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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バイデバイス

【バイデバイス】 無くしもの、探しもの

作者: のーす

 砂漠を行くフライヤーにとって、もっとも恐ろしいのは砂に(はま)ってしまうことだ。特に小型のフライヤーは、転倒の危険が常に付きまとう。砂の原では、ゆるやかな起伏は視認が難しい。気づかずに突っ込んでしまうと、掘り出すのも大変なことになる。しかも、万が一故障してしまうと、修理することすらおぼつかない。

 だからフライヤーの操縦は、細心の注意と集中力を必要とする。慎重にコースを選び、できるだけまっすぐに進まなければならない。これには、かなりの訓練と経験と、そして才能が必要だ。カジャンには、そのどれもが充分に備わっていた。

 そこはただ、単に砂漠と呼ばれていた。なにしろ砂漠は世の中にひとつしかないので、名前など必要なかったのだ。少なくともカジャンは砂漠に名前があるとは聞いたことがなかったし、ウィンザも名前があるとは教えてくれなかった。

 教えるといえば……。砂漠についてウィンザに教えることなんて今までにあったかな、とカジャンは思った。ウィンザと一緒に仕事をするようになって二年が過ぎたが、カジャンは常に教えられているようなものだ。初めてウィンザと会い、組んで仕事をするようになった日から、カジャンはウィンザの言葉はもちろん、仕草のひとつひとつに注目し、意味を知ろうと必死になった。そして、それは今でもそうなのだ。


「物を落したりするんじゃないぜ。絶対出てこないから」


 ウィンザは出かける前には必ずそう言う。それは確かにそのとおりだ。砂の上に置いた物は、一時間もしないうちに砂に埋もれてしまう。そして、目には見えない砂の流れに乗って、どこかへ運ばれていってしまう。そもそも同じ場所に戻ってくるのさえ困難なのに、そんな状態では絶対に落し物は見つからない。


「一度砂漠を全部さらってみたいもんだね。そりゃあいろいろな物が出てくるに違いないよ」


 ウィンザはこの話をするとき、必ずくすくすと笑う。


「一番残念なのは、あのナイフかな。あの柄はかなりよくできてて、しっくり手になじんだんだけどね。そのうちひょっこり見つからないかと、きょろきょろしてみたりもするんだけどね。なんか光ったりすると、ありゃひょっとしてナイフの刃が光ったのかな、なんて思ったりしてね」


 カジャンもウィンザも、砂漠ではよく物を見つける。でもそれらはすべて他人の落し物だった。ほとんどは役に立たないものばかり。ほとんどは意味のないものばかり。


「でもひょっとしたら、落し主には大切なものなのかもね」


 そういいながらウィンザは、それを倉庫にしまいこむ。


「ひょっとしたら、誰か取りに来るかもね」


 そんなことは、今のところ一度もなかった。


 砂漠がどれくらい広いのか、実は誰にも知られていない。北の端は分かっていた。砂漠は地図についた大きな染みのように、北から南へと向って延びている。そして地図の端へと消えていく。砂漠は帝国と辺境とを隔てる河のようにも見える。でも、河にくらべれははるかに広く、長く、越え難い存在だ。


 方角を決めるすべのない世界では、地平まで続く砂の原の中で自分の場所を知ることは不可能に近い。それは渡り屋の中でも腕のよいと言われている、ウィンザやカジャンにとっても同じことだ。


「だから」


 とウィンザは怖い顔をして言う。


「おれたちはまっすぐ進まなきゃならない。西へか、東に向ってね。北に進んでいちゃ、端にたどり着く前に干されてしまうし、南の端なんざ死者しか行ったことがない」


 では今の自分はどうだろう、と水筒をかたむけながらカジャンは思う。カジャンは今、いつも通っているルートから外れ、南に向って進んでいるのだ。ウィンザが知ったら怒るかな。カジャンはそう思いつつ、またフライヤーを前に進める。


 カジャンのフライヤーには、砂漠で八日間過ごすための装備が積み込んであった。そしてそのうち五日分は、もうすでになくなっている。残り三日あるならば、カジャンは砂漠から出て行ける。だから帰りの分を心配する必要はない。それより心配なのは、そよそよと髪を撫でる風だ。


 風が吹き、砂が流れ出したら、もうカジャンには帰ることができなくなってしまう。少なくとも、夜に眠ることはできなくなる。風のある砂漠で足を止めたらあっというまに埋められてしまう。それに寝ているうちに流されて、どっちを向いているかわからなくなってしまう。


 実際にカジャンに残されている時間は、せいぜい半日といったところだ。それだけ引き延ばしたら、あとはまっすぐ砂漠の外へと向わなければならない。


 でも、カジャンはまだあきらめることができないでいる。愚かにも、カジャンは無くしものを探しに来ているのだ。でもカジャンにとってそれは、ウィンザのナイフよりももっともっと大切なものだった。


 ウィンザにとって、ナイフより大切なものってなんなのかな、とカジャンはふと思った。ひょっとしてウィンザは砂漠が好きなのかしら。何よりも、何よりも?


 ウィンザは、もちろんそんなことは教えてくれない。ウィンザは自分のこととなると、しつこく尋ねてみないことには一言も話してはくれないのだ。


「そんなこと、どうでもいいじゃないか」


 ウィンザならそう言うに違いない。カジャンの思惑などまるで気づかずに。



 ナイフのことを考えていたものだから、遠くにきらりと光るものを見たとき、カジャンは操縦を誤ってひっくりかえってしまいそうになった。


 光ったのは一瞬だったが、方向を定めるには充分だった。フライヤーを最大速度にして、そこへ向って突っ走る。やがて、それがだんだんと視界の中に広がってきた。それは横転したトラックの、砂の中から突き出した安定板だった。


 カジャンはフライヤーを係留し、トラックに走り寄った。砂を手でかき分け、扉を掘りだす。しばらくするとすっかり砂をどけることができ、扉を開けて中にもぐり込んだ。


 中は真っ暗だった。しかも砂が大量に入り込み、大半の物が埋まってしまっていた。壁が大きくへこんでいるのが分かる。どうやら一端砂の中に沈んだのが、風に吹かれて顔を出したらしい。滅多に起こらないことが、起こったに違いない。


 カジャンはポケットからライトを取りだし、辺りを照らしてみたが、キャビンには何もない。そこで運転席へ向って、砂を掘り返し始めた。


 三回ほど手でかき分けてみると、いきなり手袋をした手が出てきた。カジャンはそれをみて、はらはらと涙を流した。その手袋も、その手もよく知っている。それはウィンザの手だった。


 ウィンザはナイフで刺されて死んでいた。おそらく客と争いになったのだろう。砂漠を越えたがる客の中には、ぶっそうな者も少なくない。


 カジャンはある意味ではほっと(・・・)していた。ウィンザは操縦ミスで死んだわけではない。だから、これから先も彼を最高の師匠だったと思っていられる。ウィンザの、渡り屋としての腕前に傷がつくようなことはなかったのだ。


 カジャンはトラックを放置した。掘り出すのは時間的にも物理的にも困難だからだ。トラックは、やがて来る砂嵐に飲まれて、砂漠に沈んでいくに違いない。そして今度こそ本当に、二度とみつらかなくなってしまうに違いない。


 そうであればいい、とカジャンは思う。ウィンザのすべてを、ここへ埋めていくのだから。




 おわり

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