16話 ダンスを踊りましょう
ダンスの練習は、昼休みから早速始まった。
踊るのは音楽に疎い俺でも口ずさんだことがあるようなポピュラーな曲で、テンション高めな感じ。それに伴ってダンスも中々ハードだ。
「とまあ、こんな感じ」
見本の踊りを見せてくれた体育委員が言う。
すげえ軽そうに言ってるけど、体育委員と言ったら運動能力の権化みたいなヤツがなる係りだ。彼が軽くこなせたからといって、俺に軽くこなせるとは限らない。
自慢じゃないが、側転もできないんだぞ俺は。どうだ、ビビったか!
そんな現実逃避をしていても、いずれは踊らなければならない。
周りのペアが遠慮がちに手を繋いでいく中、俺は佐久さんに手を伸ばす。
佐久さんが俺の手をとる。
ひぃぃ、凄い緊張してきた! 助けてユルル!
この場にいないユルルに助けを求めるが、もちろん何かが起こる訳もなく。
うぁ、ヤバい! 手汗が出てきた!
「ちょっ、ごめん!」
一旦佐久さんから手を離し、ゴシゴシと制服に手をこすりつける。
それから慌てて手を差し出すと、佐久さんもスカートに手を擦りつけているところだった。
え、俺の手汗そんなに酷かった!?
すぐに謝ろうとするが、恥ずかしそうな表情を見てそうではないと気付く。
佐久さんも緊張しているのだ。
「あはは、変だよね。夏祭りで手繋いだのに、また緊張してる」
「学校だからね」
はにかんだ笑顔を向けられ、よくわからない答えを返してしまう。
なんだ、「学校だからね」って。意味が分からん。頭の病気か?
いや、というか一回繋いだくらいじゃ全然慣れませんけどね!
そして、ついに踊り始める。
最初は手を繋いで踊るよりも簡単に、手は繋がずに一人ずつ踊る方法をとるようだ。
音楽が鳴り、ダンスを始めるクラスメイト達。
といっても、まだ振付を見せてもらったばかりなので、体育委員以外は皆ぎこちない……というかほとんど踊れていない。
まあ無理もない。一度見ただけで踊れるなら、その人はダンサーの才能の塊だ。そういう人はきっと街中でブレイクダンスとかしてるんだ。
このクラスには街中で突然ブレイクダンスをおっぱじめそうな人はいない。つまり、踊れる人もいないというわけである。
「ほっ……」
自分も踊りながらも、安堵のため息が漏れる。
出来ない人がいると安心してしまうあたり、俺も性格が悪いなぁ。
自覚しながらも、ホッとしてしまうのは抑えきれない。
……そういえば、佐久さんはどんな感じだろうか。佐久さんがたどたどしく踊っているところなんて貴重かもしれない。
これから何度となく手を取り合って踊る予定の、パートナーの佐久さんを見てみる。
「えっ」
めっちゃくるくる踊ってるんですけど。
キレ味抜群のスピンとかしてるし、動きに全く迷いがないし……というか、一回であの振付全部覚えたの!?
「ふぅ……」
音楽が止まると、佐久さんは小さく息を吐いておでこを軽く拭った。
途中から呆然として完全に足が止まっていた俺は、すぐに佐久さんに話しかける。
「佐久さん、う、上手くない……?」
「え、そうかな?」
いやだって、一回でほぼ完璧に覚えてたじゃん。他の人と明らかに動きが違うし。
現状、お遊戯会に混じったプロダンサーみたいになってるよ。
というか一回で覚えられるって、なにその特殊能力! 悪魔の力なの!?
「……もしかして佐久さんって、街中でブレイクダンスとかしたりしてる人?」
「し、しないよっ!? どういう想像!?」
わたわたと否定する佐久さん。
どうやらブレイクダンスはしていないようだが、佐久さんはすでにブレイクダンス界に飛び込んでも充分通用するレベルの踊りだ。
佐久さんの可愛らしい動作に癒されながらも、同時に危機感を募らせる。
やっばいな、なるべく足を引っ張らないようにしないと……!
