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53 小鬼の迷宮2F-8

 



 その日は結局、最終的には予想通り全体の八分の一程度を埋め終わったところで探索が終了した。

 なお、ボス部屋は見つけられていない。


 階層を守護するボスなんだから、ダンジョンの中央に居るんじゃないかな、なんて単純極まりない推測で中心部を目指していたのだが、どうにもその予想は外れていたらしい。

 あくまで勝手な予測だったとは言え、なんの変哲もない通路が続いていた光景を確認した時の俺の感情は……ちょっと言葉では言い表せないな。ガッカリどころではなかった。


 第一階層では二日目でボス部屋を見つけられたが、あれは階層自体があまり広くなかったことに加えて、運も良かったのだろう。

 八分の七となった残りの未踏破区域、その何処かにはあるはずなのだが……こればっかりは、天に味方してもらうしかない。


 そして、翌日の火曜日。

 ゴウキさんに引き続き、レイナさんも離脱した状態で、俺たちは第二階層の攻略を進めていた。





          ***





「――グライスは“右と前方の集団を引き付けろ”! その間にカエデは“左の三匹の足止め”を、クロードはその“三匹の後ろに回り込んで奇襲”っ!」


「了解ですっ!」


「“ぎゃぎゃぎゃげぎゃ”っ!」


「ガルルルルッ!」


 現在、中規模程度のダンジョンの部屋にて。

 俺たちは前方と左右の通路から同時に現れた、合計十数匹のゴブリンとの戦闘に突入していた。


 俺の出した命令に、それぞれ返事を返しながら行動を開始する面々。


 グライスは早速【挑発】を発動させながら、盾を掲げて前進する。その姿は敵集団の大半の視線を釘付けにし、まるで吸い寄せるように注意を集めていた。

 それらからの攻撃を、グライスは前日から持ち変えている槍を使って牽制しつつ、上手く一定の距離を保ちながら捌ききっている。


「そぉ……れっと!」


 その間に、カエデは大剣を肩に担ぐように構え、グライスに引き付けられなかった左方の群れへと向かって突進した。


 勢いを乗せたまま身体を回転させ、剣、斧、棍棒持ちのゴブリン三匹へと横薙ぎに振り払われた鋼の塊。

 当然、そのような予備動作丸出しの大振りの斬撃を易々と食らうのは、頭の足りていない本物の馬鹿だけだろう。三匹揃って後退し、大剣の間合いから外れていた。


 だが、それでいい。あくまで彼女に下した役割は、敵の気を引くことなのだから。

 ゴブリンを狩るのは、クロードの……そしてベルの役目だ。


「ガアァアアッ!」


「っ!」


 相手から気付かれにくくなる【気配遮断】の技能を用い、無警戒となっていた背後と側面からそれぞれ右と左の個体を強襲する一人と一匹。

 首筋を狙っての正確な一撃。違うことなく喉を食い千切られ、切り裂かれた二体は血の噴水を吹き出し、力なく床に倒れ伏す。


 その光景に、最後に残った中央の個体は驚愕から身体を硬直させる……けど、ソイツへの脅威はすぐ正面から迫っていた。


「はぁっ!」


 初撃を回避されたカエデが手首を返し、今度は斜め下から切り上げるような太刀筋で大剣を振り上げる。

 空気を唸らせるほどの大質量の刃。それを躱せなかったゴブリンは、武器を構えていた腕ごとあっさりと胴体を二分割にされて息絶えた。


 よし、大丈夫。

 やはり数で劣る戦いでも、各個撃破を基本としていけば時間と体力の消耗を抑えられる。今まで行動を共にしていたからか、遊撃へと移ったクロードの行動や思考にも、なんとなくではあるが予想をつけられた。


 ベルに関しては、今の段階ではまだ不安が残るので【指揮】での命令は控えている……が、向こうでクロードの動きに合わせてくれているようだ。素直にありがたい。

 これならもう少ししたら、彼女も【指揮】の範疇に含めても大丈夫かもしれない。そうなれば、より全体の負担も減るはずだ。


 獲物を仕留めたことを確認し、素早く身を翻しながら次の目標を定めにかかっているベル。

 その後ろ姿を眺めながら、俺は初日と比べれば確実に形となってきているパーティーに頼もしさを覚えるのだった。


「次、カエデは“グライスの背後に回りかけてる二体の始末”をしてくれ! クロードは“その反対側から襲撃”を!」


「任されました!」


「グルルッ!」


 戦闘は続く、探索は続く、攻略は続く。

 俺は次の命令を仲間に与えながら、少しでも彼女たちの有利に運ぶべく、目を皿のようにしながら戦況把握に努めるのだった。





 やがて……。





          ***





「っ、見つからない……どうしてだっ」


 現実世界での時刻が、午後七時を指し示す頃。まだ俺たちは、《小鬼の迷宮》第二階層のボス部屋を発見出来ていなかった。

 また新たに見つかった『浄めの泉』付きの部屋で、俺は苛立ち混じりの愚痴を吐き出す。ここに至って、いよいよ焦燥感が抑えきれなくなっている。


 現在、既に俺たちはマップの五分の一弱を埋め終わっていた。だが、その中にボス部屋と思わしき空間は含まれていない。


 まさか《粘液の迷宮》のラージスライムのよう、時間と共に居場所を変えるタイプのボスだったのか?

