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08 二人目の《冒険者》

 



 カラン――と。


 なにか小さな金属片が落ちる、乾いた音が響く。

 見ずともわかる。それは俺が握っていたフォークを机に落とした音だった。


「なん……で……」


 思わず疑問の声が口から漏れる。取り繕うとか誤魔化すとか、そういった選択肢はすっかり頭の中から抜け落ちていた。


 どうしてバレた? 禅上院先輩は、何らかの確信を持って尋ねてきたように聞こえたぞ。

 けど、俺は家族と警察以外の前で、《冒険者》の力を使った覚えなんてない。どういうことだ。


 いや、いやいやいや。違う違う。重要なのはそこじゃない。


「やはりそうだったのですね。実は私もそうなんです。《冒険者》をやってるんです」


「……は? おい、おいおい。《冒険者》ってあれだろ、昨日のダンジョンの? ……贄神と会長が、それ?」


「……え? …………え?」


 そう、問題はこの話を、食堂にいたその他大勢の生徒にも聞かれていたことだ。


 突拍子もない問いかけに呆然と返事をしてしまった俺に対し、無邪気な様子で手を叩く禅上院先輩。その手にはいつの間にか俺のものと同じデバイスが――《冒険者》の証が握られている。

 斎藤の奴はこの状況にいい具合で混乱し始めているし、笹倉さんに至っては状況そのものを飲み込めずに思考停止している。その他の取り巻きや周囲の生徒も似たような反応だ。


 一体何のために禅上院先輩はこんな真似をした? わからない。

 わからないが、わからないなりにとるべき行動と言うものがある。


「すまん、斎藤。後は頼む」


「あっ!? おいこら!」


「あら、あらら?」


 俺はまだ半分ほど残っていたスパゲッティを斎藤の方へと押し付けると、禅上院先輩の手をとって強引にこの場からの離脱を試みた。

 幸いにも本人からの抵抗はなく、精々背後から斎藤やその他の怒声が届いてきただけで、無事に食堂を抜けることに成功。

 そのまま俺は人気が少ないであろう、屋上に繋がる階段の踊り場まで彼女を引きずっていった。


「それで、これは何の真似ですか?」


 普段は生徒が外に出れないよう鍵がかかっている屋上。それゆえに、よほどの用がない限り生徒が訪れないだろう場所で、改めて俺は彼女と向かい合う。


「あのー、もしかして怒っているのですか?」


「怒ってませんよ……いえ、やっぱり少しは腹立たしい思いですけど」


 俺の声色が若干刺々しくなっていることには、禅上院先輩も気づいたのだろう。こちらを窺うよう尋ねてくるその仕草に、俺はややあって正直に答えた。


「俺は自分が《冒険者》であることを、家族以外には黙っているつもりでした。じゃないと、先程のように無用な混乱を生むので」


「そうだったのですか……それでは私は、余計なことをしてしまったのですね」


 ようやく自身の行いを理解してくれたのか、禅上院先輩は傍から見ていてもわかるくらいにシュンと気落ちする。

 その様子だけで彼女に悪気があったわけではないことは十分に理解できたが、既に俺の中で先輩は天然のカテゴリーに登録不可避であった。


 はあ……と俺はため息をつく。

 何故だろう。これでは俺が悪者のようではないか。


「それで、どうして禅上院先輩は俺に話しかけてきたのですか? いや、そもそも俺が《冒険者》だとわかったのはなぜですか?」


「え? あ、それはですね、貴方から血の匂いがしたからなんです」


「……はい?」


 雰囲気を切り替えるよう、呆れ混じりに問いかけた効果はあったようで、禅上院先輩は先程までの落ち込みようを感じさせない調子で説明する。

 が、それに今度は俺が首を傾げる番だった。


「実は私、《冒険者》になってから血の匂いに敏感になりまして……もしかしなくても昨日、ダンジョンに潜って魔物と戦いましたよね? 貴方からは凄く濃い血の匂いがするんです」


「おいおい、嘘だろ」


 そのあまりと言えばあまりの理由に、俺は反射的に自身の匂いを嗅ぐ。

 しかし当然、そんなことをしても血の匂いなんて感じるわけがない。

 そもそもゴブリンと戦った時の装備は現在、【情報化(デジタライズ)】して《冒険者》の能力の一つである【個人倉庫(インベントリ)】の中に入れてある。


 つまり、目の前の彼女は俺の身体に付着していると思われる極々微量の血臭を、あの様々な食べ物の香りが満ちる食堂で嗅ぎ分けたと言うことになる。

 どんな名警察犬だよ。あり得ないだろ。


 いや、しかし《冒険者》になるとは、半分人間を止めるようなものなのだから、そんな真似ができる人がいても不思議ではないの……か?


 ……やめよう。考えすぎて頭がおかしくなる。

 どちらにしろ、俺は現実をありのままに受け入れるしかないのだ。


「それで、俺に話しかけてきた理由の方は何ですか?」


「……それはですね、単純に仲間に出会えて嬉しかったと言うのもありますが、私と一緒にダンジョンに潜って欲しいとお願いしたかったからです」


 改めて俺がもう片方の質問を投げ掛けると、禅上院先輩は今まで以上に真面目な顔を作り、深々と頭を下げて頼み込んできた。


「それは……俺とパーティーを組みたいと言うことですか?」


 パーティー――それは《冒険者》に与えられた権利の一つである。


 パーティーを組んだ《冒険者》同士は、ダンジョンで手に入れたポイント、アイテム、経験値などが平等に分配され、また転移門でダンジョンに入る際、同じ位置からスタートできると言ったメリットがある。

