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3話 価値観の違いってやつよ

 それから数十分後。


「わぁぁっ! ここが現世なんてすね~!」


 俺たちは外に出ていた。

 ユルルの服を買うためだ。


「すごい高いビルに、空を飛んでる乗り物まで……話に聞いてたのと随分違います」

「まあ一応東京……日本の首都だしね。ちなみに冥界じゃ日本はどんなところだって教わったんだ?」


「んーとですね」とユルルは顎に指を当てる。

 細長い指でトントンと何回か規則的に顎をつき、ようやく思い出したようだ。


「サムライとかニンジャとか、お殿様とかが歩いてる国だって言ってました」

「時代錯誤も甚だしいな!」


 いまどき外国人でもそんなイメージ持ってないぞ。

 冥界の教育制度は大丈夫なのか……?


「ここまでくると、下手したらもう冥界よりも発展してるかもしれませんね。冥界ってそこまで人も多くないですし」


 ユルルは興味深そうに周囲をキョロキョロと見回す。

 しばらくそうしてから、ユルルは俺の耳に口を近づけてきた。

 こしょこしょとこそばゆく感じながら声を聞きとる。


「ところでミナトさん、先ほどからなぜか私ジロジロと見られている気がするのですが……」

「ああ、そりゃそうだ。白髪でそんな格好の人なんて、日本じゃ滅多にいないから」


 いや、世界中どこ捜しても滅多にいないかもしれないけど。

 にしても、まさかこんなに注目を浴びるもんだとは思っていなかった。

 俺はユルルの可愛さを……というか異常さを甘く見ていたのかもしれない。

 誰も話しかけてはこないけど、遠巻きに何人もの人が俺とユルルを見ている。

 観察でもされているかのような気分だ。動物園の動物の気持ちが分かった気がする。

 こりゃ早めに服を買っちゃったほうが良さそうだ。


「ちょっと急ぐぞ。あと、人前で鎌は出したりしないこと。目立つなんてもんじゃなくなるからな、わかったか?」

「あ、はい」


 俺たちは足取りを早歩きに変えて、東京の街を進んだ。




 そしてようやく服屋へとたどり着く。

 そこはなんとかなんとかという店だった。

 筆記体の英語なんて読めん。そんなものを看板にするな。ここは日本だぞ。

 ただし店内は若者であふれているから、それなりに若者受けはいいのだろう。


「うわぁ、凄いですねこれ!」


 店内に入ったユルルは興奮気味の声を出す。

 やぱり女の子だけあって服とかに興味があるのだろうか。


「見てくださいミナトさん、辺り一面が服一色で覆われてます」

「そりゃ、服屋だからな」


 ほへぇ、とユルルは謎の声を出す。

 どうやら感心が込められたため息のようだ。


「これだけ服を用意するのに、一体ドッドトモキムヒがいくつ必要なんでしょうか、想像もつきません……」

「ドッドなんちゃらってなんだ」

「え、知らないんですかドッドトモキムヒ。ドッドドモキカエからとれたドッドトモキバムを一週間野外に干しにして水分を抜くとできるやつですよ。冥界の服は全部ドッドトモキムヒから作られるんです」

「ああ、そうなの」


 ごめん、興味ないから全然聞いてなかった。

 ユルルは俺の様子を見て、ぷくりと頬を膨らませる。


「むぅ、興味ないから全然聞いてなかった感じの顔してますね」

「……死神ってテレパシーまで使えんの?」

「いえ、顔でわかります」


 ああ、顔ね。びっくりした。

 でもよかった、と俺は安心する。

 心読まれるなんてことがあったら、いままでに考えていた全部が駄々漏れってことだろ?

 さすがにそうなってたら一緒に暮らしていく自信ないもん。


「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」


 にこにこと笑みを浮かべた女性が話しかけてきた。

 エプロンにはこの店のロゴマークが印刷されている。

 うわ、敵だ! 敵が話しかけてきやがった!

