54 小鬼の迷宮2F-ボス戦1
「扉……ですね」
「扉ッスね」
「大きな……扉」
「ああ、扉だな……って、前にもこんな会話があったような?」
横一列に綺麗に並びながら、カエデ、クロ、ベルと、順番に発言していく俺たち。その見上げる視線の先には、第一階層の時と同じく、巨大な扉が控えていた。
ただし、石造りだった下層とは違い、ここの扉は鈍い光沢を放つ金属製だった訳だが。
相変わらずの威容を備えた、存在するかも知れない巨人専用かと見紛うほどの大きな扉。縦に四メートル以上、横にも同じくらいはあるだろう。
両脇には同材質の支柱が立ち、扉の表面と同様に繊細な彫刻が施されていた。それが言い表せない威圧感となって、見る者に畏怖を抱かせる。
第一階層の時は細かく観察する機会が巡ってこなかったのだが、こうして落ち着いて掘り込まれている図案を眺めてみると、図形や絵画と言うよりは何らかの文字が羅列されているように見えるな。
まあ、別に俺の目的は扉そのものではなく、その奥で待ち構えているはずの階層主だ。彫刻について考えるのはここまでにしておこう。
ようやく見つけたボス部屋へと、俺は一歩前に近付く。扉に触れてみると、ひんやりと冷たい感触が返ってきた。
俺は知っている。この扉は見た目によらず軽い手応えで、最初だけ力を込めれば残りは勝手に開いていくことを。
このまま手のひらを押し込めば、すぐにでもボス戦が始まるだろう……けど。
焦るな。このまま突っ込んでは、あの時と同じだ。
自分自身に言い聞かせるよう、俺はそう口の中で一度呟いてから頭を振った。腕から力を抜き、ひとまず湧き上がってくる緊張感を捨て去るよう大きく息を吐く。
「それじゃあ、この場でボス戦前の準備を兼ねた、最後の小休憩をとるよ。周囲の警戒は怠らずにね」
「了解しました、ソーマさん……それにしても、このまま勢いで突入しなくて良かったですよ。止めなければならなかったので」
「おいこらちょっと待て、仮定がおかしい。それは俺の役割で、前も突撃したのはカエデの方だったはずだ」
「「……?」」
小さく微笑を漏らしたカエデに、俺は不満げに彼女を振り向きながら反論する。
失敬な。あの時だって、無策でボスに挑もうとしたのはカエデの方だったじゃないか。俺は止めた側だぞ。
……まあ、結局は俺も流されてしまった時点で、同罪なのだろうけど。
初めての第一階層ボス戦にして、初めての心理的な敗北。それを共にしたカエデとの間でこそ通じる会話だったが、あとの二人は知るはずもない話だ。
俺は疑問符を浮かべていたクロとベルに、何でもないと苦笑しながら首を振った。
それから俺はデバイスを物質化させ、休憩をかねたポイントによるボス戦前最後の自己強化を開始する。
とは言え、今回はそこまで悩む点はないのだが。
俺は現時点での所有ポイントが十分に足りていることを確かめると、それを迷わず『召喚枠拡張』の項目に注ぎ込んだ。それも二度だ。
こと、この段階に至って継続戦闘時間などという言葉を持ち出す気はない。俺の全力――召喚獣全てで当たらせて貰おうか。
クロード、ヒスイ、グライス、ブラン……都合四体に及ぶ戦力は、合計すれば下手な《冒険者》すら上回ることだろう。それだけの投資をしているのだから、当たり前だとも言えたが。
ポイントの残りは、2400ほどか……一昨日には一度スッカラカンにしたはずなのに、この二日でまた5000ポイント近くも稼いだことになる。
第一階層では休日一日粘って、調子の良い日でなんとか1500を越えるかどうか。平日ではどう頑張っても四桁には届かなかったので、単純な比較では二倍以上の効率を叩き出していることになる。
とは言え、それもパーティーを組んで立ち回っているからなのだろうけど。しかもクロードの索敵能力込みでの話だ。
普段は緊急時用に1000ポイントほどは確保しているのだが、ここで出し惜しみをする必要性もない。全部使ってしまおう。
俺は召喚枠拡張に続いて、自身の【分析Ⅱ】を800ポイントで強化し、レベルをⅢへ。更に【指揮】を1000ポイントでレベルⅡへとあげる。
