4話 学校に侵入しよう!
翌日。
「ミナトさんの高校、楽しみですねー」
本当にユルルは俺の学校に付いてきた。
浮かれた声で俺の隣を歩くユルルは、まるで全身から音符を出しているみたいに上機嫌だ。
「ついてくるのはいいけど、別に楽しいことなんか何もないぞ?」
「ミナトさんが勉強しているところを見るだけでも私は楽しいですよ? 頑張ってる人を見てると『私も頑張ろうっ』って気になりますし」
「それならいいけどさ」
わかってくれているならいいんだ。
いざ見に来て「つまらなかったです」とか言われたらショックで寝込んじゃうからな。
ちなみにユルルの今日の服装は昨日買ったばかりの服だ。
胸元の髑髏マークは特に引っ張られることもなく、形をほとんど変えずに胸元に鎮座している。個人的には慎ましやかな胸もそれはそれでありだと思います。
普段着を着ているおかげで注目度は昨日程ではないが、やはりチラチラとした視線は消えない。美少女ってのも大変そうかもな。
そんなことを思いながら、俺は高校の門の前に立った。
「で、ここからは部外者立ち入り禁止なわけだけど」
「それは冥界でも同じですから、わかってます。でも、私には秘策がありますから」
ユルルはクククッ、と邪悪げに笑うと、門の方へ一歩また一歩と近づいていく。
秘策……一体どんなものなのだろうか。俺としても、興味が無いとは言えない。
ユルルの行く末を見守る。
ユルルの接近に気付いた先生が、その見慣れない白髪の美少女に視点を合わせる。
先生の前まで歩き出たユルルはニコリと微笑み、そのままぺこりと頭を下げた。
「おはようございます、先生!」
「そんな白髪の生徒はウチにはいない」
ユルルのヤツ、秒殺されやがった。
ああ、ユルルが掴まって連れて行かれる……。
「み、ミナトさーんっ! 助けてくださーいっ……!」
そんな声を無視して、俺は高校の門をくぐった。
まさか、生徒を偽装して門をかいくぐろうとするとは……というか絶対無理だろ。
だってお前白髪じゃん。制服も着てないじゃん。
ユルルって意外と馬鹿なのかもしれない……そう思わされた朝だった。
そして朝のホームルーム。
先生が色々と連絡事項を話していたが、俺はそれどころではなかった。
……いる。俺の真上の天井に、ユルルがいる。
「ミナトさんどうですか……私は諦めないんですよ……!」
先生によってどこかへ連れて行かれたユルルは、どうやら鬼のようなメンタルで再度ここまで侵入してきたらしい。
しかも、死神流早着替えの術でも使ったのか、いつもの死神の衣装で自慢げに俺を見下ろしている。
その精神力と運動神経は素直に共感に値する……が、天井にくっついているということは、重力を逆さまに受けるということになる訳で。
「わっ、わわっ!?」
ユルルのスカートは重力に従って捲り上がりそうになっていた。
それを必死で押し留めるユルル。
もはや学校の観察などどうでもよくなって、スカートの中が見えないことに全力を注いでいる。
ユルルってすげえけど、馬鹿だ。略してすげえ馬鹿だ。
ホームルームが終わると、俺はすぐさま教室を出て廊下の端へと向かった。
ユルルは俺の頭の上を付いてくる。
幸い誰も廊下の天井など見ないので見つかったそぶりはないが……それでもいつ見つかるかわかったものではない。
それに、さっきからずっとユルルの腕がぷるぷる痙攣し始めている。この調子だと、もうちょっとで多分落ちてくる。そうなったらおしまいだ。
俺は素早く廊下を移動し、廊下の端へとたどり着いた。
そしてそのさらに奥にある、何のためにつくられたのか良くわからない小さなスペースへと向かう。
元々何かを作ろうとして取りやめになったのか、そこには教室の四分の一ほどのスペースがあるのだ。そして、滅多にここに近づく者はいない。
「降りてこい、ユルル」
