52 小鬼の迷宮2F-7
ゴブリンがしつこい。
違った。グライスがしぶと……もとい、中々沈まない。流石はパーティーの肉壁だ、素晴らしい活躍じゃないか……けっ。
何かがおかしい、と指摘する声が何処からか聞こえてきた気がするが、俺の中では何の矛盾もない。つまり問題ない。
ダンジョンの攻略を進めること一時間余り。合計で三つ目の安全地帯を発見した俺たちは、そこで長めの小休憩を取っていた。
昨日とは比較にならいペースで探索を続けられているお陰で、既にマップは前日と同程度の範囲が埋め終わっている。この調子でいけば、今日の終わりまでには全体の八分の一程度が明らかになりそうだ。
……ただ、この速度でいったとしても、第二階層をすべて巡るにはまだ一週間以上かかるだろう。
明日はレイナさんも現実世界で用事があって参加できないらしいし、水曜という期限は確実に近づいていた。当日はダンジョンに潜る時間などないだろうから、今日と明日しか残っていないことになる。
出来れば、戦力が揃っている本日中に『目的の場所』を把握しておきたかったのだが……厳しいと判断せざるを得ないな。
「どーしたッスか、ソーマっち。そんな眉間にシワを寄せて?」
「あー、なんだクロか」
俺が難しい顔をしてデバイスとにらめっこをしていると、背後から抱きついてきたクロが肩越しに耳元で話し掛けてきた。
勝手に人のデバイスの画面を覗き込んできた彼女は、未だ黒く塗りつぶされている領域の多いマップを見て感心するように何度か頷く。
「うんうん、順調じゃないッスか。少なくとも、昨日よりはよっぽど効率的に進めてるッス」
「そりゃな。ゴウキさんは抜けたけど、その分だけ召喚獣の数も増やしてる。皆も強くなってるのに、これで効率が落ちたら詐欺かなにかだ」
ホクホク顔で現状を肯定的に捉えているクロだが、その言葉でも俺の内心は晴れない。
それに気づいたのか、彼女は不思議そうに首を傾げながら尋ねてきた。
「何をそう焦ってるッスか、ソーマっち? 個人的な意見を言わせてもらえれば、このパーティーは順調すぎるくらいに進んでるッスよ。おそらく、現段階では《冒険者》のトップを独走中ッス」
「だろうな……と言うより、そうじゃなきゃ困るんだけど」
「……ッス?」
俺が思わず漏らしてしまった呟きに、クロは元から傾げていた首を更に大きく捻る。その様子に、俺は心の中でコッソリと顔を顰めた。
動画の撮影という性質上、他の《冒険者》との繋がりが深い彼女がそう断言するのなら、実際に俺たちのパーティーは《冒険者》達の中でもかなり上位に位置しているのだろう。
下層と比べ、急激に難易度の上昇した第二階層。加えて、現状での《冒険者》の稀少さ。
早い段階で六人という、大規模なパーティーを組めた俺達のような例外を除けば、他の第二階層進出者達は大きな足止めを食らっているはずだ。
そして、それを見越して今のうちに大きく他の《冒険者》達を突き放してしまおうと画策している俺は……正直、性格が悪いんだろうな。
「教えて欲しいっすよ、ソーマっち。一体、ソーマっちは何を考えてるッスか?」
「……………………はあぁ」
普段のおちゃらけた軽薄な雰囲気は鳴りを潜め、滅多に見られない真面目な表情で問い掛けてくるクロ。
その澄んだ真っ直ぐな赤い瞳に見つめられた俺は、やがて白旗を降るよう小さくため息を吐いた。
「んー、まあ、教えてもいいけどさ。本当に大した計画じゃないぞ? 穴だらけで不確定要素まみれの、思い付き段階だ」
「別に構わないッスよ。パーティーのリーダーの考えを知っておくのは、仲間としても無駄にはならないッスから」
ある意味、最後の抵抗とばかりに語った俺の卑下を、彼女は軽く笑いながら否定した。駄目だ、これは押しきられた。
あー、もう。これも仕方がないかぁ。
早速耳をそばだてて話を聞く体勢に移行していたクロに、俺は渋々とここ数日考えていた計画を告げた。