「というわけで、だ。……頼むユルル、俺と一緒にダンスの特訓をしてくれ!」
帰宅するや否や、俺はユルルに頭を下げた。
もはや恥も外聞もない。そんなものはヤフオクで売った。
そんな大層なものを持っている余裕は今の俺にはないのだ。
「何が『というわけで』なんですか? ダンスって、帰り道にアイノさんと話してた体育祭の種目のことですよね?」
「ああ、実はな――」
俺は事のあらましを包み欠かさずぶっちゃけた。
運動が苦手なこと。
佐久さんとペアを組んだこと。
佐久さんのダンスがめちゃくちゃ上手いこと。
なんとか足手まといにならないようにしたいこと。
ユルルはそれらを聞きながらふむふむと一通り頷いた後、最後にこてんと首をかしげる。
「話は分かりましたけど……なんで私となんですか? いや、私は別にやってもいいですけど、アイノさんとやった方が本番に近い形なんじゃ?」
「佐久さんとやったら佐久さんも上手くなっちゃうでしょ! 俺は佐久さんに追いつかなきゃいけないの!」
「なるほどぉ……。それにしてもアイノさんは凄いですね、ダンスも上手いんですか。たしかにアイノさんって、何でもできそうなイメージありますもんね」
「そうなんだよ。でもパートナーが俺じゃ、佐久さんが恥かいちゃうだろ? だから何としても同じくらい……は無理でも、足を引っ張らないくらいには上手くなりたいんだ。頼むユルル!」
再度ユルルに頭を下げる。
下げた頭を上げると、そこには快活に笑うユルルの顔があった。
「うん、わかりました! 私もちょっと興味出てきましたし、やってみましょうか。なによりミナトさんがこんなに一生懸命頼んでるんですから、協力しますっ」
「ユルルぅぅ……っ!」
なんだこの天使!
神様仏様ユルル様!
俺は地面に膝をつき、ユルルに祈りをささげる。
「愛おしい……!」
「えへへ、照れますねぇ」
「神々しい……!」
「私、死神ですけどね」
「ライトブルー……!」
「へ? ……ちょっ、ど、どこ見てるんですかミナトさん!」
かぁぁ、と顔を赤くしてスカートの丈を押さえるユルル。
違うんだ。見たんじゃなくて見えちゃったんだ。
そんな言い訳をする間もなく、俺はユルルの超腕力によって壁にめり込んだ。
「あ、あわわ! 壁を壊してしまいました、す、すみませんっ!」
「壁より先にまず俺の心配をしてほしい……」
ちなみに壁は大丈夫です。十五億円あるので。
ありがとう父さん。ありがとう母さん。僕は元気でやってます。
壁にめり込んでるけど元気です。丈夫な身体に産んでくれてありがとう。
「あ、そ、そうでした! ミナトさん、ミナトさーんっ! 一体誰がこんな酷いことを……!」
お前だよ。
……いや、でも今回は俺が悪いな、うん。
ごめんユルル。悪かったよ。
そんなことを思いながら、俺は気を失った。
そして十分後。
気絶から奇跡の復帰を果たした俺は、予定通りユルルにダンスの練習に付き合ってもらうことにした。
「へー、こんなダンスを踊るんですね! カッコいいです!」
「だろ? そのぶん難易度は高そうだけどな」
そんな会話をしながら、俺たちはスマホの画面を二人で覗き込んでいる。
何をしているかって?
ユルルと共に、グループメッセージに貼られたダンスの振り付け動画を見ているのだ。
家でも練習できるようにと、自分たちが躍っている姿を体育委員の二人がクラスのグループメッセージに送ってくれたのである。
この気配りの良さ、さすが体育委員だ。ああいう委員になる人は明るくてしっかり者が多い。
俺とは真反対なのであまり積極的には関わらないけど、心の中では尊敬している。
にしても、便利な世の中になったもんだよな。家でもお手本を見ながら練習できるんだもん。
とまあ、お手本を確認したところで早速踊ってみる。
「じゃあ、手をとるぞ?」
「はいっ」
ユルルと手が触れる。
ちっちゃくて、白くて、柔らかい手だ。
「な、なんだかドキドキしますね……えへへ」
うわぁぁぁぁっ!
はにかまないでくれユルル! そのはにかみは俺に効果抜群だぁぁっ!
「み、ミナトさん? 突然胸を押さえてどうしました?」
「ドキがムネムネした……」
「へ?」
「いや、何でもない。続けよう」
それから一時間弱、ユルルは俺の踊りの特訓に付き合ってくれた。
その甲斐あって、半分程度は振付を覚えられたんじゃないかと思う。
覚えただけで踊れてはいないんだけど、まだ初日だということを考えれば俺にしてはかなりの快挙だ。
「ありがとな、ユルル! 本当に感謝してるよ」
「いえいえ、私もすっごく楽しかったですよ! ミナトさんと踊るの!」
へへへと笑うユルルは恩着せがましさを一切見せない。
ちょっとくらい偉そうにしてもいいものを。根がいいヤツすぎる。
この調子でいったら近い将来には後光が差すぞ、死神なのに。前代未聞だぞ、後光が差した死神なんて。
「にしても、体育祭って楽しそうですね! 私も出てみたかったです。冥界にはそういうのなかったからなぁ~。……あっ、そうだ!」
ユルルがポン、と手を叩く。
それを見た俺はごくりと生唾を呑みこんだ。
なんということはない。ただ、これまでの付き合いから悪い予感を感じたのだ。
……ユルルのヤツ、またろくでもないことを思いついたんじゃないだろうな。
「どうしたユルル? 何か思いついたのか?」
「はい! 死神ぱわーで、高校に編入しましょう!」
ほら、また無茶苦茶なこと言いだしやがった。




