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死神が魂を奪いにやってきてから毎日が波乱万丈です  作者: どらねこ
2章 クラスのアイドルのあの子編
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9話 植物のような人間

「隣町で夏祭りがあるでしょ? そこに一緒に行ってくれないかなーって」

「へ、夏祭り?」


 佐久さんは「うん」と答える。

 待てよ、落ち着け俺。

 たしかに七月上旬のこの時期、隣町では毎年少し早目の夏祭りが開かれている。

 で、だ。

 今、その夏祭りに? 佐久さんから誘われた?

 ……誰が? ……俺が!?

 慌てる俺。

 そんな俺とは対照的に、ユルルは同性だということもあってか、特に意識することもなく了承の返事をする。マジかよ、俺はまだ心の準備が出来てないというのに……!


「わぁー、是非是非一緒に行きましょう! ね、ミナトさん」

「うん、しょうだにぇ」

「うわぁ、どうしたんですかミナトさん! 絶妙に気持ち悪くなってますよ!?」


 うるさいうるさい!

 そんなの自分でだってわかってらい!

 くそぅ、ユルルのストレートな一言は時に心を抉り取って来るな。

 ゴホンと咳をして、俺は体勢の整えを図る。

 焦りは禁物だ。誘われたからと言ってがっついてしまっては佐久さんに引かれてしまう。

 ここはなんとか取り繕うことが大切だ。


「と、とにかく。俺も参加していいならしたいな」


 努力の甲斐もあり、なんとか普通の声色で返事をすることができた。

 俺たち二人の返答を聞いた佐久さんは、ホッとしたのと喜びとが混じった顔で胸に手を当てる。


「本当? よかった! じゃあ三人で夏祭り行こーねっ」


 はぅぁ、天使だっ!

 いたんだね、天使って。実在したんだね……!

 ありがとう神様、この世に佐久さんという存在を生み出してくれて……。


「へくちっ! あ、ミナトさんいま私のこと噂しましたね~?」

「あはは。ユルル、何を訳の分からないことを言っているのさ」


 ユルルの訳の分からない言葉にも笑顔を振りまけるほど、今の俺は上機嫌だった。


「きゃ、キャラが変わってますけど大丈夫ですか……?」


 心配そうに胸の前で手を組むユルルにも、爽やかな笑顔を返す。

 だって、夏祭りだ。

 そんなところに佐久さんと、その上ユルルとも行けるなんて。

 正直胸の鼓動が高鳴りっぱなしだよ。これ、そのうち心臓が一生分の鼓動を全うして死ぬんじゃない?

 ……いや、待って! それは困る、せめて夏祭りまでは生きながらえさせて!

 そうだ、そのためには極力ドキドキしないようにしなければ……!


「ユルル、佐久さん。今日から俺は植物のような人間になろうと思う」

「どういうことですかミナトさん!?」

「湊くんさっきまであんなに楽しそうだったのに、何があったの……?」

「僧侶になりたい……。解脱したい……」


 そんな言葉を発しながら、俺は足を水平に移動させ、歩く。

 足を上げ過ぎると激しい運動になって、心拍数が上昇してしまうからな。

 そんなことをしたらますます死期が近づいてしまう。

 それを避けるために、最小限の動きで家まで帰る!

 スーっと足を前に出し、親指の力で前に進む。

 いいぞ、この調子だ。

 ゆっくり、ゆっくりだぞ俺。焦るなよ……。


「ミナトさんがやべえヤツになってしまいました……」


 俺の歩き方を見てユルルがそんな感想を零したが、俺は無視して家へと帰った。




 そして、翌日の放課後。


「ごめん、昨日の俺はどうかしてた」


 開口一番、二人に謝る。


「私は朝も謝られましたし、元に戻ってくれたならいいんですけど……本当に怖かったんですからね?」

「あたしは帰り道だけしか一緒じゃなかったけど、もしかして湊くんのあの状態って家に帰ったあとも続いてたの?」

「その通りです。突如として作ったこともない精進料理を作ってみたり、怖がる私を無視して念仏をブツブツ唱えたり――」

「ごめんなさい、反省してます」


 それ以上はもうやめてくださいユルルさん。俺のメンタルが持ちません。

 ガラスのハートなので。とても繊細なので。


「浮かれ過ぎて、変な感じになっちゃってたんだ。本当ごめん」

「うーん……湊くんはそれだけ喜んでくれたってことなんだよね?」

「う、うん」

「じゃあ、あたしは嬉しいな。だからあたしも湊くんを許すよ」


 そう言って変わらぬ笑顔を見せてくれる佐久さん。

 心が広すぎる……。今の俺には、佐久さんが菩薩に見えるよ……。

 もしかして般若菩薩かなにかの生まれ変わりですか……?