「は、はひぃ……」
降りてきたユルルは両腕をだらりと垂らし、そして言った。
「も、もう限界です……スカートを押さえていた手がプルプルしてます……」
「そりゃそうだろ……」
むしろここまで良く持った方だ。死神の運動能力の高さあってのことなのだろう。
ユルルは死神流早着替えの術をもう一度使い、再度先日買った私服に履き替える。
下はズボンなので、これならば捲り上がる心配もなく安心だ。
「とにかく、ここなら人には見つからないはずだ。ちょっと休んだら、速く出て行った方がいい。わかるな?」
「はい、もうここには一秒もいたくありません……冥界より冥界です……」
ユルルはもはやトラウマ物の疲労を味わったようだ。
まあ、完全に自業自得なのだが。
ともあれここまでくれば一安心――
「あれ、湊くん?」
――と思ったのもつかの間。
背後から、誰かが話しかけてきた。
まさか、こんな何の用もない場所に立ちいる人間がいるなんて……。
俺はゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、金髪を背中の中盤ほどまで伸ばした女子が、爽やかな雰囲気を纏って立っていた。
こてん、と可愛らしく首を傾けて俺の方を向いているのは、佐久愛乃さん。
二年生で同じクラス。そして何を隠そう佐久さんは我がクラスのアイドル的存在である。
誰にでも優しくて、人気者で、俺は彼女が一人でいるところを見たことがない。
蛍光灯の光に負けないほどの輝きを放つ艶々の金髪は染めているわけではなく、日本とアイスランドとのクォーターである佐久さんの地毛だ。
スタイルはモデル顔負け……どころか実際にモデルをやっていたことがあるらしく、人気になりすぎて怖くなったから辞めたというとんだ美少女エピソードも持っている。
体つきは女性らしく柔らかで、特にたわわな胸は俺にはとても直視できない。直視したら多分鼻血出る。
彼氏はいないらしいが、俺などは眼中にも入っていないはずなので無関係。
むしろこんな目の覚めるような超美少女と同じクラスでいられるだけ幸運だと思わねば。
そんな佐久さんが、今俺の前には立っていた。
「その子は?」
佐久さんは蒼い瞳の中心を俺からユルルへと移す。
ヤバい、見つかった……!
焦る俺。しかし、こんな状況でもユルルは冷静だった。
ユルルは佐久さんに頭を下げる。
「初めまして、ユルルです。うちのミナトさんがいつもお世話になっております」
「母親みたいなことを言うな」
「うちの息子がご迷惑をかけてないかと心配で心配で……」
「だから、俺はお前の息子じゃねえから!」
自己紹介からぶっ飛ばしすぎだろ! ブレーキぶっ壊れてんのか?
どうやらユルルは冷静でもなんでもなく、俺以外の人間と初めてまともに会話をするせいで舞い上がっているらしい。
「とまあ、今のは冗談です。本当はミナトさん家に居候してるだけです」
そう言ってユルルは演技を止める。
しかしそれは新たな火種を巻き起こす結果となった。
「え、居候……? 湊くんってたしか、一人暮らしなんだよね……?」
まずい。非常にまずいぞこれは!
このままだと俺が一人暮らしの部屋に美少女連れ込んでるヤバいヤツみたいになる!
いや、それはある意味事実なのだが……とりあえず何か取り繕わなきゃ!
「ユルルはそのー……いとこ! いとこなんだよ! な、ユルル!」
「えっ!? 私とミナトさんっていとこだったんですかっ!?」
ユルルの馬鹿! お前が驚いたら嘘だって丸わかりじゃないか!
ううう、こういう時くらい融通効かせてくれよユルルぅ……。
「ほえー、初耳です……。あなたは知ってましたか?」
「佐久さんが知ってる訳ないだろ……」
なんで佐久さんが俺の親戚のことを知ってるんだよ。しかもいとこってのは嘘だからな?