 正直に言おう、俺は服屋の店員が嫌いだ。

 一人で静かに選びたいのにいつも話しかけてきやがって、こちとらコミュ障なんだよ! 可能な限り他人と話したくないんだよ!


 いや、しかしだ。いつもなら「大丈夫なんで」と言って切り抜けるところだが、今日は違う。

 ユルルの服を選んでもらうのは、彼女に任せるのが一番得策なんじゃないか?

 俺は女性物の服なんかまったくわからんし、ユルルはドッドなんちゃらとか言ってるし。


「あのー。この子の服を買いに来たんですけどー……」


 俺の言葉にユルルの服装を確認した店員が、表情を硬くする。


「コスプレの衣装をお探しですか? ちょっとウチにはそういうのはご用意してないんですが……」

「いえ、普段着を。まごうことなき普段着を」

「まごうことなき普段着ですか。それでしたらございます。こちらへどうぞ」


 覇気を取り戻した店員が進んでいくのを、俺とユルルは追いかける。


「ミナトさん、コスプレって何ですか?」

「あー、日本にはお前みたいな服の人もいるんだよ。で、そういう服を着ることをコスプレっていうんだ」

「へー。私と同じような服を着てるってことは、その人たちは私と同じように違う世界から現世に来てるんですかね?」

「いや、この世生まれこの世育ちの普通の人間だと思うけどな。多分」


 そんな会話をしているうちに、売り場まで到着した。

 そこからは店員に任せて俺はジッと待っていようかと思ったのだが……


「ここで着替えるなんて無理ですって!」


 数分も経たないうちに、ユルルが俺に助けを求めてきた。

 店員さんはぽかーん状態だ。

 どうやらユルルは試着室で着替えるのに拒否感を持っているようで、どうしても着替えたくないと駄々をこねる。


「試着室だぞ? 大丈夫だ、カーテンだってあるし」

「だって、知らない人がいっぱいいるんですよ!? ふ、普通恥ずかしいですって! 絶対無理ですっ!」

「なるほど、そうなのか」


 まあ、本人がそう言うんじゃ仕方ない。


「じゃあ試着はいいんで、買っていきます」

「よ、よろしいんですか?」

「はい」


 俺は店員にそう告げ、服を購入。そしてそのままの格好のユルルと、人々の目から逃げるように素早く自分たちの部屋へと帰った。




「……すみません、わがまま言って」


 部屋の鍵を閉めるなり、ユルルが謝って来る。


「いやぁ、そこら辺の価値観の違いは仕方ないんじゃないか?」


 試着室で着替えたくないなんて、日本人でも探せば何十人かに一人はいそうだし。

 謝るほどの大事とは思えない。

 それよりも大きな問題があるしな。


「それより家の中で着替える時の方が問題だ。バスルームはあるけど、そこで着替えるのは抵抗ある?」


 カーテンで仕切られているのは無理でも、扉で仕切られていれば大丈夫だろうか。

 ただ、扉を一枚隔てた場所に男の俺がいるという状況自体が受け付けないとなると、相当不味い。ユルルが着替えたりお風呂に入る度、俺は外出する羽目になってしまう。そちらの方が問題だった。

 だから、バスルームで着替えるのは受け入れてもらえると俺的には有難いのだが。

 そう思いながら、ユルルを見る。


「いえ、ここで着替えます」

「ん?」


 ユルルの姿が一瞬ぶれる。

 次の瞬間には、ユルルの服はさっき買ったばかりの衣服に変わっていた。

 大きな髑髏が胸に描かれたTシャツと、短めの黒いパンツ。

 色合いは全く変わらない。どうもユルルは黒が好きなようだ。


「どうですか?」


 服の裾をちょんとつまみながら、ユルルが一回転する。

 ふわりとTシャツが靡いた。

 うーん、とりあえず――


「着替えるの早くね?」

「へへん、死神流早着替えの術ですっ。……って、そうじゃなくって、服の話ですよ」


 そうだよね、服の話だよね。

 でもさすがに突っ込まずにはいられなかったんだ。だって早すぎんだもん。

 服の話、服の話かぁ。


「似合ってる、と思うよ」


 というか、ユルルが着てるだけでなんでもかわいく見えてくるわ。

 多分ガスマスクつけてもかわいく見えるよこの子。ユルル、恐ろしい子!


