5話 きゅんきゅんする
翌日。
「さ、佐久さんっ! 僕と付き合ってください!」
「……ごめんなさい」
今日も今日とて佐久さんは大人気だ。
休み時間に告白されるのは日常茶飯事。
直接の告白やら、ラブレターやら、遊びに誘ってみるやら、世の男どもは色々な方法で佐久さんに近づこうと努力している。もっとも、それが実った形跡は今のところない。
「そ、そんな……」
今日の犠牲者はおかっぱ頭に眼鏡をかけた、気の弱そうな男だった。
あんな人まで毒牙にかけるなんて、佐久さんの魅力は恐ろしい。
名も知らぬ男よ、とりあえず、あなたの告白する勇気は凄いと思います。合掌。
「ふぅ……」
男がトボトボと去って行くと、佐久さんは静かにため息を吐いた。
「大変だね」
「あ、見られちゃったか」
別に盗み見る気はさらさらなかったのだが、自然と視界に入ってきてしまったのだ。
そもそもあのおかっぱ眼鏡くんが昼休みに告白するのが悪いと思うので、謝罪はしない。
俺の姿を見て、佐久さんは弱々しく笑う。
「断るのも心苦しいけど、だからって受け入れるわけにもいかないしね。何日も続いちゃうと、さすがにちょっと神経すり減らすよ」
綺麗な女性には綺麗な女性なりの苦労があるんだろう。
ただ会話しているだけで気を引いているみたいに思われることも多いみたいだし。
俺じゃあり得ない。むしろもっと愛想よくしろって言われるくらいだ。
「あんまり真剣に受け止めすぎるのもよくないかもね。あの人たちも佐久さんが気疲れすることは絶対に望んでないだろうし」
「そうだよね……うん、ありがと湊くん」
「まあ、俺は告白されたことないから的を射たこと言えてるかわかんないけどさ」
「いや、すっごくありがたかったよ。やっぱり湊くんは優しいね」
佐久さんは俺に笑いかけると、教室へと帰っていく。
その足取りにもう迷いはなかった。
俺はなんとなく少しその辺で時間を潰してから、教室へと戻った。
そして放課後。
「あっ」
「あ、偶然だね」
帰り道、俺は佐久さんと偶然目が合った。
お互い一人だったので、なんとなく一緒に歩く流れになる。
佐久さんが俺の隣を歩く。それだけでなんだか甘ったるい匂いがして、俺は少しボーっとなってしまう。
佐久さんは美少女の例に漏れず良い匂いがする。甘い特徴的な匂いで、中には佐久さんの通った道が匂いでわかるとかいう危ないヤツさえいる始末だ。ちなみにそれは俺だ。
あ、一応言っておくとわざと嗅ぎにいったことは神に誓って一度もない。警察のご厄介になるのは御免です。
どうやら佐久さんも徒歩通学らしく、家の方向まで同じなようだった。
「すごい偶然だね」と言って驚く佐久さん。そこまで大した偶然でもないと思うが、俺も同意しておく。
と、半ば俯き気味に歩いていた俺の視界に佐久さんの顔が飛び込んできた。
隣から俺の顔を覗きこんだ佐久さんは、きゅるりとした瞳で俺の顔を見つめてくる。
唐突に視界に出現した美少女フェイスに、俺はたじろぐ。
さながら俺は蛇ににらまれたカエル、もしくは太陽を浴びたドラキュラ。そんな感じでピシリと表情をこわばらせた。
「ど、どうしたの……?」
「あのさ……もしかして湊くんってあたしのこと苦手?」
「いやいや、まさか。なんでそう思うの?」
「なんか、あたしに対して一歩引いた感じがするというか……」
ああ、それは事実かもしれない。
佐久さんが苦手だとかそういうわけではなく、俺なんかが関わっていいレベルの人ではない感じがするのだ。だから今日告白されていたところに俺から話しかけたのも、実は俺の中では結構勇気だした結果だったりする。
「佐久さん美人だし、一緒にいると頭がボーっとね、しちゃってね」
「ふーん、そっか」
納得したのかしていないのかわからない調子でそう呟く。
そして佐久さんは片眉を上げて言った。
「……ちなみに、あたしは湊くんのこと好きだよ?」
……おいっ!
おい、誰か知識を貸してくれ!
これは脈ありか? 脈ありなのか!?
くそっ、こんなことなら乙女ゲームに手を出しておくべきだった!
女性の気持ちがわからない! 広辞苑で『女性の気持ち』って引いたらでてくるか!?