ああもう、絶対佐久さんに引かれたよ、どうしよ……と思っていると、前から「くすっ」と笑い声が漏れたみたいな音が聞こえた。
俺の前には佐久さんしかいない以上、その笑い声は佐久さんのものだ。
「あはは、面白い人だねユルルさん。あたしは佐久愛乃。気軽に名前で呼んでくれると嬉しいな」
佐久さんが笑っただけで、その場が明るくなったかのような錯覚さえ感じる。
佐久さんがちょっとやそっとじゃ引かない器の大きな女性でよかった。
しかも、居候問題についても突っ込まないでいてくれるようだ。まさに女神。
「わかりました、アイノさんですねっ。よろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧に。こちらこそよろしくね?」
初対面の二人は挨拶を交わす。
視界に美少女が二人いるってよくよく考えるとすごいな。
しかもそのうちの一人と同棲してるって考えると、さらにすごいな。
もしかして俺って勝ち組だったりするのだろうか。
「それにしても、すごく可愛い子だね。でも、ウチの学校の子じゃなさそうだし……湊くん、もしかして彼女を高校に連れこんじゃったの?」
「ま、まさか! 大体俺とユルルじゃ釣り合わないだろ!」
自分で言うのもなんだけど、俺は普通の顔だ。
過大評価でもなく過小評価でもなく、いわゆる中の中。平均値であり中央値。世間の真ん中をひた走る男、それが春風湊である。
例をあげるとすると……そうだな。よくゲームとかでキャラクター決める時に、デフォルトになってる何の特徴もない顔ってあるだろ? あれが俺の顔そっくり。くりそつ。
そんな男と超美少女のユルルでは、釣り合いが取れないことはすぐにわかるだろうに。
まったく、佐久さんも人が悪い。
「ふーん、そうかなぁ。女の子って、釣り合うとか釣り合わないとか気にしないと思うけど。ね、ユルルさん?」
「へ? あ、そ、そうですね」
ユルルは曖昧な返事で答える。
なんだか話が変な方向に進んでる気がするぞ……?
とりあえず今俺がすべきことは何だ? ……そうだ、口止め!
「あ、あのさ。佐久さん、ユルルのことは黙っててくれないかな。ユルルがどうしても俺が通ってる高校を見てみたいって言いだしたから連れてきちゃったんだけど、悪気はないんだ」
頼む、お願いします!
このことは誰にも言わないでください!
「ふふふ、良いよ。……でも湊くんって、大人しそうな顔して案外悪い子なんだね?」
なにその小悪魔的笑み。やめて、ゾクゾク来ちゃう。
俺を惑わせないで、佐久さん! あ、でも受け入れてくれてありがとう!
「じゃあ、腕も回復したので私今日はもう帰りますね! ミナトさんの勉強姿も見れたことですし、満足しましたので。じゃあアイノさん、またいつか!」
「うん、またいつか」
そう言って、ユルルは再び廊下の天井を這うようにして消えていく。
ユルルの消えて行った方を見ていると、佐久さんがくすっと笑った。
「可愛いね、ユルルさん」
「ああ、そうかもね。ちょっと常識はずれなところも多いんだけど」
「天井を移動するのはすごいよねー」
あれ? 意外と佐久さんが驚いていない。
人間が天井をはい回る姿を見たら、普通もっと驚くものだと思うけど……。
もしかして俺が知らないだけで、この世界の人間は皆あんな芸当ができたりするのだろうか。いや、それはないか。
と、佐久さんがチラリと俺を見る。
「……本当に彼女じゃないんだよね?」
なんでそんなに彼女かどうかを確認したがるんだ?
……ハッ、もしかして!
「……佐久さんってもしかして、女の子好きなの?」
「へ? ……い、いや、違うよ!? あたしは普通に男の子が……好き、です」
かぁぁ、と顔を赤く染める佐久さん。
羞恥に染まる佐久さんもかわいい……が、そんなことは絶対に口には出さない。
「あ、そ、そうだよね。ごめん」
「いえいえ、こちらこそ……」
……なんか、変な雰囲気になってしまった。
「ミ~ナ~ト~さぁ~んっ!」
と、遠くから徐々にユルルの声が近づいてくる。
困り顔のユルルが俺たちのところに戻ってきた。
ナイスだユルル。何があったのか知らんが、空気を変えてくれて助かった。
「どうした?」
「出口がどこかわからなくなっちゃいましたぁ……」
「ああ、そうだよな。こっちだから付いて来て」
「はい、すみません……」
俺はユルルを玄関口まで案内し、そして見事一時間目に遅刻した。
でもまあユルルのおかげで佐久さんと喋れた分、チャラってことにしてやろう。