行動開始
それから1か月余りが経過した。
最初の1週間、セシルは自身の体に流れる魔力の制御を始めた。とはいえ、元の体にはなかった感覚であるから、今までのそれから違和感のある部分を探ればいいのである。生前と比べると大した苦労はなかった。
そしてそのまま、自分から流出していく魔力を体内に押し留める過程へと移行する。これは無意味に魔物を引き寄せない効果を見込んでの事であるが、それと同時に魔力を感知できる人間に自分の正体を暴かれにくくする為でもある。
その次の2週間は魔力を体の任意の部位に集中させる練習。もし魔法で身体強化が出来るのなら、攻撃する時には手足、逆に防御する部位に集める事で戦闘力を高められると考えたのだ。魔力の流出を抑えた事で、セシルの周囲に垂れ流された魔力から糧を得ていたスズ達の影響が不安であったのだが、特に問題はなさそうでそこが逆に気にはなったが。
最後の1週間は、これまでの練習の総仕上げ、応用に費やした。魔法の発動ではなく、純粋な魔力の放出。羽も生えていて飛べるのだから、姿勢制御に使えると思ったがこれが当たりだった。とはいえ、所詮これらは全て独学であり、本職から見ればただ生まれ持った才能に頼った付け焼刃に過ぎない。だが、これが現状のセシルに出来る全てである。
「この1か月、皆よく頑張ってくれました。これから私はここを発って人間と平和的に活動する事を目指します。今更ですが、この方針に同意できない者はここに残ってもらって構いません。スズ、ツムギ、ハナ、シキ、どうしますか?」
「「「「~~!!」」」」
セシルの問いに強く頷くスズとツムギ。そしてカマキリのハナと大蛇のシキ。カマキリに可愛い名前をと思ってハナカマキリを連想したのが由来だが、ハナの見た目はオオカマキリである。似ても似つかないが可愛いからいいのである。
シキはというと、セシルの中で大蛇といえばニシキヘビなのが理由である。ツムギの時に見せた捻り方はもう欠片もなかった。
そしてここにいる虫達は全員メスである事も判明した。まさか女の体でハーレム状態になるとは思ってもみなかったが、もうここに残る選択肢は彼女らにはないようであった。これでセシルと虫+蛇の大所帯は一蓮托生となった訳である。
「スズの偵察から、ここから森を抜けたところに村がありましたが、これは無視。迂回して村から伸びる道に抜け、そのまま外へ向かいます。そこで誰かと遭遇したら情報収集したいところですが、村人なら回避します」
まず、森から魔物を引き連れた少女がいきなり現れたら戦闘態勢になる事は間違いない。
それに森を抜けたところにある村。ここがセシルを捨てた両親と何らかの関わりがある可能性も捨てきれないのだ。それなら、遭遇する人数が少なそうな選択肢を選ぶのが穏当である。出来るだけ人から情報を集めたいという趣旨からは外れてしまうが、あくまで平和的に活動したいのだ。この子達を無意味な危険に晒す訳にはいかない。
「では出発!」
「「「「!!!!」」」」
その日、ローゲンは焦っていた。
いつも通りのレニン村での商売。そこまではよかったのだが、急な馬車の故障。村の厚意で修理をしてもらって村を発つも、もう既に日が暮れる頃合い。
本拠地である商都へ着くのは夜分遅くになる事だろう。しかし、ローゲンの焦りはそこではない。日が暮れる時間帯というのは、野盗に襲われやすいという時間帯でもあるのだ。
馬車の荷台にはレニン村で仕入れた商品が多数で手持ちの現金は少ないが、野盗はそんな事を知る由もないし、何より日帰りで終わるいつものルートだからと高を括って護衛も雇わずにいる今の状態で襲われたらひとたまりもない。
一刻も早く、商都で帰らなければ……。
「そこの馬車、止まれ!」
最悪のタイミングだった。
一瞬、加速して突っ込むかと考えたが、こちらは自分が御者も兼ねている。護衛もなく、自分一人がやられた時点で終わりだ。それに対してあちらは何人いるかすらわからない。
普通の野盗であれば商人の命までは取らないだろう。命を奪えば縛り首であるからだ。単なる盗賊行為であれば、命まで取られるような罰は受けない。
「生憎だが、荷台は村で仕入れた物ばかりで金目になるような物はない。見逃してはもらえないだろうか」
「それは確認してみない事にはわからないな」
ローゲンは指示に従い馬車を止め、念の為に襲っても旨味はない事は伝えるがやはり口だけで野盗を納得させる事はできなかった。
最初に声を掛けてきた一人に続いて何人かがぞろぞろと姿を現してくるが、この時間帯では細かい人数まではわからない。
「ま、大人しくしてりゃ命までは取らねえさ」
「ヘヘヘ……うぐァ!!」
「「首領!!」」
そう言って野盗が二人程荷台の後ろに回った時だった。
野盗の中心辺りにいた男が衝撃と共に横に吹き飛ばされ、そのまま道横の木に叩きつけられた。
周りの反応からすると今吹き飛ばされたのは野党のリーダーだったようで、野盗達も流石に動揺を隠せていない。当然、ローゲンもこの前触れもなく起きたこの状況に動揺を隠せないでいる。
そして、そんな野盗+ローゲンの動揺を余所に、野盗のリーダーと入れ替わる形で姿を現したのは黒白のメイド服に身を包む黒髪で小柄な少女であった。