50 小鬼の迷宮2F-5
そして翌日、月曜の放課後。
他の《冒険者》が一人として居ないガラガラの《酒場》にて。
「ね、ねぇ……ソーマに何かあったの?」
「さ、さぁ……? 私にも何がなんだか……朝からこの調子でして」
「一目で見てわかるほど落ち込んでるッス。魂が口から飛び出しかかってるッス」
「……? …………?」
前日から引き続いて《小鬼の迷宮》第二階層攻略を進めるために集まった俺たちだったが、何故かパーティー内の空気がおかしい。
顔を付き合わせ、こそこそと小声で相談し合うカエデ、レイナさん、クロの女性陣。ついでにベルも会話に加わってはいないが、チラチラと俺を窺いながらその中に混じっていた。
ちなみに余談ではあるが、昨日から見て彼女たち全員の装備には色々と変更点がある。
前は初期装備が大半を占めていたのだけど、今はそれよりも一つ上位の物に切り替わっていたのだ。
しかし、考えてみればそれも当然で、昨日の狩りで大きくポイントを稼げていたのは俺だけではない。
下層から危険度が跳ね上がった第二階層を探索する上で、思考が自己強化に行き着くのは自然な帰結である。
カエデは武器の大剣はそのままに、胸部と脚部を保護する革鎧と長革靴がより分厚く頑丈そうな物になっている。その下に着ている上衣と下衣のデザインも変わっていて、黒地に赤の線が走っている揃いのシャツと革ズボンになっていた。
レイナさんも水晶つきの杖は以前からのままで、灰色のローブが水色の生地に金の縁取りがされた少し豪華な物に変化している。上衣と下衣もカエデと同じく、薄い黄色のシャツとチェック柄のスカートとなっていた。
ついでによく見ると、彼女の右手には昨日まではなかった銀の指輪が輝いている。
クロは……別に良いか。一番目立つフード付のコートは変わってないし、その下も元の露出の多い黒まみれの装束から大差ない。
だが、彼女らの中でもっとも変わっていたのは、やはりベルだろう。口元を隠すように巻かれた長いマフラーを除けば、全身の装備が一新されていたのだから。
動きやすさを優先しているのか、肌をさらけ出すようなデザインはそのままに、無駄な装飾を削り取った和服風の上衣と下衣。その上から暗色の外套を身に纏った姿は、ベルの職業も相まってか本物の忍者に見える。
腰に差してある武器は何の変哲もない短剣から短刀へと変更されており、ますますその印象に磨きがかかっていた。
あはははは、いいじゃないか新装備。性能面だけじゃなく、見た目でも強くなってるって一目でわかる。
一方で、俺はいつまで経っても初期装備な訳だけど。ポイントが恐ろしい勢いで【召喚術】の強化に吸い込まれてるんだよ。買い換えられないんだよ。
しかも、そうして新たに契約を結んだ内の一体があれとか……。
「はぁぁぁああああああぁああああああ……」
「ね、ねぇ……物凄いため息を吐いてるんだけど。本当に原因知らないの?」
「知りませんから! 知ってたら全力で慰めてますから!」
視界の端で、肩を叩きながら尋ねるレイナさんと、それに小声で叫びながら答えるという器用な芸当を見せたカエデの姿が映る。
駄目だよー、喧嘩は。これから一緒に第二階層の攻略するんだからー……と。
その光景を何処か他人事のように見つめながら、俺はこの場に数多くある椅子の一つに座りつつ正面の机に突っ伏していた。
いや、理由はわかってるんだよ? 俺だよ? 俺が暗黒物質も真っ青な勢いで負の感情を周囲に撒き散らしているのが原因だよ? 自覚はある。
まあ、いつまでもこうして落ち込んでいる訳にいかないのも事実だ。
俺は最後に一つ大きく息を吐くと、気分を切り替えるようガンッと額を机に打ち付けてから立ち上がった。
「さて……それじゃあ全員が揃ったみたいだし、早速ダンジョンに跳ぼうか」
「あ、勝手に復調したッス」
「何のことだかわからないな」
クロの言葉に白々しく反論してから、俺は皆の顔を見渡す。もっとも、ベルだけはやはりと言うか、俺が目を向けると視線を逸らされてしまったが……これは仕方がない。
むしろ、今までは父親のためにしか使ってこなかったポイントを、自分のために使用してまで準備してきてくれたのだ。
確実に、その内心は出会った当初より変化しているだろう。俺の行動は無駄ではない。
……多分ね。
ふと、そこで俺はベルの隣に立っていたカエデが、俺だけに伝わるよう無言で片目を閉じてきたのを確認する。
もしかすると、装備の更新は彼女の助言によるものなのかもしれない。俺が転移門で現実世界に帰った後、一緒に《換金店》に寄ったのかな?
