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55 小鬼の迷宮2F-ボス戦2

・前回のまとめ

 やはりゴブリンは卑怯だった。


 現状、戦力比較。


 ソーマLv17     マジシャンLv16

 カエデLv17  VS  ファイターLv13×5

 ベルLv16      取り巻きLv10×25

 クロLv16

 召喚獣Lv1×4

 

 



「――全員、全力で“散開しろっ”!」


「「「っ!」」」


 その俺の悲鳴に近い命令に、弾かれるように回避行動へと移るパーティーメンバー達。

 直前で強化しておいた【指揮】の身体能力補助の効果も合わさり、ギリギリのところで、彼女達は撃ち込まれた炎弾を躱すことができた。


 俺自身も、召喚獣の中でもっとも打たれ弱いブランをローブの内側に庇いつつ、上空から炎が降り注ぐ空間を駆け抜ける。

 寸前まで自分が立っていた場所に落ち、メラリと火を立ち上らせ石畳を焼く魔術。その光景にゾッとする思いを味わいながらも、俺は走ることを止めない。止められない。


 ――【炎術】レベルⅠ、『ファイアブレット』。


 直径三十センチほどの炎の塊を産み出し、それを対象に向かって撃ち出す、見る方にも効果が分かりやすい単純な魔術だ。


 前日までパーティーに加わっていたレイナさんも頻繁に使用するそれは、本人曰く、威力と精神力の消費バランスが取れた、使い勝手の良い魔術らしい。

 多分、今の俺なら一発だけなら直撃しても耐えられるだろう。《冒険者》としてレベルが上がれば、肉体の耐久性も向上するのだから。


 しかし、そんなものが十数発、あるいは数十発という密度で放たれているのだ。

 下手に立ち止まれば、たちまちの内に黒焦げになってしまう。


 事前に考えていた陣形なんて、もうとっくに崩壊していた。

 ブラン以外の召喚獣達も、カエデも、ベルも、姿は見えなくなっているが恐らくはクロも、各々がこの状況を凌ぐことで精一杯になっている。


「チクショウ、早速乱戦模様じゃないか!」


 一応、想定はしてたけどさぁ! だからこそ【杖術】も取ったけどさぁ! それでも望んではいなかったんだよ!

 俺は忌々しげに叫びながら、なんとか周囲を見渡して戦況の把握に努めようとする。


 つか、クロの奴は本当に大丈夫だよな?


 範囲攻撃を仕掛けてくるボスも可能性としては考えられたから、パーティー組んで経験値稼がせて、レベルも最低限のラインまで上げさせた。

 本当に危険になったら、何らかの方法で俺達に伝えるか、それが駄目なら撤退しろとは言ってあるが……駄目だ、今はアイツの逃げ足と影の薄さを信じるしかないか。


「ブランっ、“グライスの援護を任せる”! グライスは援護が入り次第、“【挑発】で敵の前衛を引き付けろ”っ!」


「……、…………!」


 とにかく、今は前線の再構築を急がせるのみ。


 数秒が数十秒にも数分にも感じられる時間が過ぎ去り、ようやく炎の雨が止んだボス部屋。

 その中で、まず俺は前衛の要でもあるグライスへと指示を送る。


 だが、相手には同格であるゴブリンファイターも複数混じっているのだ。単独では止められまい。

 ゆえに、俺は【祝福】の技能持ちであるブランをその補助につける。【指揮】の強化と合わせれば、ある程度の有余くらいは稼げるはずだ。


 今回ばかりは、他のことに興味を引かれている暇もなかったのだろう。真剣な顔で頷いた彼女は、普段の倍以上の速度でグライスへと飛んでいった。


 ああ、全く。準備不足が嫌になる。

 これも全て、時間が足りないのが悪いんだ。


「ぎゃぎゃげへっ!」


「うっさい!」


「ふげっ!?」


 その間にも、俺は斬りかかってきた大剣持ちゴブリンの攻撃を、横に一歩ずれることで避ける。

 ついでにソイツの足を掬うよう杖で払い、仰向けに倒れ込んだところで手首を返す。クルリと反転した先端部を勢いそのままにゴブリンの喉に突き立て、体重を乗せて押し潰した。