「わーい!」


 俺に褒められたユルルはその場で小さくぴょんぴょんと飛び跳ねる。かわいい。

 俺を恋に落とそうとしてない? してるよね?

 くぅ、そう簡単に落ちてはやらないからな!


「でもユルル、俺の目の前で着替えるのに抵抗はないわけ?」

「見られなければどうということはありません!」


 ユルルは控えめな胸を誇らしげに張り上げた。


「いや、それは一理あるんだけどさ。それなら試着室でも恥ずかしくないはずじゃない?」

「は、はれんちです……」

「なんでだよっ!」


 なんで耳まで真っ赤になってるんだよ、まるで俺がセクハラしたみたいじゃないか!

 そもそもカーテンで隠れた場所で着替えるのは恥ずかしくて、俺の目の前で着替えるのはオッケーってどんな基準だよ。だれかこの子の羞恥心の境目を俺に教えてくれ。


「あ、ちなみに元の服にもすぐに戻れるんですよ? ほら」


 そう言って再びユルルの全身がぶれる。

 次の瞬間には、また元の死神衣装に戻っていた。

「やっぱり家の中ではこっちの格好の方が落ち着きますねぇー」と言ってソファに座り込むユルル。

 だが、なんというかその……スカートの丈が些か上がり過ぎな気がする。


「……ユルル。失敗してるぞ、死神流早着替えの術」

「へ? ……え、嘘!?」


 ユルルは慌ててバッとスカートを抑え込む。

 しかし数秒間という時間は、俺にとってもさすがに長すぎた。


「見えちゃいました……か?」

「ピンク」

「うわぁーん、もうお嫁に行けませんー!」

「いたたまれねえ……」


 泣きだすユルルをあやしながら、俺は昼食を作り始めるのだった。






 そして昼も過ぎ去り、夜。

 ベッドをユルルに使わせ、俺はソファで眠りにつく。

 ベッドを使えるのは交互ということにした。俺としてはずっとユルルに使ってもらって構わなかったのだが、ユルルが申し訳なさすぎるというから仕方なく。

 というわけで、昨日は俺がベッドで寝たので、今日はユルルがベッドで寝るのである。


「明日はどうします? 何します?」


 ベッドの方からユルルの声が聞こえてくる。

 夕食にハンバーグを食べてから、ユルルの声は弾みっぱなしだ。

 よっぽどハンバーグがお気に召したらしい。ただし付け合わせのタマネギは苦手だったようだが。


「あ、悪いな。明日からは高校行かないと。だから帰るのは夕方になる」


 そう、俺は高校生。そう毎日遊んでばかりいるわけにもいかない。

 高校生は高校に通うから高校生なのだ。

 現世は働かざるもの食うべからずなのだ。


「高校?」

「ああ、知らないか。学校ならわかる?」

「ああ、わかります。それの一種なんですね」

「うん」


 どうやら学校は冥界にもあるようだ。

 一体どんな教育をしているのだろうか、少し気になる。


「あっ!」


 俺が冥界の教育について想像していると、ユルルが何かを思いついたような声を出した。

 何事かと身体を起こしてベッドを見れば、ユルルが満面の笑みで俺に笑いかけている。


「明日の学校、私もついて行ってもいいですか?」

「……へ?」

「駄目ですか?」

「いや、個人的には駄目じゃないけど……バレたら捕まるかもよ?」

「バレません、死神なので!」


 そういうわけで、明日の高校にはユルルが付いてくることになった。

 ……不安だ。

これにて一章『家に現れた美少女編』完結です。次話から新章に入ります!

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