現状把握
結局、虫達に用意された朝食(生肉も含む)はそのまま平らげる事となった。これらを食した際、クルミの硬い殻も生の肉も平気で咀嚼できてしまう事が、自分の体が人間のそれとは違う事を実感させる。
なお、自分の歯並びを確認してみたところ、臼歯はほぼそのままだが前歯が犬歯に近い発達をしているようだった。この歯並びに加えて、単純に身体能力が向上しているのも、人では噛み切れない物も食せるのではないか、というのが私の推測である。
「洞窟から出るとやはり眩しいな」
そして今は洞窟の外を歩いているところだ。今後の食事は改善の余地が多大にあるとしつつ、私は予定通りに現状把握へと向かっていた。その私の隣にはカマキリと蜂。おそらく護衛と伝令を担っているのだろう。特に邪魔はしないようなので放っておいて大丈夫だろう。
「洞窟のすぐ近くには大きな森があって少し離れたところには川。今はやや落ち葉が目立っているから秋……なのかな?
今日の天気は快晴。とはいえすぐ日も暮れるだろうからそんなに長く外出はできないか。あとはこの辺りの生態系が気になるところだけど……知らない?」
「~~!」
「ん?」
何気なく振った疑問であったが、それにすぐさま反応する蜂。人の子供程度なら抱えて運べそうなサイズでなければ素直に可愛いと思えるのだが、この巨体では……案外可愛いものであるな。
そして蜂はこちらに合図のような動きをした後、洞窟の方へと向かっていった。蜂が戻ってきた時に見失わないよう、私はひとまずその場から離れないでおく事にした。
「流石に人のいる感じはないか」
待っている間に周囲を観察してみるも特に目ぼしい物は見当たらなかった。わかったのは、この辺りは人の手が入っていないという事とこの身体の強靭さであった。木を切り倒した跡を見つけた時はおっと思ったが隣にいるカマキリがアピールしてくるのでどうやらこの子がやった事のようである。大きさがここまで違うと出来る事も多いのだろう。
ついでに歩く、走る、跳ぶ……と基本的な動作を繰り返してこの身体のスペックを確認してみる。前の体とは大きさも形も明らかに異なるこの体だが、特に支障なく動かす事ができた。
尻尾も背中に生えた羽も自在に動かせた事に少々奇妙な感覚を覚える。自分の体なのだから当然かもしれないが、尻尾も羽も生えていない体の記憶があると違和感が残るものである。
なお、この羽だが、その実飾りではない事も判明した。羽を羽ばたかせてみるとすぐに浮遊感があり、そのまま飛ぶ事ができたのだ。
あまり航空力学に詳しい訳ではないのだが、羽のサイズと自らの自重から飛ぶのは不可能だと思っていたのでこの結果は意外なところだ。
そこで、そんな謎の多い体の試運転としてカマキリに手合わせを頼んでみたが、これは断られてしまった。残念だ。
あとは体力・気力とはまた違った何かが体中を巡っているような感覚がある事。これが自分が垂れ流している魔力だとしたら自分にもこれを制御して魔法みたいなものが使えたりするのだろうか。
と、そうこうしていると、数匹の蜂が何かを抱えて戻ってきた。
「おかえり」
「~~♪」
私の言葉に羽の動きで返すと、抱えていた物を地べたへ放り投げる。ドスリという鈍い音と共に落ちたそれは猪の頭部であった。まぁ、それ自体は特に問題はない。さほど時間の経っていない切り口から、おそらくは今日の朝食に並んだそれだと推測できる。ただ、問題はその大きさで、頭だけで大の大人でも抱えきれないのではないかと思われる事だ。
「これを狩ったの?」
「~~♪」
頷かれてしまう。この世界の魔物って強いんだな、と何となく思った私だが、ならそれに世話されてる私はどうなのかという話だ。
「これだけ大きいと腐らない? 加工は……ってそういえば干し肉を食べた記憶があるな……。塩……岩塩でもあってそれで干し肉に加工を?」
「~~!」
表情はわからないものの、ドヤ顔のような仕草で胸を張る蜂達。どうやら当たりのようだが、干し肉に加工できるのなら最初から生肉で出さないで欲しい。獲物を新鮮な内に食べて欲しいという彼らなりの気遣いかもしれないが。
すると蜂達は私を猪の隣の位置に促すかのように背中を押した。私が素直に位置につくと自分達はその反対側へと収まる。
「えーっとこれは……ああ、なるほど」
私はこれが何の意図かと少し考えた後、蜂がこれを取りに行く前に自分がここの生態系について話していた事を思い出す。
私、猪、虫。これはここらで強い順番に並べたものなのだろう。格下の虫が猪を狩れている点については、人という集団生活を行う生き物を見れば明らかであり。
人単体ではライオンに勝てなくとも、集団でなら勝てるのだ。
(格上の猪も集団なら狩れない事はない……。でもそれを頻繁にする位なら私に獲物を集中させて恩恵に与った方がいいって事かな)
このサイズの猪を保存食にも出来るのなら、私一人でこれ一頭を完食するのに一体何日掛かる事だろうか。猪そのものを彼らの魔力源とするよりも、私を介して魔力源とした方が遥かに効率的であるという事だろう。
アブラムシを飼う蟻がいるように、時として虫は思わぬ賢さを見せてくれる。
だがこれは、ある意味虫達が私を利用しているとも言えるのだが、私自身も虫達のおかげで生き延びているのだから、そこは相互利益として流すことにした。
「とりあえずこの頭、魔法の試し打ちに使ってもいいかな?」
そう言った私に蜂達が頷いたのを確認して、私は肩を回しながら気合を入れて猪の生首へと向かうのだった。