 いや、そうと決めつけるのは時期尚早過ぎる。まだ踏破していない地域が階層の大半を占めているのだから。その可能性を疑うのは、マップをすべて埋めてからでいい。


 問題なのは、そのマップを埋める時間が圧倒的に足りないことだろう。


 現時点でのパーティーメンバーは、俺とカエデ、それにベルとクロの四人だ。ここに俺の召喚獣が加わるわけだが、こちらは俺次第なので時間を気にしなくともよい。


 カエデは……無理を承知でお願いすれば、あと一時間くらいは付き合って貰えるだろうか?

 あまり遅くまでかけると、家族である禅上院さんがまた学校に乗り込んでくる事態になりかねないが、背に腹は変えられない。


 だけどベルは? クロは?

 この二人は俺達よりも年下の中学生だ。まさか無理やり深夜まで、ダンジョン内を連れ回す訳にもいくまい。


 どう多く見積もったって、あと一時間弱。その間にボス部屋を発見し、初見のボスを一回目で討伐できるのか。

 もはや厳しいどころじゃない。不可能に片足を踏み込みかけている。


「……最悪、俺だけでも夜通し探索するか?」


 ガリガリと爪を立てながら、俺は髪を掻いてボソリと呟く。

 召喚獣を一体に絞り、可能な限りの戦闘を避けての強行軍。危険性は跳ね上がるが、それでもここまで来て何もしないよりはマシだった。


 ……いや、やっぱりそれじゃあ駄目だ。俺だけが第三階層に進出できても、それを証明する手段がない。どうしてもクロが撮った動画がいる。


 堂々巡り。空回り。思考が空転していく。

 だけど、それでも諦めきれない。


 奥歯を噛み締めながら、俺はジワジワと迫り来る暗雲を幻視したのだった。


 ――そして。


「……もう、いいよ…………」


「……は?」


 その時、俺の耳に届いてきたのは小さく揺れるベルの声だった。

 反射的に振り向いた先に立っていたのは、俯くように顔を隠した彼女。ややあって再び口を開いたベルは、もう一度、同じ言葉を告げてきた。


「もう、いいよ……今日は、ここで終わろ? これ以上は……皆疲れてるから…………」


「……いや、いやいやいや。まだ大丈夫だろ? 俺の召喚獣の召喚時間は残ってるし、もしベルが疲れてるならしばらく戦いには参加しなくて――」


「――そんなんじゃ、ないっ……から!」


 そんな俺の説得に、ベルは珍しく大きな声を張り上げた。

 どう言うことだ……と、戸惑う俺を他所に、顔をあげた彼女は目を背けることなく、真っ直ぐこちらを見つめてくる。


 久しぶりに正面から見た彼女の瞳は、終わりのない毎日に疲れきって絶望し、霞んでいた以前とは違って驚くほどに澄んでいた。


「ぁ……あなたが焦ってるのは……多分、ベルのため…………なん、だよね? でも、ベルはそんな事のために、誰かに負担をかけたくない……から」


 だから、ここで終わりにしよう――と。

 そう断言したベルに、この場には静寂が降りる。カエデも、クロも、何も語らない。

 その沈黙は、『全てを俺に委ねる』と暗黙の内に告げているようで、俺はいつしか緊張感から乾いていた唇を舌先でなぞるのだった。


「……なあ、ベル。確かに俺はお前の境遇をどうにかしようと思って、ここ数日は行動してきた訳だけどさ……別に、それだけじゃないんだぞ?」


「嘘だよ……だって、さっきもあなた、凄く大変そうな顔してたもん……」


 困ったように眉尻を下げながら、同時に震えた声で否定を返してくるベル。その何かを耐えるような様子に、やれやれと俺はわざと大袈裟に肩を竦めてみせる。


「そりゃそうだろ。命が懸かってるんだから、頭悩ませて色々考えていかないと。誰だって死ぬのは御免だ」


「でも……だって…………っ!」


「あー、だからさ! そう言うのはもうウンザリなの! 過食気味なの!」


 ついにはクシャリと顔を歪めさせたベルに、このやり取りが面倒くさくなった俺は大声でその言葉を途中で遮った。気づけば細かく肩を震わせていた彼女に歩みより、至近距離から見つめ合って語りかける。


