41 小鬼の迷宮2F-1
それからの俺の行動は、至極単純だった。
前日、ボス相手に死にかけたにも関わらず、一人で第二階層へと潜っているベル。それを放っておける訳がない。
昨日の別れ際には、彼女の耳にタコができるくらい、散々に無理無茶無謀はしないよう全員で言い聞かせておいたのだが……この結果を見るに、効果はなかったようだ。業腹である。どう仕置きしてやろうか……。
しかし、こと今の段階に至ってグチグチと文句を連ねていても仕方があるまい。
急いで俺も第二階層へと跳ぶ準備をしつつ、ついでにデバイスを操作して保険を用意しておく。
もしかすれば不用になるかもしれないが……その時は、俺が頭を下げれば良いだけだな。
ここから先は、俺にも未知の領域である。できる限りの手は打っておきたかった。
「落ち着けよ、俺。焦ってコッチまで死にかけるとか、洒落にならないからな」
チリチリと胸を火で炙られるような焦燥感を覚えつつも、第一に考えなければならないのは自分の安全だ。それは理解している。
無理無茶無謀を咎めていた俺が、その過ちを犯すわけにはいかないのだから。
そこで、最後にもう一度だけ一呼吸をいれながら、俺は自身に問いかけてみる。
――こうまでして、ベルは助ける価値のある相手なのか……と。
「……ああ、もう。俺って格好つけすぎだろ。自分に酔ってるのかな? あとで説明する時、父さんに怒られそうだけど」
答えはすぐに出た。ゆえに苦い笑いで口元を歪めつつ、デバイスの画面に指を滑らせる。
転移門が開かれ、石の床に光の粒子で出来た円陣が浮かび上がる。
それを抜けた先で俺を待っていたのは、第一階層と同じような様相の小部屋だった。
と言っても、風化して今にも崩れ去りそうだった下層と違い、第二階層はやや内装が真新しいように俺の目には映ったが。
ひび割れや欠落もなく、整然と並ぶ石ブロックでできたダンジョン。壁には苔の代わりに蔦が這い、第一階層のボス部屋と同じように一定間隔で松明が灯っている。
本来ならジックリとその非日常感溢れる景色を堪能し、自分のペースで慎重に探索を進めたかったのだが……今回ばかりは、その余裕もないな。残念なことに。
「――【召喚・《黒狼》】、【召喚・《魔梟》】!」
俺は早々に杖を構えて召喚獣たちを二体とも呼び出し、クロードに向かって若干の焦りが混じった声で尋ねかける。
「クロード、ベルが……昨日会った女の子がこの階層の何処かにいるはずなんだが、匂いで追えるか?」
「グル? グルルルル…………ガゥ!」
鼻の利く狼の召喚獣であり、他にもかなりの探知能力を有しているクロードならば、ベルを探し出せるのではないか。
そんな確証のない行き当たりばったりな捜索案に、俺の自慢の召喚獣は暫しの間、何かを探るよう鼻を鳴らして唸り声をあげる。
しかし、やがてそれは肯定するような吠え声に変わると、クロードはついてこいとばかりに小部屋から通路へと飛び出し、一度俺を振り返った。
よし、どうやら追えるみたいだ。
これが駄目なら手当たり次第にダンジョンを駆け巡るしか方法が思い浮かばなかったので、俺は歓喜からグッと腕を胸の前で構える。
これは後で、クロードにはご褒美に骨付き肉を進呈するべきだな。それも最高級の。
もっとも、それも無事にすべてが終わってからだろうが。
そんなことを頭の隅で考えつつ、駆け出したクロードを俺とヒスイは追いかけるのだった。
――が。
「っち、やっぱり出てきたか」
「ぐぎゃぎゃげへっ!」
いくつかの小部屋を通りすぎ、通路を突き進んでいた俺達の前に、見覚えのある姿の魔物が数体姿を現す。
全体的に人型に近い体つきに、茶緑色の肌。口から飛び出た乱杭歯と頭のコブが特徴的な、このダンジョンを代表する雑魚敵――ゴブリンである。
ただし、第二階層のコイツらは全員が剣や槍などの武器持ち。
加えて出会い頭から無闇に突撃してるのではなく、まずは警戒するよう手に持った武器の切っ先を俺達に向けてきていた。体格も下層の個体よりやや大きなように感じる。
俺は最近の恒例になってきた【分析】を発動させ、ゴブリンの情報を表示させた。
――――――――――
名称:剣持ちゴブリン
レベル:7
特殊技能:???
属性:???
弱点属性:???
――――――――――
――――――――――
名称:槍持ちゴブリン
レベル:7
特殊技能:???
属性:???