 ボグギッ、と杖を通して伝わる骨を砕いた感触。それに、おや……と俺は一瞬だけ片眉を持ち上げる。

 どうやら、【杖術】を習得した恩恵は確実にあったようだ。

 殴るか突くくらいにしか扱えていなかった杖だが、今ではこれまで以上に自由に振るえている感覚がある。


 なんと言うか、手に馴染むのだ。


 流石に、長年の修練を積んできた達人の如く、手足のように自在に繰れる訳ではない。

 が、それでも不利な要素が満載なこの状況で、それは心強い知らせだった。


「とは言え、まだ単独で仕留めるのには苦労しそうだけど――なぁっ!」


「くぎゃげっ!?」


 続く棍棒持ちのゴブリン。その手首を強く打ち据えて武器を落とさせた俺は、流れるよう無防備となった個体の顎をかちあげる。

 本当なら、ここで追撃をかけてキッチリ息の根を止めてやりたいが……生憎と、後続が迫っていた。


 クラリと脳を揺らされ、足元をふらつかせる小鬼。

 俺はその胴体を蹴り飛ばして、近寄ってきた集団と無理やりに距離をとった――ら。


「がひゃっ!?」


「あ……」


「ががぎっ!?」


 背後に控えていた仲間が手にしていた槍の穂先に腹部を貫かれ、棍棒持ちだったゴブリンが血を吐いた。同士討ち美味しいですウマウマ。

 まあ、数が多ければこんなこともあるよな。

 槍は間合いが広い分、後ろからの援護がしやすいのだろうけど……今回は、その思惑が仇となった形だ。まさにザマァ。とても気分がよかった。


 けれども、いつまでもそんな望外の幸運に感謝している場合ではない。

 周囲を囲まれないよう意識を割きながら、俺は集団の後方で動きを見せないボスの様子を確認する。


 ……いや、あれは違う。


 ゴブリンマジシャンは、動かなかったのではない。動く必要がなかっただけだ。


「がぎゃぐが、げげかぎか、ぎゃくぎゃだ――」


「ちっ、二度目の魔術か!」


 気づけば祈るよう杖を正面に掲げ、長々と何かを呟いていたボス。どう考えても、魔術の詠唱をしているとしか思えない。


 誰か止められる者は……と視線を彷徨(さまよ)わせるが、グライスとブランは協力し、ゴブリンファイター三匹を含めた大量の敵を牽制中。カエデとクロードも残りの二匹と相対しており、手が離せない。

 ならばベルとヒスイは――と、俺は彼女達の姿を探す。


 が、その時には既に遅かった。


「がぐぎゃげがっ!」


 再びボス部屋内に襲いかかる、炎弾の豪雨。しかも、一回目と比べて広範囲に渡って、さらに一発一発の密度を増す形でだ。

 取り巻きの味方すら巻き込む形で放たれた魔術は、無作為に火と熱と紅を撒き散らした。


「がぎゃげがっ!?」


「ぎへぶぎゅっ!?」


 当然、配下のゴブリン達も、ゴブリンマジシャンが容赦の欠片もなく撃ち放った攻撃に逃げ惑うことになる。

 避けきれなかった個体もいたのだろう。時折、肉が焼ける臭いと音、そして彼らの叫び声が鼓膜と鼻孔を直撃した。


 非道ではある……が、あながち下策とは言い切れないな。


 なにせ、ボスにとって取り巻きとは、時間と共に『無限湧き』する部下であるのだから。

 どれだけ途中で消耗しようと、最終的に自分さえ生き残っていれば勝利なのだ。同時に、回避を妨害する障害物(・・・)は多い方が、敵への命中率も上がる。


 俺たち《冒険者》には、絶対に真似できない戦闘方法である。


「全員、戦闘を中断して“魔術を避けることに専念しろ”!」


 息を吸い込み、俺は部屋全体に届けとばかりに大声を張り上げた。


 本来なら、対象の現状も確認せずに強制力の伴う【指揮】を使うのは、決して褒められた行為じゃない。そんなことは百も承知だ。

 だが、理解していても使わざるを得ないのが、今の状況でもある。


「はっ……、はっ……やっぱりっ、あのボスを早急にどうにかしないとっ……じり貧だなっ!」


 俺自身も頭上から襲ってくる魔術を躱すため、死に物狂いで足を動かした。全力疾走で息が辛い。

 意識して口を開き、無理やりに呼吸を行えば、胸を満たすのは熱く焼け焦げ澱んだ空気ばかり。匂いもキツい。吐き気が込み上げてくる。


 せっかくグライスを中心に組み上げかけていた前線も、今の一撃でまたもや崩壊していた。

 誰も他者を気にかける余裕のない戦場。その中で、ただ一匹、ゴブリンマジシャンの嘲笑にも似た声だけが響いている。


 動ける仲間はいない。誰にもそんな余裕はない。自分のことで手一杯だ。


 ――なら、まだ手が空いている俺がどうにかするしかない……のか?


