09 パーティー結成
「んで、どうしてこうなった」
「はい? どうかしましたか?」
そして時は巡り放課後、下校時刻。俺は頭を抱えて校門前で蹲っていた。頭痛が痛い。
対照的に、そんな俺の正面に立っている禅上院先輩は満面の笑みだ。例えるなら桜の花。普段の大人びたイメージが粉々に打ち砕かれるほどの笑顔である。
それを見た周囲の野次馬たちが、頬を染めたり、舌打ちしたり、嫉妬の視線を送ってくるが、俺には関係ない。関係ないことなのだ。
ああ、そうだとも。野次馬がいるのだ。そりゃそうだよな、だってここ高校の敷地内、公共の場だもん。
「っ――っはあぁぁあああ……」
肺の中の空気をすべて使いきる勢いでため息を吐く。それから顔をあげた俺は、この状況の元凶たる禅上院先輩に尋ねかけた。
「すみません、さっぱりわからないんですけど、なんで先輩は校門前で俺を待ち構えていたんですか?」
「……え?」
「いや、そんな当たり前のことを聞かれても……みたいな顔をされても」
むしろ俺の方が困ってますからね、これ。
キョトンとした表情を浮かべる彼女に、俺は眉間を親指で押さえた。
しかし、そうやって困っているだけでは事態は解決しない。
ひとまず現状を整理するため、昼休みが終わってからの記憶を順番に辿っておくべきだろう。
そう……まずは昼休みが終わってからのこと。
禅上院先輩とパーティーを組むことを決めた俺は、花開くよう大袈裟に喜ぶ彼女に感謝されつつ、デバイス同士で互いの《冒険者》情報を登録しあったのだ。
これをしておけば、何かあった際はデバイスを通じて連絡を取り合えるようになるし、どちらかがダンジョンに潜っていた場合、その大まかな現在位置を知ることができる。
要するに、ネットゲームで言うところのフレンド登録のようなものだ。
その後、早速今日から一緒にダンジョンに挑むことを確認しあった俺たちは、昼休みも時間が押していたので一度別れ、各自の教室へと戻ることにした。
そして、そこからがまあ大変だった。
教室に帰ってきた俺を待っていたのは、クラスメイト達による質問という名を借りた集中砲火。流石は我が校一の有名人と言っても過言ではない禅上院先輩。話題性は抜群だ。
人が多い学食と言う場も手伝って、俺と先輩の一件は既にクラス中……もしかすると全校に広まっているかもしれなかった。
それを「俺の口から今伝えられることはない」の一点張りで放課後まで凌ぎ続けた俺の忍耐力を、誰か褒めてもいいのよ?
そして現在。
未だに何か聞きたそうな顔をしていたクラスメイト達を意図的に無視し、校舎中で向けられる見知らぬ生徒達の好奇と猜疑の視線の中を抜けて校門へと脱出した俺を待っていたのが、大量の生徒を周囲に侍らせた禅上院先輩であった。
帰れない……帰れないよ。人垣で物理的に校門が埋まってるよ。どう言うことだってばよ。
俺の……俺の学校生活は、一体どこに向かおうとしているんだ。
一度失ったものは戻ってこない。そんな単純にして絶対の真理を悟って崩れ落ちそうになっていた俺に向け、禅上院先輩は朗らかに告げる。
「さあ、早速ダンジョンに向かいましょうか」
「まさかそのために、ここで俺を待ち構えていたんですか?」
「え? 何かおかしいでしょうか? そもそも私、貴方の名前も学年もクラスも教えてもらってませんから……確実に会える場所と言ったら、ここぐらいしか思い浮かばなかったんです」
その先輩の言葉に、俺は自身がまだ名乗っていなかったことに気がついた。
俺の方は相手が生徒会長の上に有名人なので一方的に知っていたが、先輩の方はただの一学生に過ぎない俺のことを知っているわけがなかったのだ。
それだけ出会い頭の衝撃が大きかったということでもあるが、先輩への礼を失っていたことに代わりはない。
少々気まずい思いを味わいつつ、改めて自己紹介をした。
「あー、二年の贄神創真です。クラスは二組。次から用事があるときは、教室を直接訪ねてくれるとありがたいのですが……」
「わかりました、贄神さん。それではダンジョンに向かいましょうか」
……いや、禅上院先輩。さっきからそれしか言ってなくないですか?
