマでね、偶然とはいえ君みたいな凄腕が通りかかってくれて本当に助かったよ。勿論、護衛料は出させてもらう」
「交渉成立ですね、よろしくお願いします。名乗るのが遅くなりましたが私はセシールといいます」
「こちらこそよろしく、僕はローゲンだ」
こうして、セシールは商都への足掛かりを得たのだった。