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48 小鬼の迷宮2F-4

 



 そして――


「えぇいっ、いい加減しつこいぞゴブリンどもっ!」


「「「ぎゃぎゃぐげっ!」」」


 再び何処からともなく現れた魔物の集団に、俺は苛立ち混じりの罵倒を飛ばす。

 松明の炎が照らす石の通路。その曲がり角から姿を見せたゴブリン三匹は、憎々しげな俺の言葉に揃って愉快そうに醜悪な顔を嘲笑に歪めていた。


 いや、まあ。俺の勘違いかも知れないけどさぁ。


 そう見えるくらいには、俺も不平不満が溜まってるんだよ。察してください。

 少し進んでは遭遇戦の連続、もう嫌になってくる。泣きそうだ。


 第二階層に入ってから、既にどれだけの時間が経ってしまったのだろうか?

 少なくとも、クロードの召喚制限はとっくに過ぎ去っていた。今は代わりにヒスイが俺の護衛だ。


 初期の二時間に、以前から追加で強化を施していた分の三十分。

 そして本日、稼いだポイントでさらに三十分の延長をしていたはずなので、三時間は確実に経過しているはずなのだが……正直、もう軽く時間の感覚がない。


 ここまでの成果と言えば、浄めの泉が設置された部屋を新たに一つ発見したことくらいだろう。

 あとは徐々に増えていくポイントと、小鬼の武器シリーズか。特に後者とか、おっそろしい数になっていた。


 ――っと、それは今はどうでもいい。


 せっかく見つけた安全地帯。そこで比較的長めの休息をとったことは記憶に新しいのだが……少し不味いな。

 早くも自覚できる程に疲労が溜まり始めている。それは他の面々も同様で、攻略の速度が著しく下がっていた。


 現在、第二階層のマップはまだ大半が未踏破の黒で覆われたまま。ようやくほんの少し、二十分の一が明らかになった程度である。

 休日の午前中一杯をかけて、ここまで進まないとは……見通しが甘かったと言わざるを得ない。俺のミスだ。


 急ぐ理由さえなければ、それでも構わなかったんだけどな。

 生憎と、俺は焦っているのです。


 と言うわけで……今すぐに消えとけ、小鬼ども。


「ヒスイっ、“敵を磨り潰せ”!」


「ホオォォオオォオッ!」


 余裕をもって、なんてことは言ってられない。時間をかけてはいられなかった。

 また砂糖に群がる蟻のように、周囲の群れまで寄ってこられては堪らない。ここで確実に食い止める。


 俺の命令に従い、ヒスイの全身から放たれた燐光。それはゴブリン達の周囲の空気に干渉し、渦となって発現した。

 いつしかのゴブリンファイターとその取り巻きを一撃で沈めた、風の牢獄である。


「「「がげくぺっ!?」」」


 仲良くお揃いの悲鳴をあげながら、脱出不能の刃の嵐に閉じ込められた魔物達。鮮血で紅く染まりゆく魔術は、そのまま内部の凄惨さを示していた。

 数十秒後、風が晴れた視界に立っている者は、もちろん存在していない。


 耳を済ませても、聞こえてくるのはこの場の六人の息遣いのみ。近づいてくるゴブリンの気配は感じられない。

 それを確認してから、俺は安堵の息を吐く。よし、最良の結果だ。


 ……ただ、俺にとってはそうでも、この戦闘に納得のいかなかった人はいたようで――


「おーい、小僧。今のは少し威力過剰だったんじゃねぇか?」


