42 小鬼の迷宮2F-2
「――っ、見つけた!」
そして、それからさらに数回の戦闘を潜り抜け、迷うことなくダンジョンを走り続けるクロードの後を追うこと十数分。
もう何度目かもわからない十字路を曲がった先の小部屋で、ようやく俺はベルを見つけ出すことが出来た。
ただ、完全に間に合った、と言うわけでもなさそうである。
俺の視線の先に広がっていたのは、剣持ちゴブリン二匹に挟まれるよう、正面と背後をとられた状態で厳しい表情を浮かべる彼女の姿。戦闘の真っ最中だ。
ベルの身体には小さな切り傷が幾つも刻まれ、薄く血が線となって流れている。呼吸も乱れており、大きく肩を上下させていた。
見たところ、即座に命に関わりそうな大怪我は負っていないようだが……かなり不味い状況であることは間違いない。
もしかしなくとも、俺がたどり着くまで既に何度か、この階層の魔物と戦っていたのだろう。疲労も負傷も蓄積している様子だ。
「――っ!」
それでも、ここで退くという選択肢は彼女の中にはなかったようである。
ベルは逆手に持った短剣を構え、額に汗を滲ませながら前方の個体へと躊躇いなく踏み込んだ。
が、その途端。
「ぎゃぐげげぎゃ!」
タイミングを合わせるように後方のゴブリンが叫び声をあげながら、背を向ける彼女へと剣を振りかぶる。
当然、背後の敵にも気を配っていたベルは、容易にそれを避ける……が。
「げげぎゃっ!」
「――っ」
今度は攻撃を仕掛けようとしていた正面の個体が、隙を見せたとばかりに突きを放ってきた。
二対一。数の有利を理解しつつ、その上でそれを活かす魔物たちの連携は、単体の強さ以上の厄介さを感じさせる。
「こ……の……っ!」
咄嗟に身を翻し、手にしていた短剣を打ち合わせて、滑らせるように迫る剣の切っ先を回避したベル。
だがその間にも、再び背後のゴブリンは彼女に襲い掛かろうとしていた。
――それを。
「あーーっ! 邪魔なんだよ、このクソゴブリンがっ!」
「げぎゃあっ!?」
走っていた勢いのまま、感情のままに戦場へと突入した俺が、さらに背後から全力で蹴り飛ばした。
何故蹴りなのか……それは身体が勝手に動いたからだ。深い意味はない。丁度良い位置にゴブリンの背中があったんだよ。
はははっ! 不意打ちって決まれば最高に気持ちいいよな!
「……ぇ?」
「ぎゃがぎゃ!? ががげぎゃ!」
恐らくは、この場の誰にも予想できなかったはずの俺の介入。
その存在に、ベルの口から小さく驚きの声が漏れるのが聞こえてきた。
ズザザ――ッ! と顔面から盛大に床に飛び込んだ個体に、それを気にしつつも乱入者へと警戒心を露にしたもう一体。
その反応と切り替えのよさは敵ながら称賛に値すると思うが、俺ばかりに意識を向けている時点で赤点だろう。
「グガァッ!」
「ぎゃぶがっ!」
そして、それを証明するかのように直後、俺へと剣を向けていたゴブリンから悲鳴が上がる。
俺に集まった注目を隠れ蓑に、気づかれぬまま距離を詰めていたクロードが襲いかかったのだ。
床に押し倒され、押さえつけられた憐れな魔物。
黒狼はもう二度と仕損じはしないとばかりに獰猛に顎を開き、その無防備な首へ剥き出しの牙を深々と突き立てた。
抵抗を感じさせぬまま、ゴキンと噛み砕かれた頸骨。
その結果を確認する間も惜しいとばかりに、俺はベルへと叫ぶ。
「おいこら、ボーっとするな! まだ一匹残ってるだろ!」
「っ! ……わかっ、た」
この叱咤に呆気にとられていた彼女は一瞬肩を跳ねさせたが、即座に言われた通り俺が蹴り飛ばした個体へと駆け寄って、その背中に短剣を突き刺した。
心臓を的確に破壊したのだろう。刃が抜かれた傷口からは鮮血が止めどなく溢れだし、ゴブリンは何度か痙攣して動かなくなる。
それを確認し、加えて周囲の通路を見渡して追加の魔物が存在しないことを認識したベルは――
「…………ぁ」
と、気が抜けたように脱力し、その場に崩れ落ちた。
肉体的にも精神的にも限界だったのだろう。一度張り詰めていた緊張感が途切れてしまえば、少女はまともに立つことさえできない様子だった。
