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57 小鬼の迷宮2F-ボス戦4

 



 最後の障害だったゴブリンファイターを潜り抜け、俺はこの戦いを終わらせるべく床を蹴る。

 一直線に、脇目も振らず、ただひたすらにボスを目指す。アイツさえ倒せれば……それが叶わなくとも、せめて魔術の妨害さえ出来ればよいと、俺はゴブリンマジシャンを見据えた。


 その周囲に、最初の頃の取り巻きはいない。ゴブリンも、ゴブリンファイターも、他のパーティーメンバーの迎撃に手を取られていた。

 つまり今だけは、俺とボスの一対一の空間が出来上がっていると言うことである。


 絶好の好機? 違う、最後のチャンスだ。

 ここを逃せば、俺たちに勝利はなくなる。


「ぎぎゃぎぐげげ!? げへぎぎひゃっ!」


 自身へと近づいてくる俺の姿。この段階に至ってようやく、今まで散々に好き勝手してくれたゴブリンマジシャンの中でも、命のやり取りをしている危機感が生まれてくれたのか。

 何歩か後退り、先程までよりも幾分か早い調子で、ボスは何らかの叫び声を上げる。


 もしかしなくとも、魔術の詠唱を急いでいるのだろう。掲げられた杖の先には、発動の前兆たる淡い紅色の光が灯り始めていた。


「やら、せるかぁぁぁああっ!」


 その光景に、胸の内のありったけの思いを込めて、俺は雄叫びを上げる。何処にこんな余力が残っていたのかと、自分でも少し驚きながら更に走る足に力を入れた。

 ここまで来て疲労だ限界だなんて概念は、スッカリと頭から吹き飛んでいる。


 折れかけている杖を握り直しながら、俺はゴブリンマジシャンへと勢いそのままに殴りかかる。


 単純な、上段からの力任せな降り下ろし。評価できる点なんて、余計な思考や動作を省いたゆえの初動の早さくらいしかない、愚直すぎる一撃だ。

 それを真横にズレることで、当然のように回避するボス。石畳の床にぶつかった杖は、またピシリと不吉な音を立てた……けど。


「ま、だああぁぁああっ!」


「ぎゃ――がふぇっ!?」


 俺は反射的に手を伸ばすと、ボスの着ていた黒色のローブを掴みとる。その身体を強引に引き寄せると、背丈の関係上、手頃な位置にあった胸へと膝蹴りを叩き込んだ。

 鈍い感触が膝頭に伝わってくる。ミシリ、と骨が軋む音もだ。


 魔術師職が近接戦に弱いのは、《冒険者》も魔物も同じはず。

 並みのゴブリンよりは多少頑丈な、けれどもゴブリンファイターと比べれば圧倒的に脆い手応え……もとい足応えに、俺はその推測が当たっていたことを確信した。


 今さら手段なんて選んでられない。格好悪くても、泥臭くても、非効率でも、ここでコイツは俺が止めなくちゃいけなかった。


 俺の全力を乗せた蹴りに、ゴブリンマジシャンの口から掠れた呼気が漏れ出す。強制的に中断された詠唱に、完成しかけていた魔術が失敗した。

 ボスの杖から、まとわりついていた燐光が消えていく。


 ……けれども。


「ぐぎゃあぁぁあああ!」


「ふぐっ!?」


 一撃食らったことに激怒した様子で、ゴブリンマジシャンは俺の手を振り払う。

 続いて、報復とばかりに突き出されたのは、宝石の埋め込まれた杖の先端。違えることなく腹部を捉えてきたそれに、俺は息をつまらせた。


 衝撃が内臓を揺らし、ガクンと視界が揺れる。足が(もつ)れ、俺は数歩後退した。


 行動不能になるほどの一撃ではない。ただの打撃だ。怪我をしていたとしても、精々が打ち身程度だろう。

 しかし、それに付随していた鈍痛が、しつこく俺の身体にしがみついている。中々離れてくれない。


 思わずその場で(うずくま)りたくなる衝動に堪えるよう、俺は奥歯を噛み締めた。