「あばばばば」
俺の思考は完全にフリーズした。
口から「あ」と「ば」しか発せぬ機械と化した。
こんなんじゃ「ばあば」と「ばばあ」しか喋れない。しかもどっちも同じ意味。
「あ、そ、そういう意味じゃなくってね! えーと、その、一緒にいて安心できるって意味! 湊くんって他の男の人みたいにガツガツ来ないから」
「あ、そ、そっか! そうだよね。いやー、よかったよかった」
「う、うん……」
何がよかったのか自分でもさっぱりわからんが、どうやら俺の早とちりだったようだ。
ただ、その割には佐久さんがしょぼんとしている気がするけど……いや、考えるのはやめよう。俺に女性の気持ちを推し量るのは無理だ。無理ゲーだ。
そんな会話をしながら家へと帰る俺たちに、声がかけられる。
「あ、もう学校終わっちゃってましたか? 迎えに行くのが遅かったみたいですね」
そこにいたのは、普段着に身を包んだユルルだった。
「ユルル? もしかして、わざわざ迎えに来てくれたのか?」
「はい。居候させて貰ってる身分ですし」
「無理しないでよかったのに」
「いえいえ。ご機嫌取りはしておかないと」
手の平でごまをするジェスチャーをしながら悪い顔をするユルル。
その顔は俺に見せない方が加点になったと思うぞ? いや、冗談ってことなんだろうけど。
それにしても、家からここまで走って来たっぽいのに息一つ乱れてないのか。
やっぱり死神と人間では、運動神経のレベルが違うのか。
そんなことを思う間に、ユルルは佐久さんと挨拶を交わす。
「あ、アイノさん。二度目まして!」
「ユルルさんこんにちは。今日も相変わらず可愛いね」
「え、本当ですか? 嬉しいです!」
ユルルはにこーっと嬉しそうに笑う。
そんな顔を見て、佐久さんは「きゅんっ」と口に出した。
……佐久さん? キャラ壊れてきてない佐久さん?
「それにしてもこんな可愛い子と一緒に住んでるなんて、佐久くんが羨ましいなぁ」
「……佐久さん、やっぱり女の子が……」
「い、いや、違うよっ!? 一般的な男の子から見たらってことだよ!」
ああ、そういうことか。
「じゃあさっきのきゅんは何?」
「き、聞こえてた……? は、恥ずかしい……。……あ、あれはその、可愛い子を見るときゅんきゅんしちゃうってだけなの……」
佐久さんは恥ずかしそうに俯きながら小声で言う。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
「ああ、俺が街中でカッコいい人を見かけたらきゅんきゅんするのと同じことか。気持ちは分かるよ、佐久さん」
「え、ミナトさん男の人にきゅんきゅんしてるんですか!?」
え、いや、するだろ? ……するよね、きゅんきゅん?
いや、好きになるとかはもちろん無いよ? ただそれとは別っていうか……あれ、これもしかして俺がおかしいパターン?
「ま、まあそれは置いとこう!」
俺は強引に話を切った。
あのまま話を続けていたら、俺が同性愛者だと勘違いされる危険性が出てくる。別にそういう人を否定する気はないけど、俺にはそっちの気は無い。……本当に無いから!
「じゃあ、私と一緒に住んでるミナトさんが羨ましいって話に戻りましょうか」
「お前よく自分で恥ずかしげもなくそれを言えるな」
すげえ根性だ、感服するぜ。
「でも羨ましいって話で言ったら、今アイノさんと隣り合って歩いていること自体が世の男性にとっては羨望の的だと思いますけどね」
「え……そ、そうかな。そんなこと、ないと思うけど……」
佐久さんは謙遜するが、たしかにユルルの言う通りだ。
もし俺が散歩が趣味の一青少年だったとしたら、佐久さんと歩いている男を見かけたらまず間違いなく不幸を願う。「小指をタンスにぶつけやがれ!」みたいな。
そういう意味では、俺は世間で言う勝ち組なのかもしれない。やったぜ。
「アイノさんは、綺麗で、優しくて、気配りもできて……私が関わった人間のなかで、一番すごいです」
「ちなみに俺は何番目?」
「二番目です!」
ユルルは白い人指し指と中指をピースみたいに立てる。
「ユルルの中で関わった人にカウントされてるのって、全部で何人?」
「ミナトさんと、アイノさんですから……二人ですね!」
二人中二番目って、実質ビリじゃない?
「まあ、佐久さんと比べられちゃさすがに勝てないよな」
大体アイスランドとのクォーターってなんだよ。もうその時点で美少女じゃん。ずりいよ!
しかも中身まで完璧ときたら、もはや高嶺の花どころじゃない。月のウサギだ。
……今の例え、相当分かりにくかったな。まあとにかく、月レベルで手の届かない人ってことで。
「えへへ、褒めたって何も出ないよ? それに、あたしは湊くんも素敵だと思うな」
「あ、ありがとう……」
そんな人にそんなこと言われたら、そりゃ赤くなりますよ俺。
何も出ないって、笑顔が飛び出してるじゃん! そんなの反則じゃん!
佐久さんはもう少し自分の可愛さを自覚して! 好きになっちゃうから!
いや、それだけ心を許してくれてるってことなんだろうし、それは素直に嬉しいけど……やっぱ恥ずかしい!
「わぁ、ミナトさんが赤くなりました。まるでゆでだこみたいです」
「実況やめて。余計恥ずかしくなるから!」