「甘いですねぇアイノさんは。私なんてお詫びに二分間も肩揉んでもらっちゃったっていうのに」


 即座に俺を許した佐久さんにユルルが言う。

 たしかに昨日のお詫びとして、登校前の貴重な二分間をユルルの肩揉みの時間に充てていた。

 まあ、ユルルは佐久さんとは違って、帰宅後も俺に付き合わされた分かかった迷惑も大きかったしな。


「いや、あれくらいならいつでもやってやるぞ」


 俺は答える。

 まず肩もみ自体がそんなに大した仕事でもない。

 二分間なんて辛くもなんともないし、第一相手がユルルだ。

 ごく一般的な男性としての感覚からいえば、むしろマッサージさせてくれてありがとうございます、って感じだと思う。

 肩を揉むにあたって少々緊張はするが、こちらが嫌がることはないと言ってもいい。


「本当ですか? 言質とりましたよ!?」

「ああ、いいぞ」

「やったー! ありがとうございます、ミナトさん!」


 俺に抱き着かんばかりの勢いで近づいてくるので、咄嗟にユルルの頭を押さえる。

 いくらなんでもこの往来で過度なスキンシップはまずい。

 ただでさえ俺はクラスメイトから「クラスのアイドルである佐久さんに加えて謎の白髪美少女と一緒に家に帰っている男の敵」として認定されており、常に厳しい目線を向けられているのだ。ユルルは純粋に喜びを伝えようとしているだけだろうが、なるべく誤解されるような行動は慎みたい。

 と、頭を押さえつけていた腕がグイと押し込まれた。


「なんで頭押さえつけるんですかぁ……っ!」


 な、なんだと……!?

 ユルルのヤツ、なんて力だ……!

 男子高校生という最も力に満ち溢れた存在であるこの俺を、力で圧倒しつつあるというのか……!?


「今はまずいんだよ、わかってくれユルルぅ……っ!」


 腕の先で荒れ狂うユルルを、なんとか抑え込む。

 しかしユルルも負けてはいない。

 頭をぐりぐりと回転させ、俺の力を分散させてぐぐぐと近づいてくる。


「わかりませぇんっ……!」

「この分からず屋がぁっ……!」


 そんな醜い争いを見ていた佐久さんがくすっと笑う。

 俺とユルルがそちらを向くと、そこには楽しそうな顔の佐久さんがいた。


「本当、二人って仲良いねー」

「え?」

「へ?」


 この光景を見て、仲がいいと捉える人がいるとは思わなかった。

 いや、実際仲は良いんだけどさ。……あれ、いいよね? 俺とユルルって仲良いよね?


「まあ、ミナトさんはなんだかんだ良い人ですからね」


 ユルルが少し照れくさそうに言う。

 よかった、俺たちは仲良かったみたいだ。


「いや、ユルルも良いヤツだよ」


 お返しに、というべきかは分からないが、俺もユルルに言う。

 するとユルルは「えへへ、照れますねぇ」と満面の笑みで後頭部に手を置いた。


「ただちょっと簡単に浮かれ過ぎてたまに不安になるけど」

「あはは、たしかにそうかも」

「え、アイノさんまで!? 私そんなにチョロいですか!?」

「うん、ちょっとね。でもそんなところもかわいいよ?」

「か、かわいい……えへへ」


 佐久さんに褒められ、にへらと笑うユルル。

 ああ、やっぱりチョロいなぁユルルは。でもそんなところが可愛いっていう佐久さんの言葉も分かる。

 チョロくなきゃユルルじゃないみたいなところあるからな。



 そして、それから少し歩いた頃。


「あ、そうだ。今日か明日、ユルルちゃん借りてもいい?」


 少し唐突に、佐久さんがそう切り出してくる。


「……なんで?」


 正直言うと、まだユルルを俺の目から話すのには不安が残る。

 日々現代日本の常識を教えてはいるのだが、未だ完璧には程遠いからだ。

 もし佐久さんと出かけたときに取り返しのつかないミスをしてしまったら……と思うと、どうしても前向きには考えにくい。

 まあ、それも理由次第ではあるけど。


「夏祭りと言えば……浴衣、でしょ? ユルルちゃん居候って言ってたし、きっと持ってないと思うからレンタルのお店でどんなのがいいか選ぼうと思って」


 なるほど、浴衣か。

 それはたしかに当日決めるという訳にもいかないもんな。

 それになにより――


「わぁぁ! いいんですか、アイノさん!」


 ――当のユルルが、大層お喜びになられている。

 これで俺が止めたら、もしかしたら泣いちゃうかもしれない。

 泣きはしないまでも、瞳を潤ませるくらいまでなら十二分にあり得る。それがユルルクオリティだ。

 そしてそうなったとき、俺がその目線に耐えられるかというと……まったく自信がない。

 だって審判。可愛い子の涙とか、それは反則だとは思いませんか?


「ねえ佐久さん。それは、俺がついて行ったら……駄目なのかな?」


 ユルルが行くことが不可避なのだとしたら、俺がついて行くのはどうか。

 一緒に通学路を歩く間柄である俺ならこの提案はなんら不自然ではないし、認めてもらえる公算も高い。

 俺にしてはナイスな案だ。さすが俺!

 しかし、佐久さんはそんな俺のちゃちな考えなどぶち壊すような特大ホームランを放ってきた。


「だーめ。男の子は当日まで待ってて?」


 そう言って、あろうことかウィンクをかましてきたのだ。


「はひぃ」


 あ、これは俺です。

 モチのロンで一発ノックアウトでした。無念。


「あ、またミナトさんが壊れました。ミナトさんはポンコツなんでしょうか?」


 ユルルの歯に衣着せぬ物言いに、何ら言い返すことのできない俺だった。

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