弱点属性:???
――――――――――
「地味にレベルたけぇ!?」
その結果に、俺は思わず驚愕の声をあげる。
レベル7って……第一階層のボスと同じじゃないか。あそこの取り巻きたちと同じ感覚で相手をしてたら、俺も痛い目を見るところだったかもしれない。
こうなると、特殊技能の欄まで見えないのが辛いな。あれを持っているかどうかだけで、かなり対処法が変わってくるし。
……いや、それは今になって考えることじゃない。
重要なのは、いかにコイツらを手早く片付けるか。
こっちは早くベルを探しにいかないといけないんだ。第二階層に出現する魔物の強さの平均がゴブリンファイター級だと知れた以上、思った以上に時間的な猶予はない。
この階層は、今の彼女が一人で挑むには危険だと確信する。
しかも、今回は剣持ち二体、槍持ち一体の三体で現れたからな。
もしかすると、ここからはどの魔物も、最低でも複数体で行動しているのかもしれない。嫌な傾向だ。
「悪いが、とっとと退場願おうか――クロード、“右の敵を喰い千切れ”! ヒスイは“真ん中と左側を切り裂け”!」
なるべく早く、ベルと合流しなければ。
そんな思いに突き動かされ、俺は【指揮】の技能を用いて召喚獣たちに指示を下す。
「グルル――ガアァァアアア!」
それに従い、強化された身体能力でもってゴブリンたちへと距離を詰めるクロード。それに反応するよう、中央に位置していた槍持ちゴブリンが一歩前へと進み出た。
恐らく、間合いで有利な個体が牽制のために行動を起こしたのだろうが……第一階層の魔物には見られなかった思考だ。
コイツら肉体的な能力だけじゃなく、頭も良くなってやがる。
槍の穂先を躱しながら、庇いでたゴブリンを無視して当初からの目標へと駆けるクロード。
その姿を確認しながら、厄介な……と俺は舌を打った。
――第一階層はチュートリアル、第二階層からが本当のダンジョンだよ。
ウサギから暗にそう告げられているような気がしたが、アイツがこの場にいるはずもない。俺の気のせいだろう。
けれど、気のせいだろうと何だろうと、現実問題としてダンジョンの難易度が大幅に向上しているのは間違いないのだ。
「ガァァアアッ!」
「げぶぎゃっ!?」
剣持ちゴブリンの迎撃をスルリと持ち前の素早さで潜り抜け、その喉笛へと食らいついたクロード。身体ごと首を捻り、抉るようにして肉を喰らい千切る。
派手に噴水のような血飛沫が撒き散らされるが、これで一匹仕留めたか。
と、そこへ背後から初撃を回避された槍持ちゴブリンと、もう一匹の剣持ちゴブリンが敵討ちだとばかりに攻撃を仕掛けようとしていたが……ヒスイのこと、忘れてないかな?
「ホォォ、ホオォォォオオッ!」
俺の頭上で大きく羽ばたき、燐光を身体中から発生させた魔の梟。
その周囲には目視しづらい空気の歪みが発生しており、ヒスイはそれに向かって強く翼を打ちつける。
瞬間、風が薙いだ。
揺らめく風は刃と化して、宙を裂き、俺達に対して背を向け無防備となっていたゴブリンたちに襲いかかる。
距離があるから油断してたのかな? けど残念、ヒスイは遠距離攻撃持ちなのでした。
そこいらのナマクラなどよりは余程切れ味のよい風の魔術は、アッサリとゴブリンの胴体を両断し、その生命を終わらせる。
幾ら強靭な生命力を誇る魔物とはいえ、まさか真っ二つにされてまで生きてはいないだろう。
「……っ、…………っ!?」
「うぉっと!? ……しぶとさも上がってるってか?」
……とか思ってたら、クロードに首を噛みつかれた個体がビクリと倒れ付した状態で腕を持ち上げた。
下層のゴブリンなら、これだけで終わっていたのだが……認識を改めなければならないな。
倒したと思った敵に背後からブスリとか、冗談にしても笑えない。やられた当人なら尚更だ。
驚愕しつつも、瀕死のゴブリンに近づいた俺はその頭を杖で砕く。
それでようやく終了した戦闘に、ふぅ……と、俺は安堵の息をついた。
大丈夫、難易度は予想以上だったが、判断を間違わなければ俺一人でも探索はできる。
特に今回は攻略が主目的じゃない。ベルさえ見つければミッションコンプリートだ。
「よし……案内を続けてくれ、クロード」
「グルゥ」
俺は気を引き締め直しながら、再び先頭を走り始めたクロードを追いかけるのだった。
ダンジョン「第二階層から本気出す」




