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死神が魂を奪いにやってきてから毎日が波乱万丈です  作者: どらねこ
2章 クラスのアイドルのあの子編
10/28

10話 夏祭り当日

 そして、待ちに待った夏祭り当日。

 土曜日の夕方に、俺は会場で一人そわそわと辺りをうろついていた。

 ユルルと佐久さんが浴衣の着付けをしてくるのを、俺は会場で待っていたのだ。

 現在時刻は、待ち合わせ時間の五分前。


「ごめん、待ったかな湊くん?」

「お待たせしましたミナトさん!」


 佐久さんとユルルが待ち合わせ場所に現れた。


「いや、全然待って――」


 二人を庇うような俺の言葉は、最後まで発されることはなかった。

 なぜかって? 決まってる。

 二人の浴衣があまりにも似合っていたからだ。


 佐久さんの浴衣は白地に水色や青、藍色の花々が印刷されたもので、とても夏らしく爽やかだ。

 そして、腰に巻いた帯の位置がべらぼうに高い。背は俺と同じくらいなのに、なんでそんなに脚が長いんだ。

 そして制服と違い柄のついた浴衣では胸元の膨らみがよくわかる。ゆったりとした服なはずなのに、なぜこんなにも直視しがたいのか。

 スタイルの良さは浴衣という聖なる武器によって何倍にも膨らみ、もはや他を圧倒する美しさを誇っていた。


 だが、ユルルもまたそれに引けを取っていない。

 黒地に桃色の花弁が幾つもあしらえられた浴衣を纏ったユルルは、白髪とのコントラストで形容しがたい愛しさを有している。

 未発達な身体を浴衣に覆われ、裾を握るユルルの姿を見て、死神だと思う人は万に一人もいない。おそらく全員が天使だと思うはずだ。

 桃色の帯もまた可愛らしく、ユルルの魅力をこれでもかと引き立たせていた。


 そんな二人が、同時に俺の前に現れる。


「どうかな、似合ってる?」

「えへへ、どうですか?」


 二人はその場でくるりと回って見せる。

 その場の男全員の視線が二人に集まったように思えたのは、決して俺の勘違いではないだろう。


「……あ、ああ、似合ってるよ。すごく」


 スパークしそうな頭を無理やり動かし、俺は何とか言語を話すことに成功した。

 よく頑張った俺。これは歴史的な一言だぞ。

 こんな美少女二人に詰め寄られて、よくぞ人間の言葉を忘れずにいられたものだ。


「ユルルちゃんスタイル良くてどんな浴衣でも似合っちゃうから、選ぶの大変だったんだよ。ねー、ユルルちゃん?」

「いやー、アイノさんの方がスタイルいいですって。私羨ましいですもん。でも、こんな可愛い浴衣を着させてくれてありがとうございますっ」

「いえいえ、どういたしましてー」


 俺の前で二人がなんか会話してる。

 やっべ、頭がふわふわして全然内容が聞き取れない。

 なんか二人の周りに常に百合の花が浮かんで見えるんだけど。綺麗すぎてもはや視界に影響が及んでるんだけど。


「じゃあ、行きましょう! ほら、行きますよミナトさん」


 そう言ってユルルが俺に手を差し出してくる。

 今日は土曜日ということもあり、夏祭りの会場は人で大賑わいだ。

 だからはぐれないために手を繋ぐ。うん、合理的だ。

 でも今手を繋いだら、僕は間違いなく恋に落ちてしまいます。


「ちょ、ちょっと待って、ちょっとだけ」


 俺は二人にそう要求し、一度深呼吸をする。

 消えよ煩悩! 俺は僧、僧になるのだ!

 すぅー……はぁー……。

 すぅー……はぁー……。


「……うん、もう大丈夫」


 ようやく少し落ち着き、俺は二人の元へと歩み寄る。


「じゃあ、行こ?」


 小首を傾げる佐久さん。


「早くしないと全部回れませんよ~っ?」


 楽しそうにはしゃぐユルル。


 ……こんな二人を目の前にして、煩悩を失くせるヤツなんかいねえだろ! ふざけてるのか俺は!

 くそぅ、可愛い! 可愛すぎる! 好き! もう大好き!

 でも抑えるんだ。この気持ちは胸に秘め、平然とした外見を繕え、春風湊。

 そうでなければ、二人が夏祭りを楽しめないじゃないか。

 俺は二人の浴衣姿が見れただけでもう充分いい思いをした。

 その分、あとは二人に楽しんでもらわなきゃ!


「よし、夏祭り……楽しもう」


 俺は二人にそう言って、屋台の並ぶ祭りの中心へと歩き始めた。




 わたあめやかき氷など、祭りの風物詩ともいえる食べ物を食べながら屋台を回っていく。

 はぐれないようにと繋いでいた手と手は、いつの間にか腕と腕の交差に変わっていた。

 手よりも二人との距離が近づく分、耳を澄ませば息遣いさえも聞こえそうだ。

 ああ、なんて幸せな時間……!