「――今日と明日のどちらかで、第二階層のボスを倒して第三階層に進出する」
それが、俺の計画だよ……と、俺は額に手を当てながら口にする。
自分で言っておきながら、なんと現実味のない机上の空論だろうか。頭が痛くなってくる。
第二階層のボス討伐……まだまともな探索を始めて二日しか経っていないことを鑑みれば、無謀としか言い様のない突拍子のない案だ。
しかし、そんな馬鹿げた発言をしたにも関わらず、クロは特に驚いた様子も見せず小さく息を吐いた。
「まあ……ソーマっちが狙うとすれば、その辺りッスかね」
「驚かないのか?」
「あれだけ必死になってダンジョンの探索を進めていれば、誰だって思い付くッスよ。他の皆も薄々と気づいてるはずッス」
「うっわ……マジかぁ」
大マジッスよ……と肩を竦める彼女に、俺は頭を抱えてうずくまる。
気恥ずかしいなんてモノじゃなかった。他者からすれば、俺ってそこまで焦っているように見えていたのか。
ガックシと肩を落とした俺に、そもそも、とクロは続ける。
「本当にソーマっちが効率第一優先でこの階層を攻略するつもりなら、絶対に僕は呼ばれていないはずッスから。それでもパーティーに組み込むってことは、僕に何かを期待してるってことッスよね?」
「おい……お前誰だ」
「いやッスねぇ。皆の人気者、クローバーちゃんッスよ」
俺が半目になりつつ問い質すと、ふっふんと彼女は鼻を鳴らして得意気な顔をする。
ぶっちゃけ、たった今、クロが語ったことは全部当たってるんだけどさぁ。普段の態度を間近で見ていると、どうしても別人に思えて仕方がない。
まあ、それは意図してと言うか、わざとそう見えるよう振る舞っているからなのだろうが……。
本来のクロは、至極思慮深い少女だ。
自分の職業である【隠者】の欠陥とすら表現できる欠点を理解してでもなお、自身に取れる手段の中から《冒険者》全体の活動を支援しようとしている。そんなの、誰にだって出来ることじゃない。
「……ん?」
と、そこで俺は背後から抱きつきっぱなしだったクロの右腕に、薄くではあるが切り傷が走っていることに目がついた。
よく見れば上から着ていた灰色のローブも一部が切り裂かれており、明らかな戦闘の痕跡を匂わせる。
「あー、これはッスね。不慮の事故というか……」
「……正直に言うと?」
「あぅ……いい加減、寄生の立場から脱しようと先の戦闘で【隠密】から奇襲をかけたんッスけど、あっさり返り討ちにあったッス」
俺の視線に気付いたのだろう。誤魔化すように、腕を抱えて身体の影へと隠そうとするクロ。
それを意趣返しとばかりに厳しい視線と共に追求すると、気まずそうな顔で彼女は白状した。
「……お前にも、謙虚さとかあったんだな」
「ちょ、それは幾らなんでも酷いッスよ!? ソーマっち達には経験値やポイントを随分流して貰ったッスから、そろそろ僕だって独り立ちしようと頑張ってるんッスから!」
それをなんて言い草ッスかー! と子供のように手を振り上げ、頬を真っ赤にして怒る彼女。
その姿があまりにも必死だったので、反射的に俺は済まんと一つ謝る。
「いやだが、それでお前が怪我を負ってたら意味ないだろ」
クロの手を取って確認してみれば、血は出ているが大した傷ではない。《冒険者》であれば放置しておいても、二日か三日で跡も残らず消えてしまう程度の負傷だ。
けれど、それでも怪我は怪我でしかないわけで――
「ぶー。レベルもかなり上がったッスから、大丈夫だと思ってたんッスけどねぇ」
「慢心は本気で止めとけ。俺はそれで死にかけた」
初めてのボス戦を思い出して、苦い味が口の中に広がる。
それを極力無視しながらクロに【分析】を発動させてみれば、彼女のレベルは十三になっていた。初めて出会った頃と比べれば、確かにかなり上がっている。
んー……出来れば安全を考慮して、もう三つは上げて貰いたいのだが。それは欲張りと言うものだろうか?
