8話 高校二年生という時期
高校二年生というのは世の中で一番輝かしい時期なのだと、中学生のころの俺は信じていた。
高校生という多感な年ごろで、かつ一年生のようなギクシャクした手探り感も、三年生のような受験や就職を見据えた勉強もすることがない。まさに人生の絶頂だと、そう信じてやまなかったのだ。
しかしいざ自分が高二になってみると、そんなことは全くなく。
日々宿題に追われる毎日。特に彼女も出来ず、寄り道もほとんどせずに家に直帰するだけの日々。
もう七月の上旬だというのに、特に親しい友達ができたわけでもない。
交友関係は徹底して広く浅く……こんな学校生活ではたしていいのだろうか、という疑問が頭にちらつくようになったのはいつごろからだろうか。
こんなことなら帰宅部じゃなく、何か部活に入っておけばよかったかもしれない。
そんな思いを抱えながら、放課後の教室をでようとすると、背後から肩を叩かれた。
「みーなーとーくんっ」
「あ、佐久さん。どうしたの?」
「一緒に帰ろ?」
佐久さんは首を絶妙な角度に傾けて、俺にそう提案してくる。
俺はずっと佐久さんのことを天使だとばかり思っていたけれど、もしやこの子は小悪魔なのかもしれない。じゃなくちゃ、こんなに可愛い素振りはできないのではないだろうか。
いや、まさか佐久さんが計算でこの行動をとっているとは思えない。佐久さんは生まれながらに天使で小悪魔なのだ。佐久さん、まこと恐ろしい子である。
……まあ、いずれにせよ――
「謹んで受け入れさせていただきます」
――やっぱり高校二年生って人生の絶頂だよね!
校舎を出ると、外は眩しい太陽が照りつけていた。
まだ夏も始まったばかりだというのにこの熱さ。
全く冗談じゃない。
これだから夏は嫌いだ。
「あっついねー」
佐久さんがパタパタと制服の首を掴んで扇ぐ。
ただでさえ薄い白ワイシャツが佐久さんが扇ぐ度にひらひら揺れて、なんとも言い難い光景が俺の前の前で繰り広げられる。
……やっぱり夏も捨てたもんじゃないな。グッジョブ夏!
胸の内で太陽に向かってグーサインを力いっぱいに掲げた。
手の平返しばかりで申し訳ないが、所詮男子高校生なんてそんなものである。
「湊くんってさ、最近ちょっと変わったよね」
歩きはじめてしばらく。
佐久さんがそう口にした。
自覚のなかった俺が「え、そうかな?」と言うと、佐久さんは顎を引いて頷く。
「もしかしたら、ユルルちゃんが居候し始めたからかな」
「ああ、それはあるかもしれないなぁ」
実際問題、俺の生活はユルルがやってきてから少し変わったような気がする。
家に人が増えたということももちろんそうだが、会話することも増えた。
以前は学校から帰れば一人でゲームか漫画かアニメで時間を潰すだけの生活を送っていたが、ユルルという爆弾が放り込まれたんじゃそうもいかない。
なにせユルルは料理ができない。だから嫌でも自炊をすることが多くなったのだが、人のためにつくる料理というのは存外悪くないように思えた。
ああ、かといってユルルが家でぐうたらしているかというとそうでもなく、掃除や洗濯はユルルがやってくれている。……下着だけは自分で洗うようにしてるけど。
やっぱりね、俺にも男としてのプライドみたいなものがあるからね。さすがに洗わせる気にはならないよね。
そんな話をしていると、路傍の電柱の上の方から黒い服を着た白い肌の少女がずり落ちてきた。
なんともまぬけな光景だが、当の少女はその端正な顔に渾身のドヤ顔を浮かべている。
「きゅぴーん! 私、登場です!」
「……何やってんだユルル」
「いえ、私の話が始まったので、『登場するなら今かなー?』と思いまして」
どうやらユルルは俺のことを迎えに来ていて、校門からでてきた辺りからずっと登場のタイミングを見計らっていたらしい。
なぜそんなことを……というか、もう校門から家までの距離の半分くらい歩いてきちゃってるんだけど。いくらなんでも出てくるの遅すぎだろ。
「何度も言ってるけど、本当に無理しなくていいんだからな? 迎えに来るのだって毎日だと大変だろうし」
「いえ、全く大変とは思いません。それに最近はむしろ、アイノさんと話す機会を得るためでもありますし。アイノさんとはこの時間くらいしか話す時間がありませんから」
「嬉しいこと言ってくれてありがとう、ユルルちゃん。あたしもユルルちゃんと話すの楽しいよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
そしてすぐに盛り上がり始めるユルルと佐久さん。