そこまでダンジョンに潜りたい……んだろうなぁ。わざわざ放課後になってすぐ、校門前で待ち構えていたくらいだし。
俺はてっきり、一度家に帰ってからデバイスで連絡を取り合って、落ち合う場所を決めるのだと思っていたのだが。
念のため、最後の抵抗とばかりに俺は手にしていた荷物を持ち上げる。
「あの、一度家に荷物を置きに行ってからでも……」
「時間が勿体ないですよ、贄神さん」
「……ここだと周囲の目が多くありませんか? 学校の敷地内だし」
「別にいいじゃないですか。見られても何の問題もないですよ? それに今日は様子見で、そんなに長く潜るつもりはありませんから」
転移門を利用してダンジョンなどの異空間へと跳んだ場合、戻ってくるのは最初に転移門を使用した場所になる。
探索に時間をかけるならば、別の場所からダンジョンに入った方が良いのではないかという俺の提案は、先輩の言葉によって見事に粉砕されてしまった。
……はぁ、仕方がないか。
またもや平穏という単語からかけ離れていきそうな現実から目をそらしながら、俺は禅上院先輩の言葉に頷いた。
「わかりました。ただ、日が暮れる前には戻ってきましょうか」
「はい、それで構いません――【物質化】」
「……【物質化】」
俺の提案に微塵の不満も見せず、彼女は本当に衆目を気にした様子もなく《冒険者》としての力を発動させる。
直後、学校指定の制服は光の粒子に包まれ、次の瞬間には《冒険者》の装備へと切り替わっていた。
その常軌を逸した光景に、今までは俺たちの会話に胡乱げな目をしていたり、半信半疑な表情を浮かべていた周囲の生徒達から驚きの声が上がる。
それに僅かに遅れて俺も《冒険者》の装備へと切り替えると、禅上院先輩は興味深そうな視線を俺に向けてきた。
「贄神さんは魔術師職なんですね」
「そういう先輩は戦士職ですか。これはバランスが良さそうだ」
禅上院先輩の装備は、俺と同じ上下のシャツとズボンに、革製の胸当てと頑丈そうなロングブーツ。背中には両刃の剣を吊り下げている。
確か、バスタードソードと言うのだったか。片手でも両手でも握れる剣である。
髪の色は艶やかで落ち着いた黒から明るい茜色に変わっており、少し黒みがかった紅色の瞳は見つめていると吸い込まれそうな妖しい気分になってくる。
顔立ちは同じはずなのだが、やはり髪と目の色が変化するだけで印象がグッと変わっていた。
「さて、まずはパーティー登録からですね」
「了解しました……と。これで大丈夫なはずです」
「では、打ち合わせどおり今日は《小鬼の迷宮》に挑みましょうか」
互いにデバイスを突き合わせ、パーティー登録を完了した俺たちは、いよいよダンジョンに潜ることになる。
禅上院先輩がデバイスを操作すると、俺たちの足元に個人で開くものより若干大きな転移門が浮かび上がった。複数人用と言ったところだろう。
多くの生徒に見つめられる中、転移の光に包まれて足元から異空間のダンジョンへと跳ばされていく俺と禅上院先輩。何人かの勇気ある、もしくは無謀な生徒は転移門に近づこうとしていたが、例外なく弾かれていた。
……と、そこで。
「……あ」
ふと、俺は自身に向けられる視線の中に、斎藤と笹倉さんのものを見つけた。
二人とも唖然とした表情ながらも、どこか悔しそうと言えばいいのか、寂しげな顔をしているように見えたのは、果たして俺の勘違いだったのだろうか。
わからない。けれどその答えを俺が得る前に、俺の視界は眩い光へと埋もれていった。