 俺は偶然出会った不幸な境遇の少女を助けるため、全てを投げ出せるような人間ではない。そっちは存在するかもわからない聖人君子とか、善人とか、物語の主人公に任せる。

 ただ、これまた偶然にも、俺の周囲にはそれをどうにかできる環境が整っていて、努力次第では少女を取り巻く境遇を改善できる『かも』しれなかった。


 そして俺自身、そんな話が気に入らなかった。胸くそ悪かった。だから自分勝手に首を突っ込んで、状況を引っ掻き回した。

 結局、ベルを中心とした俺の一連の行動なんて、その程度のモノなのだ。むしろ覚悟の一つも決めないで他人の家庭問題に介入した時点で、責められてもおかしくない。


「俺はただ、やりたいことをやってるだけなんだよ。ダンジョン関係は特にそう。そこに今回は、偶々お前の事情が絡んできたりしてるだけなの」


 呆気に取られた表情を浮かべる彼女の頭を、俺はグシャグシャと乱暴に掻き撫でる。丁度、妹の真由にするような感じだ。

 当然、髪の毛が乱れることを嫌がったベルは首を振って逃れようとしてきた……が、その辺りで俺は今まで無言を貫いていたカエデとクロに尋ねかけた。


「と言うわけで……ベルが探索を切り上げようって提案してきたんだけど、賛成の人っているの? 数が多ければ俺も諦めるけど」


「どうでしょう? でも、私個人はまだ少し暴れ足りないと表現するべきか、斬り足りないと言うべきか……血を浴び足りない気がするのですが」


「うっわー物騒発言戴きッス。そして出たッスねぇ、ソーマっちの強制多数決……まあ、僕の方はまだまだ大丈夫ッスよ。冗談抜きで完徹イケるッス」


「いや、それは止めておけよ」


 グッと親指を立ててきたクロに、俺は思わず素の調子で返してしまう。少し前まで同じようなことを考えてた人が言えることじゃないけどさぁ。やっぱり、徹夜は危険すぎると思うんだ。

 あと、カエデは相変わらず戦闘狂でした。緩く弛んだ頬と口元が、何処と無く不穏な気配を発している。鳥肌が……。


 でもまあ……こんなやり取りのお陰で、俺も頭が少しは冷えたな。

 馬鹿なことを考える暇があれば、一歩でも探索を進める方がよっぽど建設的だったろう。


 まあ、とにかく……だ。


「そんな訳なので、第二階層攻略は続行します。ベルが絶対に嫌だって言うなら、参加を強制はしないけどさ」


 無理強いは俺の主義に反する。ただし、一度参加した上での多数決は例外だ。だって、あれは皆が大好き民主主義の集大成だろ?


 そう告げながら、俺はベルの返事を待った。こればかりは、本人の同意が必要不可欠である。

 

 そして――


「…………困る……もん」


 ややあって、彼女の口から漏れてきたのは、そんな涙混じりの嗚咽だった。

 顔を隠すよう腕を持ち上げながら、ベルは何度も何度も喉を詰まらせながらその胸の内を吐き出す。


「そんな……風にっ、優しくされても…………どうやって返せばいいか、わからない……からっ」


「あー……取り合えず、今は貸し一つってところで良いんじゃないか? 後で何らかの形で返すとか」


「実際、そんなところですよねぇ。もっとも、『無期限無利子無催促な借金ほど恐ろしいものはない』……と言うのが、私が父様から聞かされた持論でもあるのですが」


「えー、ここは格好良く『君の笑顔が褒美かな?』とか告げる場面じゃな――痛いッス!? 久々のアイアンクローがっ、頭にっ!」


 ひとまず、空気を読まずに奇妙なことを口走り始めたクロに制裁を行いながら、俺は妥当な提案をしておく。ベルが『気にするな』と言って忘れられるような適当な性格なら、今頃はこんな事態になってもいまい。

 あと、お前(クロ)も俺に腕の怪我の件で一つ借りがあるの、忘れてませんかねぇ?


 どうにも締まらない、微妙な雰囲気になってしまった空間。しかしその中で、このくらいの方が良いのかもしれない、と俺はすぐに思い直した。

 子供の問題は子供が、大人の事情は大人がそれぞれ解決すればいいのだ。俺たちに深刻な悩みは……特にクロ辺りには似合わなかった。


 貶してる訳じゃないぞ。年相応だって言いたいだけである。

 だが……そういった意味では、ようやくベルも年相応の子供になれたのかもしれない。


 俺たちは彼女がすべての感情を吐き出して落ち着くまで、ただ黙ってその姿を見つめているのだった。





 ――それから。





 一時間と少しの後――ついに、俺たちは第二階層のボス部屋の扉を見つけた。



 

 

フラグ「やはり俺の出番が……(チラ」


ソーマ「二度と顔見せるなって言ったよな? 言っただろうがっ!」


フラグ「≡〇)`Д゜).・;'∴」

 

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