実際のところはどうか知れないが、そこまで的外れな推測ということもあるまい。心なしか、彼女たち二人の距離も縮まっている気がするし。
俺はその気遣いに感謝しつつ、転移門を開くためにデバイスを取り出した。
「今日はゴウキさんがいないので、昨日よりも厳しくなるとは思いますが……」
「問題ないわ。装備を更新したし、新しい技能も習得してきたから」
「はい、私も同じです。一人分くらいの穴埋めは、十分に可能でしょう」
そんな俺の言葉に、カエデとレイナさんからは頼もしい返事が返ってくる。彼女達の顔には、隠しきれない自信が溢れていた。
平然としているように見えたが、もしかすると二人とも強化した新しい力を試してみたくて仕方がないのかもしれない。
うん、気持ちはわかるさ。俺も新規の召喚獣の実力を把握したいって思いはあるから。
ただ、それと同じくらいにガッカリと言うか、残念と言うか、できれば引き直しを要求したい気持ちもあるだけで。
……はぁ、やめよう。過去は過去だと割り切るしかない。運が悪かったのだと受け入れるしかないのだ。
「そうですか……それでは、準備もできているようなので跳びますよ」
俺は手の中のデバイスの画面を指で叩き、既に待機状態にしてあった転移門を開く。
一瞬だけ、身体を包み込む光と浮遊感。
それが消えた時、俺達は松明の並ぶ長い石造りの通路に立っていた。
すぐに周囲を見渡し、敵影がないことを確認する。その後でマップを開いてみると、ここは昨日の探索していた地区から少し離れている場所だとわかった。
「どうしますか? 前か後ろか、どちらに進みます?」
「……後ろだね。できるだけ、ダンジョンの中央を目指してみよう」
カエデからの質問に、俺は現在位置と方位を計算しながら答える。
なお、中心部を目標にしたのは半分は俺の気まぐれだ。そこまで深い理由はない。
「それじゃ――【召喚・《黒狼》】」
まずは恒例の召喚術。呼び出すのは索敵に優れたクロードだ。今回は前衛ではなく、遊撃を主に担当して貰うことになるだろう。
「――【召喚・――」
そして続けて、俺は息を吸い込んだ。二度目の召喚に、おや……と他のパーティー仲間から少々意外そうな雰囲気が伝わってくる。
大方、次はヒスイを呼ぶと考えているのだろう。同時に、最初から二体同時召喚は人数が減ったとはいえ、念の入れすぎではないのかとも。
だが――
「……え」
「はい?」
「ッス!?」
「っ!」
彼女らの訝しげな顔は、召喚された召喚獣の姿を見た瞬間に吹き飛ぶことになった。
カエデが反射的に背中の大剣へと手を伸ばしかけ、レイナさんが杖の先を向け、クロが驚愕の表情を浮かべながら後退り、ベルは息を飲みながら腰に差した短刀を引き抜きかける。
そんな中で、俺は――否、俺だけは疲れたような、煤けた心境で乾いた笑みを漏らすのだった。
……ああ、うん。そんな反応になるよね。
ガックシと肩を落とす俺に、恐る恐ると言った様子でカエデが問い掛けてくる。
「あ、あの……ソーマさん? これは、その……?」
「ご想像の通り、俺の新しい召喚獣だよ。正直、俺が一番受け入れられないんだけどね」
その答えに、なんとも言えない微妙な面持ちになってしまう彼女。レイナさんとベルも、言葉に詰まったような表情で口をつぐんでいた。
だが。
「――ぷっ、ぷっはははははははっ! なんッスかそれ! 面白すぎッスよソーマっち! これはなんたる偶然っ! なんたる神の悪戯っ!」
「うっせぇっ! 黙らないとその口縫い合わせるぞ!」
状況を飲み込んだのか、クロは文字通りの抱腹絶倒とばかりに腹を抱えて笑い転げ始めた。目尻には涙さえ滲んでいる。
ヤバい。俺の中の殺意が大真面目にヤバい。思わずコイツを絞め殺してしまいそうだ。
「あー、なんと言うか……私は気にしてないわよ?」
「そうですね、ようは戦力になればいいのですから」
どす黒いナニかを放出しながら両手を握り締める俺に、レイナさんとカエデは慰めるような言葉をかけてくれるが、それでこの気持ちが晴れるのならば苦労はなかった。
だって、何故なら、俺の新たな召喚獣の片方は――
「げぎゃ?」
――灰色の肌をした、身長一メートル半程の大きさのゴブリンだったのだから。
ゴブリン「ドーモ、ゴブリンスレイヤー=サン。ゴブリン、デス」
ソーマ「アイエェェ!? ゴブリンナンデ!?」
……うん、きっと主人公の彼等に対する熱い想いが、契約を引き寄せたんじゃないかな。
そして予想の斜め上を狙ったはずなのに、どういうことか感想欄で一部の方にバレていた……何故だ。
次回、ゴブリン(味方)VSゴブリン(敵)。デュエルスタンバイっ!




