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死神が魂を奪いにやってきてから毎日が波乱万丈です  作者: どらねこ
2章 クラスのアイドルのあの子編
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6話 斜め上から剛速球

 その後は他愛もない話をしながら帰り道を歩き、やがて佐久さんと別れるところまで来た。

 横断歩道が赤の間、立ち止まって話をする。


「まさかこんなに家が近いと思ってなかったや。すぐそこだよ、あたしの家」

「俺たちの家もすぐそこだ。本当に近いんだな」

「運命感じますね!」


 うん、ユルルは黙っとこうな。


 歩行者用の信号が赤から青へと変わる。

 俺たちの他には歩行者は一人だけで、信号が変わるとさっさと早足で道路を渡ってしまった。

 俺たちも追いかけて早めにわたってしまおう。


「そうだっ。今度、二人の家に遊びに行ってもいい?」

「えっ」


 そう思っていた俺は反射的に足を止めてしまう。

 あまりに衝撃的過ぎたのだ。佐久さんの言葉が。

 中学校を卒業して以来、異性の友達などできたことがない。

 家に転がり込んできたユルルは別として、まさか女性から家にやってくるような事態に発展するなんてことは想像もしていなかった。

 俺が想像したことがあるのなんて、せいぜい『授業中にやってきたテロリストを成敗してキャーキャー言われる』みたいな言ってて恥ずかしくなる展開だけだ。

 でもこれって男の子なら誰でもするよね? 『文化祭でバンドで大成功してキャーキャー言われる』のと双璧を為す二大妄想だよね?

 そういうわけで、俺は咄嗟には何も答えられず、ただ黙り込んでしまう。


「……ダメだったかな……?」

「い、いや、俺は全然大丈夫!」


 佐久さんがもう一度聞いてきてくれたおかげで、なんとか答えることができた。

 よかった。信号はまた赤になっちゃったけど、よかった。


「ユルルさんはどう?」

「ミナトさんがいいというなら、もちろん大歓迎です! 一度佐久さんとはゆっくりお話してみたかったので!」

「やったぁ。じゃあ、あとで連絡するね?」

「う、うん」


 ユルルは携帯も何も持っていないので、この場合の「連絡する」とはすなわち俺の携帯へメッセージが送信されることを意味する。

 別にいまかかってくるわけでもないのに、俺はポケットの中に手を突っ込んで携帯があるのを確認した。

 よかった、無くなってない。……って、なくなるわけないか。

 ああでも、手汗で故障するかも。俺はポケットから慌てて手を抜いた。

 なんか、俺のIQがどんどん下落を続けている気がする。家に帰ったらIQサプリが見たい。




 再び信号が青になったところで、佐久さんは「じゃあ、また」と言って去っていった。

 ユルルと二人きりになった俺は、ゆっくりと家へ歩く。

 夕方でもユルルの白髪は目立つ。数メートルおきにある街灯に照らされる度に、ユルルの髪はきらきらとまるで光でも放っているようだった。良い点としては、車には引かれにくいところがあげられそうだ。


「ミナトさん」

「んー、なんだ?」

「アイノさんのことが好きなんですか?」

「ブーっ!」


 突然何を言い出すんだユルル!

 思わず古典的な反応を見せてしまう俺。


「な、何言ってんだよ、そんなんじゃないって!」


 実際、好きとは違う。

 なんというか、クラスのアイドルとか学園のマドンナ(死語)を見ている感覚だ。

 見て楽しむもので、恋人になりたいとかは思ったことがない。

 いやまあ、そりゃなれるならなりたいけど。

 そんな俺の反応をどう勘違いしたのか、ユルルは力のこもった様子で拳をギュッと握った。

 そして両方の拳を胸の前まで持ってきて、「ふんぬーっ」と力を込める。


「うぬぬ、負けられませんね……!」

「負けられないって何!?」

「アイノさんとミナトさんが上手くいくようなことがあったら、同棲という運びになるはずです。すると私は自然と追い出されます。この世の終わりの完成です」

「だいぶ未来を見据えた考え方だな」

「そうならないためには……そうです!」


 何かを思いついたかのように、ユルルはパァッと顔を明るくする。

 ああ、俺には分かる。ここ数日の付き合いではあるが、ユルルの人となりは大体理解できるようになってきた。

 だからわかるのだ。きっと碌なことを考え付いていないことくらい。


「ミナトさんに、私を好きになってもらえばいいんですね!」


 ほら、斜め上から剛速球が飛んできた。


「どうしてそうなったのか教えてもらえる!?」

「ミナトさんには私に恋してもらわないと困るんです。私が家から追い出されないために! 見ててくださいミナトさん、必ずアイノさんよりも魅力的な女性になってみせますからねっ!」