最後に余った分は……そうだな、念願の【杖術】を習得してしまおうか。
今更、全く新しい技能を取ったところで、使い勝手を試す暇もない。ぶっつけ本番になるくらいなら、既存の能力の底上げを目指した方が良い。
特に今回は初見の魔物が相手になるだろうから、【分析】の技能は絶対に上げておきたかった。
これで恐らく、特殊技能の欄まで覗けるようになったはず……多分。
【杖術】については最悪、ボス戦が乱戦にまで縺れ込んだ場合に、俺の身を守る護身術が欲しかったからだ。俺が沈むと召喚獣達まで消えて、残りのパーティーメンバーが一気に不利になる。
本当なら、召喚獣たちのレベル上げもしたかったんだけどな。もっとも少ないヒスイで、2000ポイントも必要だった。冗談じゃねぇ。
他の面々も、クロードが3000、グライスが2500、ブランに至っては4000とか……正直、『ぼったくりもここに極まれり』なんて思いだ。
いや、しかし愚痴ばかり零していても仕方がない。
俺はデバイスを消し、もう片方の手で握っていた杖を、感触を確かめるよう何度かその場で振ってみる。
「ふむ……特に変わった感じはしないか。杖を扱う技術自体は取得しているはずだが」
多少、音が良くなったかな? といった程度の変化に、俺は首を傾げて疑問を口にする。
強化していった際の、派手で強力な武技にばかり目がいきがちな武術系技能。
だが、その本来の効果は素人にも対応する武器に関する、一定以上の技術を与えることだ。
早い話が、即席的学習機能。まことに残念ながら、勉強には応用できません。
こうも簡単に覚えられてしまうと、毎日地道に鍛練を積んでいる本物の武術家達に申し訳なく感じてしまうが……まあ、そんな不正でもしなければ、一般人が魔物とまともに戦えるわけがないか。
頭の中ではそんなことを考えつつ、気付けば程よい時間が経っていたようだ。
どうやら俺が最後らしい。すでに準備を終えていた面々を見渡して、背筋をグッと伸ばす。
限られた時間の中で、出来るだけの事はしてきた。本音を言えばあと一週間は欲しかったし、どう判断したって準備不足は否めない。
けれど、それでもやるしかない。危険だろうと何だろうと、ここで勝つしかないのだ。
立ちっぱなしで固くなった身体を解し、気合いを入れ直すつもりで頬を叩いてから、俺は皆に声をかけた。
「よし……じゃあ、いよいよボス戦を始めるか。でも、これは俺の我が儘でもあるから、退きたかったら今の内に申告してくれよ? 無理強いはしないからな?」
「その問いは今更過ぎますよ、ソーマさん。ここにいる全員で、頑張りましょう!」
「その通りッス! 僕もテンションが上がって仕方ないッスよ! 戦えはしないッスけど、その分だけバッチリとソーマっち達の勇姿を激写するッスから!」
「負けない……絶対に、勝つ……っ」
その合図に、待ってましたと言わんばかりの返事がそれぞれから上がる。
彼女たちの顔からは、不安や怯えといったものが一切見受けられなかった。ただ単純に、これからの戦いに向けた興奮と闘志だけが溢れている。
心強い。
半ば俺が強引に付き合わせたようなこのボス戦だけど、カエデ達がいてくれて本当に良かったと思う。
そして、それゆえに後戻りも、失敗も、敗北も許されない……とも。
「――【召喚・《黒狼》・《魔梟》・《小鬼騎士》・《妖精天使》】っ!」
俺は手のひらに滲んだ汗を拭ってから、契約を結んでいるすべての召喚獣を一斉に呼び出した。
唸りを上げる黒狼が、空を羽ばたく魔梟が、槍と盾を構えた小鬼が、気紛れに浮かぶ妖精が。
一見するだけでは、共通点もあったものじゃない召喚獣達が並ぶ姿というのは、ある意味では物珍しくもあり、圧巻でもある。
俺は背後を振り返り、扉の取っ手へと手をかけた。ゆっくりと力を込めていくと、途中からは扉の方が勝手に開いていく。
その光景は、まるでボスの方から俺たちを誘っているかのようにも感じられた。
一歩、俺は室内へと足を踏み出す。
どうやら内部は外の扉と同じく、下層よりも幾分か内装に凝っているようだった。
広さはこれまで通り過ぎてきた、どの小部屋よりも大きいだろう。高校の体育館よりも広いかもしれない。