 俯きそうな顔を気力で無理矢理持ち上げると、既に二撃目を振りかぶっているゴブリンマジシャンの姿が映る。


 咄嗟に俺も杖を掲げ、降り下ろしを受け止めた。


 幸いにも、俺とボスの間に、膂力自体の差はほとんどなかったようだ。多少の体勢を崩した程度で、俺はボスの攻撃を防ぐことに成功する。

 やはり後衛からの魔術行使に特化している分だけ、肉体方面はそれほど脅威に感じない。俺だけでも抑え込めるだろう。


 だが、それで装備の方は、ついに限界を迎えたようだ。

 バキリと乾いた音を立てて、中央から真っ二つに折れた木製の杖。カラリと、落ちた片方が床に転がる。


 もしかしたら、なんて淡い期待を抱いていなかったと言えば嘘になるだろう。あと少しだけ、この戦闘が終わるまでならば、持ってくれるのではないかと。

 また一つ、不利になった。


 けど……武器が壊れたから戦えないなんて、もう言い訳にならない。ここで引くことは出来ない。


「っぐ――杖が折れたくらいでなんだっ!」


 唾を飲み込みながら、俺は床に落ちた杖の片割れを左手で拾い上げ、再びボスへと駆け出す。

 間合いは短くなったが、武器として使用不可になった訳じゃない。殴打物としてなら、十分に機能する。


 俺は右で握り締めた元『杖の上半分』――現『木棒』を振り上げ、ゴブリンマジシャンへと叩きつけた。

 まさかこの状態になっても挑んでくるとは想定外だったのか、ボスは杖を頭上に掲げるよう構える……が、その動きは一拍だけ遅かった。


 ガツンッ、と木と木を打ち合わせる音が響く。ジンと右腕が痺れたが、些細なことだろう。

 俺はその隙に、左手で持っていた『杖の下半分』――もう一本の『木棒』を、ゴブリンマジシャンの顔に突き立てる。


「がふがっ!?」


「っ、外した!?」


 精密な狙いをつける暇はなかった。考えた末でもない、勢い任せの反射的な攻撃だ。

 そのせいで、前回の槍持ちゴブリンファイターのように眼球を潰すことは出来なかった。命中したのは乱杭歯の生えた口である。


 数本の牙をへし折りながら、ボスの口内へ差し込まれた木棒。

 ならば、せめてそのまま喉奥を刺し貫いてやろうと力を込めた……が、ゴブリンマジシャンは杖を支えていた片腕を離してまで、その腕を押さえにかかる。


 同時、に。


 俺たちのすぐ傍の床から、眩い光が立ち上がった。

 見間違えるはずもない。無限湧き――取り巻きが再出現する前兆である。


 ニイィィイ――と。

 心なしか、ボスの顔が愉悦に歪んだ気がした。俺の背に悪寒が走る。


 ここで敵の数が増えるなんて、冗談でも笑えなかった。

 ふざけるな。ようやく保っていた戦局なのだ。俺だけじゃない、とっくに他の仲間たちだってギリギリの綱渡り状態だ。


「くそ、沈めよ! ここで沈んでくれよ!」


 どうにかして、それまでに目の前のボスを倒さなければならない。

 掻き立てられた焦燥感に、俺は半ば祈るように叫びを上げる。右手も加えて、両腕で木棒を押し込みにかかった。


 それに対応し、ゴブリンマジシャンも杖を手放し、両手で俺に抵抗する。

 そうして単純明快、正々堂々、純粋な膂力勝負へと移る……訳がない。ここで決められなければ、死ぬのは俺だけじゃないのだ。


 唾棄すべき方法でもいい。汚い手段上等だ。

 とにかくコイツを殺せ。息の根を止めろ。その程度が出来なくて、どうやって皆を巻き込んだ責任を取ればいい。


 至近距離でお互いに両腕が塞がっているのを良いことに、俺はボスの胴体へと一方的に蹴りを放った。

 何度も何度も、足に肉を叩く感覚が走る。

 その度に徐々に押し込まれていく木棒の先端だが、相手も崖っぷちなのは変わらない。これまで以上の力で、予想外の反抗をしてくる。


 ――早く。早く早く、早く早く早くっ!