「……頑張りたいなら頑張って……」


 俺はもう疲れたよ……。訂正する気力もないよ……。


「はい、頑張りますっ!」


 ユルルは意気込みながらそう言った。

 あはは、もうどうにでもなーれっ。






 家に帰ってから佐久さんと何度かメッセージのやり取りをした結果、佐久さんは土曜日に家に来ることになった。お昼前にはくるらしい。


「ユルル、掃除しないと!」

「もぉー。普段から綺麗にしていれば、こういう時に慌てずに済むんですよ?」

「正論だけど今言われても遅いから!」


 俺とユルルは部屋を片付けていた。

 元々そこまで散らかっているわけではないが、それでも佐久さんを入れられるほど綺麗な部屋ではない。

 というか、佐久さんが入る部屋に埃一つでも落ちていることがあってはならない。


「そっちはユルルに任せた! 俺はこっち側をやるから!」


 大分アバウトな分担をして、俺は自分の方の作業に集中する。

 佐久さんが家にくることで頭がいっぱいになっていた俺はすっかり忘れていた。

 ユルルに任せた場所には、ユルルには絶対に見せたくないものがあったことを。


「……ミナトさん、これ……」


 ユルルが不意に声を上げる。

 その手には、エッチな漫画が握られていた。

 セクシーな女性が見開きで扇情的な女豹のポーズをとっている。

 あ、終わった。


「い、いやいや、ち、違うんだよ、それはそのー……」

「……男の人ですもん。しょ、しょうがないんですよね……?」


 ユルルはかぁぁと顔を赤くする。

 極度の羞恥心からか、その瞳には薄く涙が溜まっていた。

 ……思ってた反応と違うけど、それはそれで居たたまれない!


「ちょ、ちょっと俺トイレ行ってくる!」


 ここは戦略的撤退しかない!

 トイレに一時身を隠し、言い訳を考える。

 どうする、どうすればいい!?

 考えろ、考えろ……そうだっ!

「友達に無理やり渡されていたのがまだ残ってた」、これにしよう! これならいける!

 俺はガチャリとトイレの鍵を開け、なんでもないような顔をして外に出た。


「い、いやー、友達が俺に無理やり……って、ん?」

「……あ」


 部屋では、ユルルが女豹のポーズをとっていた。

 漫画を見ながら、熱心に。

 ただでさえ布面積が比較的狭い格好なのにそんなポーズをとられたら、さすがに目のやり場に困る。

 幼げな容姿のユルルが男を惑わせるようなポーズをとっている様はひどく倒錯的で、俺は戸惑った。

 しかし、誰より一番戸惑っているのはユルルのほうだ。

 女豹のポーズをとっている姿を俺に見られたユルルは、一瞬でカチンコチンに身を固める。


「……何やってんの、ユルル?」

「……ううぅ……っ」


 ちょっと待って、無言で泣きださないで!


「女豹のポーズを……試そうと思って……うぇぇん」

「一体なんでそんな無茶なことを……」

「これで誘惑すればミナトさんもイチコロかなって思って……ぐすっ!」


 ああ、なるほど。帰り道の決意表明があってのこれってことか。

 ならそれは俺も悪いかもしれないな。

 俺は泣きじゃくるユルルの頭を優しく撫でた。


「ユルルはありのままが一番なんだから、変な真似しなくていいんだ」

「本当ですか?」

「ああ、本当だよ」

「じゃああの漫画の絵と私、どっちが興奮しますか?」

「……ノーコメントで」

「ちょっとぉ! そこは嘘でも私じゃないんですか!?」

「じゃあユルルで」

「じゃあってなんですかじゃあって!」


 そんなこんなで片づけを終え、夜は更けていくのだった。

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