松明の代わりに空間を照らしているのは、壁に吊るされた数え切れない程の古臭い照明具だ。透明な硝子の器の中には、小さな火種が揺らめきながら燃えている。
そして、俺達全員がボス部屋へ入ると同時に――部屋の中心で、転移門が開く。
「っ……光が多いな。それに門自体も大きい」
そこから溢れだした光の粒子の量、加えて転移門の大きさに、俺は警戒心を一段階引き上げながら警告を皆に飛ばす。
光が多いということは、つまりそれだけ転移してくる相手が巨大か、もしくは数が多いということで――
「ぎゃぐげげげぇっ!」
「がぎゃっ! ぎゃががっ!」
やがて、眉を顰めながらその光景を見つめていた俺の視界に映り込んできたのは、第一階層のボスであったゴブリンファイター……だけではなかった。
「……お、おーいおい。これはまた、随分と大仰なお出迎えじゃないのか?」
頬が引きつるのを自覚する。
いやまあ、それ相応の相手が出てくるのは覚悟していたのだが、これは少し想定外だった。
二匹目、三匹目、四匹目――と、続々と姿を表すゴブリンファイター『達』。
最終的には、剣と小盾持ち、槍持ち、大剣持ち、大斧持ち、棍棒持ちの総勢五匹に、それぞれの傍でお揃いの武器を構えた下位のゴブリンたちが五匹づつ。計三十匹の魔物の軍団が、俺たちの目の前に出来上がっていた。
即座に強化したばかりの【分析】を発動させると、ゴブリンファイターはレベル十三、配下の武器持ちゴブリンはレベル十である。
個人の質では間違いなく勝っているだろう。だが、その数の差は余りにも大きい。
否……大丈夫、大丈夫だ。怯えるな。倒したことのある相手が、徒党を組んできただけだ。ありがたく、全部ポイントに変えてやれば良いじゃないか。
反射的に竦みかけた思考を叱咤しながら、俺は杖を握り直す。
大群を一度に相手取った経験ならば、第一階層でベルを救出した際にこれ以上のものを体験している。少し全体的に強化されて、強い個体が混じった程度で混乱するな。
俺はまだ魔物たちが状況を把握しきる前に、自陣に有利な流れを作ってしまおうと口を開きかけた。
――が。
俺はまだ知らなかった。
ここまで登場したゴブリンたちが、ボス本体ではなく、すべてただの取り巻きであったことを。
「ぐぎゃぎゃげげけっー!」
と。
戦闘体制へと移行しつつあった俺たちの耳に、また一匹、新たな魔物の声が届く。
慌てて俺が、発生源であるゴブリンたちの群れ――その一番奥に視線を向ければ、そこでは見たことのない赤い肌をした個体が、先端部に宝石のついた杖を掲げて叫んでいるところであった。
体格はゴブリンファイターよりも、やや小さいだろう。通常個体よりは大きいが、精々が一メートル強といったところ。
枯れ枝のように細い身体を覆うのは、薄汚れてはいても黒色のローブ。歴とした衣服である。
顔立ちは種族共通して醜いままだ……が、その額から突き出した角は、今まで戦ってきたどのゴブリンよりも大きかった。
直感的に悟る。アイツがこの部屋の主であると。
再び、俺はその個体へと向けて【分析】を発動した。
――――――――――
名称:小鬼魔術師
レベル:16
特殊技能:【炎術Ⅲ】【瞑想】【精神回復】
属性:???
弱点属性:???
――――――――――
「――っ!」
そして、愕然とする。
格好から、魔術を扱う魔物なのでは、との予想は立てられた。立てられたが……。
――【炎術Ⅲ】。
特殊技能欄に表示されたその文字に、俺は背筋が凍りつく思いを味わう。
技能レベルが、今まで出会ってきた誰よりも高い。
つまり、それはあのゴブリンは【炎術】に限定すれば、俺が見知っている誰よりも魔術師としての高みにいるということでもある。
もしも……あの叫び声だと思っていたモノが、魔術の詠唱だったとしたら。
全身を、嫌な予感が駆け抜けていった。
「――全員、全力で“散開しろっ”!」
咄嗟に傍で浮かんでいたブランを引き寄せ、自身のローブの中に引きずり込みながら俺は【指揮】の技能を乗せて叫ぶ。
同時に、俺たちへと紅蓮の弾丸が降り注いだ。




