閑話 何処かの父親と組織の会話
前話までの主人公の行動まとめ。
・前日会ったばかりの中学生少女の居場所をチェックする高校生男子。近くにいるとわかると即座に合流を決意。
・疲労で動けない彼女をお菓子片手に拉致。人気の(い)ない場所へとつれて行く。
・その後、会話による交友を試みる。なお、その時点で彼の所持物には睡眠薬を含め、いかがわしい薬品多数。
……あれ? こうして文章にしてみると、ヤバいくらいの犯罪臭がぺっ!?
ソーマ「おっやー、こんなところに人の形をしたゴブリンが。あっぶないなー(棒読み」
その日、同時刻。
現実世界のとある雑居ビルの一室にて、一人の男が落ち着きなく室内を見渡していた。
外見年齢は四十代半ばほどだろう。落ち窪んだ瞳に、白髪が入り雑じったボサボサの髪。無精髭が生えた顎と、ひょろりと細い身体。久しく日に当たっていなかったのか、顔色は随分と青白い。
着ているのは真新しいスーツ一式。市販の中ではそれなりの品なのだろうが、ネクタイの結び方が甘い上、着慣れていないようで着心地が悪そうだ。
率直に言って、似合っていない。服に着られている、という表現がピッタリとくるだろう。
一方で、ソファーに座る彼を取り囲むのは、対照的に黒スーツを見事に着こなしている大柄な男が数人。
普段から相当に鍛えているのだろう。服を内側から盛り上げる肉体は、その厳つい顔つきと相まって、気の弱い者なら威圧感だけで圧倒できそうだった。
さて、そんな男たちに囲まれながら、忙しなく額に滲んだ汗を拭う一人の男。
だが、すぐにその顔には安堵するような表情が浮かぶことになる。
ガチャリ、と静かだった室内に扉が開く音が響く。
そこから顔を見せたのは、柔和な容姿の清潔感溢れる格好をした若者だった。
「やあ、百地さん。お待たせしてしまってすみませんね」
「ああ、小鳥遊さん! いえいえ、とんでもないです!」
百地と呼ばれた男はソファーから立ち上がり、待ちわびていたように小鳥遊と呼んだ男へと早足で歩み寄る。
そのままガッチリと握手を交わした二人は、お互いに笑みを見せて言葉をかわした。
ただ……彼らが浮かべたそれらの笑顔も、目敏い者がこの場にいれば種類が違っていることに気づいたかもしれない。
百地がへりくだるような卑屈な笑い方だったことに対し、小鳥遊は愛想笑いと言うべきか、形式だけ相手に合わせているように感じられるのだ。
まず、目が笑っていない。しかも、よく見れば他者を蔑むような色まで窺える。
瞳は人の本心を写し出す鏡だとはどこかで聞いた例えだが、それに従うなら小鳥遊は内心で目の前の男をとことん見下していることになる。
「さあさあ。こうして立ち話もなんですし、まずは座ってください」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
小鳥遊が促すよう先程まで百地が腰掛けていたソファーを指すと、彼はヘコヘコと何度も頭を下げながら再び席につく。
その際、小鳥遊が自然な動作で懐からハンカチを取りだし、握手していた手のひらを拭ったことに、百地は気づいていなかった。
もっとも、気づいたからといって文句をつけられたかどうかは、また話が別だったろうが。
「それで、ですね……早速なんですが……」
「はい、今回の査定額の件ですね」
腰を下ろした百地は、小鳥遊がテーブルを挟んで対面に座った直後、待ちきれないといった態度で尋ねかける。
それを予想していたかのよう、一瞬だけ口元を歪めた彼だったが、すぐにその顔は申し訳なさそうな仮面を被っていた。
やはり、百地は気づいていない。
「済みませんが……今回はこちらも限界まで頑張っても、三十万といったところですね」
「そんなっ!?」
その答えに、彼は悲鳴に近い叫びをあげる。
「ど、どうしてですか! この前までは同じ量でも四十五万だって――」
「ええ、だから本当に申し訳ないんですよ。ですが、これがウチの精一杯でしてね」
口の端から泡を飛ばし、尋常ではない様子で小鳥遊へと詰めかけようとする百地。
それが周囲を取り囲んでいた黒服の大男たちに取り押さえられる光景を眺めながら、小鳥遊は眉尻を下げつつ対応する。
「仕方がないんです。『出所の不確かな金』を扱うのは、それなりのリスクと出費もありますから」
「ぐっ……!」
腕をとられ、無理矢理に席へと戻された百地は、その返答に言葉を詰まらせながら呻く。
――さて、ここまでのやり取りをソーマ達が聞けば、恐らくは理解していただろうが……この男、百地 廉造は現在進行形で彼らの頭を悩ませている《冒険者》、ベルの父親である。
彼が本日――否、ここ数日は毎日この雑居ビルを訪れ、小鳥遊たちに会っているのは、百地が娘から譲ってもらった金を現金へと変換するためだった。
何故、市井の貴金属店を利用しないのだろうか。
その疑問の答えは、彼が持ち込んだ金が買い取りを拒否されたことに起因する。
知っている者は当然のように知っているだろうが、本来であれば貴金属や宝石類を扱った物品には、その証明として『刻印』が刻まれる。
金属の純度や宝石の大きさなど、その価値を目でわかる情報として表示するための目印とでも例えるべきか……装飾品であれインゴットの形であれ、現在生産される大抵の製品には『刻印』が押されているのである。