そして、そんなベルに歩み寄った俺は、厳しい声色で彼女の行動を問い詰める。
「お前な……マジでふざけんなよ。昨日の今日で何だこれは。俺たちはワザワザ無駄死にさせるため、お前を助けた訳じゃないんだぞ」
「…………えっと、貴方は……昨日の?」
「……っ。ああ、もう!」
俺の詰問に、霞がかったボンヤリとした瞳をノロノロと向けてくるベル。
その魂が抜けかかっているような姿に、俺は腹立たしい思いで地団駄を踏んだ。
これでは何も変わっていない。どれだけ言葉で伝えようと、ポイント欲しさに命を投げ出すことを厭わない彼女を止めることができない。
考えることを放棄してしまっている。思考停止した頭には、何を叩き込んだって無駄だろう。
今のベルに必要なのは、まず充分な休息である。
ちゃんと寝て、食べて、体調を戻さなければ、まともな会話すら不可能だ。
「……本当なら、強引にでも現実世界に帰らせたいところなんだけどな」
苦々しい思いで、俺は自身のデバイスを取り出して見つめる。
基本、転移門は個人専用。パーティーを組んでいる時などは別だが、それ以外の場合で他の《冒険者》を跳ばすことはできない。
そして、そんな説明をしたところで、ベルが俺からのパーティー申請を受け入れるとも思えない。
まだ目的を果たせていない以上、彼女はダンジョンから出ていこうとしないだろう。
とは言え、いつまた新たなゴブリンが湧いてくるかもわからないこの小部屋で、本格的に腰を据えて休憩できるはずもなく。
「仕方ない……か。おいベル、少し揺れるぞ」
「…………?」
俺の言葉に、黙って首を傾げるベル。
その腕を無理矢理に掴んで立ち上がらせると、俺は彼女を背負ってダンジョン内の移動を開始した。護衛はクロードとヒスイだ。
つか……マジで軽いな、おい。綿菓子か何かかと思ったぞ。
うちの高校の女子たちは、ことあるごとに「痩せたい」や「ダイエットしたい」などと呟いている気がするが、はたしてこの重みを実際に感じてまでその信念を貫けるのか。
少しだけ、その光景を見てみたい気もするのだが……ただ悪趣味なだけだな。忘れよう。
俺が黙って内心で首を振ると、ほとんど抵抗を感じさせぬまま背負われていたベルが、耳元で小さく囁いてきた。
「ぁ……ダメ、ポイント……稼がないと……帰るの、ダメなの…………」
「……別にダンジョンから出る訳じゃない。出たくても出られないからな。今はここより安心して休める場所に向かっているだけだ」
「でも……時間。休憩とか、勿体ないから…………」
イヤイヤと駄々を捏ねる子供のように、ベルは微かに身体を捻る。
全く、この期に及んでまでコイツは。俺の気持ちも少しは考慮してくれ、見てられないんだよ。
それを背中で感じつつも、俺は胸の中で膨らんでいく負の感情を悟られぬよう押さえ込み、デバイスからとある物を物質化させた。
昨日、レイナさん達とのボス攻略ツアーの後、取り合えず持っておけば地味に役立つなと【個人倉庫】に突っ込んでおいた、チョコレート菓子の包みである。
他にも飴やらクッキーやら、色々と家にあったものを携帯食代わりというか、万が一にも精神力が減りすぎた時の回復薬代わりというか――
ぶっちゃけ、休憩中の息抜きやオヤツ目的で所持していたのだが……まさかここで使うことになるとは。
「はいはい、文句はこれを食べ終わってからにしてもらおうか」
「むぐぅ――っ!?」
俺は手早く包装を破ると、未だに何やら呟いていたベルの口に、それを放り込む。
突然、口内に広がった甘い味に目を白黒させ始めた彼女。
その顔を視界の端に収めながら、俺は足の回転数を心持ちあげ、次にベルの口に突っ込む予定の菓子を物質化させる。
もはや俺には、最初からベルに語らせるつもりなどないのだ。だって話通じないし。
精々、今だけは攻略のことを忘れて甘味を堪能していればいいさ……と、俺は本人に聞こえないよう声に出さず、口だけを動かすのだった。




