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51 小鬼の迷宮2F-6

 



 ――敵愾心(ヘイト)、という概念がゲームには存在する。


 意味はズバリそのままで、戦闘を行う対象へと向けられる敵対心……つまりは敵意や憎しみの度合いを指す言葉だ。

 誰だって攻撃されればその相手に恨みを抱くし、せっかく傷を負わせた敵を回復されたら、「なにをしてくれるんだ」と回復した者に憤りを感じるだろう。


 そういった、『複数の敵の中で優先的に攻撃する順位をつける』概念……それがヘイトである。


 ……まあ、つまり何が言いたいかと言うと、だ。

 俺の想像以上に、召喚獣であるゴブリンが前衛に参加した恩恵は大きかった。悔しいことにな。






「――“ぐぎゃぎゃげげげ”っ!」


「「「ぎゃがっ!?」」」


 敵と味方がぶつかり合う戦場に、とあるゴブリンの叫び声が木霊(こだま)する。

 それを発したのは、身長が一メートル半を少し越える程度の異質な個体。


 今までダンジョンの敵として出てきた小鬼達とは違う灰色の肌に、少しばかり突き出た小さな額の角。

 盛り上がった筋肉に包まれた身体は、腕回りや胸元などの一部の皮膚が硬質化し、まるで鎧のように変質している。本来ならば醜く歪んでいるはずの顔は、飛び出している乱杭歯が減って多少は見れる形相になっていた。


 左腕には小盾を、右腕には片手剣を構えたソイツ――グライスと名付けた俺の召喚獣は、一斉に自身を振り返った周囲の魔物を相手に、躊躇わず歩を進めていく。


「“ぎゃげげげげ”っ!」


「ぎゃが! ぎゃぐげ!」


「ぎぎゃ! ぎぎぎっ!」


 もう一度、グライスが吠える。


 すると近くに位置していたゴブリン達は一瞬だけその動きを止め、その吠え声を上げた召喚獣へと盲目的に距離を詰め始めた。

 一様にグライスへと駆け寄ろうとするその姿は、まるで極上の餌を目にした野犬のようだ。


 そして、そんな隙を他のパーティーメンバーが見逃すはずもない。


「余所見は厳禁ですよ――っと!」


「ガルルラァッ!」


「っ!」


 横合いから、背後から、そして正面から。自身に対して視線を外して無防備となったゴブリンに、カエデ達の猛攻が容赦なく襲いかかった。

 脳天を唐竹割りに切り裂かれ、頸部を噛み砕かれ、心臓を刃で貫かれた魔物たちは、至極あっさりとその生命活動を終える。


「くそぅ、無駄に有能なのが腹立つ。これじゃあ活用するしかないじゃないか」


「それ、自分の召喚獣に向ける言葉じゃないわよね」


 そんな戦闘の様子を背後から眺めていた俺がグッと拳を握り締めると、レイナさんから冷静な指摘が入ってきた。

 いやまあ、その通りではあるんだけどさぁ。俺の心情的にね、受け入れがたいものがあるんですよ。

 ゴブリンを倒すために契約した仲間がゴブリンでしたとか、もう訳ワカメ。俺のこの胸でたぎる殺意の波動をどう処理すればいいのか。


 先程までとは一転、静かに黙々と自身へと攻撃を仕掛けてくる魔物を盾で捌き始めたグライス。

 その光景を苦々しい思いで見つめながら、俺は昨日確認した新たな召喚獣の能力情報(ステータス)を思い出していた。



――――――――――

個体名:グライス

固有名:小鬼騎士(ゴブリンナイト)Lv1

種族:亜人

契約者:ソーマ

関係:忠誠

特殊技能:【盾術】【挑発】【頑健】


召喚制限:(2:00/2:00)