 あとは、ダンジョン内ではぐれた場合も、マップ機能を使えばお互いの位置を把握できることだろう。


 解消するのも簡単で、どちらかがデバイスでその手続きをすればよい。両者の同意は必要なく、一方的にパーティーを抜けられる。

 ついでに、両者が別々のダンジョンに同時に潜った時にもパーティーは解散されるのだが……こちらはあまり関係ないな。


 基本的には、複数人で行動を共にする《冒険者》たちの補助となるシステム……それがパーティー制度である。


 ただし、これは悪用すれば寄生――苦労もせず他人から成果だけを掠めとるような使い道もできるわけだ。

 俺には禅上院先輩がそんなことをする人には見えないけど、一応理由は聞いておいた方が良いだろう。


 俺が目線で続きを促すと、「実は――」と前置きしてから彼女は語り始める。


 それによると、切っ掛けはやはり昨日の『ダンジョン解放宣言』。

 俺と同じく、自宅で寛いでいた禅上院先輩の元にも、突然デバイスが送られてきたらしい。


「ちょうど自室にいたので、その時点では使用人の方も私が《冒険者》に選ばれたことを知りませんでした」


「使用人って……いや、続けて下さい」


 なんと言うか、改めて目の前の先輩が大金持ちのお嬢様であることを実感する。


「はい、それでですね……やっぱり《冒険者》になったからには、早速ダンジョンに潜りたいじゃないですか」


「その通りです、きっと俺たちはいい相棒になれるでしょう」


 ガッと、無意識のうちに距離を詰めていた俺は、戸惑う禅上院先輩の両手を握りしめた。

 素晴らしい、素晴らしいよ先輩。俺の中で初めて先輩の評価が上がった気がする。


「おっと、すみません。説明の続きをお願いします」


「え? あ、はい。そこまでは良かったんですけど……ダンジョンに潜っている間に、屋敷の使用人が私の不在に気づいてしまったようで」


「あ、何かわかった気がします」


 騒ぎを聞きつけた父が警察を呼んでしまったんです、と恥ずかしそうに顔を俯かせる禅上院先輩。

 しかしその姿を、俺はおかしいとは思わない。むしろ共感する。

 何故なら俺の父さんも、俺がダンジョンに転移した後、警察に通報していたからだ。


 お陰で俺は現実世界に帰還すると同時に、リビングで現場検証をしていた警察に拘束され、長々と警察署でお話しすることになった。

 恐らく彼女の方も、似たような目に遭ったはず。

 そう言えば別れ際、ボソリと名取さんが「お嬢ちゃん」と溢していたが、それが禅上院先輩のことなのだろう。


 疑問が解けて霧が晴れたような気分になった俺だが、当の先輩はまだ浮かなさそうな顔をしている。


「それでですね、警察署で任意の事情聴取を終えた私は、次に屋敷で父に現状を説明することになったのです」


「……オチが見えてきたんですが」


 どうしよう、俺の家と全く同じ流れだ。

 違うのは俺が家族を説得でき、察するに禅上院先輩の方は……。


「あんなに大声で叱られたのは初めてでした。もう危険な真似は一切するな、とキツく言い含められてしまいまして」


 ズーン、と下げていた顔を更に俯かせながら、彼女は暗雲を背負ったまま肩を落とす。


 まあ、普通はそうなるよなぁ。まだ情報も出揃っていない危険な場所に、好き好んで子供を向かわせるわけがない。

 俺の場合は自身の強い意思と、父さん以外の家族からのアシストがあったからだ。例外として捉えるべきだろう。


 俺は哀れみの視線を同志(せんぱい)に向けた。


 ……が。


「ですが、私の方も強弁しました。ダンジョンに潜れないなら、舌を咬みきって死んでやる……と」


「うぉい!? いきなり物騒っ!?」


 禅上院先輩の大胆すぎる発言に、俺は本日何度目かの驚愕を味わう。

 何だろう、もう俺には彼女のことがわからない。元々理解していたと言うほど、親しかった訳でもないけどさ。


 何故だかこちらの方が疲れた気分になりながらも、先輩の話は続く。


「そこでようやく折れてくれた父は、私に一つの条件を課しました」


「それが、二人以上の《冒険者》によるパーティーの結成……と言うわけですね」


「それに加えて、相手がこの町に在住しており身元を確認できる、というのもあります」


「それはまた……」


 厳しすぎる条件だ、と俺は口に出さず内心で留める。

 現在、あのウサギからの追加報告がない以上、《冒険者》の数は第一陣と同じ百人のままだろう。しかも、日本全土に散らばっているのだ。


 確率的に考えて、まず達成不可能な条件である。


 しかし、この町――いや、この高校には幸運にも……禅上院先輩の父にとっては不運にも、俺が在籍していた。

 条件を満たす人材を見つけてしまったのだ。


 ふと、考える。

 この場合、俺は彼女の提案を受けるべきかどうか。


 一人で自由気ままに、自分のペースでダンジョンを攻略できると言うのは魅力的だ。それに、何があっても自己責任の言葉でかたがつく。

 一方で、やはり仲間と共に戦うと言うのも捨てがたい。危険地帯で協力しあうからこそ、そこを抜けたときの喜びも大きくなるのだ。


 それに、と俺はこっそり表情を固くしている禅上院先輩の顔を盗み見た。

 俺と同じような境遇の彼女が、ダンジョンに潜れないのは少し寂しい。可哀想だと感じる。


 ふぅ……と、俺は最後に大きなため息をついてから、結論を述べる。


「わかりました、パーティーを組みましょう」


 俺は、禅上院先輩とパーティーを結成することを決めた。



 

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