しかし、当たり前だが《冒険者》が《換金店》で変換した金に、そんなものは刻まれていない。
すると買い取る貴金属店側としては、『本物かもわからない金属を調査し、適切な金額を判断』しなければならないという面倒が増える訳だ。
無論、刻印がある場合でも査定はするのだが、無い場合と比べるとその手間に雲泥の差があるのは語るまでもない。
加えて、百地はそんな金を連日大量に貴金属店へと持ち込んで換金しようとしたのである。
偽金だと疑われ、買い取りを断られるのも自然な成り行きだった。
だが、それで困るのは百地である。
いくら本物の金だと主張しても、どこも信じてはくれない。現金に変えられなければ、いくら価値があったとしても無意味だ。
既に娘の金で豪遊する味を覚えてしまった彼は、途方に暮れてしまった。
そして、そんな百地に近づいたのが、この小鳥遊と名乗った男たちである。
――『いや、聞きましたよ。どうやら困っているようですね。もしかすると、私たちなら力になれるかもしれませんよ?』……と。
その言葉に釣られ、話だけでも……とこの雑居ビルに連れ込まれた彼は、最初こそその雰囲気に恐怖した。
もっとも、最後に彼らが貴金属店の代わりに金を買い取ると申し出てきた時には、小鳥遊のことがまさに神の遣いのように見えていたのだが。
――『ですが、これはある意味で危険な真似でもあるんですよ。ほら、貴金属店で取り扱って貰えないとなると、正規のルートじゃ流せないって訳でしょう?』
――『だからその分の手間も含めて、買い取り価格の方は通常より低めになってしまうんですが……どうします?』
私は貴方の味方ですよ、とでも告げるかのような柔らかい笑みを浮かべて淡々と説明する小鳥遊の説明に、もはや百地は疑うということをしなかった。
冷静に考えれば色々とおかしな点があるにも関わらず、すっかりと彼らを信頼してしまったのだ。
そして、冒頭のやり取りに戻る。
「わかってくださいよ、百地さん。私たちも慈善事業じゃないんですから、これ以上値を吊り上げられると首を括る羽目になるんです」
「いや、だからって……それでも少なすぎはしませんか? 正規のレートなら、八十万はするはずじゃ……」
「いえ、ですから……ねぇ。それだけ私たちも危ない橋を渡ってるってことで……それとも、買い取りを止めますか? 私たち以外に金を換金してくれるアテがあるのでしたら……ですけど」
心苦しい面持ちながらも、そのチラリと見せつけられた小鳥遊の脅しに、百地は一気に顔を青くさせる。
ここで彼らにすら見捨てられたら、自分は本当の終わりではないか……そんな考えが、百地の頭を駆け抜ける。
「わ、わかった! いや、わかりました! 三十万、三十万で良いです!」
「……いやぁ。そう言ってくださって、私たちもホッとしましたよ。これで私の首も繋がります」
慌てて立場を一転、首を縦に振り始めた百地の情けない姿に、安堵したかのように顔を手で覆い隠して息を吐く小鳥遊。
その奥で醜悪に歪んだ嘲笑が浮かんでいることなど、百地には考えも及ばなかった。
――そして。
周囲の男たちの一人に現金を用意するよう命じながら、小鳥遊はガックリと肩を落とす彼へと、その身を案じるように言葉をかける。
「そう落ち込まないでくださいよ、百地さん。重さ辺りの金額が減ったのなら、もっと沢山持ち込んで下されば良いじゃないですか」
「もっと……沢山?」
ユラリ、と俯き加減だった百地の頭が持ち上がる。
そこには己の欲望に溺れ、金の魅力にとり憑かれた一人の亡者の顔があった。
「はい、お金が欲しいんですよね? なら、もっと沢山の金を持ってきてください。まだまだあるんでしょう?」
「……は、はは。そう、ですね。もっと金を持ち込めば、査定額だって増えますよね」
「その通りですよ。私たちはいつまでもここで待っていますから」
ポンポンと親しげに肩を叩かれた百地は、今までロクに働かせていなかった頭の中で思考を巡らせる。
――もっとだ……もっと金がいる。金がいる。俺が楽をするために。
――なら、娘を働かさなければ。あいつは俺のモノだ。俺が育てたのだ。であれば、俺に従うのは当然なのだ。
それは一種の催眠や強迫観念の様相を示し、彼の思考を一色に染め上げる。
「期待していますよ、百地さん」
「ええ……明日も利用させてもらいます」
ふらついた足取りで立ち上がり、封筒に包まれた金を受け取った百地の背中へと、小鳥遊はもはや取り繕おうともせず侮蔑と愉悦の目を向ける。
だが、それにすら気づけない彼は、ひとまずこの金を何に使おうかなどという、既に状況にそぐわない事に考えを及ばせているのだった。
親子揃って誰かに利用されてやがる……これが血筋か(違う
なお、小鳥遊さん一行は法的には黒に近いグレーゾーンで金を稼いでいる悪徳組織です。小悪党です。もう直接的な出番はありません。
ですが《冒険者》であるベルに直接干渉しているわけではないので、ウサギからの天誅は飛んできません。それを狙って父親だけに接触してます。
まあ、毎日金塊を大量に売っていれば、こんな輩にも目をつけられますよね。