――――――――――



 ……さて、何処から突っ込みを入れれば良いのやら。とりあえず、いきなり関係が『忠誠』になっているのはおかしいと思います。


 と、それは置いておいて。


 まずはグライスの個体名だろう。見た目からしてただのゴブリンとは違っていたので想像はついたが、ゴブリンナイトなる個体だったらしい。

 察するに、このダンジョンの第一階層のボスであったゴブリンファイターと同じく、普通のゴブリンの上位種なのだろう。


 そして、その特徴を一言で表すなら、ただひたすらに敵の注目を集めて耐え凌ぐことになる。


 先程から上げていた叫び声――聞いた者の感情を揺さぶり、自身へと強制的に敵対心を向けさせる【挑発】に、身体を頑丈にして耐久力を上げる【頑健】の技能。

 その二つに加え、盾を使用する技術に補正をかける【盾術】も習得しているグライスは、前線においてゴブリンの攻撃を一身に集約し、なおかつそれに耐え切っていた。


 俺が渡した小鬼戦士の小盾を巧みに扱い、四方八方から飛んでくる攻撃を受け流し、牽制するその姿は、まさに他者の前に立って壁となる騎士そのものだろう。

 まあ、盾の方とは違って、一緒に持たせている小鬼戦士の片手剣はあくまで振り回す形というか、随分と拙い使い方になっていたが。これは【剣術】の技能を持っていないからだろう。


 武器の質で選んだ得物だが、これなら槍を装備させて間合いを確保する方針に変更した方がいいかもしれない。後で持ち変えさせておこう。


 時折、受け切れなかった武器がグライスの身体を掠めていくこともあるが、その程度の怪我では怯む様子もない。堅実に確実に、周囲からの攻撃に対処していっている。

 同時に、それだけで前線の維持や後方からの指示出しが圧倒的に楽になっているので、俺はなんとも言えない複雑な思いを味わっているのだが。


 グライスが敵の大半を受け持っている間に、その他の前衛の皆が一匹ずつゴブリンを確実に屠っていく。個人の実力であれば勝っているのだから、負けるはずがない。

 一度に複数の相手をする機会も減り、そのお陰で一戦当たりの時間や疲労が軽減されてもいる。戦線が安定しているので、俺が頻繁に【指揮】で指示を出す必要もなくなっていた。


 精々、戦闘の最初に『敵の注意を引き付けてひたすら耐えろ』とグライスに命じ、釣られなかった魔物を優先的にカエデ達に倒させるくらいだ。


 駄目だ、ゴブリンが優秀で召喚しない理由が見つからない。


「……ちっ」


「ねぇ、だからなんで不機嫌そうなの?」


 俺が舌打ちすると、物凄く不思議そうな顔でレイナさんに尋ねられる。

 彼女からすれば、順調に戦闘を重ねる度に不機嫌になっていく俺が理解できないのだろう。当たり前ではあるが。


 俺が気に入らないのはただ一点、グライスが『ゴブリン』であることである。


 あの無防備な毛の一本すら生えていない後頭部を見るだけで、全力で駆け出して杖で殴りたくなってたまらない。もしくはレイナさんに魔術をぶちこんで貰おうか。一発だけなら誤射かもしれない。

 優秀とか有能とか関係なかった。もはや俺とゴブリンは、遺伝子レベルで相容れない存在となっていたのだ。生理的に受け付けられない。


 それをジックリ小一時間ほどレイナさんにも語り聞かせてあげたいのだが、生憎とそんな暇があるなら一歩でもダンジョン攻略を進めたいのが現状だ。

 使いたくないが、使わざるを得ない。ならばせめて、一番の死地に送りつけてやろう。


 他の召喚獣の居場所(けいやくわく)を奪い取ったゴブリンめ……さんざん使い倒して、ぼろ雑巾のように捨ててやるッ!


「グライスっ、追加で前方に現れた“ゴブリンを引き付けろ”っ!」


「っ、“ぎゃげげげげ”っ!」


 そうして下した俺の苛立ち混じりの指示に、しかし何故か、グライスは何処か嬉しそうに聞こえなくもない【挑発】の乗った叫び声を上げた。


 駆逐してやる……このダンジョンから、一匹残らずっ!


 その決意を胸に秘め、より効率的に立ち回れるようになった俺たちのパーティーは、前日の苦戦が嘘のようにダンジョン内を進撃し、恐ろしい勢いで敵ゴブリンを刈り取りつつマップを埋めにかかるのだった。





 あと、グライスは死にませんでした。ちくせう。



 

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