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44 少女の叫び

 



「――家族……家族、ねぇ」


 そのベルからの質問に、しばし俺は考え込むように呟いた。


 それは一般的な定義で言えば、『同じ家庭に属する住人』とでもなるのだろうが、生憎と彼女が聞きたいのはそんな話ではあるまい。


 自身にとって、理解できない対象であるところの俺が考える、本来あるべき『家族』の姿。それを、ベルは知りたいのだろう。

 厄介な問いだと思う反面、これはベルが俺に……父親以外の存在に、欠片程度でも興味を抱いてくれた証でもある。適当に答えたくはなかった。


 そして――


「そうだなぁ……俺にとっての家族は、『迷惑を掛け合える大切な相手』なんだと思う」


「……迷惑を?」


 充分すぎるほどに慎重な間を空け、自身の中にあった経験による思考と推論を取りまとめた俺が出した解答は、そんな単純極まりないモノだった。


 もっとも、やはりこれだけでは納得がいかなかったようだ。

 訝しげに眉根を寄せるベルに、一つ頷きながらも俺は説明を続ける。


「いやまあ、人によってその意味合いは違ってくると思うけどさ。俺がイメージする理想の家族の形は、助け助けられる隣人の集まりなんだよ」


「……わからない。わからないよ……だって、迷惑をかけたら怒られるんじゃないの?」


「そりゃ、その時は怒られもするだろ。だけど、それだけで相手を見捨てたりもしないさ」


 ユルユルと力なく首を振る彼女に、俺は自身の考えを語った。


「お前は家族が困ってたら助けるべきだって主張するけど、それならお前の父親だってベルを助けるべきだろ? その相互の繋がりが、俺は大切なんだと思う」


「けど……お父さんだよ? 娘なら、父親のために働くべきだって……お父さんは言ってたよ?」


「うん。でもその関係は、俺にとっては普通じゃないんだ」


 薄々と予感はしていたのだろう。だけど、認めたくはないって感じか。

 自分の常識とは全く食い違っている俺の主張に、彼女はキツく唇を引き締めながら再び問いかけてくる。


 今の俺がしているのは、言わば彼女の『過去の否定』だ。当然、その中には受け入れ難い内容も含まれているだろう。


 しかし、それでも俺はベルに知って欲しかった。せめて理解はできなくとも、このような『家族』の形があるのだと教えておきたかった。

 世界には、これまでお前が出会ってきたような人達ばかりではないのだと、その小さく縮こまり、凝り固まっている頭に叩き込んでやりたいのだ。


「これまで、俺は数え切れないくらいの迷惑を家族にかけてきたし、実際、今も《冒険者》の活動を通してかけ続けてる。その度に怒られたり叱られた記憶もあるけど……一度として、見捨てられた覚えはないな」


