13話 祭りのあと
それから。
色々なことがあって疲れたのか、佐久さんは眠ってしまった。
そのまま放っておくわけにもいかないので、おぶって帰ることにする。
「私の方がミナトさんより力持ちですし、私が背負いましょうか?」
「いや、大丈夫。ユルルだと足引きずっちゃうことになるからな」
「あ、たしかに」
そんな会話をしつつ、マンションへと到着する。
今日は色んなことがあった日だったな。
お祭りは楽しかったし、佐久さんがサキュバスだったのには驚いた。
「にしても、ミナトさんは懐の深い人ですよね~」
両手がふさがる俺の代わりに部屋の扉を開け、ユルルが呟く。
「アイノさんのことはまだわかりますけど、いきなり現れて自分の魂を奪いに来た私を傍に置いてくれるんですから。お人好しというか、何というか。……損する性格ですよね、ミナトさんって」
「なんだよ、最初は褒めてくれてる感じだったのに最後の方あんまり嬉しくないぞ?」
そう言いながら、佐久さんをソファへと下ろす。
くぅ、と小さく息を吐く佐久さん。かわいい。
佐久さんがサキュバスだとわかった。ユルルが死神であることを伝えた。
今日は本当に色んなことが起きた日だ。
そんな今日なら、俺もユルルに本当のことを言えるかもしれない。
「……ユルル、話があるんだ。ちょっといいかな」
「え、はい、いいですけど?」
俺はユルルとテーブルを介して向かい合う。
そして、話しはじめた。
「ユルル。俺があの日お前を家に受け入れたのは、一緒に住めばそのうちに愛着湧いて俺の魂を奪えなくなるだろうって魂胆があったからなんだ。……だから、俺は全然優しくなんかないよ。ごめん、ユルル」
裏があったことを正直に白状する。
ショックを受けるだろうが、仕方ない。
いつか伝えなければいけないとは思っていた。そしてそれは今だと思った。
タイミングが正しかったかはわからないけど、俺は言った。
あとはそれを聞いたユルルがどう思うかだ。
「黙って聞いてれば、何言ってるんですかミナトさんは?」
「……ん?」
あれ、なにその顔。もしかして全然ショック受けてない感じですか?
おかしいな……?
「知り合ったばかりの他人を何の打算も無しで家に置く人がいたら、それはもう逆に危ない人ですよ。ミナトさんに何か打算があったことくらい、私は最初から気づいてましたけど?」
「……え!? じゃあ俺の考え丸わかりだったってこと!?」
「いえ、丸わかりとはいきません。九割くらいはわかってましたけどね」
ほぼ全部お見通しじゃねーか!
じゃあ俺の小賢しい考えはほとんど見透かされてたってことかよ。
「うわ、恥ずかしい……! な、なあユルル、でも俺変なことは言ってないよな?」
「……」
ユルルの好感度を露骨に稼ぎにいったりはしていなかったはずだ。
俺は普通にユルルと接していた……はず。というか、そう思いこまなきゃやってられない。
ユルルは紅い瞳でジッと俺の目を見つめる。
え、なに? なんで答えてくれないの?
「ユルル? おーい? ……え、もしかして何か言ってた? 俺何か変なこと言ってた?」
段々不安になって、思い返してみる。
いや、変なことは言ってない……と思うんだけど、どうだろう。
俺が記憶にないだけで、どこかで口走ったりとかしてただろうか。
必死で記憶を探っていると、前に立つユルルはクスリと笑った。
「実はですね、ミナトさん。私も嘘をついていたんです」
「嘘? ……あ、エリート死神ってやつか? どう考えてもエリートじゃないっぽいもんな」
「そ、そこじゃありませんよ!?」
勢いよく否定する。そこではないらしい。
でも、そのほかに嘘っぽいところなんてなかったけどなぁ……。
考え込む俺に、ユルルは告げる。
「ミナトさんの魂を奪う方法は、実はないわけじゃないんです」
「……はぁ!? いや、だって、お前……」
「ええ、あの日は気が動転していて気が付かなかったんですけど、自分よりけた違いに魂力が大きい人の魂でも奪うことのできる方法は存在してまして」
そう言って、ユルルは唇に手を当てる。
しっとりと指を受け入れ、形を変える柔らかな唇。
死神であることを確信させるような艶めかしい仕草で、続きを告げる。
「だから実は、もう私はミナトさんの魂を奪うことができるんですよ。まあ色々と手順がややこしいので、今すぐにってわけにはいかないんですけど」
……マジか。
顔から血の気が引くのが分かった。
元々ユルルが冥界から地上へとやってきた理由は、俺の魂を奪うためだ。
それが不測の事態で履行不可能になったせいで、なし崩し的に俺の部屋に同棲という形になった。
だが、今のユルルは俺の魂を奪う方法を知ってしまった。
つまり……。
「……お前は、どうするんだ?」
「どうするとは?」
ユルルは小首を捻る。
見慣れた可愛らしい動作が、いつもとは全く違うように思えた。
ユルルが自分より高位の存在に見えてくる。
くりんとした瞳も、小さな鼻も、滑らかな白髪も。全てが妖しく見えてくる。
ゴクリと生唾を呑みこみ、震える声で尋ねた。
「魂の奪い方を知ったんだろ。俺の魂は……とらないのか?」
「……ふふ、ふふふ。あははははっ!」
堪えきれずといった様子で笑みがこぼれる。
笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながら、ユルルは言った。
「ミナトさん、そんなの決まってるじゃないですか。――とりませんって!」
「……え? ……と、とらないのか、魂?」
「はい、もちろんですよぅ。私、これでもミナトさんとの生活結構気に入ってるので」
ユルルは前に乗りだし、俺の手をとる。
急な接触に頬が熱くなる俺を見て、ユルルはにひひと笑う。
「正直言うと、最初は悩みました。ミナトさんの魂を奪えば、生まれ育った故郷である冥界に戻れる。でも、悩んで、悩んで、気づいたんです。『冥界に戻って、それで私はどうするんだろう』って。ミナトさんもいない、アイノさんもいない。そんな世界に戻って、私は何を楽しみに日々を暮らしていけばいいんだろうって」
ギュッと俺の手を強く握る。
真っ直ぐに見つめてくるその目から、視線を離しては駄目だと思った。
だから、俺は見つめ返しながらもう片方の手でポンポンと手の平を叩いてやる。
ユルルはくすぐったそうに眉を下げ、口元を綻ばせた。
「自分でも気づいていないうちに、いつのまにか私の心の中はミナトさんでいっぱいになっていました。友人と呼べばいいのか、家族と呼べばいいのかわかりませんが……ミナトさんと、そしてアイノさんと過ごした日々は、いつの間にか私の宝物になっていたんです。故郷なんてちっとも惜しくないくらいに」
「ユルル……」
「だから、私はミナトさんの魂を奪ったりしません。……というかむしろ、私の魂が二人に奪われちゃってますよ。アイノさんはスタイル抜群でとっても優しいし、ミナトさんはまあ、それなりにカッコいいし」
「それなりにかよ」と口を尖らせると、ユルルは「それなりにです」と笑った。
「っはぁ~っ!」
椅子にもたれかかり、背筋を伸ばす。
凝り固まった筋肉が解れると同時に、痛気持ち良い快感がじわりと背中に広がる。
それが、この話の終わりの合図だった。
もう湿っぽい話は終わりだ! せっかくなら明るく楽しく暮らしていかなきゃだもんな!
「にしても、ユルルが来てから俺の日常は随分賑やかになったもんだ」
「そういえば前から聞きたかったんですけど、私を部屋に置いてくれていることには凄く感謝しているんですが、その、お金の方は大丈夫なんですか? 私、完全に無一文なんですけど……」
この世界に来たばかりの頃はそれどころじゃなかったのだろうが、生活も落ち着いてきて、俺の負担を考え出してくれたようだ。
その気持ちは有難いが、そっち方面の心配は全く必要ない。
この年で東京で一人暮らししていることからも分かる通り、金銭面は余裕なのだ。
「両親が遺産残してくれてるからな。聞いて驚け、十五億だ!」
どうだ、ビビったか!
……あれ、反応が薄いな?
「じゅ、十五億……って、いくらですか? すみません、まだ一千万までしか覚えてなくて……」
ピンと来ていない様子のユルル。
ああ、そうか。日本語の習得がまだ完璧じゃないんだな。
ふふふ、ならば教えてやろうではないか!
「一千万の、百五十倍だ!」
「ひゃ、百五十倍!?!? 何ですかそれ、ご両親凄すぎません!?」
「ああ、あのできた親から俺が生まれたのが本当に信じられない。多分取り違いかなんかあったんじゃないかと睨んでる」
「いえ、ミナトさんの性格は百五十億に値しますよ、きっと」
「おいおい、嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」
「えへへ!」
俺とユルルは二人で高笑いした。
良く考えればそんなに面白いことを言ってない……というか全く面白いことを言ってない気もするけど、でも笑った。
人生笑顔が一番だからな!
「だから、ユルルは何も気にせず住んでていいぞ!」
「わかりました! あ、ついでに魂も奪っていいですか!」
「元気があって非常によろしい。でも魂は渡しません」
「ちぇーっ」
そんなこんなで話し合いも終わり、あとはもう寝るだけだ。
「風呂は……明日の朝でいいか。今日はもう疲れた。ユルルはどうする?」
「私も明日の朝入ることにして、今日はもう寝ちゃいます。さすがに色々あって疲れましたし。いきます、死神流早着替えの術っ!」
ユルルの衣服が浴衣から一瞬で死神の正装へと変化する。
こういう時一瞬で着替えられるのは便利だな……って。
「……また失敗してるんだけど」
ベルトが上手く変えられていなかったのか、ユルルのスカートはストンと床に落ちていく。
「へ? ……う、うわっ!?」
ユルルが慌ててスカートを抑え込む。
落ちきる前に掴めるとは……物凄い反射神経だ、さすが死神。
すぐさまベルトでスカートを留めたユルルは屈んだまま上目遣いで聞いてくる。
「み、見ました……? その……ぱ、ぱんつ」
「しましま」
「あーん、もうやだぁー!」
ぺたんと腿を床につけ、女の子ずわりで泣き始めるユルル。
相変わらずだな、と俺は苦笑を浮かべるのだった。
これにて二章『クラスのアイドルのあの子編』完結です。次話から新章に入ります!
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