 ガンガンと、頭の中で痛みが走る。危険な思考に、警鐘を鳴らしているのが聞こえる。

 馬鹿かお前は、魔術師職が前線に出てどうする――と、冷静な意識が反論をぶつけてくる。


 時期を待て。落ち着いて考えろ。冷静さを失うな。耐えていれば必ず好機は訪れるはずだ。自分から危険地帯に踏み込むんじゃない……と。

 繰り返される否定文。その全てが俺の足を縫い止め、この場に留まらせようとしていた。


 ――だけど。


 ギリッ、と俺は奥歯を噛み締める。


「俺が動かなきゃ、この現状を変えられないんだよ!」


 ここで蹲って逃げ続けても、状況に変わりはない。

 現状維持は出来るだろう。けど、そこから先の展望がなかった。むしろ相手は『無限湧き』によって補充されるのに対し、こちらは疲労ばかりが蓄積してどんどん不利になっていく。


 出来る事をやるしかない。

 やれる事をするしかないのだ。


 俺はここ数日、何度も自身へと唱え続けていた言葉を思い出した。全てはこの戦いで勝つために。

 歩みを止めるな。掴みたい願いがあるのなら、前に進む事でしか活路は拓けない。他人任せなんて真っ平御免だ。


 俺は意を決すると、未だに炎弾降り注ぐボス部屋を走り出した。


 無論、そんな俺をボスに近付けまいと、何匹ものゴブリン達が前方を遮っていく。

 もしかしたら、ただ炎から逃げ惑っていた結果、偶然そのような位置関係になったのかもしれないが……知ったことじゃない。


「ぎゃがっ!? ぎへがへへっ!」


「――っ! ゴブリン如きが、俺の邪魔をしてんじゃねぇぇぇええっ!」


 ブツリ、と。


 その姿に、俺の中で何かが引き千切れる。

 この戦闘が始まってからだけではない。そのずっと前……ベルに出会ってから今までに溜めに溜め込んでいた、鬱憤や、鬱屈や、不満や、不服や、その他もろもろの感情が一気に噴出した。