もしも第二階層のボスと戦えたのなら、是非とも彼女にはその光景を映像に収めてネットに公開して欲しいのだから。幾らほぼ完璧な隠密能力を有しているとは言え、念のためを考慮すればキリがない。
……いや。今は考えるよりまず、この馬鹿の傷の治療が先だな。
回復薬を使う程度ではないので放置しているのだろうけど、今の俺には丁度よい手段があった。クロにはその実験台にでもなってもらおう。
休憩中、召喚獣たちは召喚時間節約のため、一度召喚を解いている。枠は空いていた。
「貸し一つ、だぞ――【召喚・《妖精天使》】」
俺は杖を構え、召喚術を発動させる。
もっとも、呼び出すのはクロードでもヒスイでも、そして絶対にグライスでもなく、昨日新たに契約した内のもう一体なのだが。
空中に投射される、極小の召喚陣。
そこから飛び出してきたのは、俺の手のひらサイズの小さな召喚獣だった。
「……? ……!」
「えーっと? ソーマっち、これは?」
「俺の新しい召喚獣その二。名はブランだ」
すいぃー……と宙を浮くようにして静かに移動し、俺たちの目の前に進み出た召喚獣――ブラン。
その容姿を一言で説明してしまえば、背中から翼を生やした小人となるだろう。
人形のような細い手足に、造形物めいて見えるくらいに整った可愛らしい顔立ち。瞳は浅葱で、髪は柔らかく薄い桃色。
全体的なシルエットは人型だが、純白の鳥のような翼を一対、背中に負っている。ブランが宙を舞う度に、そこからはキラキラとした光が発生していた。
身に付けているのが腰の辺りを紐で縛っただけのシンプルな貫頭衣と言うこともあり、その姿を一言で言い表すなら『小さくなった天使』なんてところだろう。
グライスの出現に絶望し、思わず回してしまった二回目の召喚で契約を結んだ彼女は、きっと俺の癒しを求める祈りが具現化した召喚獣に違いない。
俺は握っていたままだったデバイスの画面を操作し、ブランの能力情報を開く。
――――――――――
個体名:ブラン
固有名:妖精天使Lv1
種族:精霊
契約者:ソーマ
関係:興味
特殊技能:【治癒術】【祝福】【浮遊】
召喚制限:(1:59/2:00)
――――――――――
これを見れば一発で理解できるだろうが、ブランは俺の手持ちの中では初めての【治癒術】――回復魔術が使える召喚獣である。
残りの【浮遊】はそのままだとして、【祝福】の技能は一時的な疲労軽減と能力上昇の加護を与えられるらしい。まさに同期のグライスとは真逆の、純後衛補助系ってところだ。
しかし、唯一俺が恐れているのは関係が『興味』という点。これって興味を失われたら、契約を打ち切られるとかじゃないよね?
「ブラン、こいつの傷を治してやってくれないか?」
キョロキョロと周囲を見渡し、何が面白いのかクスクスと笑っていたブラン。
そんな彼女へと問い掛けつつ、俺は手にしていたデバイスから適当に何か一つ甘味を物質化して持ち上げる。確認してみればキャラメルだった。
そして瞬間。
ヒュンという音と共に、俺の手のひらからそれが消える。正面を見れば、キャラメルに頬擦りしているブランの姿があった。
うん、甘い物で釣る作戦は成功したけど、ちょっと効果が抜群過ぎやしないかな。怪しい人に誘拐されないか、俺はとても心配です。
「……、……!」
しばらくブランはキャラメルを見つめていたが、やがて何処へともなくそれを消し去るとクロの右腕へと近寄っていく。
そのまま傷口に触れた彼女が何かを呟いたかと思うと、気付けばクロの腕には柔らかい光が降り注いでいた。
時間にして、十秒もかからなかっただろう。
それが晴れた時、クロの肌には傷跡一つ残ってはいなかった。
「はぁー、ソーマっちは順調に召喚士として成長してるんッスね。やっぱり便利すぎないッスか、その職業?」
「その分、【召喚術】の強化に大半のポイントが奪われてるんだよ。だからいつまで経っても初期装備で我慢してるんだ」
怪我の癒えた腕を確かめるよう動かしながら、感心するように息を吐いた彼女。それに反論しながら、俺は肩を竦めて嘆くよう呟いた。
他のメンバーが着実に装備を更新していってるのに、一人だけ初期装備って地味に肩身が狭いんだよ。俺が勝手にそう感じてるだけだけどさ。
はぁ……と儘ならない現実に再三のため息を吐く。折角まとまった分のポイントが手に入っても、すぐに何処かへ溶けて消えてしまうのだから。多少なりとも、気も滅入ると言うものだ。
「――って、危ないッス! 思わず話を逸らされるところだったッス!」
「別にそんな思惑はなかったんだが……」
と、そんな風に俺が落ち込んでいると、ハッと思い出したかのようにクロが叫ぶ。彼女は腕を治療して貰った恩も忘れ、ペチペトと遠慮なく俺の頬を叩いてきた。
と言うか、いい加減に背中から降りてくれませんかねぇ。いつまで居座る気だよ。
「さあ、キリキリ吐くッス。ソーマっちはボスを討伐して、何がしたいんッスか?」
「……まあ、ここまでくれば話してもいいか」
教えてくれなければ離れないぞ……とばかりに無言の脅迫をしてくるクロに、俺はボスを倒した後の――最終的な目標を口にした。
「――《冒険者》の価値ってヤツを、頼りになる大人に知らしめるんだよ」