どうやらこの二人は気が合ったようで、佐久さんが部屋に遊びに来て以来毎日こうして帰り道で話をしている。
つまり、佐久さんが俺と一緒に帰ろうと言ってくれるのも、全てはユルルのおかげなのだ。
そういう意味では俺はユルルに感謝しないといけないのかもしれない。
「まあでも、ミナトさんの家に置いてもらってる立場ですからね。やっぱり迎えに来るのは当然ですよ」
ユルルの紅い瞳には、取り入ってやろうだとか、感謝の気持ちでも見せておこうだとか、そういった打算めいた感情は何一つ見受けられない。
ユルルはきっと良くも悪くも純粋なのだ。
「……ありがとな、ユルル」
小さく呟いた感謝の言葉に、ユルルは首をちょこんとかしげる。
「へ? 何がですか?」
「いや、色々……さ」
「はぁ。良くわかりませんけど……えへへ、どういたしましてー」
ユルルは形の整った後頭部に手を当ててテレテレと頬を緩める。
なんとも可愛らしい生き物であることか。とても死神とは思えない表情だ。
油断すると好きになりそう。つらたん。
「それに、感謝しなきゃいけないのは私の方ですよ。なにしろミナトさんの魂を奪えなくて路頭に迷いそうだった私を家に置いてくださって――」
「わあああ! ユルル、ストーップ! ストーーップッッ!」
饒舌になったユルルが口を滑らせかけたところで、慌てて制止をかける。
「あっ」
少し遅れて自らの失態に気付いたユルルが口に手を当てるが、もう遅い。
ここは家ではなく屋外。しかもすぐ隣には佐久さんがいるのだ。
佐久さんにユルルが死神だということがバレたらまずい。
具体的にどうまずいかというと、まず間違いなく二人揃って頭のやべえヤツ扱いされること間違いなしだ。
『命を奪いに来た死神と居候してます』……こんなヤツ絶対に頭がおかしいとしか思えない。引かれる。ドン引かれる!
「魂……?」
首をかしげる佐久さん。
どうやらまだ何のことかよくわかっていないようだ。
頼むユルル、どうにかごまかしてくれ!
「ああいや、えーっと……た、た……たまねぎ! み、ミナトさんが作るタマネギがとっても絶品なので、それを食べるために居候しにきたんです、私!」
言い訳に無理がありすぎる……。
しかもお前タマネギ嫌いだし。
こんなんじゃ幼稚園児くらいしか騙されないって。
俺はガックリと肩を落として項垂れた。もう終わりだ。高校二年生が人生の絶頂だなんて、やっぱりありもしない幻想だったんだ……。
「へぇー、湊くんってタマネギ作るの上手いんだ。ご両親が農家さんなの?」
……あれ、騙されてる!?
しかもこっちに話題が振られたぞ!?
「えーっと、いや、ど、独学でタマネギ学を学んで……てきな?」
タマネギ学ってなんだよ! 自分に聞きたいよ!
テンパりすぎて訳の分からないことを言ってしまったにもかかわらず、佐久さんは目をキランキランに輝かせて俺を見る。
「湊くんって頭いいんだね! 学校の勉強以外にもそうやって精力的に勉強してる人ってあたし憧れちゃうなぁー」
「あ、あはははは……」
すみません、学校の宿題すらたまに忘れる始末なんです。
佐久さんが思ってるような素晴らしい人間じゃないんです。
ああ、良心が痛い……。
佐久さんの後ろでは、ユルルが「はふぅ……」と胸をなでおろしていた。
お前はちょっと失言が多すぎるぞユルル。もう少しお口のチャックを固くしておくれ。
「そんな二人にお誘いがあるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」
佐久さんが言う。
お誘い? 佐久さんが?
よくわからないが、俺はすでに受け入れる気でいた。
よっぽどのことでない限り、ハナから受け入れる以外の選択肢はない。
考えてもみてくれ。
俺は容姿デフォルトキャラ、学力平均、運動能力平均、性格平均(自称)だ。
対して佐久さんは容姿学校一、学力クラストップクラス、運動能力学年トップクラス、性格天使(小悪魔)だぞ?
「神が創りたもうし格差の模範例」みたいな俺と佐久さんが関われていること自体が奇跡。
ゆえに、断るという選択肢は存在しない!
「なんですか? アイノさんがお誘いなんて」
そしてユルルも乗り気のようだ。
無理もない、ユルルにとっては俺以外に唯一関わりのある人間だ。
どうしたって大なり小なり役に立ちたいと思うのが人情ってものだろう。
そういうわけで、話を聞く前からすでに受け入れる気満々の俺とユルル。
そんな俺たちに、佐久さんは詳しい話をし始める。
「隣町で夏祭りがあるでしょ? そこに一緒に行ってくれないかなーって」