05 事情聴取
ダンジョンから現実世界に帰ってきたら、警察署に連行された。
な、何を言っているのかわからないと思うが、俺もどうしてこうなったのかわからない。
現在、俺は警察署の中にあった六畳ほどの狭い小部屋に入れられている。恐らくドラマでよく見る取調室とか、そんな感じの部屋だ。
中央には卓上ライトの置かれた小さな机が設置され、それを挟む形で安っぽいパイプ椅子に座った俺と、無精髭を生やした強面の取調官が向かい合っていた。ちなみに外見年齢三十代前半ほど。
えーっと、名前は……ああ、駄目だ。
最初の方に聞いたような気もするが、あまりにここに缶詰にされている時間が長すぎたので、頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっている。
どうしてこのような状況になったのか、俺はもう一度だけ自分に問いかけてみた。
そして思い返せるのは、転移門を使って自宅のリビングに戻ってきた瞬間、何故かその場にいた警察に「任意同行だ」と全然任意じゃない同行を強制される光景。
家族は視界の隅の方で警察に何やら抗議していた気がするが、何分あっという間にパトカーに乗せられたため聞き取れなかった。
「それじゃ、もう一度確認するぞ」
俺が頭の中で回想を終えると、空気を読んだわけではないだろうが取調官のおじさんが質問を再開する。
対して俺は不満げな顔をして無言の抗議をするが、それを綺麗に無視しながら、取調官は手元の資料を読み上げ始める。
「君の名前は贄神創真、歳は今年で十七歳。家族は父と母と妹の四人暮らしで、地元の高校に通う高校生である……ここまでに間違いは?」
「……ありません」
何度目かもわからないほど繰り返された無意味な問いに、俺は仏頂面のまま答える。
それに一つ頷いた取調官は、無表情のまま高圧的な態度で質問を続けた。
「君は本日昼前、正確には午前十一時四十四分頃、自宅のリビングにて持ち主不明の不審な電子端末を発見したそうだね」
「そうですよ。もっとも、あれが本当に電気で動いていたかはわかりませんけど。見た目だけなら完全にスマホでした」
「余計なことは口にしなくていい。それで、見つけた端末を君はどうしたのかな?」
「自分に使用しました。丁度その時、テレビに限らずその使い方が懇切丁寧に放送されていたので」
あまりにも威圧的な口調だったので、嫌みを混ぜて『その一件』を口にする。
すると、今までピクリとも変化のなかった鉄面皮が、僅かではあったが苦々しげに歪んだ。
ここまで何度も繰り返されれば、警察側が何の情報を俺に求めているのか、わからない訳がない。
俺が《冒険者》であることは、彼らにとって二の次三の次だ。むしろその力や存在を疑問視している。あり得ないと思っている。
警察側が本当に欲しいもの……それはあのウサギに繋がる手がかりだ。
そんなもの、俺が知っているはずがないのに。
「……続けるぞ。君はその端末に登録されていた『ダンジョン・トラベラー』なるアプリの力を使い、異空間にあるというダンジョンに立ち入った。これが本日の正午辺りのことだ」
「その通りです」
「そして、君はそのままダンジョンを探索。ダンジョンを徘徊していたゴブリンなる魔物を倒し、約二時間半後の午後二時四十分ごろ、こちらに戻ってきた」
「間違いありません」
これ以上ないってくらいの真顔で、俺は取調官の言葉を肯定する。
と言うか、間違えようがない。
正確な時間はともかくとして、これほど濃密で熱狂的な体験を忘れられるはずがないのだから。
しかし――
「何度も言うが、君は大人を馬鹿にしているのか」
そんな俺の正直すぎる返答は、他ならぬ取調官本人の口によって否定された。