「その通りよ、少し判断が雑になってきてるんじゃない?」


 ガチンッ、と手甲を嵌めた拳を打ち合わせながら、戦えなかったことが不満だと伝えるかのように渋い顔をするゴウキさん。

 加えて、レイナさんも責めるかのような眼差しでその追及に参加してくる。


 えー、そこまで言われるほどに酷い指示だっただろうか。


 首を傾げた俺に、カエデが肩を竦めながら構えていた大剣を下ろす。


「どうやら、今日はこの辺りで切り上げておいた方が良さそうですね。全員疲れてますし、何より慣れない指揮官役をこなしていたソーマさんの疲労は無視できない範疇です」


「……は? いやいや、俺はまだまだ元気ですよ。ヒスイの召喚時間だって残ってますし、いざとなったら召喚枠を拡張して新しい召喚獣と契約を――」


「強がるのもそこまでにするッスよ、ソーマっち」


 そこまで口にした途端、ガクンと俺の視界が揺れた。膝が崩れて、反射的に床に手をついてしまう。

 背後を振り返ってみれば、そこには呆れたような表情を浮かべるクロの姿が。


 察するに、俗に言う『膝カックン』を受けたらしい。なんたる屈辱。


 唖然とする俺に、彼女は唇を尖らせながら人差し指を立てて指摘する。


「この程度の衝撃で倒れるほど、今のソーマっちはヨロヨロのヨワヨワなんッス。はっきり言って、僕はそんなリーダーに命を預けたいとは思えないッスよ」


「だけどっ! ――……いや、クロの言う通りだな。皆さんも、手間をかけさせて申し訳ないです」


 その言葉に、一瞬だけ反発しかけた俺だが……やや間をあけてから、苦々しい思いを味わいながら口を閉じた。


 半分は強引に流されたようなものだけど、俺はこのパーティーのまとめ役である指揮官なのだ。誰よりも、仲間の安全を優先させる義務がある。

 そんな俺が、個人の感情任せに行動してしまっては、周囲の者に示しがつかなかった。


 以前、自分でもカエデに語っていたじゃないか。あの魔術はヒスイの奥の手で、一日にそう何度も使えるモノではないと。

 それをこんな状況で使用してしまうなんて、自ら冷静さを欠いていると喧伝しているようなものだ。


 認めるしかない。今回、これ以上の探索は無理なのだと。


 唇を噛み締めながら俺は結論を下した。


「わかりました、今日はこれまでにしましょう」


「だな、オジチャンもチト疲れたわ。だりーけど、明日も仕事があるんでな。悪いが先に帰るぜ。都合がつくときは協力するから、また連絡してくれや」


「私は……午後からなら、明日も付き合えるわね。力が要るなら、あとででも時間を教えなさい」


 それに真っ先に反応したゴウキさんが、ヒラヒラと手を振りながら物質化したデバイスを操作する。

 続けてレイナさんも自身のデバイスを取り出しながら告げると、二人の足元には別々の転移門が浮かび上がる。


「「――そんじゃあ(それじゃあ)また次の機会で(また次の機会に)」」


 二つ分の光の粒子が舞い吹雪く中で、二人は最後にそう言い残して消えていった。

 宙に溶けていく光の残滓がどこか物寂しく見えてしまったのは、未だに俺が未練がましい欲望を抱いているからなのだろうな。


「……さーて、それじゃあ僕も帰るッスよ。今日は経験値的にもポイント的にも、そして撮影(コッチ)方面も美味しかったッスから。次回があるなら、絶対に呼んでくださいッスよ? 仲間外れは嫌ッスからね?」