 力任せに、俺は一番手近にいたゴブリンの頭を杖で殴り付ける。奇妙な方向に首を曲げたソイツを押し退けて、更に俺は前進した。


 走れ、踏み出せ、前へと駆けろ。一歩でも進め。

 例え僅かな歩みだとしても、それを積み重ねていれば、いつか必ず目標へと辿り着けるのだから。


 だが、その進路を塞ぐかのよう、今度は大剣持ちと槍持ち、二匹のゴブリンファイターが俺の目の前に割って入る。先程まで、グライスが受け持っていた内の一部だ。

 無理やりに魔術の雨を越えてきたからだろう。その身体の一部には火傷を負っており、現在進行形で【自己回復】の技能が働いているのが見える。


 ボスを守らなければと言う意識が、グライスに向けていた敵愾心を振り切ったか。

 いや……そもそもグライスとて、今は炎弾を躱すことに集中している身だ。その上でこれを引き付けることまで要求するのは、些か酷と言うものだろう。


 コイツらの目的は、明らかに足止め。ボスの詠唱時間を稼ぐためだけの壁だ。

 そんな連中に付き合っている暇など、俺にはない。


「「げがっ、ぎゃがくけぎぎっ!」」


「そこを、退けえぇぇえぇええ!」


 ジリジリと挟み込むような位置取りをしようとしていた魔物達に、俺は吠え立てながら強引に距離を詰める。


 槍持ちが突進する俺を牽制しようと、手にしていた槍で突きを放ってきた。狙いは胸である。

 それに身を翻しつつ、俺は途中で杖を打ち合わせて軌道を逸らす。懐へと入り、顔面――そこでも特に柔らかい眼孔へと杖を突き出した。


 グブチュ――と、生々しい手応えが返ってくる。


「が――ぎゃぎぎゃぁぁあああっ!」


 眼球を一つ潰された痛みに、悲鳴をあげるゴブリン。

 力の入れ具合が足りなかったのか、それとも角度が悪かったのか。一息に脳を破壊して仕留められなかったことに舌を打ちながら、俺は杖を引き抜く。


 すると同時、背後から風を斬る轟音が届いてきた。

 咄嗟に横へと倒れ込むよう転がると、少し前まで俺の首があった位置を大剣の刃が通りすぎていく。


「げがっぁあぁぁああ!」


 仲間が傷つけられた怒りからか、やや単調になりながらも凄まじい気迫で剣を振るう、もう一匹のゴブリンファイター。

 その斬撃を必死になって回避しながら、俺はチリチリと焦燥感を募らせていく。


 ――このままでは間に合わない。


 レベル差があるから、正面から対峙すれば俺とゴブリンファイターでもそこそこの勝負にはなる。

 けど、それはあくまで『そこそこ』の範疇でしかなかった。


 後衛職が近接戦で立ち回れても、そこから先に進めない。圧倒できない。倒せない。


「っ、ああぁぁぁああああぁああっっ!!」


 その苛立ちを込めて、俺は杖を叩きつける。当然、大振りな一撃は剣の腹を盾に防がれた。


 同時に――ミシリッ、と嫌な音が杖から聞こえてきた。無意識の内に息が詰まる。


 それは考えてみれば、当たり前の帰結であった。


 俺が装備しているのは本来、殴るためのモノではない。魔術の補助を目的とするモノだ。

 むしろ、今までが良く持っていたと言うべきなのだろう。使用法を違えていれば、こうなるのも自然な流れ。


 だが、だけど……それでも、ここで限界が来るのかよ。


 手のひらの中で致命的なヒビが入っていく杖を前に、俺は言い表せない思いと共に唇を噛みきる。

 それを好機だと捉えたのか、大剣持ちのゴブリンファイターは一気に力を込めて俺を弾き飛ばした。


 これ以上は下手に打ち合えない。俺はただひたすらに回避へと専念するが、やはりそれでは時間ばかりが過ぎていく。

 そして、気づけば俺が片目を潰した槍持ちのゴブリンファイターも、ついに痛みから復帰していた。無事な方の瞳を憎悪にたぎらせ、俺の背後へと回り込もうとしている。


 不味い、なんて状況ではない。不味すぎる。


 ゴブリンファイター相手に二対一。戦場は混乱に続く混乱で乱戦に突入しており、全体の把握なんて出来るはずがなかった。

 そして、戦況を理解していない指揮官が下す命令ほど、無意味……否、無益どころか不利益になるモノもない。


 つまり、俺にはこの場を切り抜ける手段がない。


「ががぎゃあぁああっ!」


「っ!」


 背中から襲い掛かってきた穂先を、ギリギリのところで身を捻って躱す。

 しかし、完璧には避けきれなかったようだ。ローブが一部切り裂かれてしまった。微かな痛みも脇腹に走る。


 どうすればいい。

 どうすれば、この状況を引っくり返せる?


 思考を全力で回転させるが、良案なんて土壇場で思い付くものでもない。俺が機転のきく人間なら、最初からもっと上手く立ち回れているはずだ。


 ……撤退、するしかないのか?


 ジワリ……と、敗北の可能性が頭を持ち上げる。

 今なら、まだ致命的な失敗を犯さずにすむ。命だけは守り通せる。

 けれど、それは今回の計画も失敗に終わることを意味していた。


 たくさんの人の力を借りて、たくさんの苦労を掛けて、ようやくここまで辿り着けたのに。

 なにより、ベルが自分から変わろうとしてくれているのに。


 今しかないのだ。このタイミングでしか、勝つ意味がないのだ。


 その努力を、現実を、成果を、誰よりも『俺』が無駄にしたくない。実を結んで欲しかった。





 そし、て――


「ソーマさんっ!」


 目の前が暗雲に閉ざされ掛けていた俺の鼓膜を、カエデの張り上げた声が震わせた。

 姿は見えない。場所もわからない。探す暇もない。

 ただ、間違いなくこの場で俺達と共に戦っているはずの彼女は、有らん限りの大声で叫んでいた。


「申し訳ないですが、これから私はソーマさんの指揮を外れます! 次から指示を出すときは、その事を念頭に置いておいてください!」


 一体、何をするつもりなのか。


 それを、俺が理解しきる前に――


「――【狂化】っ!」


 カエデは俺の知る限り、二度目の【狂化】を発動させた。



 

 

 現状まとめ。


 ソーマ――乱戦につき戦況を把握できず、し直しても広範囲魔術で再び引っ掻き回される。【指揮】が使えず味方も動けないので、自らボス討伐を目指す。

 カエデ――指揮が貰えないので、【狂化】を発動させて一発逆転を狙う。

 ベル――魔術を回避しつつ、自身に襲い掛かってくるゴブリンを一人で迎撃。

 クロ――不明。多分生きてる。


 クロード――魔術を回避しつつ、ゴブリンファイター一匹と戦闘中。

 ヒスイ――空中位置という関係上、ボスから警戒されて集中的に魔術で狙われている。回避に必死。

 グライス&ブラン――頑張って敵の大半を引き付ける。でも魔術が降り注ぐ度に振り出しに戻る。



 結論。

 ゴブリンマジシャンを早急にどうにかしないと、建て直しは無理。むしろ取り巻きの無限湧きと疲労でどんどん不利になる。

 

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