「特殊な力を与えられた《冒険者》? 異空間にあるダンジョン? ゴブリンを代表とするモンスター? そんなものが本当に実在すると思うのか? 私たちは暇じゃないんだ。あの『ラッキーラビット』と君は何か関係があるんじゃないのか? どんな手品で家族や警察の目から隠れていたかは知らんが、いい加減本当のことを話したまえ」
「――っ! だから、全部事実だって言ってるでしょう!」
そのあまりにも一方的な決めつけに、いい加減堪忍袋の緒が切れた俺は、苛立ち混じりに手元にあったスチール机を叩いた。
瞬間、メキャッ――と。
耳障りな音を立てて、いとも容易く机の天板が拳の形に凹む。俺自身は、大して力を入れたつもりが無いにもかかわらずである。
《冒険者》となったことで得た恩恵の一つに、身体能力の底上げがある。
本来であれば後衛で魔術師職である【召喚士】でも、並み大人よりは肉体強度が上がっているのだ。
もしも、これと同じことを純粋な戦士職が真似した場合、机は跡形もなく粉々になっていただろう。
その異常な光景に取調官が言葉を失っている隙に、俺は《冒険者》の証明でもあるデバイス……彼が言うところの不審な電子端末を【物質化】させ、その鼻先に突き受けた。
白状すれば、俺はもうとっくの昔に怒りの臨界点を越えていた。
真実しか伝えていないのに、そのすべてがやれ子供の戯れ言だ、やれ妄想だとろくに調べられもせずに切り捨てられるのだ。堪ったものではない。
それでも、今までは相手が警察だから、国家権力だからと必死で我慢してきたのに……もう無理。お前は俺を怒らせた。
「ほら、次は転移門でこの場から消えて見せましょうか!? 貴金属や宝石を取り出しましょうか!? それとも俺が契約した召喚獣を呼び出せばいいんですか!? 何をすれば俺の言ってることが真実だって認めてくれるのか、教えてくださいよ!」
「き、君っ!? は、はなっ、離せ!」
ガクガクと取調官のスーツの胸元を掴んで揺さぶりながら、俺は怒鳴り付けるよう問い掛ける。
相手も俺の手を外そうと抵抗しているようだが、純粋な腕力差で抗いきれていなかった。
傍から見れば、高校生に大の大人が良いように弄ばれているわけだから、さぞかし滑稽に映ったことだろう。
だが、この状況はそれほど長くは続かなかった。
「ハイハイごめんねー。ちょぉっとそこまでにしてもらえるかな?」
突如として取調室のドアが開き、そこから五十代前半ほどの年齢の一人の男が入ってきたからだ。
「な、名取先輩!? ここは俺一人で充分ですから! 任せておいて下さいって!」
「ウンウン、最初はボクもそう思ってたんだけど、そろそろ時間切れだよ、加藤クン。相手はまだ未成年なんだし、これは任意の事情聴取。これ以上の取り調べはボクたちの方が悪役になっちゃう」
男の登場に泡を食ったように恐縮し、姿勢を正し始めた取調官。そう言えば加藤とか言う名前だったな。
警察の階級には詳しくないが、今までの口振りや歳の差などから察するに、名取と呼ばれた男は上司に当たるのだろう。
彼は佇まいを直すと、改めて俺に向き直って軽く頭を下げた。
「すまないね、贄神創真クン。大人になるとどうしても頭が固くなって、素直に物事を受け入れられなくなるんだ」
「……いえ、俺も短慮な行動に出ました。申し訳ありません。机の方は弁償します」
その誠実な謝罪に、俺も頭の中から余分な熱と血が引いていく。
よくよく考えずとも、警察に喧嘩を売ることがいかに愚かだなんて、普段の俺なら当然のように理解しているはずだったんだが……やはり冷静ではなかったのだろう。
ひとまずあちら側にも非があったような流れになってきているので、このままうやむやにしてしまおうと、俺はスチール机の代金をこの場で支払ってしまうことにした。