 そして、腕を大袈裟に振り回しながら二人を見送ったクロも、別れの挨拶を口にする。いつの間にか彼女が手にしていたのは、片手で持てるビデオカメラだった。


 コイツ……ブレてねぇ。


 あの戦闘中まで撮影してたとか、恐るべき執念だ。元々、クロはそれを目的としてダンジョンに潜ってる訳だけどさ。

 《冒険者》だけではなく、動画投稿者としての顔を持つ彼女の一貫した行動は、いろんな意味で驚嘆に値すると思うのだが……。


「ああ……わかったよ。次からはお前も直接声をかけることにする」


「ホント頼むッスよ? 言わばこれは、僕のアイデンティティーなんッスから」


 フリじゃないッスからね! ――と。


 そんなことを欠片も匂わせず、必死な様子で強く念押ししてきたクロに、気づけば俺は苦笑しながら頷いていた。


 再び開き、光を撒き散らす転移門。

 その残光が消えてしまえば、この場に残っているのは俺とカエデのいつもの二人。

 そして、そこにベルを加えた三人だけとなった。


 一気に半分になってしまった人数に、少しだけ心細く思ってしまったのは内緒だ。


「……」


「……」


「……」


 ……静かである。ひたすらに静かであった。


 特にムードメーカーだったクロと、快活で豪快な性格のゴウキさんがいなくなると、露骨に会話が減ってしまうと言う酷い空間が生まれつつある。


「……それじゃあ、私たちも戻りましょうか」


「そう……だな、そうしよう」


 その侘しさを誤魔化すわけではなかろうが、気のせいか普段よりも声が大きくなったカエデが提案する。

 それに同意しながら、俺はやや躊躇いながらもう一人、この場に残っている少女に意を決して声をかけた。


「――ベル」


「っ!? ぁ……ぇ、その……」


 その言葉に、ビクリとベルは大仰に肩を跳ねさせる。

 恐る恐る、と言った表現が相応しい様子で顔をあげ、不安そうに視線をさ迷わせる彼女に、俺はやや迷ってから曖昧な笑顔で別れを口にした。


「また明日……放課後にでもな。もう今日は一人でダンジョンに潜るなよ?」


「え……? ぁ…………ぅん」


 それに対して、ベルからは戸惑うような、困惑するような、どちらとも取れる返事が返ってきた。


 彼女が今、何を考えているか俺には察せられない。

 けど、こうして約束を取り付けられただけでも、以前からすれば大きな前進だった……多分な。


「カエデも、また明日」


「はい、また明日です」


 その反応に一つ頷いてから、俺は自身もデバイスを操作して転移門を出現させる。


 光に包まれた視界に目蓋を閉じ、再び開いた時。既にそこはダンジョンではなく、自宅の自室であった。

 ある意味では日常の象徴とも言える見慣れた光景に、俺は一気に肩の力が抜けるような感覚を味わう。


 フラッと倒れるようにして、俺はすぐ近くにあったベッドに飛び込んだ。


「あー、くそ。ヤバい、気を抜いたら一編に来た」


 意識した瞬間に雪崩れ込んできた気怠さに、寝返りを打つ動作すら億劫になる。

 それを堪えて仰向けになった俺は、シミ一つない天井を見上げて肺の中の空気を全部吐き出した。


 やれるだけのことはやれているはずだ。地道にとは言えマップは埋めているし、誰一人として大きな怪我をせずに第二階層の魔物と連続した戦闘を行えている。

 指揮官としての役割はまだ慣れていないが、それは場数を踏むことで経験を積むしかない。


 順調……なのか?


 ベルにとってはそうだろう。彼女は毎日決められた分のポイントを得られれば良いのだから。

 あとはゴウキさんやレイナさん、クロにとってもだ。


 俺だけが焦燥感を覚えている。

 それは仕方がないけど、どうしても気が急いてしまうのは時間が足りないから。


 まだ他にも、やり残している事はないのかと、何度も自問自答が脳内で繰り返される。





 ――いや、違う。


 まだ出来ることは残っているな。


 俺は握り締めたままだったデバイスを目の前に持ち上げ、その表示を確認する。


「ここは、久し振りに本腰を入れてポイントの使い道に悩む時だよな……」


 二度目のゴブリンファイター戦以降、少しずつポイントに余裕ができた度に能力の強化は進めていた。


 だが、せっかく第二階層の攻略で大きく稼げたのだ。現状を見直すのには、丁度よい時期である。


「よし……それじゃあ始めるか」


 俺はその独り言と共に指を滑らせ、デバイスの画面を切り替え始めるのだった。



 

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