閑話 とある少女の困惑
――一体何なのだろう、この人たちは?
率直に表現してしまえば、それが現在パーティーを組んでいる他の《冒険者》達に対する、ベルの偽らざる本音だった。
「――ぶっ飛べ、雑魚がっ!」
「ぎゃぶぇっ!?」
手甲と脚甲を身につけた大男……確かゴウキとか呼ばれていた人の左足が、対峙していた棍棒持ちのゴブリンに直撃する。
まるで風を斬るかのような鋭い蹴撃。胴体を横に蹴り抜かれた魔物は、防御すら間に合わずに吹き飛ばされていた。
背後の個体を巻き込み、大きく後退させられるゴブリンの集団。
しかしその側面から、別の槍持ちのゴブリンがその穂先で彼を貫こうとする。
それを――
「っ!」
「ぎゃぎぇっ!?」
ベルはさらに側面から奇襲し、その喉笛を手にしていた短剣で切り裂く。
ほとんどの者は、その惨劇に気づいてすらいない。
僅かに異変を感じた者が視線を向ける頃には、すでに彼女は気配を殺し、姿を隠しながらその場を移動していた。
あとに残るのは、倒れ伏した死体のみ。
斥候系職業――【忍者】。
それがベルが《冒険者》となった際に発現した職であり、その最大の特徴は『暗殺』技術に特化した能力構成。
同じ斥候職――いや、もはやあれは特殊職とでも分類するべきかもしれないが、とにかく斥候系であるクローバーとも違う特性は、今回のような集団戦でこそ無類の強さを誇っていた。
敵味方入り乱れての、もはや乱戦とすら言えそうな前線の様相。
それを利用しながら、ベルは戦場を悠々と潜り抜ける。死を撒き散らす。
初期習得していた【気配遮断】の技能を発動し、この場の誰からも『気付かれにくい』状態となっている彼女。
それはクロの【隠密】のように、完全に自身の存在を隠しきるほどの性能はない……が、ある意味それで十分だとも言えた。
すぐ傍に命の危機が迫っているような状況で、全方位に警戒を向けられる者は極少ない。
誰もが気を張っているつもりでも、何処かでは必ず綻びが生まれているのだ。
そして、そこをベルは突く。
「食らいなさいっ!」
「げびぎゃっ!?」
「っ!」
「がへひっ!?」
また一匹、彼女の凶刃に掛かって魔物が沈む。
今度はカエデと名乗った少女が、眼前のゴブリンを切り捨てる際に走った一拍の硬直に合わせ、群れの端に位置していた個体の心臓を背後から突き刺した。
口から唾液と血液の混合物を吐き出しながら、白目を剥いて崩れ落ちる魔物。
その姿を離れながら見つめていたベルは、一方で、これまでの戦闘ではあり得なかった感覚に混乱してもいた。
――なんだか、とても楽だ。
戦いとは、もっと辛くてキツくて、死に物狂いになる行為のことを指すのではなかっただろうか。
少なくとも、今までの彼女にとっての戦闘とはそうであったし、何度か死にそうになった経験もある。
けれど、ここ数回の戦いで、ベルは一掠りの怪我すら負っていなかった。
無論、相応の疲労は感じているが、それだって一人でダンジョンを探索していた頃から比べれば微々たるものである。
だというのに、時間当たりで入ってくるポイントが比較にならない。
一日に800……いや、本日からは1000ポイントにつり上がっていたが、それはまた別の話。
父親から課せられた目標数字――それを稼ぐために、毎日彼女がどれだけの苦労をかけてきただろうか。
少し理不尽とすら考えてしまう変化に、ベルは喜ぶより先に困惑の感情が湧き上がってきていた。
原因はわかっている。パーティーを組み始めたからだ。
これまでのよう一人で正面から魔物と戦うのではなく、他の者が注目を引き付けている間の隙を襲撃する。
それは彼女にとっては呼吸をするかのように自然に行えることで、だからこそ『その程度』で勝ってしまえることが不思議でならなかった。
誰かと一緒に戦う。
それだけで変わってしまった環境に、他ならぬベルがもっとも、そして唯一驚愕していたのだ。
頭の中で、グルグルと疑問が繰り返される。答えの出るはずもない問いが巡り続ける。
その最中でさえ、身体の方は半自動的に獲物を狩り続けていたのだから、ある意味では感嘆すら覚えてしまいそうだった。
――が。
「――レイナさん、“左側の集団の足止めを”っ!」
「了解っ! ――【水よ・弾けろ】!」
「っ!?」
その戦場に響き渡った声に、滑らかに動き続けていたベルの身体は数瞬だけ固まる。
それが自身に向けられたものではなく、隣にいたレイナとか言う名前の女性に対しての言葉だと理解していても、彼女は彼の声に反応せざるを得なかった。
心がざわめく。感情が乱れる。精神が揺らぐ。
その男――ソーマの声が鼓膜を震わせる度に、ベルはどうしても集中が途切れてしまう。
こんなことは初めてだった。誰かに対して、ここまで強烈な思いを抱くことなんてなかった。
自身に辛い現実を教えてきた相手。
知りたくもなかった事実を告げてきた相手。
憎たらしいほどに羨ましい相手。
散々に殴った相手。
慰められた相手。
最後に――ベルをこのパーティーへと引きずり込んだ相手。
すべてがすべて、これまで父親を除けば至極限定された人間としか接してこなかった少女には、鮮烈過ぎる経験だった。
だから、どうすれば良いのかわからない。
怒れば良いのか、恨めば良いのか、嫌いになれば良いのか、謝れば良いのか、感謝すれば良いのか。
無感情に相対するなんて、もう出来そうになかったから。
無理矢理にでもなんらかの解答を出す必要があるのに、けれども考えれば考えるほど、心も感情も精神も、グチャグチャにざわめいて揺らいで乱れてしまう。
――私は、どうしちゃったんだろう。
確実に断言できるのは、ソーマと出会ってしまったせいでベルの価値観は一度、粉々に壊されてしまったことだ。
ゆえに、怖かった。
変わっていく自分が、変わらざるを得ない自分が、変化していく環境が……全部。
せめてもと距離をとってはみたけれど、その程度で元に戻ってくれるなら苦労はない。
――もしも、次に。
――あの声で名前を呼ばれてしまったら、私はどうなっちゃうんだろう?
ふと、思考の片隅にチラついた仮定に、言いようもない思いを感じてしまったベル。
ブルリ、と身体が震えたらその気持ちを、彼女は『不安』だと判断した。頭を振って、考えることを止める。戦闘を再開する。
……だから。
その中には、世間一般には『希望』や『期待』と表現されるモノも混じっていたことに、ベルは最後まで気付けなかった。