 明日死ぬんじゃないだろうか、と意味なく勘繰ってしまうくらいには幸せ。

 と、ユルルが俺の腕を引っ張る。


「ミナトさん、アイノさん。見てくださいこれ、金魚すくいですって!」


 どうやらユルルは金魚すくいを見るのは初めてらしかった。

 まあそりゃそうか。冥界にはきっと金魚はいないのだろう。


「たいしょー、やってもいいですか?」

「おう、いいぞ。ほら、ポイだ」

「ありがとうございます!」


 店主からポイを受け取ったユルルは、浴衣を捲ってぺろりと舌を出す。

 ハンターの目だ、ハンターの目をしてる……!


「行きますよぉ――って、あれれ?」


 早速一匹目に狙いを定めてポイを入れたと同時に、ユルルは力の抜けた声を出す。

 見ると、ユルルのポイは大きな穴が開いていた。

 まあ、これぞ力任せのお手本って感じの動きだったからな。その上死神は人間よりも運動能力が高い……すなわち力も強いことを考えると、この結果になるのは無理もない。


「力入れ過ぎちゃったみたいだね、ユルルちゃん」

「そ、そんなぁ……」


 ガックリと落ち込むユルル。

 ……ハッ! その時俺に雷鳴走る。

 これはもしや、俺がいいところを見せるチャンスじゃないか?


「俺に任せておけ、ユルル」


 そう言って、店主からポイを受け取る。

 別に金魚すくいに自信があるとか、そんなことは全くない。

 たまに祭りでやっても一匹とれるか半々、二匹取れればかなりすごいって感じの腕前だ。

 だがしかし! 男の子というヤツは! こういう時に成功させるものなのだ!


「よーし……」


 慎重に狙う金魚を選定していく。

 狙い目はやはり水面近くにいる金魚。そしてなるべく小さい個体。

 大きさなどクソ喰らえ、今は『金魚を掬う』という行為が出来るかできないかが何よりも大切なのだ。そのためならどんな小さな金魚でも、慈悲なく掬って見せるぞ俺は。

 キョロキョロと眼球を動かし、ターゲットを探る。


 ……良さそうなのがいるな。

 大きさも小さく、水面の近くを泳ぎ、なおかつ暴れるような様子もない。

 掬うのにうってつけとも思える金魚が、そこにいた。

 俺は迷わずその金魚目掛けてポイを近づける。

 狙い通り、金魚がポイの上に乗る。

 イケる! 掬える! 俺は金魚を掬える!

 その瞬間、張り詰め続けていた緊張の糸が僅かに――しかし確実に、緩んだ。


「頑張れー、ミナトさーんっ」

「頑張れっ、頑張れっ」


 背後から鈴の音を鳴らしたような二人の声援が耳に届く。

 ほぼ同時に、二人の浴衣姿が脳裏に描かれる。

 恥ずかしくなる。

 手元が狂う。

 ポイが破ける。


「あっ……」


 かくして、俺は金魚を掬うことなく、いいところなど何も見せれずに金魚すくいを終えた。




「ご、ごめんなユルル。俺、一匹も掬えなかったよ……」


 肩を落とし、ユルルに謝る。

 あと一歩のところで、二人にいいところを見せたいという煩悩が働いてしまった。

 くそぅ、なんてこった。二人に楽しんでもらおうと思ったのに、これじゃ微妙な雰囲気に差せただけじゃないか。


「そんな落ち込まないでくださいよミナトさん~。ほれ、うりうり~」


 ユルルが肘で俺を突いてくる。

 励まそうとしてくれてるのか。優しいなユルルは。


「うん、ありがとうユルル。もっと突いて」

「え、そ、それは引きます」


 引かれてしまった。さすがに注文が過ぎたようだ。


「佐久さんも、ごめんね? 折角応援してくれたのに」

「ん~?」


 佐久さんは瑞々しい唇に指を当て、数秒を考え込む。

 そしてにひ、と妖しく笑った。


「でもさ……不器用な男の子って、かわいいよね」


 はいクリティカルヒットー。

 俺は胸を押さえて悶える。


「はうっ。はうはうっ。ははうはうっ」

「日本語を! 日本語をしゃべってくださいミナトさん!」

「ど、どうしたの、湊くん……!?」


 二人が心配そうに俺を見つめる。

 紅の瞳と蒼の瞳。どちらもとても綺麗で、月並みだけどまるで宝石みたいだ。

 こんな二人に心配してもらえるなんて、ああ本当に、俺は運のいい男だなあ。

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