 頭の中では、ガンガンと警鐘と悲鳴が響き渡っていた。狭まった視界が真っ赤に染まり、軋み始めた身体には血液が逆流しているかのような錯覚さえ感じる。

 けれど、腕は遅々として進まない。逆に転移門の光は、その間にもどんどん強くなっていく。


 そして、

 ついに、

 新たなゴブリンの、


 産声が、届きかけて来て――










「――【忍術・影渡り】」


 直後、ここで聞こえるはずがないと思っていた少女の声を、俺は耳にした。

 トスリと軽い音と共に、響きかけていたゴブリンの声が宙に吸い込まれるよう小さくなり、消えていく。


「え……?」


「…………が、げ……へっ?」


 信じられない。

 はたして、それは俺とゴブリンマジシャン、どちらの心境だったのだろうか。


 拮抗していたはずの力比べ。その相手であったボスの背後の床の影から、飛び出しているのは白銀の刃だ。

 光を受けて煌めく鋭い切っ先は、見紛うことなくゴブリンマジシャンの背中に突き立っていた。


「げがっ……が……、……っ……」


 細かに痙攣し、力が抜け、口の端から真っ赤な血を流し始めたボス。やがて、その瞳からは光が消え、だらりと木棒を押さえていた腕が垂れる。

 その遷移を、俺はただ眺めることしか出来なかった。


 けれど、そうしている内に、影はやがて厚みをもって浮き上がり、形が変わり、色付き……。


「……ベル?」


 俺が聞いた声の持ち主である彼女――ベルの姿となった。


 何故、どうして、これはなんだと、頭の中を疑問符が埋め尽くしていく。

 少なくとも、俺はベルがこのような能力を有していたなど知らない。事前に聞いていなかった。


 脳が現実を理解できない。唐突すぎる現状についていけず、訳がわからなくなる。

 けど、一つだけ確かな事があった。


 この戦いの終止符を打ったのは、俺ではなくベルであることだ。


 周囲を見渡してみれば、ボスが倒されたことによって、生き残っていた魔物達が光の粒子へと還っていく光景が広がっていた。

 それは何処か幻想的な景色で、俺たちが第二階層を攻略した証もあった……けど、さぁ。


「……ははっ。これって、俺が情けなさすぎない? 空回りして、無駄に突っ走って、最後まで全部仲間頼りで……どうしようもないぞ」


 ある意味では、アンマリと言えばアンマリな結末。

 これでも色々とない頭を使って、出来る限りの努力を重ねてきたつもりだったんだが。


 もう乾いた笑みしか湧いてこない。頬をひきつらせ、俺は誰にともなく呟いた。

 結局、彼女は一人でも立ち上がれたのだ。変われているのだ。俺の助けなんて、必要なかった。


 出来の悪い道化と……否、それ以下だ嘲笑われても何も反論できない。


 だが、それを否定してくれたのは、他でもないベル本人だった。


「違う、よ……ベルは、ソーマが居てくれたから……こうしてこの場にいるの。この結果は、ソーマが引き寄せたんだよ……?」


「……そっか」


 一言だけ、俺は吐き出した。


 本当にそのように思ってくれているのなら、俺も少しは救われる。

 俺の今までの行動は無意味ではなかったのだと、チョットくらいは考えても良いのだろうか?


 対して、そう言って静かに首を振ってくれたベルは、やがて迷うように視線を彷徨わせる。

 俺が訝しげに眉をひそめると、やや間を開けてから彼女は不安げに尋ねてきた。


「あの、それで……ベルは、変われてる……かな? これからもソーマ達と一緒に、いられるかな……?」


「…………」


 その質問に、俺は呆気に取られてベルを見つめ返した。

 そして、もう的外れすぎる問いかけに苦笑しながら、自信をもって答える。


「間違いないよ。ベルは変われてる……あと、こんな不甲斐ない俺でよかったら、是非これからもパーティーを組んで欲しい」


「……っ。ベルは、変われてる……変われてる、んだね」


 俺の言葉を真似するよう、一言一言を味わうよう繰り返しながら、彼女はクシャリと顔を歪める。


 ホロリ、と。その頬には雫が伝っていた。


 そんな彼女から目を逸らしながら、俺は床に倒れ込む。もうクタクタである。指一本さえ満足に動かせない。

 精魂使い果たした、なんて言葉でも言い表せないだろう。寿命を削るような思いを何度も味わう羽目になった。


 けど、それでも、だけど、しかし――


「勝った……勝てたよ、このやろう……」


 ジンワリと、俺は滲み始めた視界を腕で隠す。


 第二階層を、たった三日で攻略してやった。

 その達成感に、俺は震える言葉を漏らしたのだった。



 

 

・今戦のソーマのまとめ。

 召喚士(召喚術)

 →召喚士(杖術)

 →召喚士(素手)

 →召喚士(棒)

 →召喚士(蹴り)


 ……いや、本気でなんだこれは(困惑

 おかしい、当初は正道をいく召喚士にするつもりだったのに。もうタグに『召喚士(物理)』を入れるか悩むレベル。


 次回からは説明回になります。ソーマの考えやら無茶した理由とか、色々と上手く伝えられたら……いいな。

 

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