「ありえないよ……だって、それじゃ……私のお父さんが、おかしいみたいだもん」


 ついにはクシャリと表情を崩壊させながら、ベルは俺の話を否定する。

 膝頭に顔を埋め、もう聞きたくないとばかりに両手で耳を塞ぐ彼女に、けれど俺は関係ないと心を鬼にして言葉を続けた。


 変な部分で頑固で維持を張るけど、いつも俺たちのことを優先してくれる父さんを。

 普段はほとんど自分の意見を口にしないが、その分だけ裏から家庭を支えてくれる母さんを。

 最近はとにかく生意気になってきたけど、実は優しい性格で皆の心配をしてくれている妹を。


 何処に出しても恥ずかしくない、俺の家族との何気ない毎日を伝える。


 父さんが会社で事業を失敗して、自宅の自室で隠れて凹んでた……とか。

 それを見つけた真由が、口止めされていたにも関わらず母さんに内緒で教えていた……とか。

 ならばと母さんが父さんを励まそうと張り切って、夕食のテーブルを父さんの好物で文字通り埋め尽くすことになった……とか。


 一つ一つは取るに足らない話題だ。こんな機会でなければ、俺だって思い出すことも、誰かに話すこともなかっただろう。

 それでも、ベルにとってはまるで異界の出来事を耳にしているような気分だったのだろうか。


 いつしか泉の音しかなかったはずの部屋には、啜り泣くような、押し殺した声が響いていた。


 誰のものかは、あえて明言するまでもないだろう。


 肩を震わせ、決して顔をあげようとしない彼女へと、俺は最後に苦々しい思いながらも決定的な言葉を告げる。





「ベル――お前は不幸だよ」





「――っ!? ぅぅぅううううううううぅうううっ!」


 それがギリギリの崖っぷちで耐えていたベルに、止めを刺してしまった。

 ついに我慢すらできず、声をあげて大泣きし始めた彼女の姿に、俺はガリッと(ほぞ)を噛む。僅かに鉄の味を感じた。


 ああ、やってしまった。泣かせてしまった。

 俺はベルを酷く傷つけたことだろう。後悔が津波のように押し寄せてくる。


 本当なら、こんな後味の悪い手段じゃなくて、もっと穏便に自覚を促せればよかったのだ。自身の境遇の苛酷さを知らせるのは、彼女の心の準備が整ってからにしたかった。

 本業のカウンセラーは、このように何十、何百という人達を相手にして、挫けることなく根気強く精神の病を癒しているのか。脱帽だ。尊敬せざるを得ない。


 だけど、今回の場合はそれじゃあ遅いと思ったから。


 今、この場でベルには考え直して欲しかった。

 お前の父親は、はたして己の命を捧げるに相応しいだけの存在なのか――今すぐにでも、客観的に見つめて直して貰いたかったのだ。


 残酷だなぁ……なんて、他人事のような呟きが湧き上がってくる。

 それを成したのは、誰でもない俺自身だというのに。


 比較対象として、俺の家庭の状況を例に出してみたのだけど……一度でもその差を理解してしまえば、誰だってこう思わずにはいられないはずだ。


 ――どうして、自分だけが。


 ぶっちゃけてしまえば、そんなものに理由はない。あえて責任の所在を問おうとするなら、それは『運命』なんて曖昧であやふやなモノに行き着いてしまう。


 ただ、運がなかった。

 不運だったなんて言葉ですべてが片付いてしまうのが、ベルの現状だ。


 ゆえに、行き場のない、責めようのない感情が彼女の胸の中で暴れまわっているのであろう。


「……もう、全部吐き出しちゃえよ。ここには俺とお前しかいないし……多分、俺って都合のいい頭をしてるはずだから、明日にはケロっと忘れてるだろ」


 これ以上、見ていられなかった。

 そんな思いから、半ば無意識の内にそっぽを向いた俺が口にした台詞。


 けれど、それを耳にした途端――ベルは、爆発した。


「――っ! ぁァアああアアあぁアアアッッ!!」


 その叫びは、まだ中学生程度の少女が発するには、あまりに悲痛過ぎる咆哮だった。

 彼女は現状で傍にただ一人だけ存在する、憎たらしいほど幸せな人生を送っていた俺の胸ぐらを乱雑に掴み、硬く握り締めた拳で殴りかかってくる。


「なんでっ、なんでっ! なんでそんな事を言えるの! どうして私だけが! 貴方だけがっ!」


 ――知らなければ、こんな気持ちにはならなかったのにッ!


 そう忌々しげに吠えた彼女の一撃は、何よりも重く痛くて苦しかった。物理的にも、心情的にもだ。芯まで響く。

 俺はベルに苦痛を強いたのだ。教えずともよかった事実を伝え、彼女を苦しめた。だから殴り返されている。これは正当な報復だ。


 先程までとは比べ物にならないくらい、濃密な血の味が口の中に広がる。感覚的に、鼻血も出ているだろうか。

 けれど、それでもベルは俺を執拗に殴ってきた。床に押し倒して執念深く、何度も何度も拳を打ち付けてくる。


 くそ、これが斥候系とは言え前衛物理職の力か。圧倒的じゃないか……などとふざけて気を紛らわせておかなければ、コッチが涙を流しそうになる。


 だけど、やがてはそのような打撃の嵐も弱まり、途絶え、後には小さく泣き声を漏らすだけのか弱い少女だけが取り残されていた。

 反射的に、その背中を妹にするよう撫で擦ってやると、またもやワッと泣き出されて、今度は抱きつかれてしまう。


 もうやだ、こんな役回り。女の子を短期間に二度も泣かせるとか、二度と経験したくない。


「ひぐっ……もう、やだぁ……やだよ、こんなの……」


 おい、奇遇じゃないか。たった今、俺も同じような事を考えていたところだ。


「そうだよなぁ……誰だって、嫌だよなぁ」


「うんっ……でも、やめられないからっ……お父さんに見捨てられるの、それでも怖いからっ!」


「…………そっか」


 俺の胸にすがり付くよう顔を埋め、涙声で語るベル。それを肯定しながら、ゆっくりと落ち着かせるよう俺は彼女の背中を叩く。


 それが功を奏してくれたのかはわからない。

 が、ベルはいつしか目尻に涙を浮かべつつも、小さな呼吸音を残して意識を失ってしまっていた。


 案外、感情の発露っていうのはエネルギーを使うからな。怒りとか悲しみとか嘆きとか、それが負の感情なら尚更だ。

 元から溜まっていた疲労と合わせて、今のベルはグッスリと夢の中である。簡単には目を覚まさないだろう。


 ……いや、それにしても。


「あーあ、やっちまった」


 デバイスから低級回復薬を取り出して一口(あお)りつつ、俺は息を吐いた。

 これでもう、完全に後戻りはできなくなってしまった。


 どのようなものであれ、変化には常に痛みが伴う。ベルの場合は進むも引くも、そして停滞するのも地獄だった訳だが。

 どれにせよ、それを促してしまった時点で俺に選択肢はない。行き着くところまで、彼女と一緒に堕ちていくだけだな。


 しかし……俺は本当に、何をしてるんだか。


 最初は単純に、退屈な毎日から非日常に憧れていただけだというのに。楽しんでダンジョンに潜れればそれで良かったのだ。

 なのにいつの間にか、色々と面倒な案件が向こうからやって来ている。面会謝絶の看板を要求したい。


 上手くいかないもんだなぁ、と俺は呟きながらもう一口だけ回復薬を口に含むと、そのまま倒れるように仰向けに寝転がる。


 ……と、そこで俺の視界に、誰かの足首が映った。


「あら、もうあの奇妙で独特な話し合いは終わってしまったのですか?」


「……あ、あららぁ?」


 ついでに、聞き覚えのある声も聞こえてくる。

 そのままの状態で俺が視線を持ち上げると、そこには微笑みを浮かべながら立つカエデの姿があった。



 

 

 ぶっちゃけ、専門の知識も持たない主人公がスマートに事態を解決できるはずがなかったんだよ!

 

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