実はこちらに戻ってくる直前、《換金店》に寄って幾らかのポイントを貴金属や宝石に変えてきていたのだ。
「――【物質化】」
俺の言葉と共に、恒例となった光の粒子が俺の手のひらから放出される。
それはややあって一つにまとまり、小指の先ほどの大きさの球状の黄金へと変わった。
その行程を、加藤とか言う取調官はこぼれ落ちんばかりに目を剥いて、名取と言う上司は興味深そうに目を細めながら眺めていた。
「えっと、恐らくこれを売れば五万円ほどにはなるはずなので、それで弁償は……ダメですか?」
「いやはや。話だけは聞いていたが、やはり実際に目にすると信じられない思いだ」
ヒョイっと軽い動作で純金の球体を受け取り、繁々と観察し始めた名取さんは、暫くしてそれを懐から取り出したビニール袋に入れ、加藤に手渡した。
「これは本部に回しておいてくれ。十中八九本物だろうけど、確認する必要がある。貴重な資料になるかもしれない」
「はっ、了解しました」
名取さんの指示に、綺麗な敬礼を返しながらドタドタと取調室から出ていく加藤。
その背中を見送ってから、さて、と彼は話を切り出した。
「改めて、任意の聞き取り調査だと言うのに、手荒な真似をしてしまってすまなかった。加藤クンも普段はもっと冷静なんだがね、余裕がないのさ」
「……昼間の『ラッキーラビット』の一件ですね」
「そうだ。ダンジョンや《冒険者》なんて存在より、国としてはそちらの方が重要な案件なんだよ。もっとも、これだけの力を彼ら全員が持っていると知られたら、どうなるかはわからないけどね。今は現場で情報が錯綜している状況さ」
俺の推測に頷きながら、名取さんは疲れたように長い息を吐いた。
考えてみれば当然なのだ。
まだ発生から一日足らず、半信半疑で世間一般にその存在が認められていない《冒険者》やダンジョンと違い、昼間の『全日本一斉電子機器ジャック』は犯罪であり、あのウサギという明確な犯人がいる。
そして事件があれば、犯人を捕まえなければならないのが警察の仕事だ。
そもそも、一国の情報ネットワークが個人の手によって不正に掌握されるという事態自体が、前代未聞の大事件なのだ。
警察や政府の上層部は、まるで蜂の巣をつついたような騒ぎだろう。
何としても捕まえなければ、それは日本という国の沽券に関わる。
世紀の大犯罪者と、今の時点では本物かどうかもわからない《冒険者》。
どちらへの対応を優先するかなど、考えるまでもなかろう。
それでも俺が尋問染みた事情聴取を受けていたのは、現状であのウサギに繋がる手がかりが俺たち以外に見つからないからに違いない。
なにせ、俺たち《冒険者》は直接あのウサギから招待状を受け取った人間だからな。藁でも掴む思いって奴なのだろう。
実際は、本当にダンジョン関連の基本的なシステムの知識しか与えられていないのだが。
「それで結局のところ、俺の証言は信じていただけるんですか?」
「うん、そうだねぇ。これだけ証拠が揃ってるし、何よりお嬢ちゃんの証言とも矛盾しない。個人的には充分に信憑性があると考えるよ。ウサギの捜査に、新たな《冒険者》なる存在の登場……これから警察は忙しくなるな」
「…………?」
「さっ、そんなことより。表に親御さんが迎えに来てる。早く顔を見せて安心させてあげなさい」
俺は名取さんの口にしたお嬢ちゃんとの言葉が気になって眉を潜めたが、彼の方にそれ以上口を割る気はないようだった。
俺は後ろ髪を引かれるような思いで、背中を押されながら警察署を後にするのだった。
本来ならば取り調べの際は、二人以上の警察官が立ち会うそうですが……知ったときには全文書き上げていたという恐怖。
この話はフィクションですし、警察署の方もウサギのせいで混乱していて人手が足りなかったとでも考えておいてください。